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伝承の聖女

「お帰りなさいませ、シリウス殿下。書類は改めて確認していただきたいものを分けて、……おや」


 執事姿のシリウス殿下と共に殿下のお部屋へ伺うと、アークはほんの少し目を丸くして、それから柔らかく微笑んだ。


「ようこそ、ステラ様。どうぞこちらへ。今、温かな紅茶をお入れします。殿下はさっさとお召し替えをなさいませ」


 殿下は、私には悪戯っぽい笑みを浮かべ、アークには肩を竦めて見せると奥の部屋へと足を向けたわ。


「外は寒かったのではありませんか? よろしければこちらの焼き菓子もお召し上がりください」


「ありがとう、アーク。今日はいいお天気だけれど、日陰はやはり冷えるわね。いただきます」


 ああ、美味しい。温かな紅茶がお腹に染みるわ。そうね、やっぱり寒かったのかも。殿下のお姿やお言葉に驚き過ぎて、寒さを忘れていたんだわ。


「殿下は、少々やんちゃなところのあるお方ですが、どうか愛想を尽かさないで下さいね」


 アークは少し心配そうにそんなことを言うのよ。

 そんなことを心配する必要は、一欠片ほどもないのにね。


「とんでもないわ」


 何をしても、何を言っても、殿下が勇敢で責任感が強くて、何よりお優しい方であることは変わらないのだもの。


「何を言うんだ、アーク。愛想を尽かされることなどしてないぞ」


 ふふ。着替えを済ませてやって来た殿下は不貞腐れた口調なの。そんな様子は年齢よりも幼く感じられて可愛いとさえ思ってしまうわ。


「左様でございますか。あまり羽目を外されないよう、お気をつけなさいませ。ステラ様に笑われてしまいますよ」


 やだ! アークったら、そんなこと言っちゃダメよ。

 笑ってません。笑ってません。ええ、本当に。


「……まあいい」


 じい、と私を見つめた瞳が不意に逸れて、殿下はティーカップに手を伸ばした。

 ほ。

 もう。心臓に悪いわ。


「それで、ステラ。気になっていること、とは?」


 私を見据える穏やかな瞳に、自然と背筋が伸びる。


「はい。聖女の伝承についてです」


 穏やかな瞳に、微かに笑みが宿る。何かの合図をしたのか、アークが静かに礼をして部屋を出て行った。


「聞こう」


「はい。伝承では魔王の復活に際し、儀式を行うことで聖女様を招き、瘴気の浄化と英雄の選定を行い、英雄に聖剣を与え、魔王を打ち倒すために力を貸してくださるのだと言われています。ですが、実際には」


「カノから聞いたんだね」


「はい。カノは元の世界では「聖女」でもなんでもない、と。普通の18歳の女の子だと言っていました。しかも、召喚に「応じた」のでもない。知らぬ間に、気がついたらこの世界にいて、「聖女」と呼ばれていた、と」


 シリウス殿下の瞳には穏やかでそしてさっきと同じ諦観めいた色が浮かんでいた。


「恐れながら申し上げます。私には、異なる世界から本人の承諾無く女性を招き、「聖女」の役割を問答無用に担わせているように思えてなりません」


「その通りだ」


「一体なぜ、そのようなことを?」


 伝承と実情に、なぜこのような隔たりがあるのか。カノから話を聞いてから、ずっと胸にあった疑問。

 シリウス殿下は私から目を離すことなく、静かに話し始めた。


「これから話すことは他言無用だ」


「はい」


「王家に伝わる話だ。初めに魔王が現れた折、蔓延した瘴気を払うのに異世界の女性の力が必要だった。記録では、魔王自身がそのように言ったとある。己の生み出す瘴気は異世界の女人(にょにん)にのみ浄化が可能、と」


 魔王自身が言った?


「異世界の女性を召喚することなど出来まいと思ったのだろう。しかし、当時の大神官はそれを成し遂げた。そして召喚された女性は求めに応じて瘴気を浄化し、ある騎士と力を合わせ魔王を倒した。その際、騎士に一振りの剣を与えたとあり、魔王討伐後は元の世界に帰ったとされる。国を救ったその振る舞いが「聖女のごとき」と謳われ、後にこの話は「聖女召喚の伝承」として伝えられている」


 もともとは「聖女」を召喚したのではなく、召喚された女性が「聖女の如く」振る舞った……。


「ステラの言う通り、その召喚は本人の承諾無く行われ、女性を無理矢理連れて来ているに過ぎない。当時の大神官は、平身低頭、非礼を詫び、助力を願ったそうだ。そうして、2度とこのようなことが無いようにと、時の王は厳命を下した。決して、魔王を蘇らせてはならぬ、とね」


 殿下は厳しい表情を浮かべながらも真摯に語られていたわ。だから、素直に聞くことが出来たのだと思うの。


「魔王を蘇らせてはならない。それは王家に綿々と科せられてきた掟だ。魔王が復活したら、異世界の女性を聖女として召喚しなくてはならないからだ。それが非道な行いだと分かっているからこそ、王家はずっと、長きに渡り、魔王の復活を阻止してきた」


 けれど、魔王は復活してしまった。復活してしまった以上、異世界の女性を召喚するしかない。この国の王として、王族として、国を民を守らなければいけないから。それが、酷いことだと、分かっていながら……。


 だから、殿下はカノに心を砕いていたんだ。この国の身勝手な事情で召喚されてしまった女性が、少しでも心安らかに過ごせるように……。

 そして、早く元の世界に戻れるようにと力を尽くしている。

 魔王の復活を阻止できなかったことに、きっと、深い罪悪感を持っていらっしゃる。


「聖女の伝承は、なぜ、実際とは違う形で伝えられたのでしょう?」


 ??

 何気なく聞いた問いだったけれど、殿下の瞳は迷うように揺れたわ。

 だけど、ゆっくり瞬きをする間に心を決めたよう。殿下はまた、穏やかな瞳で私を見つめた。


「ある真実を隠すために」


「ある真実……? それは?」


「魔王の復活は、人の手によって行われる、ということだ」


「?!」


 魔王の復活は人為的なもの……? それって、一体……?!


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