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お先真っ暗

 市中では、聖女が召喚されたのに瘴気が無くならないこと、それに加えて瘴気に触れた動物が魔物化したこと、そこから英雄が見つかっていないことが徐々に知られることになって、不安の声は貴族から平民までじわじわと広がりつつある。


 ため息と共に、お父様からの手紙を机の引き出しにしまった。


使い魔仲間(他の連中)にも聞いてきたぞ。王宮内では別に聖女の評判が下がったりはしてないな。って言うか、そもそも瘴気とか魔王とかもう解決したと思ってる奴らも多い。軍部の連中や上層部は結構ヤバイと思ってるみたいだが、そういう、危機感持ってる連中が聖女を護ってる感じだな」


「そう……」


 どうやら上層部は魔王復活を大事(おおごと)にせず、密やかに解決しようとしている。実際、迅速に聖女召喚は行われて、瘴気の浄化作業も順調に始まっていた。

 伝承通り英雄の選定が行われていれば、とっくに魔王は討伐され事態は終息に向かっていた、のかもしれない。


「今はまだ、上級や中級の貴族やそれに並ぶ身分の連中に実害が無いから騒ぎになってないが、いずれ食料不足にでもなったらどうなるか分からないぞ」


 食料不足。

 それはとても深刻な事態だわ。もしそうなってしまったら、魔王を倒すことが出来ても、不足した食料はすぐには回復しないもの。飢えて死ぬような犠牲者が、もしもたくさん出ることになったら。


 シリウス殿下は、どんなに苦しみ、悲しむことだろう。


 だけど、英雄を見つけられないカノを、上層部は、シリウス殿下は庇っている。


「…………」


 すりすりっと擦り寄せてくるリゲルの頭を撫でながら、私は。


 何度ため息を吐き出しても、胸の内に絡みつく、暗いモヤのような嫌な気分は無くならない。澱のように深く沈んで、心の奥を侵食していく。


 何をしなければいけないのかは分かっている。

 分かっているのにやろうとしない、自分の気持ちも分かっているの。


 他人の不幸を願ってしまう自分の醜さに辟易するわ。

 だけど、願った通りにならなかったことに、ホッとしている自分もいる。


 もうこれ以上は引き伸ばせない。なんとか、しなければ。





 少し、外の風に当たって来よう。

 その日のお勉強を終え、私は中庭に出てみることにした。

 季節は冬の気配が濃くなって、草花もその彩りを失いつつある。


「寒……」


 何か羽織ってくれば良かった。思ったよりも空気が冷たいわ。


「あれは……」


 どうしてもカノのことを考えてしまうせいか、いつの間にか神殿の近くまで来てしまった。カノはこの中で浄化の祈りを捧げているはず。


 その神殿の入り口に、ひとがいる。中を覗くようにしているあの後ろ姿は。


 コツコツとあえて足音を響かせて近づくと、そのひとはハッとしたように振り返った。


 シャウラ・スカイラー。

 神殿の乙女の代表的な人物。神殿の乙女がカノに嫌がらせをしたのだとしたら、関わっていないはずのないひと。


「何をなさっているの? 覗き見なんて、聖女様の神聖なお仕事の邪魔をするような行為は感心しませんわよ?」


 私の言葉に一瞬鼻白んだ表情をしたシャウラは、すぐにふわりと美しく微笑を浮かべた。


「これはステラ様、ごきげんよう。ステラ様こそ、こんなところまで何をしにいらっしゃったのですか? 恋敵への敵情視察かしら?」


「……どういう、意味かしら」


 お人形のような可憐な微笑を浮かべたまま、シャウラは歌うように言葉を紡ぐ。


「あらぁ。ステラ様はご存知ないのかしら。シリウス殿下は婚約者を迎えたばかりだと言うのに、聖女様のもとに日参なさって睦まじくお過ごしでいらっしゃること」


 落ち着いて。煽られちゃだめ。


「殿下は重責を担う聖女様を慮っておられるのです。下衆の勘ぐりは殿下にも聖女様にも失礼ですわ」


「重責を担う聖女様を慮って? そのようにご自身に言い聞かせていらっしゃるのですか? ここ数日は昼食も2人きりで召し上がっていらっしゃいましてよ。どちらが婚約者か分かりませんわね? お可哀想なステラ様」


 嘲るような微笑みと笑い声が胸の中でこだまする。


「…………」


 弾むような足取りで、言いたいことだけ言って行っちゃったわ。

 なにあれ、ムカつく。はぁ。


 理由は分からないけれど、あまり好かれていないことは分かったわ。ろくに接点のない娘なのに。直接話したのだって初めてじゃないかしら。なのになぜ……。


「毎日昼食を2人で……」


 本当かしら。でも、すぐバレる嘘をつくとも思えないし。ん? 話し声? わわ、浄化のお仕事が終わったんだわ。ええっと、隠れた方がいいかしら。



「カノ、待ってくれ」


「しつこいですよー、王子様。それは出来ないって何度も言いました。はい、この話はもうおしまい」


「しかし」


「シカシもカカシもありません。出来ないものは出来ないんです」


「カノ。俺は君のために」


「しつこいですって」


「カノ、待ってくれ!」




 これは……。どう聞いても痴話喧嘩だわ。いやだ。聞きたくない。どうしよう。立ち聞きしていることは、何としてもバレないようにしなくっちゃ。



「お気持ちは有り難いんですけれど、でも私は。ん? あれ? ステラ?」


 ぎく。


「そこにいるの、ステラでしょ? やっぱり!」


 なんで分かったの? あ、使い魔の、えーと、プース! きっとあのコが知らせたのね。

 もう〜、余計なことを。


 カノの足元をちょろちょろ駆け回るプースを恨めしく見ちゃうわ。


「まあ、カノ! お仕事は終わったの? 私もお勉強を終えてお散歩をしていたところなの。偶然ね! 失礼致しました、シリウス殿下。殿下もこちらにいらっしゃったのですね」


 我ながら白々しい……。

 私ったら。焦りのあまり挨拶の順番が逆になってしまったわ。


 殿下、お願いです。「邪魔したな」みたいな目をなさらないで。どうしよう。泣きそう。


「王子様、私、ステラとお昼を食べる約束をしていたんです。ね、ステラ?」


「え? えーと」


「なので今日はご一緒出来ません。行こう、ステラ」


 ()()()ご一緒出来ない……。

 殿下は苦笑気味に小さく息をついて、それから穏やかに微笑んだ。


「では、今日は遠慮しよう。ステラ、カノをよろしく」


「かしこまりました」


 麗しい笑顔。だけど、見惚れる心のゆとりが無い。形だけの笑みを返すだけで精一杯よ。




 カノのお部屋はとても広くて豪華だった。リビングダイニングがだだっ広い。寝室が別になってるのね。


 シリウス殿下が同席することが想定されていたのか、食事は2人分用意されていたわ。給仕のメイドは私を見ても顔色を変えることなく席に案内してくれた。


「今日もお疲れ様。毎日大変ね」


「ん、まあね。土日が無いってのは最初はキツいと思ったけど、午前中だけだし、昼寝し放題だし、逆にそれ以外することもないし、慣れちゃえばどうってことないね」


「ドニチ?」


「ああ、私の世界での一般的な休日のこと」


 そういえば、カノは休みなく毎日浄化作業をしているのね。聖女様が浄化作業をするのは当然だと思っていたけれど、休み無く毎日って大変なことじゃない?


 そうしてもらわなければ、瘴気は増えてしまうし、英雄が見つかっていない以上、仕方ないのかもしれないけれど。


「あの王子様はマメだよねー。真面目っていうか」


 温かなスープを口に運びながら、カノが言う。


「……シリウス殿下のこと?」


「そう。毎日毎日、ご機嫌伺いに来てくれて、あっちこっち連れて行ってくれて、食事に付き合ってくれて。そんなに気を遣ってくれなくてもいいのにねー」


「…………」


 私は、ティータイムの会話すらままならないわ。殿下は考え事をされていることが多くて、私の存在を全く気にしていないみたいだし。義務的に、そこに座っているだけって感じだし。


「忙しいんでしょ、王子様って? 最近は顔色も悪いし。あれ、ちゃんと寝てるのかねー? 私のとこになんか来てないで、休めば良いのに。ステラからも、ステラ?!」


 溢れた雫は止める間も無く、頬を伝い落ちていった。


「ステラ? 何で泣いて……。あっ、違うよ? 王子様が私に構うのは、私に同情してるだけで」


 聞きたくない!


「ステラ……」


 強く首を振ったら、カノは困ったように首を傾げたわ。

 私はそっと呼吸を整えて、ナプキンをテーブルに置いた。


「ごめんなさい、カノ。少し、気分が優れないの。今日は失礼するわね」


「ステラ、待って。聞いて」


「ごめんなさい」


「ステラ!」



 逃げるように部屋に戻って、ソファの上でお気に入りのクッションを抱きしめた。


 逃げるように、じゃないわね。逃げたのよ。


 体調不良を理由に、夕方のお出迎えもティータイムもサボっちゃった。殿下とお会いすることが出来る、特別な時間。以前はあんなに楽しみにしていたのに。


 夕飯も断って真っ暗な部屋でぼーっとしていたら、ノックの音が響いたの。誰?


「ステラ? 大丈夫かい?」


 シリウス殿下……! シリウス殿下だわ! わざわざ来てくださったの? 私を心配して?


「カノが心配していたよ。具合がひどく悪いのなら医者を寄越そうか?」


 …………カノが? カノが心配したから、来てくださったの? そう……。


「大丈夫ですわ、殿下。お医者様にご足労頂くほどではありません。お気遣い、ありがとうございます」


 そっと扉に近づいて、声をかける。この扉一枚隔てた向こうにシリウス殿下がいる。とても近くにいるのに、とても遠い。


「聖女様には、明日ご挨拶に伺います」


「そうか。大事無いのなら良かった。今夜は良く休みなさい」


「はい、殿下」




 それから、どれだけの時間扉の前で佇んでいたのか。

 足元にやって来たリゲルを抱き上げて、私は再びソファに座った。


「ねえ、リゲル。私、破滅しちゃうかも」


 ごめんね、せっかく知らせてくれたのに。


 リゲルは「気にするな」と私の頬をざりざりと舐めた。


「おまえが決めた道ならば、俺はどこまでも着いて行く。たとえ行き先が黄泉の国だったとしても」


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