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いろいろやってみたけれど

 夕方のティータイム。シリウス殿下がため息をついておっしゃった。


「なぜだか、英雄が選定されないんだ」


 ですよねー。ごめんなさい、殿下。私が不甲斐ないばっかりに。


「候補になりそうな騎士達と面会させているんだが、今日引き合わせた者達も違うと言われてしまった」


 私も頑張っているんですよ。

 でも、なかなか手強くてですね。


 そもそも、聖女様がおひとりになる場面がほぼ無いのよね。それでも、あまりお似合いでないドレスをお召しのときにはそれを指摘してみたり、すれ違いざまにドレスの裾を踏んづけてみたり、行手を遮るように植木鉢を蹴飛ばしてみたりしたのよ。


 だけど聖女様、ドレスは自分も似合わないって思ってるって言ったりとか、私のことも「意外とドジだね」って笑って許してくれちゃって。むしろ私の方がお供の乙女の皆さんにドジを笑われて落ち込んじゃったわ。


 昨日なんて、嫌だったけれど、頑張って虫を集めたのよ。コオロギとかマツムシとかね。嫌だったのよ?

 虫ってあんまり得意じゃないし。


 それをね、芝生でラグを敷いて日向ぼっこをしていた聖女様のそばで放したの。


 さすがにこれはこっそりやったわ。うっかりやることでもないしね。虫が効果あるなら別の作戦に活かせないかなと思って。でもね、きゃあきゃあ嫌がったのは乙女の皆さんだけで、聖女様はとても冷静に使い魔のフェレットをけしかけたの。


 フェレットは嬉々として虫を追いかけて次々と捕まえていたわ。頑張って集めたのに、虫はむしゃむしゃとフェレットに食べられてしまったし、肝心の聖女様はその様子を楽しそうに眺めてらっしゃるのだもの。がっかりよ。


 他にどんなことが出来るかしら。


 私自身はニンジンが嫌いだから、シチューのお皿にニンジンがたくさん入っていたら嫌だけれど、聖女様は好き嫌いがないって伺ったし。


 小説の中では、小動物の死骸をお家に送りつけたり、商品の悪評を流したりするんだけれど、嫌がらせのために小動物を殺すなんて出来ないし、悪評も聖女様の功績の方が大きくて広まりそうもない。


 うーん。嫌がらせするのって難しくない?





「ねえ、どうなってるの?」


「なにが?」


 リゲルは前足を舐めては口の周りを拭ってる。ふよふよと揺れる長い尻尾の先を掴んだら、すごく迷惑そうに言われたわ。


「聖女様よ。私に意地悪されて落ち込むはずじゃなかったの? 全然そんな気配ないんだけど?」


 そもそも落ち込むのかしら、聖女様。とってもメンタル強そうに思える。


「そうだな。今のところ、その未来は変わってないと思うぞ。まあ、オレも全てが見えているわけじゃないが」


 するりと手の中から尻尾が逃げていく。


「そうなの?」


 その割には偉そうに言うじゃない?


「そりゃあな。全部見えて、おまえを助けてやれれば良いんだがな」


「リゲル……」


 そんなにしんみり言わないで。なんだか切なくなっちゃう。


 ぴしっ。


「あうっ」


 ちょっと! 尻尾でほっぺを叩かないでよ!


「しゃんとしろ。オレとおまえは一連托生。おまえに何かあったらオレだって存在が危うくなるんだからな」


 分かってるわよ、そんなこと。使い魔は主人と一心同体。主人が命を落とすことがあれば、共に一生を終えることになる。

 だから、力のある使い魔は主人の危機を察知して知らせるわ。リゲルは優秀な使い魔よ。


「じゃあ、もっと具体的なアドバイスしてよ。どんなことをしたら、聖女様は落ち込んでくれるの?」


 ゆらゆらゆらゆら。尻尾を大きく揺らした後、リゲルはふいっとそっぽを向いた。


「自分で考えろ」


 もう! 意地悪。




「騎士以外の者が英雄であることも視野に入れて、カノのお披露目パーティを開催することになったよ」


 シリウス殿下はなんとも微妙な表情でそう言ったわ。


「……殿下はそのお披露目パーティに反対なんですか?」


 殿下は眉尻を下げて、困ったように微笑んだ。


「あまり、表情を読まれたことは無いんだがな」


「……そう、なのですか?」


 わりと、表情豊かでいらっしゃると思うのだけれど。

 ほら、今も。苦笑を浮かべてる。あ、しまった。


「申し訳ありません。余計なことを」


「いや、そうじゃない。そうだね、お披露目パーティはカノ自身が望んでいないんだ。パーティのような場は苦手だと言っていてね」


「聖女様が……」


「だが、どうにか早く英雄の選定をと言う声が大きくなっていて、出来ることをやらない訳にはいかなくなっている」


「英雄の選定、というものは急いでしなければいけないものなのでしょうか?」


 聖女様がお披露目パーティを嫌がっているから殿下は乗り気ではない、ということ?

 それなのに、お披露目パーティの開催が決まった。


 でも、聖女様が瘴気の浄化をなさっているのだから、慌てる必要はないのでは?


 うーん、と殿下は少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。


「瘴気は魔王が存在する限り生まれ続ける。カノは毎日瘴気の浄化を行なっているが、浄化するそばから発生している状況で、増えてはいないが減ってもいないと言うのが現状だ」


 瘴気が、減っていない……?


「では、作物や植物はの被害は」


「依然、増え続けている」


 なんてこと。

 聖女様の浄化の作業が始まって、瘴気は減っているものだとばかり思っていたわ。


 それならば、上層部の方々が英雄の選定を急がれるのも分かる。せっかく聖女様が日々苦労を重ねていらっしゃるのに、このままではいずれ作物が全滅してしまうもの。


 リゲルの言っていた、魔王を倒さなければ国が滅びるというのはこういうことだったのね。具体的な事象が、まるでイメージ出来ていなかったわ。


「カノには気の毒だが、早く英雄を見つけてもらうためにもお披露目パーティはやるべきだと思っているよ。だから、反対はしていない」


「…………」


 少し伏し目がちに下げられた視線が、ゆっくりと上がって私を捉える。穏やかな湖のような優しい瞳。


 その瞳に私は映っているのだろうか。


「カノの世界では、こちらの世界で行うようなパーティは一般的ではないそうでね。カノがパーティを不安に思うのは、気安く頼れる相手がまだいないからではないかと思うんだ。そこでステラに、パーティでのカノのフォローを頼みたいと考えている」


 思慮深くてお優しい、そんな殿下が大好きよ。

 でも……。


「はい、殿下。私でよければ喜んで」


 胸が痛む。


 パーティは、おそらくかなり大きな規模で開かれるのでしょうね。

 聖女様も、お好きではないパーティに、役割を果たすために出向かれる。


 だけど、パーティにどれだけたくさんのひとを集めても、英雄は見つからないわ。


 どうしよう。

 

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