動機
聖剣を握りしめてうろうろ歩く。
もちろん、抜き身ってわけにはいかないから鞘に収めたままだけれど、これが思いの外大変なの。
一瞬だけ感じた、女神像の気配のようなもの。でもそれはすぐに感じられなくなってしまったわ。
あの後すぐに周辺を回ってみたのだけれど、聖剣の反応は見られなかった。
だから、まずは王宮の敷地内を隈なく歩いてみようと思ったの。
だけどこれ、目立つわ。
私はただの公爵家の娘でしかなかったけれど、今や英雄として名を知られているし、聖女のカノはもちろん、シリウス殿下の一の騎士、イオのことだって王宮内に知らないひとはいないでしょう?
それに誰よりも目立っているのは……。
「これはシリウス殿下。聖女様にステラ様も、皆さんお揃いで、お散歩ですか?」
そうなの。シリウス殿下、そのひとなのよ。
見つけたらお知らせしますと申し上げたのだけれど、どうしても一緒に回るとおっしゃられるのだもの。
殿下と一緒にいられることは良いのだけれど、目立って目立ってしょうがない。
こうして声をかけられるのは何度目かしら。
真っ白い猫を抱いたサルガス侯爵に、シリウス殿下は穏やかな声音で返したわ。
「調査だ」
「左様でございましたか。お勤め、ご苦労様でございます」
それにしても、暢気なものね。
王宮内に出入りする貴族は、魔王の復活や瘴気の発生、女神像の紛失といった大事件に対する反応が二極化している。
超上級の貴族たちは他人事。まだ、自分たちの生活に影響が出ていないから。
でも上級以下の貴族たちには影響が出始めているわ。領地に被害が出ていたり、収穫物の減少や質の低下があれば当然成果物の出来にが関わってくるし、物流も平時のときと同等には行えていないから。
サルガス侯爵は貧しい子供たちへの支援を行う慈善活動が評価されて、一代限りの爵位を叙された立派な方。
王宮内では主に神殿の業務に携わり、大神官様の信頼も厚い。
だけど私はこの方が苦手だ。
どこを見ているのか分からない涼やかな瞳が、漠然とした不安を感じさせる。
シャウラの後見人だから、というのもあるわ。シャウラに対する良くない感情をこの方を見ると思い出すの。
それに。
「ステラ様におかれましては英雄の大役に励まれておられる由、誠に感謝致しております。華奢な肩には重過ぎる責と存じますが、ステラ様の卓越した能力で見事に果たされることと期待しております」
これよ。慇懃無礼も極まれりというものだわ。その言葉が本心ではないことは、言葉の冷たい響きで感じることが出来る。
王宮に上がって以来、顔を合わせればこの態度。シャウラと仲が悪いから、疎まれているのかもしれないわ。
「お心遣い、痛み入ります」
こういうときこそ堂々と。言われた言葉に萎縮なんてしない。謙遜もしない。
「そうよ、感謝なさい」と、気高く微笑んで見せるくらいで丁度いい。侮られてなるものですか。
私には過ぎた大役と、内心苦々しく思っているのでしょうね。
私が魔王を倒し、重責を果たせば私の評価が上がってしまうし、失敗すれば国は破滅に近づく。
小娘の活躍が気に食わないのだとしても、国のためには私が魔王を倒すしかないのだもの。
「感じの悪いオジサンだったね」
騎士たちの訓練場の裏手まで来たところでカノが言ったわ。
本当にね。でもそう言うことは口に出さない方が良いのよ。どこにどんな「耳」が潜んでいるか分からないし。
見たところ、ここは人気が無いから大丈夫だと思うけれど。
「ステラ様なら間違いなく魔王を倒されるでしょう。あの方の言い様など、気になさる必要はありますまい」
「そうだよねー」
イオの言葉にからりとカノが笑う。
イオはいつも、ごく自然に信頼を寄せた言葉をかけてくれる。カノは出会った最初と変わらない、明るい笑顔で笑ってくれる。
殿下は穏やかに私たちのやり取りを見守っている。
最近はこの関係が心地良い。
「ステラ、どう? この辺、何か感じる?」
でも、早く終わりにしなければ。カノの笑顔に報いるためにも。
それに殿下の名誉のためにもね。あんな嫌味、いつまでも言わせておけないわ。
気を取り直して気配を探る。
「いいえ。聖剣の反応はないわ」
こっちの方には無さそうかしら。
数歩歩いては聖剣を確認し、また数歩歩いては聖剣を確認する。
うーん。無さそう……。
「そうしてると、ダウジングしてるみたいね」
カノがそう言ってくすくす笑う。
ダウジング? なあに、それ?
シリウス殿下もイオも首を傾げているわ。
「占いで、宝探しをする方法だよ。私の世界では有名だけれど、実際にやるひとはあんまりいないんじゃないかな?」
「まあ、占いで宝探しを? カノの世界の方は皆さん占いに習熟していらっしゃるの?」
あ、でもやるひとは少ないのか。うん?
「ううん。本当にお宝を見つけられるひとは、ほとんどいないと思う。占いでお宝を手に入れようってひとが、そもそも少数なんじゃないかな」
「あら、どうして?」
「実際には見つけられないからだと思う。あるかどうか分からないお宝を探すより、堅実に働く方が現実的だもん」
当たらなくても占いを好きなひとは多いのだそう。
当たらないのか。
実際に見つけられないのなら、そうね。
やるひと、いなくなってしまうわね。
「ステラはどうして、女神像が王宮の施設にまだあると考えているの?」
まずは王宮内の調査を、と私が言ったことを不思議に思っていたみたい。
「盗んだものって、遠くに運び出したいものじゃない? 見つけられたくないし」
そう言って、カノは頭の後ろで手を組むの。
そのポーズはちょっと、レディっぽくないわよ、カノ。
「自分も、疑問に思っていました。犯人は盗んだものをいち早く王宮の外に持ち出すのではないでしょうか」
鋭い視線を周囲に巡らせながらイオも言う。
ふたりとも、すでに女神像は王宮内には無い、と考えているようなの。
通常の盗難事件なら、私もそう考えたと思うのよね。
シリウス殿下は、静かで柔らかな瞳を私に向けていた。
……私は、シャウラが犯人だと思っているわ。
シャウラは、神殿に自由に出入りができて、同じように出入りできる他の神殿の乙女たちの動きを制御できる立場よ。
女神像への細工も可能だわ。御神酒を水にすり替えることだってできると思う。
反対に、シャウラの目を盗んで、他の者が女神像に細工をすることは難しい。
リゲルに話した通り状況証拠でしかないし、リゲルに指摘された問題点も分からないままではあるけれど。
リゲルに指摘された問題点。つまり。
「動機が、ね……」
「動機?」
「ええ。女神像を盗んだ動機が問題だと思うの」
カノとイオが顔を見合わせる。
「魔王を討伐されないため、じゃないの?」
「そうね。じゃあ、それはなんのため?」
カノとイオが、また、顔を見合わせた。
「犯人は、国を滅ぼしたいのかしら。もしそうだとしたら、女神像はもう王宮内には無いかもしれないわ」
「でも、ステラはそうは考えないのね?」
「ええ」
私はシャウラが犯人だと考えているから、その目的が国を滅ぼすことだとは思わない。だって、自分の住む国を滅ぼす必要なんてないでしょう?
でも、魔王の討伐を遅らせる理由なら考えられることがひとつあるわ。
それは、私の評判を落とすこと。
英雄となった私の評判を落とし、シリウス殿下の婚約者の座から蹴落とすことよ。
そのために国を存亡の危機に陥れるなんて馬鹿げているけれど、聖女様さえ召喚できれば簡単に魔王を退治できるような、あのふんわりした伝承を信じているならあり得ると思うの。
そうして、シャウラが犯人ならば、女神像を、たとえ分解していても、王宮の外に持ち出すことは難しいと思うわ。
なぜならば、シャウラは神殿の乙女だから。その美貌と、神殿の乙女としての活躍で、王族の方々に負けないくらい知名度が高いのだもの。
不審な行動をすれば、必ず、見咎められるわ。
だからまだ、女神像は王宮内にあると思う。私を失脚させた後は、カノに魔王を発見させるつもりじゃないかしら。
でも、確証が無い以上、シャウラの名前はまだ言うべきじゃないわよね。
私の考えは、シャウラを犯人と仮定してのものだし。
「……国を滅ぼすことが目的ならば、魔王が復活した後、カノの、聖女様の召喚がなんの妨害もなく行われたことが大きな疑問だわ。伝承によれば、聖女様が召喚されれば魔王は討伐されてしまう可能性が大きいでしょう? それに、女神像が紛失したタイミングも遅いと思うの。国の滅亡を目論むのなら、もっと早い段階で盗み出すのではないかしら」
だから、犯人の目的は魔王の討伐を遅らせることではないかと話すと、カノはなるほどと頷いた。
「いずれ魔王は倒さなくちゃいけないから、女神像は王宮の中に隠したんじゃないかってことね」
「魔王討伐を遅らせる理由はなんでしょうか」
「魔王との戦いが長引けば、国は滅びずとも疲弊する。革命やクーデター、他国からの侵略にも注意をしなければならないな」
革命やクーデター?!
シリウス殿下の言葉にぎょっとしてしまう。
あら。眉を寄せて顔を顰める殿下も凛々しくて素敵。いえ、そんな場合では無いわ!
革命やクーデターですって?
考えもしなかったわ。
私の憶測通り、シャウラが犯人ならばそんな大それた思惑ではないと思うの。
そうよ。さすがに、考え過ぎだわ、殿下。
でもまさか。まさかシャウラは犯人ではない、なんてことがあるのかしら……。




