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やきもちが重なったら

「ねえ、リゲル。カノは何をしているのかしら」


「子供たちと球蹴りだろ」


 なんで?


 王宮内の一角に、王宮に勤める者たちの子供を預かる託児所がある。年齢がさまざまな子供たちの中の、10歳前後の男の子たちと、ひと抱えもあるボールを蹴り合って走り回っている。


 カノはメイドの服を着ているわ。ドレスで木登りをしたことを私が怒ったからね、きっと。


 私はバスケットにクッキーとマドレーヌと紅茶のポットを入れて、カノが子供たちと遊んでいる広場の隅っこにやって来た。


 日の当たる場所を選んでラグを敷く。ちょこんと隣に座ったリゲルの頭を撫でながら、子供たちと走り回るカノを眺めた。


 すごく楽しそうね。それに、ボールの扱いも上手い。足であんな風に自在にボールを蹴ることが出来るなんてすごいわ。ああ、でも、そんなに足を振り上げたら脚が見えちゃう。


「ステラー!」


 あ、カノが気づいた。

 ぶんぶんと大きく手を振るカノにそっと手を振り返すと、満面の笑みを浮かべてまた走り出す。

 

「ねえ、リゲル。やっぱり、私がカノを落ち込ませないと英雄は現れないのかしら」


「たぶんな」


 カノは神殿の乙女たちの嫌がらせに気づいたとき、悲しそうな顔をしていた。神殿の乙女たちが何でそんなことをしたのかは分からないけれど、カノはきっと傷付いたと思う。

 少しは落ち込んだんじゃないかしら。

 ああ、でも。

 パーティのときは見るからに落ち込んでいるって様子じゃなかったからな。

 慰める人物が現れなくても仕方がないのかも。


 ということは、見るからにそうと分かるほど落ち込んでくれないとダメなのか。どうしよう。

 カノのこと、嫌いじゃないわ。嫌う要素なんてどこにもない。傷付けたいなんて全く思わない。


 それなのに。


「ステラ?」


 わ!


「カノ!」


 やだ。いつの間に?

 カノったら、顔の汗をタオルでガシガシ拭いてるわ。そんなに擦ったらお肌が荒れちゃうわよ。


「はい、紅茶。お菓子もあるわよ」


「ありがと。はー、やっぱり体動かすと気持ちいいね!」


 そう?


 ラグの上にどさりと腰を下ろして、渡した紅茶をごくごくと飲み干す。


「カノは運動するのが好きなのね」


「そうだねー。この世界に来る前は、あんまり家にこもってるってことは無かったな」


 家……。聖女様の家ってどんな感じなんだろう。やっぱりこう、光あふれる神聖な、神殿のようなお住まいなのかしら。


「休みの日はいつもどこかに遊びに出かけていたし。ああ、そういえば、ステラの婚約者のシリウス王子って親切なひとだね。私がその話をしたら何かと外に連れ出してくれてさ。この前も馬で遠乗りに連れて行ってくれたよ」


「遠乗り? シリウス殿下と……?」


 私なんて、お庭をお散歩する約束すらまだ叶えてもらってないのに……。


「馬なんて初めて乗った。って言うか、白い馬に乗って王子様が現れるんだからすごいよねー。感動したわ」


 あははと空を見上げて笑うカノの横で、私はドレスの裾を握りしめた。





「ねえ、リゲル。カノは……」


「花に水やってんだろ」


「そうよね」


 でも、なんで?


 表のお庭で、庭師と一緒にホースで水を撒いているのよ。また、メイドの服を着て。


 ドレスを汚さないように気を遣っていることは分かるわ。だけど、そもそもなんでそんなことをしているの?

 ああ、庭師が可哀想なくらいおどおどしているわ。聖女様に庭仕事をさせたなんてお偉いさんに知れたらどうなるか。良く分かっているのでしょうね。


 もう。カノったら。やめさせた方がいいかしら。

 でも。カノ、すごく楽しそうなのよね。浄化のお仕事がどんなに大変か私には分からない。だけど、重責を果たしていることを考えると、楽しそうにしているものをやめさせるのは忍びない。


 絶対にやってはいけないことをやっている訳じゃないし。

あら、あれは。


「シリウス殿下」


 と、イオ。

 殿下がカノに声をかけた。カノはホースを庭師に返してる。殿下の様子から咎めてるって感じじゃないな。あ、カノの手を取ってどこかに行こうとしてる。

 どこに行くんだろう。

 ちょっとシリアスな雰囲気ね。


 視線の先で、殿下はカノをエスコートしてお庭から出て行く。イオが2人に付き従うように後ろを歩いている。

 また、遠乗りに行くのかしら。


 お腹の内側が冷たく冷えて行く。まるで氷の塊を飲み込んでしまったみたいに。


 2人の姿が見えなくなっても、私はその場から動くことが出来なくて。気がつくと唇を噛み締めていたの。



 


「瘴気で動物が?」


「そう。凶暴な、魔物化していることが確認された。王宮内は警備が厳重だから大丈夫だとは思うが、外に出るときは十分注意してくれ」


「分かりました」


 夕方のティータイム。真剣な表情でそう言った後、シリウス殿下は考えに沈んでしまった。


 沈思黙考。邪魔しちゃいけない。

 執事のアークが気遣わし気に私を見るけれど、私は小さく首を横に振って微笑んで見せた。


 以前だったら、真剣に考え込む姿も素敵、なんて暢気に見つめていたと思うけれど。


 私はただ、冷めていく紅茶を黙って見つめていた。





 もしも私が何もしなければ、カノは英雄を見つけることが出来ない。


 カノは英雄を見つけられないから、瘴気の増加は抑えているけれど、減らすことは出来ていない。

 このまま英雄を見つけられなかったら、聖女としての役割を果たせなかったら、殿下はカノのことをどう思うかしら。


 だけど、英雄が見つからなかったら、この国は瘴気に蝕まれて滅んでしまう。今も瘴気の被害は広がっているわ。植物だけでなく、瘴気に触れた動物が魔物化してしまうなんて。


「…………」


 もしも。もしもよ? 瘴気にひとが触れてしまったら、人間も……?


 ぞくりと背筋に悪寒が走る。

 恐ろしいことよ。そんなことにならないうちに、英雄を見つけなければいけないわ。


 英雄を、見つけなければ。

 ……脳裏に蘇る、シリウス殿下にエスコートされるカノの姿。


 私がこのまま何もしなければ……。


 ゆらゆらと、視界の端で長い尻尾が揺れている。日暮と共に暗くなる部屋の中、緑色の瞳が私を見つめていた。


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