舞い戻った諸悪
「本当に戻ってきてしまった」
あとから合流すると言っていた赫鰊より先にサンヴァンの世界にログインした俺は、久方ぶりに拝むゲームの素晴らしさを噛み締めた。カーニバルの惨劇の痕はなく、活気あふれる噴水を前に感慨にふけるが、鳴り響く通知の着信音がノスタルジアをぶっ壊す。
———『運営から通知が来ています』
———〈チュートリアルに従ってください〉
———...
わかったわかった!この際一番面倒くさそうな運営からの通知を処理しよう。どうせ初日のPK関連だろうけど———っておや?
『ログインエリアのコード使用範囲設定のミスの為、サービス開始初日、プレイヤーによるログインエリアでの一方的な加虐を可能としてしまいました。
こちらの管理が甘く、様々な方々の期待がある中、その期待を裏切り、ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。
ご迷惑をおかけしたお詫びとして、サービス開始初日にログインして頂いた方にはアイテム「エクスペリエンス・アップ」を進呈いたします。
これからも安心してお楽しみいただけるように、引き続き、運営に取り組んでまいります。
今後ともサンドボックス・ヴァンガードをよろしくお願いします。
サンヴァン運営』
ふむふむ、あくまで全プレイヤーに通達される連絡…つまり赫鰊の言ってた通りお咎めなしの話は本当だったと。まあログインできてる時点でお察しだが。
「そしてアイテムやレベルの言及は無いってことは…っ!」
ー《◇》ー
プレイヤー:ヒキロン
レベル:7
ジョブ:弓術士
HP(体力):70/70|MP(魔力):70/70|STM(持久力):120/120
◇
STR(筋力):50|AGI(敏捷):30|VIT(耐久):0
DEX(器用):20|TEC(技巧):10|INT(要領):0
所持金:0クレジット
ー《◇》ー
レベルやステータスは前回ログアウトしたときのまま。つまり…!
嗚呼、私の罪は運営に黙認されし所業、神の名において執行された正義だったのである。
これは小躍りせずにはいられない。俺はほぼノーペナルティーでサンヴァンの世界へ戻ってこれた。
「待ってろ最前線、すぐに追いついてやる…!」
改めてステータスを見てみると、快適にゲームを始めるには色々足りない。
まずレベルだ。
流石にログインしたての雑魚ばかりを狩ってもあまりレベルは上がらないらしい。武器の要求値を満たすためや罠設置時の成功率を上げるために少し偏ったステータスの割り振りだが、それより気になるのは称号欄のこの称号…
・【不興を買う者】
神を愚弄した者に贈られる称号。
効果:称号獲得時所持金0クレジット
あー文字通り不興を買ったわけか。つまり軍資金はパー、と。問題ないね、謝肉祭の時奪いに奪った武器やアイテムを売ればいいし、そもそもこの称号は教会で起きた時に既にあったはずだからカーニバルで稼いだお金はある。ていうかあのナビ野郎一応神認定なのね。
逆に問題なのはこの偏ったステータスとスキルだ。もともと復帰の予定はなかったからかなりピーキーな構成となっている。あのタンク君が言った通り、このバランスの悪い隠蔽と罠生成という非戦闘スキルを初期に取ったせいでかなり詰んでいるのだ。
あとはこの物騒な称号だが…
・【PK】
プレイヤー殺害者の証。
条件:プレイヤーの殺害
効果:イエローネームに変更
・【殺戮者】
条件:一定期間内で大量殺人を達成
効果:レッドネームに変更
ほう、つまりイエローネームからレッドネームか。そういや俺がログアウトする直前に衛兵らしき集団が進軍してきたような…
うん、まあ大丈夫だろう。別に今は騒ぎも起こしてないから見つかるのに時間がかか———いやちょっと待て大丈夫じゃねえ、なんかやばそうな鎧着てる奴らが人掻き分けて広場に直行してくる。
「くっそ、なんで気づかなかった。学校の終わる時間はイン率も増えるわな」
そして溢れたプレイヤーやNPCがゲーム内の警備に連絡か、ちょっと待て下手すりゃPK狩りもくるじゃねえか。
「三十六計逃げるに如かず!生きてこそ意味がある!!!」
◇◇◇
「なるほど、このゲームが何故PKというリアリズムを追及しながらゲームとして両立しているのかがわかった」
大抵のMMOゲームはプレイヤー同士の揉め事を極力避けるためPKの行為そのものを禁止にすることが多い。ただし「新しい現実へようこそ」を謳うサンドボックス・ヴァンガードはそこのリアリティを詰めてきた。
悪意のある人間はどこにも必ず一定量は存在する。そんなやつらにPKを許可すると悪がゲーム内に蔓延する。だから運営のとったわかりやすい処置は———
「いたか!?レッドネームを探し出せ!!!!」
「隊長、アンタキアの外周を見回りましたが見つかりませんでした!」
警備の大幅強化だ。悪意が人の皮被って襲ってくるなら正義に大義を与えて淘汰すればよい。ゲームで言う「始まりの街」にそぐわない高レベル装備軍団は、この世界に再臨した諸悪の根源を絶たんと意気込んでいた。
「見た目に惑わされるな!少女兵でも立派な犯罪者だ!」
「けれど隊長、流石に「移ろいの森」にまで逃げられると!」
「クッ、情報だと臨界して一時間も経ってないから取り締めれるかと思ったのに…」
「こうなると地の利は奴にあります!今日はもう切り上げましょう!」
こいつら街の外まで追ってくるのかよ。装備を揃えてないない状態まで最初の戦闘エリアである移ろいの森まで来てしまったが、流石に新しいエリアまでは追ってこないか。
従来のゲームなら衛兵は街の中限定とか行動範囲が設定されてるもんだけど…
これは本来の衛兵なら見失うまで追いかけるのを忠実に再現しているのか、それともレッドネームの危険度を示しているのか…今後のためにも要検証だな。
「ふう、行ったか…」
やっと帰ってくれた。流石にスキル無しでこのステータスじゃこのまま隠れ続けるのは厳しい。え、どこに隠れてたって?木の上。急いでたから木の枝にぶら下がってたわけだ。
このゲーム、ステータスが全ての行動に直に影響するからなあ。あと少しSTMかSTRが足りてなかったら落ちる所だった。
「さて、どうするかね…」
最初の街、アンタキアに戻ってもまた追いかけ回されるのがオチだ。赫鰊の迎えを待つ方がいいだろう。
「それよりだ。」
逃走中、明らかに目線を感じることが多々あった。そりゃ背後に大量の衛兵をトレインしてたらそれは気になるだろうが、そうしたら気配はまず衛兵に、そしておれに向くはずだ。俺の感じた視線はまず真っ先に俺を捉え、そして次に衛兵に向いていた。
走っていた俺も俺だが、ゲーム内で「走る」という行為は時間節約の観点からしてさほど珍しくないはずだ。なのにこの認知度…!俺の顔は晒されてないはず、そのために初期装備で軍用ゴーグルと【隠蔽】を選んだ。なのに何故…!?
謎はすぐに解けた。
「うっわ、誰この美少女。」
森を散策して見つけた湖の水面を覗き込んだら、ビックリするほどの美形がビックリした表情で覗き返してきた。
「なるほどな…これは注目されるな。」
サンヴァンではキャラメイクを際限なく凝ることが可能である。ということは大抵の人はキャラメイクの時に多大な時間をかける。これから遊ぶゲームの自分の顔だ、できるだけ自分好みにしたいだろう。
俺はこの時間を節約してサービス開始初日の先回りをすることができたようなもんだ。
そしてキャラクタークリエイトは一種の才能だ。凝れば凝るほど解像度があがり、当然目立つ。
結果俺は無事作戦を遂行することができた訳だが、ここでボーナスとして美少女になってしまった。
筋書はこうだ。犯行時つけてたゴーグルを外せば大丈夫だと思っていた俺の顔が凄いクオリティーだった→注目が俺に集まる→ステータスを閲覧される→コイツ犯罪者じゃん→通報。
なるほどなるほど。通常だったら通報してるのは幼女である(?)俺だが…
「ファッキンロリボーナス!!」
ああ、俺の村人Aモデルは何処へ!!クソナビ、滅茶苦茶にしやがって!
というか最初邪魔されたから読む時間なかったこれ!!
・称号「蠱惑の容姿」
一定レベルの評価を得ると得られる称号。誘惑スキルなどの判定にプラスがかかり、全体的に注目されやすくなる。
「あ~マジでどうするこれ。割と詰んでるぞ?」
こうなるとキャラを作り直すことが割と現実的な選択肢になってきた。俺がが目指すプレイスタイル的に、例え赫鰊におんぶだっこしてもらってもどうしてもこの容姿は邪魔になる。
せっかくあげたレベルはもったいないが、一桁台だ。まっとうにゲームを遊んでいればすぐに追いつけるレベルであるはずだ。
しかし、ここはあえて続けることを選択しよう。色々それっぽい理由を上げることはできるが、詰まるところこのやり取りでふつふつと再燃してきたあのナビへの怒りをご本人にぶつけてやりたいというのが本音だ。今はとにかく呪われたこのデータであのナビに吠え面かかせてやりたい。
「サクッと時間を潰して甘い蜜すすって、あのゴミナビにいつか必ず一発いれる」
そして新たな志を胸に一歩を踏み出した俺は———
「あの、こんに———」
———突然背後から声をかけられビビって声の方向にナイフを投げた。