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聖剣の導き

 お気に入りのクッションの上でお座りをするリゲルは、最近ちょっと落ち着きがない。

 落ち着きがない、というよりも緊張してるといった方が近いかしら。寛いでいない、というか……。


「ねえ、どう思う?」


「革命にクーデターか? そうだな。このまま魔王を倒せなければ、王子の言う通り国は疲弊し貧しくなるだろう。その批判は王族に集まるだろうから、有り得なくはないな。ただ、そんな疲弊した国を奪ったところで、利があるかというと疑問だな」


「そう、なのよね」


 疲弊し、貧しくなった国。魔王を倒せても、翌日から元通りというわけにはいかないわ。立て直すには時間がかかるし、その間国民の疲弊は続く。国民の目から見て、諸悪の根源に見える王族がいなくなっても生活が苦しいままなら、不満は新たな政権に向かうだろうことは容易く想像できる。


 そのときこそ、革命が起こってもおかしくない。


「王族に恨みでも持っているなら別だが」


 まぁ、ね。

 シリウス殿下を始め王族の方々は、お立場上全く恨まれていないということはないと思うわ。

 主に逆恨みだけれど、逆恨みでも恨みは恨み。

 自分の安全を確保して、国が苦しみながら滅びていくのを高みの見物……。


 いいえ。


「誰にでも出来ることじゃないわ」


「…………」


 そうよ、思い出して。

 魔王を人為的に復活させることが出来る事実は秘匿されていたじゃない。

 王族か、王族に近しい限られたひとしかその事実を知らないのよ。

 王族の転覆を目論む者がいたとしても、誰もがその方法を取れるわけじゃない。


「心当たりがあるんじゃないのか」


「え?」


「王子さ。革命やクーデターを起こす可能性があって、かつ、魔王と女神像の秘密を知る者に、心当たりがあるんじゃないのか」


「…………」


 革命を扇動するような、不穏分子を放出するかしら。国を治めることは綺麗事ではないわ。秘密を知るほど近い者が離反するのを放置するとは思えない。


 だとするならクーデター?

 あり得るわ。女神像に細工をしたのがシャウラだとして、なぜ、シャウラが秘密を知っていたのかが不思議だった。


 だけど、クーデターを画策する者がシャウラを懐柔したのであるならば、疑問も解けるもの。


「革命にしろクーデターにしろそうでないにしろ、もうすぐ女神像は見つかるだろうさ。でなきゃ国がもたない。犯人の目的が国を滅ぼすことでなければ、だけどな」


 リゲルはそう言って視線を巡らせる。

 どうしたの、リゲル? なんだか不安そう。いつもは太々しいくらい強気なのに、こんなリゲルは初めてよ。


 いやだ。なんだか、胸がざわざわする。




「痛っ」


 魔物となったムササビが勢いよく滑空して手の甲を掠めた。


「ステラ様!」


「大丈夫!」


 振り向いたイオを制して、着地したムササビに剣を振るう。魔物化する前の愛らしさは微塵もない、禍々しく牙を剥き出し黒いオーラを発する姿は、命を奪う罪悪感をほんの少し軽くしてくれる。


 ざく、と聖剣を突き刺して地面に縫い留めると、ムササビはすぐに光の粒子となって消えていった。


「ステラ様、手を」


「平気。かすり傷よ」


 手の甲に一筋出来た赤い線は小さな獣の抵抗の跡。


「なりません。さあ、手をこちらに」


 本当に、大した怪我ではないのだけれど。イオったら大袈裟ね。


 観念して手を預けると簡易の救急キットを使って手早く消毒をしてくれた。


「魔物に同情しておられるのですか、ステラ様?」


「…………」


 そうだと答えたら、甘いと叱られそう。

 つい口籠もってしまったら、イオは察したようにその強面に小さく笑みを浮かべた。


「その優しさはステラ様の美点です。ですが、動物たちは瘴気に触れた時点で命を失っているのです。どうぞ、魔物への憐れみよりも御身を大切にしてください」


 そう言って、傷ついた手を優しく包む、武人らしいごつごつと節くれだった大きな手は、とても温かかった。


「イオ。ステラは僕の婚約者だ。僕の目の前で堂々と口説くのはやめろ」


 シリウス殿下ったらお戯れを。

 不機嫌そうな声音で、目を細めてじろりとイオを見ていらっしゃるの。

 少々、芝居がかっていますわ、殿下。


「大変失礼致しました」


 そぅっと私の手を離して、イオは目礼を返す。

 その様子を見ていたカノが、楽しそうに言ったわ。


「なに、今の? 昼メロごっこ?」


 ……ひるめろご? ごめんなさい。ちょっと、何を言っているのか分からないわ。




「ついに王宮内にも魔物が現れ出したか」


 シリウス殿下は厳しい表情でムササビの消えた跡を見ているわ。あのムササビは、王宮内で女神像を探している最中に現れたの。つまり。


「近くに瘴気があるってことよね。私、探してくる」


 カノが身軽にそう言ってくれる。疲れているでしょうに、胸が痛むわ。

 シリウス殿下は厳しい表情のまま頷いた。


「そうだな。午前中に引き続きで申し訳ないが、瘴気の浄化を優先しよう。王宮内の警備を増員しなければ」


「すぐに手配いたします。ステラ様、どうぞ」


 殿下の視線を受けてイオが頷く。それから地面に刺したままだった聖剣を取り、私に渡してくれた。


「ありがとう、イオ。ーーっ!!」


 どくん。


 聖剣が、命を持つように脈動した。

 これは……!


「どうした、ステラ」


「聖剣が反応を! 女神像の気配です!」


 直後に聖剣から光が現れ、一直線に指し示した場所。きっとそこに女神像がある。

 遠くない。あちらの方向。あれは……。


「果樹園か」


 日々、主神クレーターに捧げられる聖なる酒。その御神酒を作るための葡萄を栽培する農園が、王宮の一角にある。

 そんなところに?!


「行こう」


「はい!」


 私たちは果樹園に向かった。

 収穫を終えた果樹園は人気がなく、葡萄の葉の紅葉も終わり、どこか物悲しい気配を帯びていた。


 その葡萄の木の一部に、瘴気が張り付いている。

 カノはすぐに祈りを捧げ、瘴気の浄化を始めた。

 明るい光に包まれて、瘴気が少しずつ消えていく。


 良かった。ここの瘴気はそれほど多くない。きっとあのムササビも、ここで魔物化したのでしょうね。

 果樹園から見えるような近くに、自然の森がある。あそこから来て、ここで瘴気に触れてしまったのね。


 浄化の光は清らかで暖かくて心が洗われるよう。

 煌めいては立ち昇る光の粒子に見入っていた、そのとき。


「…………」


 言いようの無い、怖気(おぞけ)を感じたわ。

 肌の上を虫が這うような。

 誰もいないのに、背後に気配を感じるような。

 突然見知らぬ場所に連れてこられたような、得体の知れない恐怖。


 足元から這い上がってくるこの冷気は、一体どこから……?


 後ろを振り返ると、少し離れた果樹園の隅に、大きな小屋が見えた。

 あれは、物置小屋かしら。


「ステラ様?」


 導かれるように足が向いたわ。


「イオ、俺が行く。お前はここでカノの護衛を」


「御意」


 近づくごとに、甘く傷んだ果実の香りが強くなる。

 収穫した葡萄のうち、御神酒の原料に使えないものが捨てられているのかしら。

 発酵した匂いが、むせかえるよう。


 ゆっくりゆっくり、踏みしめるように足を進めて。


 ダークブラウンの木造の小屋は、近くで見ると年季を感じさせるどっしりとした作りだった。

 

 窓が、内側から何かで塞がれている……。


「…………」


 殿下と顔を見合わせる。殿下はひとつ頷いて、私の先を歩き始めた。


 ハサミやカゴ、肥料や葡萄棚用の木材が小屋の外に出されている。


 殿下は、慎重に扉に手を伸ばして。


 カチリと小さな音がした。扉に鍵はかかっていなかったわ。

 ぎぃと蝶番が軋んで、熟し過ぎた葡萄の香りが中から溢れ出してきた。


 暗い室内に開いた扉から光が差し込んで、中の様子が見えるようになっ……た……。


「ーーっ!!!」




 女神像はそこにあった。

 バラバラにされた無惨な姿で。発酵した大量の葡萄に塗れるようにして、大きな大きな木箱の中に、乱雑に入れられていた。


 赤黒い液体に汚れた女神像は、何の感情もなく天井を見つめていて、まるで血に濡れているように見えた……。


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