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煉獄を前に、幼女は朗らかに嗤う

目を開けると世界は随分と大きくなっていた。


「いや違う、視線が低くなっただけか」


見渡すとそこは閑静な教会。窓からは神秘的な陽の光が(こぼ)れ出ており、どこからか鳥の囀りも聞こえる。


「初期スポーン地点は教会内。ここまでは情報通り。あとは———」


———『サンドボックス・ヴァンガードの世界へようこそ!』

———〈チュートリアルに従ってください〉

———『ギルドへ登録してください!』

———〈称号【始まりの開拓者】を獲得しました〉

———〈称号【不興を買う者】を獲得しました〉

———〈称号【始まりの開拓者】を獲得しました〉

———〈称号【蠱惑の容姿】を獲得しました〉


「ピロンピロンうるさっ」


とりあえず通知を切ってと。まず教会から出なくでは何も始まらない。


「うっ、眩しい」


教会内とは対照的な外の世界の光は、一瞬俺の視界を奪う。思わず目を閉じ、再び開くと、目の前には石畳の噴水広場が広がっていた。


「おお、すごいな。風情がある」


時間帯はおそらく昼頃。NPCと思われる市民は今日もその日の生活のために忙しなく働いている。だが見通したところ、プレイヤーはまだいないらしい。


まだキャラデザをしているのか、それとも神のお告げ通りギルドへ直行したのかは知らないが、これはとても都合がいい。

人影のない広場は歪に感じる———が同時に邪魔者はいないということでもある。


なので早速———


「【罠作成《クリエイトトラップ》】」


文字通り罠を作成するスキルコード(能力)だ。


唱え終えると同時に教会前の階段の一部分が青白く発光し、地面から逆茂木(さかもぎ)生えてくる(・・・・・)。形成された木杭の柵は、教会へとその矛先を向ける。


「ああよかった、成功だ(・・・)


極めつけにキャラ設定の時選択した「トリップワイヤー」を扉の前に設置してと。

まあ、念のため…


「【隠蔽《マスク》】」


準備完了、あとは待つのみ———と言っても今日は日曜日。こんな期待のオンラインゲーム、俺みたいに人が待機していないはずもなく ———


———よし、釣れた。


「———っしゃあ一番ノリィィィィ!?」


戦士の風貌をした少年が教会の扉の前に突如現れる(・・・)

彼は勢いよく駆け出すが、先刻俺が仕掛けたワイヤーに足を引っかけ転倒し———


———待ち構える杭が彼の眉間を貫通した。


「こんな上手くいくとはなあ!」


腰に刺してある「初心者の短剣(ビギナーズダガー)」を取り出し接近、瀕死の彼の首筋を掻っ切る。


勢いよく血飛沫を上げる彼の亡骸であったが、数秒後遺品だけを残し、ポリゴンとなり飛散した。


「大丈夫だ少年、お前の死は無駄にはしない!」


彼の遺品を素早く回収、その中から「初心者の剣(ビギナーズソード)」というアイテムを選び出し、【罠設置】で初心者の剣を杭の柵に追加する。


———〈称号【PK】を獲得しました〉


———グシャッ

———ゴシャッ


さて、追加で罠に掛かった連中にも止めを刺しに行こう。


◇◇◇


つい先程まで活気に溢れていた広場に人の断末魔が響き渡る。豪快に水を吹き出していた噴水は赤に染まり、大量の武器やアイテムが趣きある石畳の上に散乱している。


流石は期待の新ゲームと言うべきなのだろうか。死体が消えるより先に新たな贄が転げ落ちてくる。ほんの数分でより凶悪となった俺の罠は、さながら地獄の針山のようであった。


「プレイヤーが死ぬ度新たな武器が追加されるんだから、そりゃあ剣山ぐらいできるよね。」


えーと、初心者の剣が24本、初心者の短剣19本、初心者の長剣ビギナーズロングソード12本、初心者の大剣ビギナーズグレートソード15本、その他諸々の殺戮マッスィーンに加えることができない武器やアイテム…


武器の数ヘイト買ったって事じゃん。もっとお買い物せねば。



普通ならば同じ初心者のスペックで(いち)プレイヤーが他のプレイヤーを一方的に嬲り殺すこと出来ない。普通ならば。


「運営がザルだったら話は別だがなあああ!」


いやあ、体が慣れてきた。とてもアクロバティックに人を殺せる!流石サンヴァン、体が軽い!気持ち悪いぐらい体が滑らかに動く!


「ごびゃへッ」


後頭部が潰れる音まであるのかサンヴァン!素晴らしい、感動のあまりインベントリ内の毒を全部ぶちまけてしまいそうだ!


「あ、あ、、ああ、あ、目が溶け…と…け…?」


もう少し続けたいところだがそろそろ潮時だ。気丈に振舞ってはいるが、実のところこの虐殺劇はギリギリの所で成り立っている。そもそもここまでことが上手く進むとは思わなかった。


もし、トリップワイヤーの耐久値が切れたら———

もし、人が多すぎて逆茂木に刺さらなくなったら———

もし、運営が介入したら———

それとも———


「おま、こ…ろ…」


「うん、態々(わざわざ)ネガティブに考える必要なし、楽しんでいこう。あ、タンク職さんチーッス。」


そこには急所を免れたのか、鎧に穴を開け地面にひれ伏す巨漢が震える手を伸ばしていた。

おそらくVIT(防御力)極振り勢なのだろう。だってさっき初心者の長槍(ビギナーズパイク)にひっかかってHP全損した重鎧纏ったプレイヤーいたし、おそらくそれぐらいしないとこの針山の殺意に耐えられそうにない。


「タンク職ってVIT高めに設定するからHP削りにくいんだよね…」


「てめえ、は、殺す…」


「起き上がろうとしても無駄だよ、さっき麻痺毒撒いたから」


なんか片手でウィンドウ操作してるけど…ああそうか。報告用のスクショを取ろうと。うんうん、身動き取れない状態で今出来ることをしようとする、素晴らしい心がけだ。けれどね———


「…!プレイヤーネームが、見れない?!」


虫の息で驚愕を表すタンク職さん。

そりゃそうだ。さっき【隠蔽《マスク》】で重要な情報を一時的に隠したんだから。


・【隠蔽《マスク》】

一時的に自分のステータスの閲覧を禁止する。


晒上げには情報は必須。であったら遮断してしまえば良い。


「序、盤で【隠蔽《マスク》】、【罠設置《クリエイトトラップ》】とかは…詰むって、考察スレ、で———」


どうやら彼は事前にキャラ構成などを考えてきたらしい。だが———


「え、別に俺もうこのゲームやる気ねーから別にいいし?続けるにしてもこんなことやらかして運営が俺を野放しにするとは思えないし?」


戻るつもりは無いから本当は【隠蔽《マスク》】もいらないんだけど、この名前は割れてる(・・・・)からなあ。「ああああ」にでもしておくべきだったか。


ていうか運営ほホントどうした?ゲームサービス開始直後を運営が見守ってないはずがない。自分で言うのもアレだが垢バンされてないのが不思議なんだが。


「絶対…絶対許さねえ!!!」


「その顔を見るために【隠蔽《マスク》】とったんだけど、いやあスクショする指が止まらねえ」


スクショをするならスクショされる覚悟もなんとやら。


「おま、覚えて———ガハッ」


「そういや、微毒も散布してた」


ほっといても倒れそうなHP(体力)ではあるが、折角なので直接手を下そう。

回収し損ねた初心者の大剣の一つを、非力な幼女の腕力で男のがひれ伏す場所まで引き摺(ひきず)り、振りかぶる。振り下ろされる大剣はゲーム内に導入された物理エンジンに従い、男の首を刎ねた。


「このようにVITの高い奴もいるからな。突破されるのは時間の問題ってわけだ」


というかさっきのお話(煽り)のせいで消費(キル)生産(リスポーン)に追い付かなくなって、もう突破される寸前なんだけど。ほら、俺の屍を越えてゆけ〜してる奴がちらほら出始めてる。ワイヤートラップも一回喰らえば対処できるしな。


俺は別に結末を見届けたい訳では無い。いたいけな幼女のフリしてもサンヴァンの素晴らしい返り血グラフィックのせいで即バレるからね。


「ああ、そういえばイントロムービー、見たかったな。ナビちゃんには悪いことした。あとで動画でも探しておくか———ってあー!早速仲間の死体を踏み台にしてる奴が———」



———そう、これは全てゲームでのお話。現代だろうと、タイムトラベルしようと、異世界へ飛ばされようと、現実でこの様なフランス革命も真っ青な処刑を繰り出そうとも思わないし、俺には最後までことを運ぶ技量もない。


だがここはゲーム。この仮想現実でくらい、例え他人に迷惑を掛けようとも好きなように生きてみたいではないか。


「クソとでも外道とでも呼んでくれ、けど折角神様(運営)がこの惨劇を黙認しているんだ、楽しんでいこうぜ?」



そうして俺はもうしばらく虐殺を続けたあと、自分が創り出した死屍累々を満足気に達観し、ひっそりとログアウトするのであった。


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