作戦会議
質素な狭い部屋。灯もない。
リゲル? ああ、リゲル。良かった。
部屋の隅に置かれたゲージの中に、黒い猫が座っている。目が合うと、ゆっくりと瞬きをした。
若い騎士は、申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「こちらでお過ごし下さい。食事は下女が運んで参ります」
「わかりました」
「あの、ステラ様。自分は、ステラ様の戦闘を拝見して、大変感銘を受けました。ご婦人でありながら素晴らしい剣捌き。女性騎士でも、ステラ様ほどの剣の腕を持つものはいないと思います。ステラ様の剣は綺麗で、なんて言うか高潔で、魔王に与したなんて自分は信じていません。疑いが晴れることを祈っています。どうぞ、ご健勝を」
「……ありがとう」
ガチャリ。
錠をかける冷たい音が響いて、若い騎士の足音が遠ざかると静寂が重苦しく広がった。
「まるで囚人だな」
「まるで、じゃないわ。まさしく囚人なのよ」
ゲージを開けてリゲルを外に出すと、リゲルはするりと私の体によじ登ってくる。
リゲルを抱きしめて、小さな椅子に腰掛ける。
紅茶が飲みたい。無理よね……。食事っていってもどうせ粗末なものしか出てこないだろうし。
この部屋薄暗くて気が滅入るわ。
「ああ、もう!」
「落ち着けよ。状況を説明しろ。何でこんなことになった? あの盃のせいか?」
「そうよ。でもそれだけじゃないわ。シャウラが都合の良いように脚色して国王様に奏上したのよ」
あの盃は、シャウラの言葉を裏付ける決定的な証拠として扱われている。
あれが私の部屋にあった、というのは実際とても不利な材料だわ。
「どこにあったの?」
騎士たちが捜索するのを見ていたんでしょう?
「クローゼット最上段の帽子箱の中。箱ごと誰かが持ち込んで隠したんだな」
クローゼットの最上段。それは気づかないわ。あのクローゼット、天井近くまで棚があって、最上段なんて1度しまったら2度と見ないような場所じゃない。
やられたわね。
「いつかしら」
リゲルは少し首を傾げて髭を舐めた。
「……屋敷の客室を一斉に掃除するって日があっただろ」
「ああ!」
あったわね、そんなことが! 確かあの日は使い魔も別室で待つように言われて、リゲルはキュオンと日向ぼっこをしていたのよ。
あのときか。
「それでお前はどうなるんだ? 処刑されるのか?」
「は?!」
されないわよ! なんて恐ろしいことを言うの!!
「潔白を証明するわ。疑いの要は私が魔王に与したかどうか、だもの」
シャウラは魔王復活については言及しなかった。もちろん、秘密事項だから国王様も宰相様もあの場では何もおっしゃらなかったけれど、もしも魔王に与したとなれば魔王復活についても疑われることは間違いない。
そうなったら国家叛逆の罪で処刑は免れないでしょうけれど。
「あの女! この私が、シリウス殿下を亡き者にしようとしたと言ったのよ! そのために魔王に与したと! 許せないわ!!」
でも、お陰でチャンスもできた。魔王に与したなんて言い出すから、それだけはそうではないと証明する方法があるんだもの。
きっとシャウラは知らないのよ。「魔女の裁定」を。
「廃嫡になった王子が、魔と交わったと判定された儀式だな?」
そう。シリウス殿下と秘蔵の書物を調べたときに記されていたわ。御神酒を飲んでしまった幼いフォーマ王子は「魔女の裁定」によって魔と交わったことが明らかになったと。
シリウス殿下は女神像を示して、それを私に伝えていたのよ。「魔女の裁定」を受けろと。
私の潔白を、信じて下さっているから。
「魔は清められたる聖なる雫を以って払うと伝承にもあるわ。女神像には常に御神酒が捧げられていたし、実際、それによって魔王は復活を妨げられてきた」
「具体的にどうするんだ?」
「王宮の深部に、「魔女の裁定」を行うための特別な泉があるそうよ」
その泉に魔が嫌う清められたる聖なる雫、つまり御神酒を満たして、魔と交わったと疑われるものをその泉の端から端まで歩かせる。
泉は途中深くなっていて、滝のように御神酒が降り注ぐ箇所を通過するから全身が御神酒に浸かることなるの。
魔と交わった者には御神酒は劇薬と同じ。火を浴びたように全身が爛れ悶え苦しむと言うわ。
「つまり、泉を渡り終えて無事であれば魔と交わってはいない、潔白だと証明出来るのよ」
被疑者は全裸でこれを行うことと定められているから、部分的に反応した場合でも隠すことは出来ないのよ。
「だが、あの女のことだ。その御神酒に毒物を混ぜるくらいしそうじゃないか」
「それよ。それが狙いなの」
ふふふ。怪訝そうに首を傾げるリゲルの顎の下をくすぐると、リゲルは鬱陶しそうに手を上げて、私の手を退けようとする。
「どういうことだ?」
泉の御神酒は、「魔女の裁定」が行われる度に新しい御神酒が使われるわ。儀式の始まりに、立ち合い人が揃ったところで満たし始めるのよ。
そして、御神酒に毒性がないことも、そのときに確認される。
「どうやって?」
「毒味を使って」
だから、事前に毒物を混入させることは出来ないの。
「ということは」
「儀式の最中にしか細工は出来ないわ」
でも、必ず仕掛けてくるわ。そこで私が少しでも苦しんだ様子を見せれば、私が魔王に与したと証明できるんだもの。
泉はどこにも繋がっていない。滝のようになっている箇所も、泉の御神酒を循環させているだけだという話よ。
つまりシャウラは、泉に近づかなければ毒物を混入させることは出来ないの。
私が逃げられない泉の中央付近。そこがシャウラの狙い目じゃないかしら。
泉の中央には滝の仕掛けがある。そこに上手く身を隠すことが出来れば。
「お前はどうするんだ?」
窓には格子が嵌められているけれど、リゲルなら通れるでしょう。
「用意して欲しいものがあるの」
闇夜に紛れるように小さな黒い獣の姿が見えなくなる。月のない空を見上げて私は愛しいひとを想った。
魔女の裁定によって、私の潔白は証明できるだろう。そうして、上手くすればシャウラの罪を暴くことも出来るかもしれない。
けれど、私が執事姿の男性と逢引きをしていた、という点については弁解することが出来ない。
婚約は無かったことに、なるのでしょうね。
月のない空は、小さな星が無数に煌めいて、さっきまでとても美しかったのに。
小さな光は滲んでぼやけて見えなくなった。




