聖女様のドレス
「僕の婚約者のステラだ。頼りになる女性だから、困ったことがあったら相談するといい」
僕の婚約者。嬉しい。顔がにやけそう。
聖女様の後ろに控える神殿の乙女の皆さんの、羨望の視線が気持ち良いわ。うふふ、いいでしょ。
そうです。私が婚約者です。
聖女様はちょっとだけ目を丸くしたけれど、すぐに笑顔になった。
「あなたが、シリウス殿下の。面白いひとだなと思っていたからちゃんと知り合えて良かった。よろしくね」
おも、面白いひと……?
そんな風に言われたことは一度もないけど?
「……ステラです。よろしくお願いします。聖女様はパーティに不慣れとのこと。お披露目パーティでは私がサポート致しますので、ご安心下さいませ」
「うん、お願い。頼りにしてる」
にこにこ微笑みながら、本当は心が痛い。だって私、仲良くなれば苦手なことや嫌いなことが分かって、意地悪しやすくなるんじゃないか、なんて考えているんだもの。
純真なふりをして、気にしていること、例えば、コンプレックスを刺激したりとか出来れば、さすがに落ち込んでくれるんじゃないかしら。
……やだな。私、どんどん嫌な子になってる。でも、やらなくちゃ。
このままだと国が滅んでしまう。シリウス殿下の大事なこの国が。それだけは絶対にだめ。
それにしても、聖女様ったら。今日もレースのひらひらの淡いピンク色のメルヘンなデザインのドレス。似合ってない。
先日とは形が違うけれど、似合わないと自覚しつつもこういうのが好きなのかしら。
レースもひらひらも淡いピンクもメルヘンなデザインも、単体ならちゃんとお似合いになると思うわよ? 工夫は、必要かもしれないけど。
全部合わせるから微妙なのよ。
こういうのは小柄で可憐な美少女タイプの女性でないと難しいと思うわ。
聖女様にはもっとすっきりした、シャープなデザインのものの方が似合うと思う。レースやひらひらも袖や裾に上品に少しつけるくらいの方がいいと思うけれどな。
淡いピンクも、オフホワイトのグラデーションとかにしたら馴染みそうなのに。
「それじゃあそろそろ行ってきます。また後でね、ステラ」
聖女様はシリウス殿下とお披露目パーティの話をいくつかされた後、私に向かってぶんぶんと手を振った。
私は優雅に美しくお辞儀を返したわ。もちろん、嫌味っていうか当て付けっていうか、お上品さのカケラもない聖女様の振る舞いに対する皮肉っていうか、そういうつもりだったのだけれど。聖女様はそんな私を見て、何故だか楽しそうに笑ってるのよ。
本当に、解せないわ。
「ステラがいてくれるから今日はもういいよ」
お昼過ぎ、西のお庭に作られたガゼボで聖女様と落ち合ったわ。本日の浄化作業を終えられた聖女様はお供の乙女の方をそう言って下がらせた。
ミモザが紅茶と可愛らしいデコレーションのケーキを用意してくれたわ。美味しそう。
「お疲れ様でした、聖女様」
聖女様はさっそくフォークでケーキを突っついているの。
「ねえ。その、聖女様ってやめない? 私、花乃って名前なの」
存じ上げております。
「ですが、礼を欠いては申し訳が」
「ナイナイ。申し訳なく無い。私もステラって呼ぶし」
「聖女様と私とでは身分も立場も違いますわ」
「じゃあ、お願いする。ねえステラ。私のお願い聞いてくれないの?」
く。わざとよそよそしくしていたのに。聖女様のお願いは命令と一緒よ。分かってて言ってるな?
「では、カノ様とお呼びします」
「様いらない。敬語も無しで」
……え。それはちょっと。
「ええっと、そういう訳には」
偉いひとに知られたら怒られちゃうわ。
「いいじゃない。堅苦しいの、面倒くさいわ」
面倒くさいとかそういう問題ではないのだけれど。
ちらりとミモザを伺っちゃう。特にダメって合図もないな。しょうがない。
「じゃあ、他のひとがいないときだけ」
「うん。いただきます」
カノはケーキをひと口サイズに掬って口に入れる。ガサツに見えて、実は器用なのね。ほとんどお皿も汚さないし食べこぼしたりもしない。
ひょいひょいとケーキを口に運ぶ様子を見つめながら、気になっていたことを聞いてみた。
「カノはそういう、今来ているようなドレスが好きなの?」
「全然」
紅茶もかぱかぱ飲み干してる。ミモザがすすっと寄ってきて、カノのカップに紅茶を注いだ。
「全然? 好きじゃないってこと?」
「そ。でも、こういうのしか無いんだって。クローゼットにおんなじようなドレスが何着もあってさ。毎日違うドレスを着ても、全部着るのに1ヶ月以上かかるんじゃない?」
数はともかく、おんなじタイプのドレスしか用意しないってどういうことかしら。
聖女様の衣装って規定でもあるの? ううん。聞いたことないわ。
「こういうのが良いって希望は出してみた?」
「言ったよー。そしたらこういうのしかないってクローゼット見せられたわけ」
おかしい。
聖女様に関しては相当な予算が組まれたはずよ。ドレスの1着や2着、新しく作るのは問題ないはず。
「この前も言ったけど、似合ってないわ」
「分かってるって。だけど他に無いんだから仕方ないでしょーが」
カノはちょっとだけほっぺたを膨らませて拗ねるような素振りをする。
カノのドレスの手配は、お世話を担う神殿の乙女の皆さんの仕事だわ。どうしてカノが希望するデザインのドレスを作らせないのかしら。
「ステラは普段何してるの?」
私?
「花嫁修行よ。そのために王宮に上がったの」
にこにこと頬杖をついて私を見る瞳は、興味深そうに輝いている。
「花嫁修行! 大変だ。そっかぁ。王子様と結婚するんだもんね。良いひとだよね、シリウス王子。優しくてさ」
どき。
そうよ。殿下は優しくていつも穏やかでとても良いひと。素敵なひとよ。
……最近の殿下は、カノのことばかり話しているわ。
「いつ結婚するの?」
いつ、かぁ。いつになるだろう。
「決まってないわ。少なくとも、瘴気の問題が解決してからになると思う」
「そうなの? じゃあ、私責任重大だな」
頑張らないと。そう言ってカノはにかっと笑った。
あら、私。何気にプレッシャーをかけてしまったかしら。無意識にやっちゃうのはまずいわね。気をつけよう。
私のことがなくても、カノの役割は責任重大。なんたって、この国の未来がかかっているのだもの。
「…………」
カノは私と同じ年齢。それなのに、なんて重い責任を背負っているのかしら。
カノは新しく注がれた紅茶のカップを両手で包んで、にっこりと笑った。
「早く、英雄とやらを見つけないとね」
そう。早く英雄を見つけてもらわなくちゃいけない。でも。
流石に、「そうよ、頑張って」とは言えなかったわ……。
お披露目パーティ当日、会場になるホールの手前でカノと待ち合わせしたのだけれど。
やって来たカノの姿に、一瞬言葉が出なかった。
昼間のパーティにイブニングドレス? それは流石に無いわ。無理よ。あり得ない。
「カノ、カノ! ちょっとこっちに来て! 早く!」
「ステラ。なに? 血相変えてどうしたの?」
どうもこうもないわ!
「着替えるわよ!」
もうあまり時間がない。
私はカノの腕を掴んで、私の部屋へと走った。