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春の訪れ

 アネモネ、プリムラ、ルピナスにカレンジュラ。


「こちら側はハーブになります。カモミールやジギタリスです」


 ふむふむ。


「ポピーはこちらです。アプリコット色のものが咲き始めているので目を引くと思います」


 アプリコット色のポピー……。


「この一角では薔薇が咲き始めています。ですが、今朝確認して来た限りでは、本日の1番のメインはこの位置にあるシャクヤクになるかと思います。大振りのものが綺麗に開いていました」


 シャクヤク……。


 お庭に地図と、花壇の配置。そこに植えられた花の種類を必死に頭に叩き込む。


「しっかり覚えてくださいませ。いけません、そろそろお支度も始めなければ。ステラ様、こちらのドレスにお召し替えを」


 アネモネ、プリムラ、ルピナス……。あん、メモが見えないわ。ちょっとリゲル! そのメモをこっちに。見える位置に。そう、そこで咥えていて!


 ドレスに袖を通しながら目はメモを睨み続ける。

 ええっと奥の角に薔薇。対角線上反対側にシャクヤク。ハーブはカモミールとジギタリスね。よし、覚えた!


 あれ? ポピーはどこだっけ?


 エレガントな雰囲気にまとめた髪を崩さないように気を付けながら、ミモザは手早くドレスを着付け、アクセサリーも付けてくれる。


 大小のピンクパールを花の形に組み合わせたネックレスとイヤリングは、シリウス殿下がプレゼントして下さったものなのよ!

 すごく可愛いの!!

 髪飾りにも小さなパールがあしらわれていて、今日の私は我ながら素敵な感じに仕上がっていると思うの。


 完全にミモザのお陰だけれどね。


 素材のアラを隠す技術、本当に素晴らしいと思うわ。メイドの鏡よ!


 こんこん。


 あら。誰か来たわ。


 ミモザが確認して扉を開ける。現れた人物は恭しく頭を下げると私に向かって微笑んだ。


 私、たぶん、目がまんまるになったと思うわ。驚いて、口もポカンと開いちゃった。


 ぴし!


 痛っ! (いった)〜い! もう、リゲル?!


 リゲルの尻尾がぴしりと私の足首を叩いて、慌てて口を閉じる。

 そのひとは、くすりと笑って背筋を伸ばし、私に手を差し出した。


「お迎えに参りました、ステラ様。ガーデンパーティの準備が整いましたので、シリウス殿下のもとまでご案内いたします」




 穏やかな日差し。柔らかく風がそよぐ暖かなお庭。すっかり準備が整って、ガーデンパーティはひとが集まり始めていた。


 パーティの主催はシリウス殿下。殿下はいつも通りの優しい笑みを浮かべながら、気の早いお客様を持て成し挨拶を交わしている。


 そこに現れた若い執事の姿に、客人たちの視線が引きつけられる。伴われている私と、その執事を、好奇の目で見つめているのよ。


「シリウス殿下。ステラ様をお連れしました」


「ご苦労」


 殿下は軽く頷き私に視線を移すと、とろけるように甘く微笑んだ。

 見上げる私の目の方が溶けてしまいそうな甘やかな笑顔に、どきどきしてしまう。


「やあ、ステラ。今日は一段と素敵だね。とても似合っている」


「あ、ありがとうございます」


 やだわ。顔が熱い。

 殿下は自然な仕草で私の手を取りそっと抱き寄せたの。


 ち、近くありませんか? え。この距離なの? 体の左側が殿下の右側にぴったりくっついているのですけれど?!


「ステラ様、ごきげんよう。良いお日和ですわね。ところで殿下、そちらの者は……?」


 ちょうど挨拶にいらしていた少し年配のご婦人が、あらあらまあまあと目を細めて微笑む。そうして、好奇心を抑えられないように瞳を輝かせながら、私を連れてきた執事を視線で示した。


 ええと、このご婦人はどちら様でしたっけ。殿下のご親戚筋のどなたかだったような。そう。早くに降嫁されて、すぐに旦那様を亡くされた後、優雅にのんびり隠居生活を楽しまれている……。お名前はたしか、アルヘナ公爵夫人。だったかな?


 頭の中で必死に人物図鑑を開く私をよそに、殿下は穏やかな笑みを返している。


「彼はアーク・ケアードといって、僕の1の執事ですよ。最近髪型を変えたので、見違える方も多いようです」


「ええ! あら、アークなの?! 本当、見違えたわ! 以前の髪型も執事らしくて良かったけれど、今の髪型も素敵よ。年齢相応に若く見えるわ!」


 アルヘナ公爵夫人はまじまじとその執事、アークを見てころころと笑ったわ。


 アルヘナ公爵夫人は感情と眉の動きが連動しているかのように眉がよく動くの。

 今も大きく眉が上がったわ。


 殿下のそばでウエルカムドリンクの、空いたグラスを片付けようとしていたアークは、話題が自分に向いたことに気付いて夫人の方へと向き直った。


「恐れ入ります」


 そうなの。迎えに来た執事はアークだったのよ。しかも、殿下が執事姿になっていたときと同じ、わざと少し乱したようなワイルドな髪型をしているの!


 殿下とアークは背格好がよく似ているから、遠目にはあのときの殿下と見分けがつかないと思うわ。だって、ぱっと見は本当にそっくりなんだもの! しかも殿下は変装していたとき、アークの執事服を着ていたのよ!


 殿下は、私が行動を共にしていた「執事風情の若い男」はアークだったのだと、皆に印象付けるつもりなんだわ。


「アークは僕の腹心の部下です。ステラの護衛を頼むことの出来る優秀な男なのですが、最近、不愉快な勘繰りをする者がいて困っているのですよ」


 殿下は困っている、と言うよりも怒りを感じている、といった表情で麗しい眉間に皺を刻む。


「まあまあ、それはお困りでしょうねぇ。ええ、ええ。私の耳にもその噂は届いておりますよ。口さがない者たちの軽口には本当に困ったものです」


 アルヘナ公爵夫人は大袈裟に大きく首を振りながら、同情的に眉尻を下げるの。

 本当に、表情の豊かな方だわ。


「でも、そんな噂はすぐに消えてしまうでしょう。アークの優秀さは多くのひとが認めていますからね。堅実な仕事ぶりは私も高く評価していますよ」


 うんうんと頷きながら、にっこりとアークに微笑みかける。


「恐縮です」


 優雅に頭を下げるアークに、殿下のお顔にも笑顔が戻る。


「今日はゆっくりと美しい花を楽しんでください。食事も、料理長が張り切って腕を振るっていましたので、たくさん召し上がっていただけると料理長も喜びます」


「ええ。ありがとうございます、殿下。ゆっくり、楽しませていただきますわ」


 楽しそうな弾んだ足取りで、アルヘナ公爵夫人は知り合いを見つけたのかそちらへ近づいて行く。

 すぐにアルヘナ公爵夫人の周りには数人のひとが集まっておしゃべりを始めたわ。


「あの方はおしゃべりが好きでね。社交的で交友関係も広いから、今日1日で「噂の男」はアークだったと広まるよ」


 シリウス殿下はそう囁いてこっそりウィンクなんてして見せるの。


「今日はあのときの、ステラが表彰を受けるはずだったあの場にいた者を全員招待している。シャウラ・スカイラーの発言など、アークの実績の前では信憑性を持たない。大丈夫だ」


 大丈夫。力強くそう言って、殿下は優しく微笑むの。

 先日からアークの姿を見なかった。きっと、あの髪型で、王宮内のたくさんのひととさり気なく会話を交わし、その姿の男は自分だとアピールしてくれていたのでしょうね。


 殿下の指示だとしても、それは。


「では、アークのお陰ですね?」


 私は上目遣いに、ワザと意地悪を言う。

 ふふふ。だって、日頃のアークの人徳あってこそ、だもの。殿下の作戦の成功は。


「……まあ、そうだが。だが、作戦のアイデアは俺が」


 ふふふふふ。

 私はこっそり殿下にしがみつく。皆さんの目があるもの。みっともなく見える行動はできない。だからちょっとだけ、ぴったりくっついている体をさらに寄せて、背中に回した手に力を込める。


 見上げると、殿下はうっとりと目を細め、甘やかに微笑んで私を見つめる。その目を見つめ返して、私も素直に微笑んだ。



「あの……。ごきげんよう、シリウス殿下。本日はお天気に恵まれて、ガーデンパーティ日和ですね。ステラ様におかれましてもお元気そうでなによりです」


 あのとき、シャウラの後ろで目を吊り上げて頷いていた皆さんが、気不味そうに挨拶をする。


「ようこそ。美しく咲いた花々を楽しんでいってください」


 殿下はひんやりとした笑顔で対応する。冷たい気配に首をすくめて、皆さんは会話を諦めたよう。すごすごと会場に入って行くわ。


 わざわざ最後まで待って挨拶に来たみたいだったけれどね。


 さあ、パーティが始まるわ。私はホスト側。しっかりとおもてなしをしなければ。



 出席されたたくさんのひとと会話を交わし、庭師が丹精した花を皆さんに楽しんでいただきながら、飲み物や食べ物の差配をする。


 きびきびとしたメイドたちの振る舞いは洗練されていて、それを取り仕切るアークのスマートさは群を抜いていた。


 パーティの始まりには、私やアーク、そしてシリウス殿下を見る視線の中には好意的とは言い難い、好奇に満ちた、ゴシップを楽しんでやろうというものもあったけれど。


 パーティが終わる頃には、そんな嫌な視線はまったく、「まったく」は言い過ぎかしら。でも、ほとんど感じなくなっていたの。


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