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手を取って

「やぁ!」


 聖剣が、魔物と化したイノシシの喉を貫く。

 まずは1頭。


 聖剣は、聖女の加護を受けた神秘の剣。連続して使い続けても、切れ味の落ちない不思議な剣なの。


 シリウス殿下をお護りするための、剣の腕が欲しいのだとそう訴えた幼い私に、師としてお父様が呼んで下さったヘゼ・オルコット伯爵は仰った。


 攻撃は最大の防御なのだと。

 愛する者を守ると決めたのなら、命を奪うことを躊躇うなと。


 非力な私が戦うための、それは絶対条件だと。


「はっ!」


 飛びかかってくるイノシシに聖剣を突き立てる。

 皮を裂き肉を切る感触は、あまり気分の良いものでは無いわね。

 これで2頭目。


 哀れな獣たち。せめて苦しまないようにしたいけれど、数が増えると難しいわね。


「たぁ!」


 3頭目、4頭目……。

 もう! 次から次へとキリがないわ。一体何頭いるのかしら。


「きゃっ」


 足が滑った。わ、っと! 危ない!!

 だけど、イノシシで良かったわ。勢いはあるし力も強いけれど、攻撃は直線的に突進してくるだけ。倒されたら噛みつかれそうだけど、前足で叩いて来たりはしないわ。


 また来る。……茂みを揺らすガサガサという音が大きいわ。茂みの揺れ方も大きい……?


「っ!!」


 大……きい!

 真っ直ぐに私を睨んで、前足で地面を掻いている。

 来る!


「あっ!」


 速い!! 駄目だ、先に足を止めないと。


「速っ、!!!」


 大きく跳躍した巨大なイノシシの蹴り出した足が、眼前に迫った!

 蹄が、目の前に……!

 思わず目を閉じかけたの。だけど、そのとき。


 ヒュン。


 風を切る小さな音が聞こえて、直後。


「ぎゃうううんっ!!」


 大きな体がもんどりうって倒れた。

 イノシシの左目に矢が?!


「ステラーー!!」


 殿下?


 振り返ると、弓を手にしたシリウス殿下が馬に乗って駆けてくるのが見えたの!

 来て下さったの? 殿下! 殿下!!


 婚約者の危機に颯爽と駆けつけて下さるなんて、しかも馬でよ! ああ、本当に素敵!


 まるでロマンス小説の王子様みたい!!


 あ、みたいじゃなくて王子様だったわ。ええっと、そう! 正義のヒーローのよう!!


 殿下の後ろに数人の騎士の姿も見えるわ。応援が来てくれたのね。


「捕まれ!」


 殿下の手を借りて殿下の後ろに飛び乗ると、木の上に避難していたリゲルがぴょんと間に乗ってきた。


「良くやった、ステラ。怪我は無いか?」


「はい!」


 もちろんです、殿下。ちょっと、リゲル。邪魔よ? 殿下の背中に抱き付けないじゃない。


「…………」


 そっぽ向いてんじゃないの! もう。ちょ、しっぽ!


「このままイオを回収に行く」


「はい!!」


 ぅわおう。スピードが上がった。上体が後ろに倒れちゃ、わわっ。あ! 


「しっかり捕まっていろ」


 フラつく私の手首を後ろ手に掴んだ殿下は、力強く殿下の腰のあたりまで引っ張ってくれたの。


「……はい」


 間に挟まったリデルは酷く窮屈そうだったけど、私はしっかりと殿下のお腹に腕を回して頼もしい背中にしがみついた。



 イオは随分と傷だらけになっていたけれど、しっかりと奮闘していたわ。さすがはシリウス殿下の一の騎士。

 応援の騎士たちと共に戦ったけれど、イノシシの群れを全て倒すのには少し時間がかかったわ。だけど、私たちはなんとかやり切って、無事に戻ることが出来たの。

 

 心配そうなカノの顔が、ほっとしたように笑顔になった。


「ステラ! 良かった!!」


「大丈夫よ、カノ。ほら、この通り……あ、っと」


 くるりと回って見せたらよろけてしまったわ。余計なことするもんじゃないわね。


「…………」


 傾いた私の手をするりと取り、支えてくれたのはシリウス殿下だったの。

 優しく穏やかな瞳でほんの一瞬私を見つめ、カノとイオに向かって言ったわ。


「カノ、イオ、今日はご苦労だった。明日はみな体を休め、明後日からまた作業を行う」


「分かった。ステラ、ゆっくり休んでね」


「ええ、カノもね」


 今日はミモザがカノに随行するみたい。待機していたミモザがささっとカナに寄り添って、部屋へと促しているわ。

 カノは途中振り返って私に手を振って、ミモザにたしなめられている。ふふ。私もこっそり、小さく手を振っちゃうわ。ちゃんと見えたかな? あ、見えたみたい。カノが笑ってる。


「……くす」


 ……殿下にも笑われてしまったわ。やだ、恥ずかしい。


「部屋まで送ろう、ステラ」


「ありがとうございます」


 あら。イオも私を見ているわ。顔、赤くなってるのかしら。……意識したらますます頬が熱くなってきちゃったわ。

 でも、イオは私の子供っぽい行動を見ていたわけではないみたい? 一瞬視線を落として、再びすっと視線を上げたときは真っ直ぐに殿下を見ていたわ。


 それから、ぱきぱきと音がしそうなほどキビキビした動作で礼をした。


「では、自分もここで」


「ああ、ご苦労」


 ゆったりと頷いた殿下は、私をエスコートして歩き出す。部屋に着くと、私の手を握ったまま私を見つめたの。


 どきどきっ。


「今日は無理をさせたね。すまない」


「っ、いいえ。とんでもないことです」


「ステラの頑張りのお陰で、本当に助かった。明日はきちんと休息を取るように」


「はい」


 もったいないお言葉。本当に、なんてお優しいのかしら。うっとり。


「後でミモザを寄越そう。足の手当、ちゃんとしてもらいなさい」


「…………」


 バレてました?




「イオの、何か言いた気なあの目はなんなのかしら」


 なんて言うか、こう、痛ましいものを見るような……。


「イタイ娘だと思われたんじゃないのか。公爵家の令嬢のくせに剣を振り回して可愛気が無い、とか」


「ええっ?!」


 可愛気がない? やだわ。殿下にもそう思われているのかしら。


「それより、足は大丈夫なのか?」


 リゲルがそう言いながら包帯を巻いた足をふんふんと嗅いでいる。

 あ、薬の匂いがツンとしたみたい。ヒゲがぷるぷる震えてるわ。


「大丈夫よ。足を滑らせたときにちょっと捻っただけ。ミモザも大したことないって言っていたじゃない」


 腫れてもいないし、外側に体重を乗せると少し痛むくらいよ。なんてことないわ。


「無理はするなよ」


 そうね。明日はしっかり休むことにするわ。



 

 やっぱりちょっと疲れていたみたい。ずいぶんとよく眠ってしまったわ。大寝坊よ。

 翌朝はかなりゆっくり目に起きて、遅い朝食をいただいた。さて、今日はどうしよう。とりあえず、お散歩しようかしら。


 うん。足は大丈夫みたい。試しにゆっくり歩いたり、早く歩いたりしてみる。平気平気。痛まないわ。


 外廊下をのんびり一周してみよう。ああ、いいお天気ね。日当たりのいい場所は暖かいけれど、日陰はだいぶひんやりしていて冬らしさを感じるわ。


「……?」


 今、すれ違ったのは……。


 外廊下は比較的行き来するひとの多い場所よ。敷地の中心に位置する王宮の建物から、敷地内の別の建物に移動するのに通るから。


 メイドや執事はもちろん、王宮勤の貴族や出入りの業者まで、様々なひとが急足で、またはおしゃべりしながら歩いている。


 だけど、今のひとは。

 私はそのひとを追って走り出した。


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