魔王と女神
「リゲル、聞いて!」
リゲルはお気に入りのクッションの上で丸くなっている。
ちょっと、聞いてよ! 暢気に寝ている場合じゃないわ!
「なんだ、騒々しい」
「お淑やかになんてしていられないわ! 魔王がどうして復活するのか、リゲルは知っていたの?」
ぴし!
「あう! もう! しっぽで叩かないでって、いつも言っているじゃない!」
「近い」
いいでしょう? 近くたって。
何でそっぽ向くのよ?
「ねえ、私、シャウラが怪しいと思うの」
「なぜ」
「だって、いけ好かないもの」
ぴし!
「あう!」
痛いってば! そのしっぽ、針金でも入っているの?!
「理由になってない」
えー……。でもね。
「祈りの間の床、ピカピカだったわ。女神像の台座も、磨き直したかのように綺麗だったの」
「それが?」
「証拠隠滅、図ったんじゃないかな。ちょっとの傷なら、研磨したら分からなくなるんじゃない?」
「それを、シャウラがやったと?」
「シャウラなら出来るわ」
神殿の乙女の中心人物でリーダー的存在だもの。他のメンバーに指示が出せる立場よ。
何かの理由をつけてメンバーを祈りの間に近付かないように仕向けることも、彼らに悟られないように手伝わせることも出来るのではない? ううん、絶対出来るわ。
もっと言うと、シャウラ以外にそんなことが出来るひとはいないと思うの。
そうして魔王を復活させて、討伐されないように女神像を隠した。
「何のために?」
「え? っと。何のため、かしら……?」
ひゅん。ささっ!
「…………」
ふふん。同じ手は3回も食わないわ。
ゆらゆら揺れる長いしっぽが、ほんの少し緊張したのをちゃぁんと見てたんだから!
空を切ったしっぽを大きく揺らしながら、リゲルはふんと鼻を鳴らした。
「動機が分からなきゃ、追及は難しいな」
そうなのよね。魔王を復活させる目的って何があるかしら。国を滅ぼすため? それこそ、何のために? って感じよね。
自分の国を滅ぼそうとするほどの恨みを抱いている? なぜ?
「でも、動かぬ証拠があれば、言い逃れできないわ」
「あるのか?」
「これから探すのよ」
びし!
「痛っ」
ちょ。今すごくスピード速かった!
「見つけてから言え。滅多なことを口にすると、足をすくわれるぞ」
「分かってるわよぉ。あのね、シリウス殿下と女神像のことを調べることになったのよ。王家の蔵書を見せてくださるんですって!」
「……信頼されてるってことだ。良かったな」
「ええ!」
「英雄」に選ばれてどうなることかと思ったけれど、結構頑張れていると思うし、殿下とも近しくなれたと思うの。
もちろん、現状はとても楽観出来る状況ではないわ。浮かれてちゃダメって分かってる。殿下のお気持ちを考えれば、とにかく早く魔王を倒してカノを元の世界に帰すことが急務なんだから。
カノだって、早く自分の世界に帰りたいはずよ。だから私は殿下のために、カノのために、ひいては国のために魔王を倒す!
そのためにも、女神像を見つけ出さなければね。
「やあ!」
後ろ足で立ち上がった熊を素早く剣で払う。のけぞった首元を狙って剣を突き出して引き抜くと、大きな体がぐらりと倒れた。
「お見事。素晴らしい剣さばきです、ステラ様。もしや、師はオルコット卿ですか?」
感嘆、といった風にイオが言ってくれる。
殿下の一の騎士であるイオに褒められると、誇らしい気持ちになれるわ!
「ありがとう、イオ。ええ。オルコット伯爵には幼い頃から師事しているわ」
「それは羨ましい。ぜひ、今度手合わせ願いたいですな」
そう言いながらイオも力強く剣を振り、飛びかかって来た猿を薙ぎ払った。
重そうな剣。私には受け止められないわ。
少し強面なイオの顔に笑みが浮かんでいる。剣術が好きなのね。魔物化した動物たちに相対しているときは血気盛んな様子だもの。
殿下のお部屋でお話をしていたときとは大違い。
私ね、イオとは話が合うと思うのよ。だって、私もイオも殿下をお守りすることを一番に考えているもの!
ああ、近いうちに殿下談義に花を咲かせたいわ。きっと、楽しいと思うの!
「まあ、うふふ。とても敵わないわ」
「俺だって気付いていたぞ。ステラの剣筋はオルコット卿の流儀を素直に写しているからな。真面目に鍛錬を積んだことがちゃんと分かる」
「まあ、ありがとうございます」
殿下にも褒めてもらっちゃった。嬉しい! でも、なんでちょっと拗ねた口調なのかしら。
「殿下も教えを受けておられましたからね。オルコット卿は厳しくてよく泣いておられた」
懐かしむようにイオが言う。
まあまあ、殿下もオルコット伯爵の指導を? お小さい殿下にはオルコット伯爵の指導は確かに厳しいと思うわ。
泣いてしまうなんて、可愛らしい。ちょっとイオ。その話もっと詳しく!
ああ、本当に。たくさんお菓子を用意して、語り明かしたいわ!
「な、泣いてなどいない!」
ほんのちょっぴり目元を赤らめたシリウス殿下も色っぽくてステキです。
殿下は照れておらるのかぶつぶつと文句を言いながら足下に這い寄ってきた大きな蛇を始末している。
「……殿下の剣は、オルコット伯爵というよりはカストル侯爵の流儀に近く感じます」
「お。分かるか、ステラ」
にやり、と殿下が笑った。どきっとしたわ。その笑い方は反則的にかっこいいです。普段の穏やかな笑みとは全然違う。かっこいいです!
「流石ですね、ステラ様」
「では、やはり?」
「カストル卿はご自身で剣術指南の教室を開くほど「教える」ということが好きな方で、実際教え方が上手なお方です。厳しさはオルコット卿と変わらないでしょうが、子供の扱いが上手でいらっしゃった。殿下はオルコット卿には怯えて、いえ、あまり懐かれていなかったが、カストル卿にはよく懐いていたのです」
殿下がイオの話を遮るようにこほんと咳払いをした。
「よく気付いたな?」
「剣術大会には父と2人で良く足を運びました。カストル侯爵はいつも活躍されておられましたから」
よっ、と。
そろそろ片付いたかしら。動く影はもう、見えない、わね。
「3人ともカッコイイなぁ。私も聖女じゃなくて、剣士とかで召喚されたかったー」
とっくに浄化を終えていたカノがつまらなそうに頬を膨らませている。
カノったら、そんな風に座ったらドレスの裾がシワになっちゃうわよ。
「確かに、カノならそっちの方が似合いそう」
ドレスで走り回ったり、木に登ったりしていたくらいだものね。ほら、イオも小さく頷いているわ。
だけど殿下は「勘弁してくれ」と肩を竦めたの。
「カノを無事に帰すことが絶対の使命なんだ。頼むから無茶なことはしないでくれ」
困り切ったような殿下の表情もとてもいいです。私も困らせてみたい……。
午後になって、王宮に戻った私はカノとお茶をいただきながらおしゃべりを楽しんだ後、シリウス殿下と待ち合わせをした場所に向かった。
王宮には多くのひとが勤務していて、職種も様々。中でも、内勤の者の勤務スペースがある場所よ。
ええっと、殿下はまだ……。あら?
「殿……」
「し。この姿のときはセイと呼んで」
セイ?
殿下はまたアークの執事服を着ていたのよ。先日と同じように髪型もわざと乱した感じでちょっとワイルドだし、前髪も下ろしているから雰囲気が全然違う。
「では参りましょう。ご案内いたします、ステラ様」
ええ〜……!
殿下は私の手を恭しく取って、執事然とした様子で先導して歩き出す。
すれ違うひとは誰も殿下だとは気付かないみたい。なんだか、どきどきしてきたわ。
殿下は奥へ奥へと進んで行く。どんどんと廊下の内装が重厚になって行くわ。
え、この奥って入っていいの? 恐ろしい顔の騎士様が睨んでますけど?
殿下は内ポケットから巻物状の書を取り出して警備の騎士様に見せている。
騎士様は書状と私を交互に見比べているの。え? ちょ、殿下。そんな、肘で小突かれても。笑えばいいのかしら。偉そうに?
にっこり!
あ、入っていいみたい。
殿下は書状を返してもらってまた内ポケットにしまうと、堂々と私の手を引いてさらに奥に進んだわ。そうして、大きな扉の前まで来ると、そこで門番の役割を果たす2人の騎士様にまた書状を見せたの。騎士様は書状を確認すると、大きな扉を2人がかりで開けてくれた。
うわぁ、すごい。厳重。
ここが、王家の蔵書を管理する図書室。広い室内に本棚がたくさん設置されていて、壁際にもびっしりと書籍が並べられている。背表紙からも歴史を感じられるようなものばかりよ。
「よし。じゃあ、調べようか」
「はい!」
ここで、女神像と魔王のことを調べるの。記録があるはずだからって。
でも、このたくさんの蔵書の中から探すのか……。
よし! 頑張るぞ!!




