4:異郷の学生達
龍──この世で最も強大とされる種族の一つ。
幼体でも強靭な肉体と生命力を誇り、成体ともなれば高い知性まで兼ね備え、例え大軍を擁しても屠ることは困難を極め、果ては天災そのものとまで称された伝説まである。
そんな伝説の種族の統率者だの帝王だの──〝魔王〟も〝天災〟も、決して大げさな肩書ではないということを、目の前の実物ははっきりと物語っていた。
「そなたの事は、話に聞いておった」
魔王にして天災は、しかし穏やかな笑みで話しかけてきた。
「鏡華は心配なかろうが、蒼真と一つ屋根の下では、気苦労も多かろうて」
「貴方、蒼真のトモダチ?」
「友というよりは腐れ縁……付き合いが長いだけの仲じゃ」
燐耀は、うんざりしたように肩をすくめる。
「正確には、高桐と我が一族が長い付き合いでの。その流れで幼少期からの付き合いで、今や学び舎まで同じにしとる」
学び舎──蒼真と同じ学校に通っているということらしい。よく見ると、彼女が来ている服の胸元にあしらわれている徽章は、蒼真が来ていた制服にも同じものがあった。
「龍も学校デ勉強スルの?」
「当然じゃろう」
アレクシアの驚きがかなり不本意だったらしく、燐耀は眉をひそめる。
「妾のような若輩が、〝修学不要〟などと、どの口で言えるものか。神聖帝国はどうだか知らぬが、陽出の進歩はただでさえ目覚ましいものじゃて。例えば、これとかの」
燐耀が制服のポケットから取り出したのは、小さな機械──形は少々違うが、ケータイだった。
「次世代型──設計段階から見直した新たな機種が、開発されておる。早ければ来年中、遅くとも再来年の始めには、世に出回るそうじゃ。妾のコレは、先月買い換えたばかりの最新型だというのにの」
「来年……」
機械には詳しくない。しかし、その進歩の速度が凄いことくらいは、アレクシアにも理解できた。
「そうじゃ。新しいと思いきや、あっという間に〝昔〟どころか〝太古〟の存在になりかねん……あのように怠けておるとな」
燐耀の視線を追った先──網状の高い柵の向こうで、木を枕に眠りこけている蒼真がいた。
*****
柵の向こうの敷地内には大小さまざまな建物が立ち並んでおり、人類のみならず様々な種族が肩を並べて動き回っている。見たところ、少年や少女と言って良い年代の者が多く、彼らが来ている服は、形こそ種族や性別によって多少異なるが、共通して同じ徽章があしらわれていた。
「ココが、蒼真と燐耀ノ学校?」
「そういうことじゃ」
と、燐耀は軽々と柵を飛び越えると、蒼真に歩み寄り、
「これっ、起きんか不良学生」
と、つま先で蒼真の頭を小突く。
「……あ~……?」
蒼真はうっすらと目を開け、
「何だ、リン子か……」
どうでも良さげに再び目を閉じ、ごろりと燐耀に背を向ける。
「……燐耀じゃ」
そんな蒼真の襟首を、燐耀は舌打ち交じりに引っ掴み、軽々と持ち上げて木に押し付け、
「何度言えば分かる? 妾の名は、燐耀じゃっ!」
「とかいう立派すぎる名前が面倒だから、普段はリン子で通ってんだろ」
「燐、耀、じゃっ!」
居丈高に名乗りを上げると、魔力とは別の、強烈な威圧がアレクシアを凍り付かせた。アレクシアだけでなく、談笑していた他の学生──特に、魔力への感受性が高い亜人たちが、会話や足を止めて振り向いた。そしてすぐに、納得するような仕草や表情を見せながら、各々の動きに戻っていく。どうやら、この二人のこのようなやり取りは、いつもの事らしい。
「ああ、分かったから落ち着け落ち着いてくださいませ龍のお姫様~っと」
蒼真は、吊り下げられたまま、ふざけた調子で燐耀をなだめると、網の向こうにいるアレクシアに目を向け、
「で、お前はンなとこで何やって……て、お袋の使い走りってのは見りゃ分かるか」
背嚢と自転車に気づいて、蒼真は納得したように頷く。
アレクシアは、蒼真の性格と今の状況を考え、
「蒼真は、何しテル? 勉強から逃げテ、お昼寝?」
「……お前は俺が授業をサボる不良学生に見えるのか?」
「見エル。トテモ、凄く」
アレクシアは、深々と頷いて即答した。普段の蒼真の行いを思えば、何を迷う事があるのか。
「……あ~そすか~」
アレクシアの微塵の迷いの無い即答に、蒼真は返す言葉を詰まらせた。
「帝国の娘も言うではないか」
と、燐耀は小気味よく笑うと、吊り下げた蒼真を軽く揺らし、
「それに、事実じゃろう? そなたが遅刻、サボりの常習犯というのは」
「……今は昼休みだ。昼寝して何が悪い?」
蒼真は、むっつりと吐き捨てる。
実際、他の学生達は談笑したり読書をしたり食事をしたりと、いわゆる〝授業の風景〟ではないから、休み時間であるのは確かなようだ。
「……昼休みだけなら、のう~」
燐耀は、ぐいと蒼真に顔を近づけ、
「そのまま眠りこけて午後の授業に遅れるのは当たり前っ! 下手をすれば、放課後まで寝こけておるではないかっ!」
驚きはしなかった。むしろ、蒼真ならありそうだと、妙に納得できる。しかし、そこまで考えが及ぶと、当然の疑問が浮かんだ。
「いつもソウイウコトしてる、なら、トテモまずい、と、オモウ」
「……ところが、大丈夫なのじゃよ。こやつの場合、残念なことにのう」
本当に残念とばかりに、燐耀は深々と溜息を吐き出し、
「こう見えても成績は優良で、成すべきこともきちんとこなしておる。故に、あまり強く出られぬのじゃ。全く、タチが悪いことこの上ない」
「失礼だねチミ? 世渡り上手と言ってくれたまへ~」
ふざけた調子で茶々を入れる蒼真に、燐耀は再び深々と溜息。もはや怒りを通り越した諦めの感情に、アレクシアは柄にもなく同情の念を覚えた。
「む? 予鈴じゃな」
建物の最も高い位置に設置から響いた鐘の音に、燐耀は残念そうに肩を竦め、
「アレクシア、じゃったな。もう少し話したかったが、そういうわけじゃ。いずれ茶でも飲みながら、ゆっくり話そうぞ……と、そういえば、アレクシアは本は読むかの?」
「あ、ハイ」
何せ、学院では足繁く資料室や蔵書庫に通っていたくらいである。
「なれば、時間があるときにでもそこの建物にでも入るが良いて。そなたの世界が、今少し広がろう……では、行くぞ不良学生」
と、燐耀は吊り下げていた蒼真を軽々と振り上げ、荷物のように背中に回した。
「これから楽しい楽しい、お勉強の時間じゃぞ~」
「きゃ~いや~人さらい~犯される~」
「妾に痛めつける趣味は無いのでな。全ては一瞬……そう、一瞬じゃ」
「こ、殺される~っ?」
蒼真の悲鳴を黙殺し、燐耀は蒼真をぶら下げたまま颯爽と去っていく。
その姿が見えなくなったところで、アレクシアは大きく深呼吸。今になって気づいたが、思った以上に身が竦んでいたらしい。手の震えが、まだ止まらない。
その姿が見えなくなったところで、アレクシアは大きく深呼吸。今になって気づいたが、思った以上に身が竦んでいたらしい。手の震えが、まだ止まらない。
こんな状態で走るのはさすがに危ないので、アレクシアは自転車に乗らずそのまま押して道路を横切り、向かいの建物に入った。
ちなみに──建物の入口に掲げられた看板には、公共図書館とあった。