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女神像はどこへ

 あら? おかしいな。こっちに来たと思ったんだけど。


 その後ろ姿を追って、辿り着いたのは神殿の裏側。裏、と言ってもきちんと整えられているのよ。お掃除も行き届いているわ。日当たりは悪いけれどね。


 見失っちゃった? でも……。


「もが!」


 なに? 後ろから手が! 口を抑え……、ウエストに腕が……、暴漢?! ……じゃない。


「しー。静かに」


 潜めたこの声は。


「殿下?!」


 やっぱり! 殿下に合わせて囁くように問いかけると、ふわりと抑える腕が緩められた。

 振り返った私に、殿下は悪戯を見つかった少年のような表情を浮かべて肩を竦めて見せたわ。


「殿下、その格好は……」


 シリウス殿下はいつもの軍服姿ではなく執事服を着ていたの。王宮の執事服やメイド服は、階級が上がると独自のデザインを施すことが許されるようになるのだけれど、このデザイン、アークのものじゃないかしら。


 髪をわざとワイルドな感じに乱していて、うん、意外とお似合いだわ。

 格好いいです、殿下。


「この格好で俺だとバレたことはないんだけどな。すれ違っただけで見抜かれるとは思わなかった」


 分かりますよ? まあ、でも。執事服を着ているだけで、王族ではないと思い込んでしまうひとはいるかもしれないけれど。おまけに雰囲気も全然ちがうわ。

 それに、よ。


「俺……?」


 今、「俺」っておっしゃった? きょとんとしちゃうわ。

 そんな私を見て、殿下はあっけらかんと笑うのよ。


「これが素だよ。王子として人前に出るときは「僕」か「私」だけどな。「俺」なんて言おうものなら兄上たちにどやされる」


 ど、どやす? あの、ベテル殿下やロキ殿下が? 「思慮深い」や「穏やか」が服を着ているような、あの御二方が?

 シリウス殿下ももちろんだけれど、声を荒げるところなんて見たことが無いわ。


「ステラ、こっち」


 はい? それは、裏口? ……こんなところに扉があったなんて。

 隠し扉っていうのかしら。外装の模様がうまく扉の縁を隠して分からなくしているんだわ。取っ手も指を引っ掛けられる程度の小さなもので、壁の飾りのように加工されている。


 暗い階段を降りて上って。シリウス殿下は慣れた様子で進んでいくの。

 「素」……? 歩き方まで違う気がするわ。いつもの王子様然とした態度じゃない。


 やだ、暗い。待って下さい、殿下。


「わ!」


 急に立ち止まらないで下さい!

 置いていかれないように必死について歩いたら、背中にぶつかりそうになってしまったわ。危なかった。


 行き止まり? あ、扉?


 殿下は慎重に小さな扉を開けている。屈まないと潜れないような小さな扉よ。通るんですか? ええと、よいしょ、と。

 殿下の後に続いて小さな扉を通り抜けるとそこは。

 

「…………」


 ここ、神殿の祈りの間だわ。女神像があったはずの部屋。

 殿下は耳を澄ませて室内を見回している。誰もいないことを確認しているみたい。

 神殿は、女神像が失くなって以来閉鎖されていて、立ち入り禁止になっているのよ。


 立ち入り禁止、なんだけれど。いいのかしら……?


「さて。じゃあ、ステラ。せっかくだから手伝ってくれ」


 殿下はそう言って、ぺんぺんと飾る像を失った台座を叩くの。

 手伝うのはいいのだけれど。


「はい。もちろんです。でも、なにをすれば?」


 首をかげていると、さも当然とばかりに殿下は言うのよ。


「女神像を探すんだ」


「はい?」


 女神像を? さっきから面食らってばかりだわ。

 だって、ここに無いのは一目瞭然。なのに、わざわざ隠し扉からこっそり入ってここで探すの?


「1番の問題は、ここからどうやって持ち出したのかということだ」


「つまり、持ち出した方法を探す、ということですか?」


「そう。床や壁に残された痕跡はないか、探して欲しい」


 なるほど。そういうことなら。


「分かりました。ですが、すでに神官様や犯罪調査の方々がお調べになったのでは?」


 あら。殿下の表情に苦いものが浮かんだわ。


「話は後だ。とにかく何か手がかりになるものはないか、探してくれ」


「かしこまりました」


 と言っても。

 床はピカピカ。綺麗に磨かれて大きな傷は無い。台座にも傷らしいものは無いわ。


 んー。裏手にあんな扉があったのだから、この部屋にもなにか仕掛けがある可能性はあるわよね。隠し部屋とか。

 もし。そんな部屋があってそこに隠されているのだとすれば、先日リゲルと話したときに考えたこととも合うわ。


 あの女神像を隠せる隠し部屋。もしあるとすれば、その部屋もそれなりに広いことになるわよね?

 少なくとも、高さが必要だわ。でも待って。横にする、という手もあるかも。神聖な女神像を横にするなんて罰当たりだけれど、そもそも窃盗なんて非人道的な行いをする輩だもの。きっと罰なんて気にしない。


 あの像を外に運び出したら絶対に目立つわ。誰みも見咎められずに運ぶことなんて出来っこない。


 たとえ深夜だとしても、警備の者が巡回しているのだもの。警備の目を掻い潜ることなんて……。


「巡回……」


 ……巡回時間の隙間を縫って、上手く運べるルートを選んだら、見つからずに移動できるかしら。でも、それには……。


「警備の巡回時間やルートは定期的に変更しているはずだが、実際にどうなっていたかを確認しよう」


「はい」


 んん? あれ? 今、考えていたことに、殿下が返事を下さったような。私、口に出していなかったわよね?


「ぷ。その顔。「巡回」って呟いていたから、警備の巡回のことを考えているんだろうな、と思ったんだ。当たっているだろ?」


「はぃ……」


 やだ。笑われちゃった。

 だけど、殿下の楽しいそうな笑みはすぐに消えて、厳しいものに変わったの。


「もし、警備の目を盗むことが出来たとするなら、警備の内部情報が漏れていた、ということになるな……」


「…………」


 情報の漏洩? しかも警備の? それはとてもよろしくないわ。だって、内部に共犯者がいるってことでしょ?


「他に、気になることはあるか?」


「そうですね……」


 気になる、と言えばなるけれど、大したことじゃない気もする。


 なんだか殿下、いつもと違うから戸惑うわ。すごく砕けた気安い印象。「王族で御座い」っていう見えない壁が無くなってしまったかのよう。

 

 いいえ。だめよ、ステラ。見えなくても無いわけじゃない。節度を見失ってはダメ。


 ……でも、今日の砕けた雰囲気の殿下も素敵。


 ちらり、と殿下を伺い見ると、「ん?」って首を傾げられたわ。ああ、そんな仕草も魅力的です、殿下。


「どうした、ステラ?」


 は。

 いけない。つい見惚れてしまったわ。ええと、なんだったかしら。気になること? そうね。


「以前から、気になっていたことがあるんです」


 じ、っと見上げると殿下は穏やかな瞳で私を見つめ返したわ。なんだろう。不思議な瞳。

 優しく見守ってくれるような、それでいてどこか切なく何かを諦めるような、諦観?


「それは、この祈りの間のことではなさそうだな?」


 あ、気になることって祈りの間のことだったのか。全然違うことを聞こうとしちゃった。


 シリウス殿下は小さく微笑んだわ。そして言ったの。


「構わない。だが、それなら部屋に戻ろう」


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