幸せの始まり
割れんばかりの満場の拍手に、胸が熱くなる。
英雄としての功績を称える表彰式が改めて執り行われ、国王様からティアラを授けられたの。
跪いた私の頭にティアラを乗せ、満足そうに微笑まれる国王様に丁寧にお辞儀をする。
立ち上がった私を温かく包む拍手に笑顔で応えて、無事に表彰式を終えたことにほっとした。
「ステラ様。英雄としてのご活躍、素晴らしいですわ」
「ありがとうございます」
表彰式の後の、魔王討伐を祝う祝賀会。たくさんのひとからお褒めの言葉をかけていただいたわ。名だたる王族や高名な貴族の方たちからもよ!
夢みたい!!
「ステラの頑張りには当然の賞賛だよ」
シリウス殿下はそう言って微笑む。
「でも、魔王討伐は私ひとりの功績ではありません。カノがいて、イオがいて、そして、殿下がいて下さったからこそ成し遂げることが出来たのです」
祝賀会に先駆けて、魔王復活と女神像盗難に関わった者の処罰が発表された。
主な実行犯として罪が明らかになったシャウラ・スカイラーには労働の刑が、シャウラを操り国を窮地に陥れた主犯としてその罪が明らかになったシャウラの後見人・サルガス元公爵には禁固刑が、それぞれ処されることになった。
サルガス元公爵は自分の功績に対して一代限りの爵位しか与えられなかったことが不満だったそうなの。
己や家族の将来の安泰のため、その地位をさらに盤石なものにするために自分が後見人を務めるシャウラをシリウス殿下の婚約者にと推していたのだそうよ。
シャウラは申し分なく美しく、神殿の乙女としての役割を立派に果たしていた。けれど、婚約者には選ばれなかったわ。
サルガス元公爵の不満は増した。
そうして、何がなんでもシャウラをシリウス殿下の婚約者にと願う邪な気持ちに使い魔が応えた。
リゲルが私の未来を予言したように、ライデンがイオに英雄であることを示す合言葉を教えたように、サルガス元公爵の使い魔は邪魔な私を排除する方法を主人に伝えたの。
女神像へ御神酒を供するのをやめろ、と。
使い魔はひとの世界の正義よりも主人の願いを優先する場合が往々にしてある。
使い魔が間違ったことを言ったら、それは戒めなければいけないわ。使い魔が提案したと言っても、それを実行したならばその罪は主人のものなのだから。
サルガス元公爵の刑にはどのような恩赦も適用されないと記された。
日の当たらない地下牢で、孤独に、ただ時間を費やすだけの人生を過ごすのよ。
シャウラに与えられた労働は御神酒の製造に関わるもの。シャウラは、触れたら自身の肌を爛れさせる御神酒を扱う仕事を、御神酒に触れてしまうかもしれない恐怖の中続けなければならないのよ。
シャウラはその罪の大きさを知らなかったのかもしれない。ほんの少しだけ、同情の気持ちを感じるの。でも、女神像へ御神酒を捧げるという、己の役割を放棄したことは許されることではないわ。
カノにした、嫌がらせの数々も。
神殿の乙女たちは全員が解雇され、新たに10人の女性が選抜されたわ。正しく務めに励むよう、神官様たちの教えを受ける日々だそうよ。
祝賀会は遅くまで続いたわ。賑やかで華やかなパーティから抜け出して、シリウス殿下と2人、静かなお庭で星空を見上げた。
ひとの熱気で熱った肌に、夜の空気が気持ちいい。
「始めは、ごく普通の、綺麗な女性だと、そう思っていた」
「殿下……」
殿下は小さな声でつぶやいた。
その瞳は、星空を映したように煌めいている。
「でもステラは、最初の印象よりもずっと、気持ちの強い女性だった。その強さがときに優しく、ときに厳しく作用して、より美しくステラ自身を輝かせる。その美しい輝きに、いつの間にか惹かれていた」
煌めく瞳が熱を帯びて、私の視線を離さない。
温かな手のひらが頬に触れ、優しく優しく上を向かせる。
「強くいられるのは殿下をお慕いしているからです。殿下のお側にいたいから、私……」
「それならば、ずっと側にいてこれからも強く輝き続けて欲しい。ステラが婚約者で良かったと心から思っている」
「殿下……!」
嬉しい! 嬉しい、夢みたい!!
「愛している」
あ。
「…………」
触れた唇は優しくて温かくて甘やかで。
心がじんわりと温まる。
満たされていくの。とても幸せ。
思い出す。幼い私に親切にしてくれた少年のことを。
あなたに恋して良かった。
頑張ってきて良かった。
いろいろなことがあったけれど、諦めなくて良かった。
私、幸せだ。
「ただいま、ステラ」
「おかえりなさいませ、シリウス殿下」
平和な日常。殿下は疲れた様子も見せずに優しく微笑む。そうして私の瞳を覗き込んでくすりと笑うの。
「なにかあった? 困っている目をしている」
「いえ、あの、その……」
お茶の用意の整ったテラスに私を誘い、椅子の前で私の手をちょんと引っ張ると、殿下は私をその腕の中にすっぽりと包み込む。
「でででで殿下?!」
最近、スキンシップが過剰ですね?!
何かというとこうして抱きしめてくださるの。殿下の腕の中は安らぎのスペース。心の底から安心できる。
だから抱きしめられるのは大好き。でも、毎回あたふたしてしまうわ。どぎまぎしてしまう。
安らぎはこのどきどきとセットなの。矛盾してる? そうね、不思議ね? でも、本当にそうなの。
「頑張るステラが好きだよ。強いステラが好きだ。でもそれは、弱いステラが好きじゃないということではないんだ。どんなステラも好きだよ」
殿下はなんでもお見通し。
私のちょっとした表情の変化に気づいて、こうして優しく追及してくれる。
こつんとおでこにおでこをつけて、甘やかに見つめる瞳に私が映る。
微笑みが促すの。仕方がない。白状するわ。
「……実はピアノのレッスンが難航しておりまして」
ふ、と殿下が笑ったわ。笑い事ではないのですよ?
「なんだ、そんなこと」
そんなこと……。私にとっては今1番の難題なのです!
ああ楽器。なにか習わせてもらっておけば良かった。全く触れて来なかったものだから、楽譜を解読することが本当に困難なの。ちらっと見てさらっと弾けてしまう王族の皆さんが異次元の存在に思えるわ。
「あれは一朝一夕にはどうにもならない。剣の稽古と同じだよ。続けるしかないんだ。すぐに上手になる必要はないのだから、そんなに思い詰めた顔をしなくていい」
「殿下……」
「ね?」
「はい」
剣の稽古と同じ、か。
そうよね。そもそも、簡単に習得できることじゃないんだ。皆さんも、小さい頃からレッスンを積み重ねて今があるんだわ。
地道に少しずつ身につけていくしかない。
「それに、必ず出来るようにならなければいけない、というものでもないよ」
それはそう聞いたわ。なにかしら楽器の出来る方がほとんどだけれど、嫁いできた妃殿下の中には出来ない方もいらっしゃると。
みなさん、あくまでも趣味として嗜んでいらっしゃるのだと。
「でも私」
「ん?」
「いつか殿下と合奏、したいです」
だから頑張るわ。せめて伴奏が出来るようになりたいもの。
殿下の目が愛しげに細められる。
「いつか、楽しみにしてる」
「はい」
額に唇が触れて、また私の目を見つめる。優しいその瞳にうっとりと目を閉じそうになったの。でも。
「こほん。そろそろお座りいただけませんか? お茶が冷めてしまいます」
呆れているアークの声。ええ、気になっていたわ。ずっと待たせているのよね。
殿下は大きくため息をつくと、名残惜しそうに私を腕の中から解放し椅子に座らせた。
「もう少し待ってくれても良かっただろう?」
ご自身も着席しながらアークにむすっとそう言うの。
「もう少し、もう少しと待ち続けて今になりました。飲み頃ですよ。これ以上冷めたら美味しくなくなります」
アークはあれ以来、ずっと例の髪型をしているの。アークにとっては不本意のようで、時折こうして意趣返ししているようなのよ。
殿下も分かっているから怒ったりはしないの。仲がいい、というか信頼しあっていることが感じられるわ。
あら、リゲル。
最近、殿下のお部屋に訪れるときは一緒に来るようになったのよ。さっきまでどこかに行っていたリゲルがするりと現れて、尻尾を揺らしながら日向にちょこんと座った。
リゲルを追いかけるようにキュオンがやって来て、寄り添うようにリゲルの隣に蹲る。
「キュオンはすっかりリゲルを気に入ったようだ」
「もしかして、キュオンは女の子なのですか?」
ずっと、なんとなく男の子だと思っていたけれど、シリウス殿下の言い方にそんな気がしたの。
「ああ。凛々しい面構えだからそうは思われないことが多いがな」
大きな尻尾をふさふさ揺らして、伏せた姿勢でリゲルを見つめるキュオンがとても可愛らしく思えた。
リゲルも隅に置けないわ。それに、満更でもないみたい。
そう思いませんか?
殿下に視線を移すと、私を見つめる視線と出会った。
穏やかで優しい、殿下の瞳。
大好きで大好きで。
見つめていると、愛しさが溢れてきます。
溢れる気持ちのまま微笑みかけると。
「…………!」
殿下は私の気持ちを受け止めて噛み締めるようにゆったりふわんと微笑んだ。




