6:楽しいお使い……?
陽出には、たくさんの品を一ヵ所に集めた大型雑貨店や、商店街そのものを一つの建物に入れた複合施設がいくつもある。
なので、ただそこに行って言われた物をただ買って来ればいい──などという甘い指示を、鏡華が出すはずはない。
「えっと、ジャガイモは……」
アレクシアが取り出したケータイをたどたどしく操作すると、いくつもの商店の広告が中空に並んで投影された。
アレクシアは、何度もそれを見回して売値を比較する。一見同じ商品でも、店によって価格に差があり、甚だしいと桁が違うことも珍しくはない。
与えられた予算はギリギリ。手あたり次第にやっていては、目的の品を買いきる前に底を着く。つまり、品物ごとにより安く出している店を探さなければならない。
「と、その前にお肉の方が……」
ケータイのおかげで、値段の比較はすぐに出来るものの、手順を間違えれば何度も往復する羽目になる。買ったモノでかさむ上に重量もそれなりだから、乗り物を使っていても意外に体力勝負。しかも、今回は学校や図書館で道草を食ったために、急がなければならない。
せめて、浮揚機が使えればいいのだが、
『アホ。お買い物どころか、その辺を走り回っただけで事故っちまうだろうが』
『資格とか免許が必要なの。アレクシアちゃんが乗ったら違反……犯罪なの。事故以前の問題ね』
とのことである。ちなみに、資格と免許を取得するためには、そのための教習や訓練を受けて試験に合格すれば取れるとのことだが、それなりの金がかかるとのこと。
(でも、それって……お金があれば、特別な繋がりが無くても、ああいうものが手に入るってことよね)
自分でも──その考えを、しかしアレクシアはすぐに笑って隅に追いやった。いずれにせよ、もっと先の話であり、今はこの自転車で我慢するしかない。
「──っ?」
などと、ケータイ片手にあれこれ考えていたものだから、またしても注意が疎かになった。
交差点にそのままの勢いで突っ切るところで、危うく急制動をかける。その眼前を、浮揚機が結構な速度で通り過ぎて行った。
(そういえば……)
アレクシアは、ケータイを操作して、〝情報の海〟に接続。
その名の通り、膨大な〝情報〟を無尽蔵に内包する、形のない海で、求める情報を瞬時に手元に引き出せる技術である。その辺の蔵書庫などとは比較にならないほど膨大な情報が、非常に手軽に。商店の広告も、ここから引っ張り出した。
アレクシアが検索したのは、最近の社会問題──浮揚機や自転車による衝突事故の多発だった。その主な原因は、ケータイに夢中になるあまり注意の周囲がおろそかになる、〝ながら運転〟であった。
「気を付けないと……」
アレクシアは、ケータイをポケットにしまうと、手に入るのがいつになるかもわからない浮揚機の事よりも、まずは目の前のお使いに集中することにした。
*****
最後の店を出たところで、アレクシアは入り用品を書いた紙と背嚢に放り込んだ現物を見比べ、買い忘れがない事を確認して、安心と疲れた溜息を、深々と吐きだした。
急いだ甲斐はあり、どうにか必要な作業は完了──なのだが、まだ帰り道の問題が残っている。ただでさえ、荷を詰め込んだ背嚢は体積と重量が大きく増しており、道なりに走っては、どんなに急いでも間に合いそうにない。
なので──アレクシアは、商店街を抜けてしばらく進んだところで、その公園に設けられている林道に入った。
木に囲まれていることもあってか、すっかり闇に覆われているが、設置された街灯のおかげで、進む分には問題ない。
裸同然で飛ばされて二週間──あちこちに連れ回され、あちこち使い走りにされたおかげで、このあたりの地理はすっかり頭に入っていた。
「……ふふっ」
そんなことを考える自分に、アレクシアは思わず笑った。
神聖帝国にいた当時は、学院と学生寮を真っ直ぐに行き来する道しか知らなかったのに。どこに何があって、誰が住んでいるかなど、ろくに知りもしなかった。
〝近所〟や〝隣人〟という言葉で連想するのは、陽出の人々と魔族や亜人達ばかり。浮揚機を欲しがったり、ケータイの〝ながら運転〟を気にしたりと、思った以上に異郷の陽出での生活が、アレクシアには馴染みが深くなっていた。
故郷のはずの神聖帝国よりも、ずっと。
だから、
「っ!」
かつては当たり前だった、しかし、ここではあまりにも異質な感触に、アレクシアは息を呑む。
不自然なほどに消えた気配と魔力。まるで、この場所だけが切り離されたような──否、〝切り離されたような〟ではない。
(法力結界っ?)
実際この場は、周囲から切り離され、隔絶されていた。
法力によって展開された、強力な結界によって。
(この法力……っ)
それは、最も思い出したくない、最も会いたくなかった法力の気配だった。だからこそ、間違えようがなかった。
皮肉なことに。
『この程度の仕掛けに、こうも簡単に引っかかるとはな』
二週間ぶりの神聖帝国語──それを耳にして思わず振り返ったことを、アレクシアは後悔した。