王子様の物思い
香り高い紅茶と一口サイズのサンドイッチ、それからマフィンとスコーン。
お仕事から戻られたシリウス殿下と過ごすことのできる、1日の中で1番楽しみな時間。
なのだけれど。
浮かない表情ね。なにか、良くないことでもあったのかしら。それとも、心配事?
物思いに沈む殿下に無神経に話しかけるわけにもいかないし、うきうきした気持ちが萎んじゃう。
あ。殿下の視線が上がった。ここよ。このタイミングで笑うのよ。はい、にっこり。
大丈夫です。沈黙も楽しんでます。強がりです。
執事のアークが殿下の後ろを通ったときに何かしたのね。素知らぬ顔でティーポットを傾けるアークにこっそり胸の内でお礼を言う。
お陰でシリウス殿下が私を見て下さったわ。ありがとう、アーク。
殿下は凛々しいお顔に優しい笑みをふわりと乗せたの。素敵。つられて微笑んじゃう。
「聖女の対応にミモザも駆り出されたと聞いたが、不自由はしてないか?」
「はい。ちゃんと宿題を頂いていますので」
不自由を感じる暇は無かったわね。必死よ、必死。
殿下はくすりと笑ったわ。
やだ。ほっぺたが熱くなっちゃう。
「そうか。ミモザは抜け目がないな。それにスパルタだろう? 適当に息抜きをするといい。庭には出てみたか?」
殿下から見ても、ミモザはスパルタなのね。ちょっとほっとした。
「はい。表のお庭には出ても良いと伺ったのでひとまわり拝見しました。ダリアが見頃で綺麗でした」
色とりどりのダリアが美しく配置されていたわ。とても甘い香りをする種類もあって、楽しく散策できた。
「案内できたら良かったんだが、すまないな」
困ったような、申し訳なさそうな、そんな微笑みも素敵。こんな間近でいろいろな表情を見られるのも婚約者の特権よね。あー、幸せ♡
「いいえ。殿下はお忙しいのですもの。でも、次はご一緒したいです」
「……そうだな」
あれ? 表情が曇ってしまったわ。図々しかったかしら。
「あの、お忙しいのは承知しておりますので、無理にというわけでは」
「いや。近いうちに時間を作ろう」
わ。嬉しい!
「はい!」
元気よく答えたら、なんだか笑われてるみたい?
殿下は楽しそうに目を細めている。
恥ずかしい。素直に喜びすぎたのかしら。えーと、別の話題、別の話題。そうだ。
「そういえば、聖女様はいかがお過ごしですか?」
召喚の儀式から3日経った。だけど、その後の聖女様の動向が分からない。
瘴気の浄化はまだ行われていないようだし、魔王のこともどうなっているのかさっぱり。
昨日招かれた第2王子妃カーラ様のお茶会では、聖女様が無事に召喚されたからもう安心。お任せしておけばなにも心配ない。魔王? なにそれ? みたいな暢気な会話が繰り広げられていていたわ。
カーラ様は穏やかな微笑みを絶やさなかったけれど、貴族の若奥様方の危機感の無さには呆れているようにも見えた。
かく言う私も、リゲルの予言が無ければあまり深刻に考えなかったかもしれない。だって、魔王が復活した、瘴気に植物が蝕まれてるって言われても、出来ることなんてないもの。国の一大事よ。だけど、お上が良いようになんとかしてくれる、そう考えたと思うわ。
でも。今の私は国を守る立場の王子の婚約者。しかも、私の行動が、聖女様の役割に関わっている。
正直なところ、殿下に打ち明けて相談したい。だって私には荷が勝ちすぎる。
だけどね。使い魔が聖女様をいじめろと言った、と言ったところで信じてもらえるかどうか。
婚約者と言っても、まだ名ばかりだしね。
よしんば信じてもらえても、「やめなさい」と言われて終わりそう。使い魔が罪を犯せと言ったからといって、その罪が許されるわけじゃないもの。
罪は実際に行ったひとのものだわ。
なんとかひっそりと聖女様を落ち込ませて英雄を見つけて頂きたい。
「聖女は名をカノというそうだ。今はこちらの状況を説明し、使い魔の獲得に注力してもらっている。瘴気の浄化や英雄の選定は使い魔を得てから、になるな」
「そうですか」
と、いうことは、今聖女様は卵を温めていらっしゃるのね。
「カノはステラと同じ、18歳だと言っていた。話も合うだろう。いずれ紹介するから仲良くしてあげて欲しい」
「はい。もちろんです……」
殿下。私、聖女様をいじめて落ち込ませなくちゃいけないんです。仲良くしつついじめるって陰湿度が増しますね。
顔が引き攣りそう。
「なかなか戻って来られずに申し訳ありませんでした。読書は進みましたか?」
「ミモザ! ええ、頑張っているわ。聖女様のお相手はもういいの?」
聖女様の召喚から5日。朝のお見送りの後、お部屋で自習をしていたらミモザが来てくれた。
「はい。今後のお世話は神殿の乙女の皆様が担当されることになりました」
神殿の乙女。神殿で神様に祈りや歌や舞を捧げる役割を担う貴族令嬢たちよ。しかも見目の良い方達ばかりが選ばれていて、上流貴族男性のお嫁さんにしたい候補ナンバーワンだったりする。
若い貴族女性の憧れの職業なのよね。
美しい乙女達を従えた聖女様。すごい。きっと神々しいわね。絵になるわ。
「ねえ、ミモザ。聖女様はどんな方?」
「そうですね、とても、聡明な方だと思います。それにお優しい。こちらの事情を理解してくださって、協力的です」
事情を理解……。協力的……?
なんでかしら。ミモザは少し憂い顔なの。
口ぶりからすると、聖女様は良い方のようだけれど?
いや、ちょっと待って。良い方なのか。
ちょっとこう、お高くとまっていらっしゃるとか、我が儘でいらっしゃるとか、年齢の割に幼い言動がおありになるとか、そういう部分がある方なら、遠慮なく厳しく注意申し上げることが出来たかもしれないのに。
ミモザが聡明で優しいと言うのなら間違いなくそうなのよ。
私、そんな良い方に嫌がらせしなくちゃいけないのね……。
ため息が出そう。
「使い魔は生まれたの?」
「はい。フェレットでございました。プースと名付けられておられましたわ。近々、瘴気の浄化も始められると思います」
「フェレット! 少し珍しいわね。こちらの生活にはもう慣れたのかしら」
「食事の内容は問題ないようですわ。服装はだいぶ異なるようで難儀していらっしゃいますが、こちらのものをお召しいただいております。作法などは最低限お願いしたいもののみ一通りお伝えしまして概ね問題ないのですが」
え??
「馴染まないものもあるようで、また、大らかなご性格でもいらっしゃるようで、少々心配しております」
……それは、完璧ではない、ということよね?
良かった。ほっとした。
マナーも完璧ですってことになったら付け入る隙が無くなっちゃう。
「ステラ様もお気付きになることがありましたら、あまり角が立たないよう注意してあげて下さいませ」
はい?
「大役をお願いしますので、あまり余計なストレスを与えないようにしよう、というのが上層部の考えなのですわ。ですから、少々のことには目を瞑り、あまりめくじら立てないように、とのお達しを受けているのです」
ええ?!
「ですが、そうは言っても聖女様が物笑いの種になるようなことがあってはいけませんでしょう? 塩梅が難しいですわね」
それは、とても難しい、というか困った。どうしよう。
ストレスを与えるな?
ストレスを与えずにどうやって落ち込ませるのよ?!
これは相当上手くやらないと、注意すること自体が悪とみなされそうだわ。
「そ、それは大変ね。でも、聖女様のお役目の妨げになってはいけないものね」
「その通りですわ。まずはつつがなくお務め頂くことを優先し、その上で逸脱した行動をなされないようサポートしなければなりません。シリウス殿下はステラ様を、聖女様の良きご友人にとお考えのようですし、私からもお力添えをお願い申し上げますわ」
にっこりと美しい笑顔が、否と言わせない迫力あるものに感じるのは後ろめたい気持ちがあるからかしら。
あは。ミッションが、どんどん難しくなっていく気がするんだけど?