種明かしと甘い蜜
「———つまりユーザーからテラスで飲む紅茶の暖かさを感じたいとかぬかす要望がたくさんきてるのよ。一歩間違えればトラックの衝撃が全神経にフィードバックするのに…」
「そういえば待ってる間新規さん観察してたんだけどあのぬるま湯に消臭ビーズ入れたようなタピオカ飲んだときのがっかりした表情すごかったぜ。」
「え、写真は?」
「もちろん撮ってる」
「自撮り~って要望がうるさいからしょうがなくカメラ追加したけどこういう時便利よね~」
手元のウィンドウからさっきコッソリ撮った物凄い顔芸を披露するペアの醜態を赫鰊と共有する。え?盗撮?違うよ、ちゃんと同意規約読んでね。
「~~~~~っはナニコレ女の子がこんな顔しちゃだめでしょ」
「ところがどちらも中身は男です」
「うそでしょ!?ちょっと腹筋がバグり始めたから笑わせないでちょうだい」
「会話は聞こえなかったけど、なんか二人とも相手の出方を探ってるように見えたから多分お互い女だと思ってるんじゃないかなあ?歩き方で男だってことはバレバレなんだけど。」
「あら、それだったら私もこないだ———」
色々と赫鰊の危険性は説明したわけだが、こうしてたまにお茶会を開催する。
こいつが俺を誘うのは話相手が欲しいからだろうが、俺はこいつの持ってるネタやコネを頼りにしている。なので、断じてこいつと同類扱いはされたくない。
たまに面白い話をするのは認めるが…
こうして歓談しつつ、互いの近況を話していたのだが、唐突にその話題は投下された。
「そういえばヒキロン、サンヴァン買ってたわよね?ログインして私に奉仕なさい。」
ヒキロンというのは俺のハンドルネーム。他ゲーでヒキコモリ戦法や、ひくほどえげつない策略かましてたりしてたらそう呼ばれ始めたからなんとなく変えずにいる。最後のロンは語感がいいからって赫鰊が適当につけて呼んでたな…
とはいえこいつからサンヴァンという言葉を聴くとは。まあ碌なことではないのでとりあえずごまかす。
「なんのことやら」
「フレンド同士持ってるゲームは確認できるの知ってるわよね?」
「容赦なしかよ」
サンドボックスヴァンガード。通称サンヴァン。フルダイブVRの技術を世界に浸透させたクレイドル社が初めてリリースしたゲームである。ジャンルはMMORPG。クレイドル社がフルダイブVRの技術のみを世界に公開して早7年、謎多き会社が作るゲームに大衆は大いに期待した。
「まあ、それをめちゃくちゃにしたのが俺なんだけどなー…」
そんな期待の大ゲームを俺が荒らしてから数ヶ月が過ぎた。あれから特にウィキも掲示板も覗いてないが、|サービス開始のトラブル《初手リスキル地獄》があったにも関わらず常にレビューが星4つを下回らないあのゲームに戻る勇気はない。
別に俺は大したことをやっていない。いや、まあ運営から見たら大したことだがあの事件の種は簡単だ。
サンヴァンの事前情報やPVを見た時だ。ゲームが教会内で始まるのにも関わらず、教会前に召喚されるようなエフェクトが確認できたから、もしかしてリスキルできるんじゃね?と思ってしまった。大方リスポーン地点を混雑させないためにプレイヤーがゲームに戻るタイミングを調整するためだろうが、リスポーン地点を一つに絞ってしまったのがあだとなった。
そして予想は的中、残すは実際教会周りに罠を張れるかどうかだった。大抵こういうガバは許されないが、クレイドル社はゲーム制作なんて初めてだったし、なんでもできると謳う彼らの技術力を信じてみた。
あとは知っての通りだ。
今回は運がよかった、教会のリスポーン仕様や教会周りの罠生成の対策されてたら無理だったし、最初にゲームを始めなくては他のプレイヤーに邪魔される。だから回線が混雑する前にどうしてもキャラデザは速く終わらせなきゃいけなかったのにあのナビゲーターめ…
とにかく、バンされてるであろうあのゲームに戻ることはできないし、例え戻れたとしても復讐に飢えたプレイヤーが襲ってくる可能性もある。あと赫鰊に幼女姿を見られるのは論外だ。
「あんた、またなんかやったわね」
「チッ」
こいつは妙に人心掌握や読心が得意だ。その手腕ゆえに今の地位へ昇りつめたのだろうが、こいつの前に隠し事はできないことはだいぶ昔痛い目を見て学んだ。
そして赫鰊も外道畑に片足突っ込んでる人間だ、当然俺がああいうことをしているのを知っている。けどこいつがサンヴァン遊んでいることもあって、虐殺のことは伝えてないはずだが…これだから察知能力がズバ抜けた奴はよぉ…!
「やっぱりサンヴァンカーニバルの犯人はあんたね」
え、何それ初耳。
赫鰊曰く俺が初日いい笑顔でジェノサイドしたあの事件は見事にVRゲーム史最悪の事件第十位として殿堂入りしたのだという。肉を断つ(物理)ってか。ていうか十位って。自分で言うのもあれだけどサンヴァンの高グラフィックでかなりグロく仕上がったんだけどそれでもまだギリランクイン?まだ九つ上があるの?人間怖い。
「けどなー、あんなことやらかして垢バンされてないとは思えないんだよな」
「その心配はしなくていいわよ。ほぼ百パーされてないから」
……?
「ヒント:ゲームサービス開始数分という短い窓口でログインするような連中とは?」
「あー、そういうことね。ベータテスターやガチ勢、有線と優待チケットの暴力で弱回線の奴ら蹴落として飛んで火に入る夏の虫ってか」
「ご名答、アメちゃんをあげるわ」
やったね、って何これ不味っ。
「オイこれ何味だ」
「賞味期限ギリギリのモンブラン味、エンジニアチームの粋を集めた味よ」
また妙なものを開発して…賞味期限切れてるのどっち?モンブラン?アメ?
「とにかく問題はそんな彼らがやられっぱなしを許すわけないってことね」
うわー、尚更戻りたくねえ。そんな復讐に飢えた獣の巣窟だれが飛び込むもんか。
「被害に遭った人の過半数はあなたの垢バンの取り消しを運営に交渉したらしいよ。あんたが復帰したとき報復したいからって」
え…怖っ。そんな奴らとログイン競ってたのかよ。サンヴァンってどんな魔境?
「付け加えるとあんたがあと数分虐殺を続けてたらわたしもその過半数に入っていたわよ」
「オイ」
「ちょっとサーバートラブル起きちゃってログイン遅れちゃったのよね。教会の外に出たら目の前が屍だらけ。ビックリしすぎて散乱してるアイテム少ししか拾えなかったわよ」
ちゃっかり便乗してるところがこいつなんだよなあ。
「けれどそんな沢山の人に標的にされたら普通は復帰しにくいわよね。復帰って言えるほどあなた遊んでないけど」
「いや、そこは別に問題ない」
「ないのかい」
色々復習が怖いとかどうのこうのと述べたわけだがそりゃ実際怖い。ガチ勢がガチ勢たる所以、それは彼らがガチであるからだ。本気でなにかに打ち込む人ほど怖くて凄い人はいないと思っている。同時にガチであるが故におちょくるのが最高に楽しい。けれどそこは最悪問題はない。問題は———
「育成がクソダリィ。今更始めたって最前線に追いつけないのが目に見えてる。人を馬鹿にするのに馬鹿にされちゃ意味がないだろ。襲われても返り討ちしてざまあする力を私は今すぐ欲しい。」
「育成がRPGの醍醐味だってことは知ってるわよね!?」
「理解はしている。ただ、理解と納得はしばしば噛み合わないらしい」
「だから攻略組の私に奉仕する名誉を与えるとさっきから言ってるのだけれど?」
「すぐにログインの準備をしようではないか」
他人の労力で吸う密ほど甘いものはない。
規約として写真をとるのは違約ではないので大丈夫ですが、悪用は禁止されています。
なので名誉棄損になるような写真を拡散するのはちゃんと規約違反なので悪しからず。
転生Chat豆知識
指定のワールドにとびたい場合、インターフェイスでそのワールドにとぶトラックを呼び出しましょう。オープンワールド(一般公開)だと車道の他の人も巻き込まれて「転生」します。
トラックは問答無用で転生されるのが醍醐味です。定期的にほこ天が実施されますが、ランダムなワールドに飛ばされたければ車道に残りましょう。
先進的(?)な某チャットアプリと思ってもらえれば。