表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
斯くて少女は、新たな一歩を踏み出す  作者: takosuke3
二章 ~広がり始める世界~
10/46

1:静謐なる朝

 母屋から離れた建物──〝道場《ドージョー》〟という板張りの鍛錬場で、アレクシアは蒼真(ソーマ)と対峙していた。

 互いの得物は、〝竹刀(シナイ)〟と呼ばれる、竹という植物を加工した稽古用の剣。

「ふ──っ!」

 先手はアレクシア──一気に間合いを詰め、短い裂帛の気勢でもって、竹刀を振りおろす。対して蒼真は、竹刀を中腰から振り上げる。

 冷たく澄み切った朝の空気に、竹刀同士がぶつかる乾いた音が響き、

「っ?」

 蒼真の竹刀が弾かれる。それが床に落ちるよりも先に、アレクシアは追い打ちを掛けるべく更に踏み込み、

「ぶぅっ?」

 振り上げられたレイヤの左足が、アレクシアの顔面──正確には、鼻先にめり込んでいた。更に、

「だっ?」

 弾き飛ばされたレイヤの竹刀が、思い出したようにアレクシアの頭に落ちてきた。

「~~~~~~~~っ」

 膝をついた途端、鼻の奥から強烈な痛みが、遅れてやってきた。アレクシアの目の前に、いくつもの星が飛び交う。

 そんなアレクシアをしり目に、蒼真は床に落ちた竹刀をつま先で跳ね上げ、

「お前は、どうも詰めが甘いっつうか、正直過ぎるんだよな~」

 宙に跳ねた竹刀を器用に掴んだ。

「なまじ鍛えられてるから、余計にな」

 鍛えられてる──事実、アレクシアは実戦剣術を学んでいる。それも、同年代の中では男相手でも負け知らずだった程の腕利きである。なので、異国の武術というのも興味が引かれた事もあり、揚々と朝稽古に臨んだ。


 そして二週間──竹刀を当てるどころか掠めることすら、ただの一度も無かった。


 蒼真は武芸達者な上に、非常に狡猾だった。

 剣はもちろん、拳や蹴りだけでなく、投げ技やら固め技まで絶妙かつ柔軟に使ってくる。ともすれば、卑劣卑怯だの反則だのと謗られることまで、躊躇うことなく。

「け、剣ノ勝負で蹴りナンて」

「だから、剣の勝負じゃねえっつってんだろ」

 飛び交う星に目を回しながらもアレクシアは抗議するが、蒼真は面倒そうに遮った。

「ウチでやってんのは、やったもん勝ちのガチンコで……て、この二週間、何度も何度も言っただろうが」

「そ、そんナふぐっ?」

 言い返しかけて、何かが込み上げる感触と、鼻先から漏れ出そうな感触に、アレクシアは慌てて言葉ごと飲み込む。鉄臭い味と臭いに、思わず顔をしかめる。

「あ~あ~垂れてんぞったくっ」

 蒼真は、早足に隅に置いてあった箱を持ってきて、中から引っ張り出した薄い紙をアレクシアの鼻先に押さえつける。が、間に合わず二、三滴落ちて、〝道着(ドーギ)〟と呼ばれる鍛錬服の白い布地に、赤い点を描いた。

「二人とも、そろそろ……あらら~今日は(・・・)鼻血ぶ~しちゃったのね~」

 手拭いを持ってやってきた鏡華(キョーカ)は、アレクシアの様を見るなり吹き出した。ちなみに、昨日は口の端を切り、その前は転ばされた拍子に額を擦りむいた。

「蒼真は今日から新学期でしょ。早く後片付け済ませなさい」

「あ~そうだったな……」

 放られた手拭で汗を拭きながら、蒼真は竹刀を壁掛けに戻すと、隅に立てかけてある雑巾を手に取った。

「鼻血を撒かれたら面倒だ。今日の掃除はやっといてやるが、明日はお前がやれよな」

 面倒そうな悪態を吐きながらも、蒼真はテキパキと掃除にかかる。

 態度こそだらけているが、蒼真は腕は確かである。アレクシアと一緒にやるより、蒼真が一人でやった方が仕上がりが良いくらいには。

 アレクシアは、一瞬迷ったものの結局蒼真に甘えることにして、鏡華と道場を後にした。

 鼻血が垂れ落ちないよう、頭を仰向けにしつつ。


*****


 朝の鍛錬の後は朝食──の前に風呂である。

 最初に、汗や汚れを軽く落とす──風呂に入る際に望ましいとされる、手順だが礼儀だかを踏んでから、アレクシアは湯船につかり、

「いっ」

 新しく出来た打ち身に、暖かい湯はやけに滲みた。それをしばらく堪えて、

「はふぅ~~~~~」

 ようやく、ため込んだ諸々と共に、深々と吐き出す。この二週間で、そんな年寄りじみた習慣が、すっかり身についてしまった。

(……それにしても……)

 アレクシアは、湯船に目を落とす。

 風呂──もちろん、神聖帝国にもある。

 一人用の小さなモノから、十人同時に両手両足を伸ばしても余るくらいの巨大なモノまで。

 そして、大きさの分に比例して、かかる手間も増える。

 神聖帝国の風呂とは、浴槽に満たした水を法術によって温める仕組みで、当然ながら術者の力量に左右される。規模が大きくなれば数人がかりで沸かす必要があり、特に皇族や高位貴族が使うような代物ともなれば、専属の係もいる程であった。

 もちろん、一人で入る分には、本人の法力だけで充分なのだが、それでも手間がかかることは違いない。アレクシアの場合は、尚更だった。

「……それに比べて」

 アレクシアは、壁に取り付けられている操作盤に目を向ける。

 あれを指一本で操作すれば、あとは機械が全てやってくれるのだった。湯沸しはもちろん、必要な量を必要な分だけ浴槽に湯を張り、水温を維持し続ける作業まで。

 機械とは便利なモノ──否、そんな便利な機械を作る陽出の文明が、恐ろしいほどに発達している。

(むしろ……神の加護と寵愛を受けた神聖帝国の方が……)

「早くしろ~、後がつかえてんだからよ~」

 扉の向こうから蒼真に急かされて、アレクシアの思考は中断された。いつもなら、もう少しくらいは入っていられるはずなのだが。

「今日は……つうか、今日からはのんびり出来ねえんだ。幸せ気分のところ悪ぃが、もう上がってくれや~」

「ハ~イ」

 残念ながら、至福の時間はお終いらしい。アレクシアは、いそいそと風呂場から出て、

「え」

 扉を開ける音で気づいたか、蒼真が慌ただしく入りこんできた。

 そして、丸裸で凍り付いたアレクシアなど見向きもせず、そもそも認識すらしてないかのように服を脱ぎ棄てて、

「おいボ~っとしてんなよ、さっさと出ろ出ろ」

 と、アレクシアを押しのけて風呂場に入った。

 悲鳴も文句を言う暇も無かった。

「……え~」

 いや、蒼真がこういう奴だということは分かっている。似たようなことは、今まで何度かあったが、いつもこんな調子である。

 しかし、何と言うか、

(なんなのよ、この……釈然としないというか納得いかないというか)

「ゴメンね、アレクシアちゃん」

 悶々とするアレクシアの肩に、慈愛の笑みを浮かべた鏡華が優しく手を置いた。

「本当に、どうして、うちの子はこんな風になってしまったのかしらね~」

 そして慈愛の笑みを浮かべたまま、静かに風呂場の扉を開けた。

「あ?」

 湯を頭から被っていた蒼真は、怪訝そうな顔で振り返り──すぐに鏡華が、後ろ手で扉を閉めたため、そこからの詳しい事は分からない。

「ちょ、なんだよおい」

 ちなみに──鏡華は、蒼真以上の達人である。

 以前、手合わせをした時など、竹刀を弾き飛ばされるだけ(・・)だけなら良い方で、気づいた時には、天井を仰ぐか床板を舐めていた。何をされたのかすら、分からないまま。

「いやせめて顔はやめぇえええええぎゃあああああああっ!」

 蒼真の悲鳴と、その合間に聞こえる諸々の音が、全てを物語っていた。

 この後──顔以外(・・・)を痣と傷だらけれにした丸裸の蒼真が、鏡華に踏みつけられる形でアレクシアに土下座したのは、言うまでもない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ