幼女爆誕
外界と隔絶された白い空間、チクタクと時計の針が動く音だけが響く。
巨大なワールドクロックが時刻を表示する。
懐かしき大時計は、一秒一秒を正確に刻む———だが、過ぎる時間はやけに長いように感じて———
———カチッ
時計の針が天辺で重なった。
『只今の時刻は午後十二時。サンドボックス・ヴァンガード、サービス開始しました』
事前にセットしたタイマーの無機質な合成音声が淡々とゲーム開始を報告する。
シュイ―ン、と心地良いエフェクトと共に「ログイン」と表記された薄緑のパネルが現れると同時に俺は素早く起き上がると、迷いなくパネルに指を突き刺した。
運がよかったようだ。俺は回線戦争から一歩先に離脱し、ゲームの起動を確認した。
———目の前に広大な宇宙が広がり、浮遊しているかのような感覚に包まれる。星々の輝きを堪能していると、目下の巨大な惑星に意識が誘導され、あまりの美しさに俺は思わず息を呑む。この星がこれから遊ぶゲームの舞台なのだろう。
素晴らしいグラフィックスに感無量となった俺は感謝の意を込め、叫ぶ。
「スキーーーーップ!!」
危ねえ危ねえ見惚れてる場合じゃねえ!
俺の宣言に反応し、このゲームのナビゲーターであろう女性の透き通る声が尋ねる。
『オープニングがスキップされますが本当によろしいでしょ———』
「うん、いい」
暫し、沈黙。
『…了解しました。オープニングをスキップします』
声が渋々了承すると同時に宇宙空間に亀裂が走り、繊細なガラス細工のように砕け散る。
降り注ぐガラスが視界を遮ったと思うと、途端に視界が第三者視点へと切り替わった。
キャラクターデザイン画面だ。
本来ならばじっくりと時間を掛けたい所だが、時間が惜しい。さっさと終わらせてしまおう。
「登録アバターをメインに身長は170cm、髪は銀髪、瞳は碧眼で」
事前に登録してある自分の現実の体を基にして、瞳や髪の色を軽く弄る。結果として当たり障りもない村人Aみたいなモブがその場に形成された。
『リクエストを基に、極めて平凡なボディを形成しました。今ならまだ取り返しが———失礼、変更が可能ですがいかがなさいますか?』
ちょっと待てお前今何て?
『もう一度繰り返します。今ならもう少し映える顔面に設定できますが如何なさいますか?』
———声しか聞こえないが、彼女の嘲りは確と伝わった。
「ナビの癖に俺の顔面貶してくるとはいい度胸だ!その度胸、喧嘩とセットで買えませんかね!?」
売られた喧嘩は買う。ゲーマーとしての嗜みだ。まあオープニングをスキップするやつにゲーマーなんて名乗らないで欲しいというかもしれないがこれには理由が———ていうかこれオープニングスキップめっちゃ根に持ってるやつじゃ———
『了解です』
「えっ」
突如俺の理想のモブ顔アバターは眩い光に包まれる。溢れ出る輝きの中、アバターの輪郭が不安定に澱み、めまぐるしく変形する。そして光が落ち着き、先ほど村人Aが立っていた場所に代わりに形成されていたのは———
———幼女であった。
「…」
「…」
わかるよネットは自分を偽る場所だ。現実にはない開放を求めてVRという仮想空間を訪れる人だっている。だが幼女はダメだろう!?なんか、こう、さあ!
『ボディを登録しました。続いては初期装備設定を移行します』
「あの、その、変更とかは…?」
『出来ません』
「さいですか!?」
『冗談です』
「…ははっ、いや、もう、なんか、これでいい」
「かしこまりました。次に装備、スキル、ステータスを割り振ってください」
どうせこのゲームを遊ぶのは一回限りだ。今から登録アバターをロードし直しても時間がかかる。それにこのナビさん、中々いい性格をしていらっしゃる。
俺がある程度煽りに寛容であることと時間がないことを把握してこういう些細な嫌がらせを仕掛けてきているようだ。
本当に最近のAIは優秀だな。ほんとに中の人入ってないのかこれ?
とにかく万全を期してログイン画面でスタンバっていたのは俺だけではなかったはず。だから俺は急ぐ。
予め決めておいた装備、スキルコード、ステータス、を割り振っていく。そして———
「そっか、名前を決めないとな」
まあ、キャラ名だったら悪名高いこのハンドルネーム———
「ヒキロンでよろしく」
『———登録が完了しました。サンドボックスを楽しんでください』
キャラデザの時のような眩い光が全体を包み、幼女はサンドボックス・ヴァンガードの世界へと旅立つ。