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英雄

 新たに用意された部屋は日当たりも良く、最初の部屋よりも広く上等なお部屋だった。

 ベッドが大きくてふっかふか。

 信じられないくらい、寝心地の良いベッドだったわ。


 有り難くたっぷり眠った翌日、お父様に手紙を書いた。お暇願いを申し上げるつもりであること、それに伴い、持ち込んだ私物を引き上げる手配をして欲しいことを。


 私は沢山の候補の中から選ばれたシリウス殿下の婚約者ではあるけれど、まだ見習いの身。結婚前の教育期間に不適格だと判定されれば当然婚約は解消となる。


 魔王に与した疑いは晴れたとは言え、「執事風情の若者と密会していた」という醜聞は、私の力で綺麗に拭えるものでは無い。

 

 婚約は解消されるでしょうし、せめて去り際は美しくありたいわ。


「ステラ様。これは一体……」


「ミモザ」


 取り敢えず、自分でまとめられるものはまとめたのだけれど。

 やっぱりドレスが多すぎるわね。もうここでは着ないようなものは仕舞ってしまいましょう。


「ねえ、ミモザ。次にシリウス殿下にお会いできるのはいつになるかしら?」


「はい。この度の騒動の対応がまもなく完了する見通しであると連絡を受けております。3日後からは通常業務に戻られる予定です」


「そう」


 3日後。

 通常業務ということは、朝のお見送りでお会いできるけれど、忙しい朝に私事で時間を取らせるわけにはいかないわね。


 午後のティータイムのときにお話しさせて頂こう。

 うん。それまでに、荷物を片付けてしまえばいいわ。


「ステラ様、あの……。なんと申し上げたらいいのか」


 ミモザは困ったように切なそうにエプロンを握りしめた。

 ありがとう、ミモザ。同情してくれるのね?


 シリウス殿下の婚約者に選ばれて、私、結構頑張っていたのよ。ミモザはそれを一番知っているから、今回の騒動に巻き込まれた結果を嘆いてくれているのね。


 お世話になったわ。たくさん助けてもらったし、指導してもらった。

 とても頼りにしていたし、ミモザのおかげで私、ずいぶんとそれらしくなれてきていたと思うのよ。


 なんて。まだまだだって叱られちゃうかしら。


 忘れないわ。教わったこと。本当に、どうもありがとう。




「本当にいいのか?」


 リゲルはそう言って尻尾で私の頬っぺたを叩く。


「痛いわ……」


「そんなに落ち込むんなら、もっと足掻いたらどうだ? 去り際は美しく、なんて格好つけてないで」


 だって。足掻きようがないもの。


 リゲルを抱き上げそっと腕の中に囲む。アーモンド型の大きな瞳に映る私は、情けなくもブサイクだわ。

 泣きすぎよ。瞼が腫れてる。


 部屋はだいぶ片付いた。でも、思いの外気持ちの整理は捗らない。諦めなければいけないのに、諦めきれない。


 シリウス殿下にお会いしたい。でも、次にお会いするときが最後になるかと思うと、お会いするのが怖い。


 明日はあの騒動以降、初めてシリウス殿下にお会いできる日。

 お暇願いをしたらもう会えない。だけど。

 醜聞が妃候補に相応しくないことも分からないのかと、そう思われるも嫌。

 引導を渡されなければ引き下がれないなんて、それこそ醜聞になるわ。


「何でだ? お前は悪くないだろう。探偵気取りで浮かれた格好をして来たあの王子が悪いんだぞ」


「だめよ。そんなことを言っては」


「お前だってそう思っているだろうが」


「そんなこと」


 ちょっと、思ってるけれど。でも、言ってはいけないのよ。


 リゲルは顎を上げて、不満そうに目を細めた。

 それから、その不満を吐き出すように大きくため息を吐いて、私の頬にそっと頬を擦り付けたの。


「……あの女の後ろにいたのは誰だったんだ?」


「分からないわ。あの後、あの件について詳しく知るひとと話せていないの」


 私が関わりのあるひとの中で、今回の件に一番詳しいのはシリウス殿下だけれど、殿下に会えるのは明日。


 もしかしたらイオやアークは知っているかもしれないけれど。2人とも殿下付き。殿下がお忙しいのなら、当然2人も忙しいはずで、そもそも、殿下付きの2人に殿下のいないところで会う謂れがない。


 それに、殿下以外の男性と密会していたことが問題になっているのに、今イオやアークと会うなんてとんでもないわ。

 火に油を注いでしまう。


「神殿の乙女とやらが王族には嫁げないっていうのは決まっているのか?」


「決まっている……。そうね、決まっていると言っていいと思うわ。ただし、公の規定で決まっているわけじゃないわ。私も女神像のことを調べているときに偶然知ったのだけれど」


 何十年も前の話よ。

 ある王族のひとりが、妻のある身で神殿の乙女に心を移した。妻は他国から娶った姫君で、夫の不貞にたいそう怒り、国家間の大きな問題となった。

 姫君の怒りの矛先は神殿の乙女に向かい、その姫君の祖国への配慮から、王族は神殿の乙女とは距離を設けるようになったのよ。


 その国とは今も良い関係を築いている。でも、遺恨は消えないわ。だから、その国との良い関係を維持するために、王族は神殿の乙女を妻にしないの。暗黙の了解というやつね。


 女神像のことを調べた、あの日のことが思い出される。

 殿下……。


「…………っ」


「泣くな。お前は何も悪くない。出来ることを精一杯やって、きちんと役割も果たした。俺は、お前を誇りに思うぞ」


 リゲル……。

 強く抱き締めると、リゲルは優しく寄り添ってくれた。


「どんなときでも、俺はお前のそばにいる。だからもう泣くな」


 腕の中の小さな温もりに勇気を貰って、私はゆっくりと深呼吸をした。

 大丈夫。明日はきっと、ちゃんと笑えるわ。




 朝の空気は爽やかで、日差しは柔らかだった。


 煌めくように麗しい殿下は、私を見て優しく微笑んで下さったわ。


「ステラ。見送り、ありがとう。少し、痩せたかな? ちゃんと休めているかい?」


「おはようございます、シリウス殿下。お気遣いありがとうございます。元気ですわ」


 シリウス殿下の手が、頬に触れる。その手に擦り寄ってしまいそうな自分を叱咤して、しゃんと背筋を伸ばした。


 殿下の方こそ、腕の怪我は大丈夫なのかしら。


「…………」


 あら? 殿下、頬が少し赤くなっているような?

 殿下は微かに首を傾げて、ゆったりと微笑んだ。


「そう? ああ、もう時間だ。ステラ、午後にゆっくり話をしよう」


「……はい」


 微笑み返しながら、胸の内側はざわついていたわ。

 午後にゆっくり話を……。


 引導を渡される前に話をしよう。私は密かに強く決意をした。


 そして。



「ステラ。今、なんて?」


 午後のティータイム。挨拶も早々にお暇願いを申し出た私に、殿下は表情を険しくされた。


「お暇をいただきたく、お願いを申し上げる所存でございます、殿下」


 聞こえていないはずはないけれど、私はもう一度はっきりと繰り返した。

 殿下はゆっくりと、大きく息を吐き出して、不機嫌そうに口をへの字に結んだわ。


 それから腕を組んで、背もたれにだらしなくもたれかかったの。殿下……?


「……やはり、俺よりもイオの方がいいってことか?」


「…………はい?」


 イオ? なぜ、ここでイオ?


 思わずイオのいる方を見てしまった。

 殿下の背後で控えていたイオは動揺した様子で目を見開いているわ。

 

「俺よりも、ずっと気が合っている様子だったしな。魔王討伐も俺は役に立たなかったが、イオはステラと共に魔王を討っているし。イオのことを気に入っているのだろう?」


「…………」


 唖然。

 開いた口が塞がりませんわ。

 私が、イオに心を移したとお考えですの?


「あんまりな言いようですわ、殿下。私がお慕い申し上げているのは殿下だけです」


 私は極力ゆっくりと、穏やかに聞こえるように努めて答えた。ひどい誤解だわ。この誤解は何としても解かなければ。


「だが、イオとは親密な様子だったぞ。イオもとてもステラを気にしていたし」


「イオと私は同志、なのですわ。何としても殿下をお守りする、という点で確かに気持ちは一致しています。今も、変わりませんわ」


 同意を得ようとイオを見やると、イオは大きく頷いていた。

 ね? そうよね?


「だが、イオのステラへの気の使いようは、相当に特別なものだったぞ。ステラには分からないかもしれないが、普段のイオを知っている俺には分かる」


「それは……」


 イオを見るとバツが悪そうに唇を噛んでいるの。ここは下手に隠し立てすると宜しくなさそうだわ。

 じっとイオを見つめると、観念したように俯いた。


 うん。バラしてしまいましょう。


「殿下。イオが私を気にかけていたのは、イオが本来の「英雄」だったからですわ」


「……なに?!」


 驚き振り返った殿下の視線を受けて、イオは深く頭を下げたの。


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