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狂気の世界へご招待

 俺は今、某スクランブル交差点にいる。何かイベントなのだろうか、歩行者天国のスクランブルは大勢の人で賑わっている。普段なら自ら人混みに紛れようとはしないが、今日は待ち合わせがあるため、致し方無い。


 しかしただ待っているのもあれなので、趣味の人間観察に耽るとする。

人間観察は楽しい。案外人の行動を見るだけでも色々伝わってくるものだ。


 お、たどたどしい足つきでタピオカを購入する女性ペア。「シブヤ」は初めてなのだろうか。けどここで飲料系はやめといた方が…あちゃ~


しばらく遠目に都会を行き来する人をベンチに腰掛けながら観察する。すると何やらいそいそと準備をしている男が一人。これは面白いものが見れそうだ。


俺はわざわざ人混みを搔き分けて、対象に接近する。


「おーし、じゃあ今日は久しぶりにサイバーパンク系にでもするか。」


 近づくと男の独り言が聞こえてくる。男は一般的なサラリーマンの格好をしていて、手元で何かの端末を忙しなく操作している。


おっと、どうやら準備は済ませたようだ。


よく見ると目元に重いクマを浮かべた彼は、驚くほど軽やかなステップで車道へ一歩踏み出すと、突然現れたジェットエンジンを搭載したトラックに轢き殺され、霧散した。


 彼の死に様を見届けているうちに、スクランブル交差点は先ほどから一変していた。おびただしい量のトラックが信号無視もいいことに縦横無尽に走り回っていて、どれも異常な速度で衝突ギリギリの運転をしている。


ほこ天で車道にいた人たちの姿をもう見当たらない。おそらく暴走トラック群の餌食となったのだろう。しかしこれほどの惨事が起きたのだ、青年の奇行や今起こった出来事にパニックにはならずとも、悲鳴を上げる野次の一人や二人は———いない。


うさ耳の生えた女子たちはカフェテラスでの談笑はやめないし、歩道で無重力ダンスバトルを繰り広げている人達とそれを眺める観客も決勝戦に夢中だ。


そう、この世界は仮想現実。

そして、今サラリーマンがした事はこの世界で当たり前の行為、もとい、移動手段(・・・・)だ。



「割と綺麗に飛んだよな~それだけで70点はあげてもいいんじゃない?」


「けれどサイバーパンクワールドのトラックでしょ?キレはあったけどあれはジェットエンジンの加速度のおかげだから…」


「けれどちゃんと吹っ飛んだのはプラスだよね。全部トラックでいいのに最近運営馬車とかパンジャンドラムとか変なの実装してるから…」


周りの野次が今のダイナミック自殺についてそれぞれ評価をくだす。


 トラック転生歴(・・・・・・・)3年の俺から言わせてみれば、道路への自然な踏み出しはよかったが、そのあと吹っ飛ばされた時の回転が少し足りなかったな。コツとしてはカーブミラーを横目でとらえた瞬間、強く踏み込んでボンネットより上に体の重心を持ってくることかな。あと一回転半あるかないかで吹っ飛びのキレが大きく変わる。あと轢かれる前後のギャップを作らなかったのも減点だ、だれがそんなウキウキで車に突っ込む。


総合評価40点。


しょうがない手本を見せてやろう。


 俺はちょうど目の前に表示された「ワールド」の招待を許諾してジャージとエナドリの入ったレジ袋を装備しつつ、そのまま交差点へ踏み出る。コンビニに用があった人生に疲れたヒキコモリを盛大に演じながら、俺は場違いな豪華な白馬に引かれた馬車にはねられ、きりもみ回転しながら空中を舞った。


「おお~」

「すげ~」


観客から拍手が聞こえる。どうやら先達としてのテクニックは示せたようだ。俺は観客に親指を立てながら、超大規模ソーシャルVRアプリ、「転生Chat」のセントラルハブ「シブヤ」を後にした。


◇◇◇


 視界が開けると先程の都会の街並みとは打って変わったファンタジーな光景が目の前に広がっていた。

ティーポットにピクニックテーブル、洒落た食器に赤い薔薇。辺りの庭園を見回すとトランプ兵らしきものがいそいそと庭木の手入れをしている。俺はどうやら俺はうさぎ穴を介さない不思議の国への違法侵入ルートを開拓してしまったらしい。


「ワンダーランドへようこそ、|How was your tripどうだった?」


「やっぱ慣れねえわこれ、どうにかならない?」


「あら、全国のオタクの異世界転生ドリームに文句言うわけ?」


「お前が振りまいてるのは(ドリーム)じゃなくて人が軽自動車に吹っ飛ばされてときに起きる現実(リアル)だ。」


「また夢のないことを~」


「夢は夢でも悪夢のたぐいだけどね!?」


話しかけてきたのは、いつの間にか座っていたテーブルを挟んで向かいに座る真っ赤なドレスが目立つ女。見せびらかすようにティーセットを広げ、先ほどのティーポットに紅茶を注いでもらっている。


「はぁーまあいいや。で?今日はなんの用?」


「あらぁ~ただの茶会よ?サーバー運営(・・・・・・)するだけじゃつまらないしお話しましょ。」


おちゃらけたやつだが、こんなんでも一応転生Chatの管理人だ。


 こいつと今話しているのは巨大交流アプリ「転生Chat」。異世界転生を夢見る全国のオタクの夢を叶えるべく設立されたソーシャルVRプラットフォームは、創設者の思想によりゲーム内のワールドを移動するためにトラック(例外あり)で轢かれることが条件付けられた魔境となった。


こんなニッチな要望に応えるアプリがまだサービス終了していないのもひとえにこいつの手腕とアプリのクオリティーの高さのおかげだが…


「あら、疑ってるわけ?別に取って食いやしないのに」


「敵地で油断する馬鹿がどこにいる。」


いくら優秀な起業家であっても、個人的にこいつを知る俺にとってはこいつは狂った世界を創り上げたイかれサイコなのだ。


「敵だなんて、つれないわねぇ」


「サービス初日でお前がわざわざ手動でトラックを運転して俺を轢いたのまだ覚えてるからな。」


「あはは、そんなのあったわね!」


狂気の思い出を悪気もなく振り返る。「異世界チャット」開発者および管理人、ハンドルネーム「赫鰊《アカニシン》」は、不敵な笑みを漏らした。


「あっづ」


「紅茶飲むなら痛覚設定は切っておこうよ。」


しまらないなあ…


サイバーパンクくん、実は人生に疲れすぎて自ら死を望む系社畜サラリーマンを演じていたようですが、分かりにくかったようですね。もっとわかりやすく演じることができていれば奇をてらったシナリオということだけで65点は固かったでしょう。


あと赫鰊はオネエです。


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