お護りします!
「ムカつくムカつくムカつく!! なんなの、あの子!」
ばしばしばしばし!
何度もクッションを床に叩きつけてしまったわ!
ああ、もう! 本っ当にムカつく!!
「おまえが迂闊なんだろ。もっと周りに注意しろ。王宮は決して心安らぐ花園なんかじゃない。おまえにとっては戦場みたいなもんだ」
「分かっているわ!」
分かっているわよ。私はシリウス殿下の婚約者に決まった、というだけの公爵令嬢。殿下の寵を受けて婚約者にと望まれたわけじゃない。
虎視眈々と私が失脚するのを待っているひとがいる。殿下に付け入る隙を狙っているひとがいる。
だから油断しちゃいけないって、ちゃんと分かっているわ。でも!
「いくらなんでも姑息じゃない?!」
「そんなもの、カノのドレスの件でも分かり切っているだろうが」
「そうよ!」
分かっているのよ。カノに嫌がらせをした張本人はシャウラだわ。シャウラは神殿の乙女の中心人物。彼女の目を盗んでカノに嫌がらせをするなんで出来っこないのだもの。
思えば、神殿の乙女たちによって用意されていたカノのドレスはみな、シャウラにならとても似合うデザインのものばかり。
潤沢な予算を惜しげ無く使って、自分好みのドレスを作らせたんだわ。聖女が元の世界に戻った後、それらのドレスは神殿の乙女たちに下げられることが見込まれるから。
カノのための予算なのに、全くカノのことなんて考えていない。それどころか……。
「さっきだってあの子、私たちが帰ってくるのを待ち構えていたのよ。きっと、カノに何か嫌がらせするつもりだったんじゃないかしら。でも殿下が部屋まで送ると言っていたから、ターゲットを私に変えたのよ」
シャウラの嫌がらせの標的はカノと私の2人。
つまりーー。
「シャウラも、殿下の婚約者の地位を狙っていた……?」
だとすれば、私が邪魔ね。私への嫌がらせの理由になる。でもカノは?
「殿下が、カノにお優しいから、かしら」
どちらが婚約者か分からない、と言っていた。もしも、あれがただの嫌味ではなく、本気でそう思っているのだとしたら。
「あの子、怪しくない?」
「女神像か?」
「ええ」
「お前と同じ発想だな」
ぎろり。睨んじゃうわよ?
リデルはふいっとそっぽを向いたわ。見ないふりしたわね? もう。
でも、そうよ。リデルの言う通り。発想は私と同じだわ。カノが、聖女としての役割を果たせなくなるようにしたかったから、女神像を隠した。
「……へんね」
ゆらり、とリゲルの尻尾が揺れる。
「ああ。意味がない」
意味がない。
そう。今も、カノは浄化の作業をしている。現地へ行かなくてはいけなくなったから、作業自体は大変になったわ。そういう意味では嫌がらせになっていないこともないけれど。
聖女の役割は果たせているから嫌がらせの効果は薄いわよね。
むしろ、大変になってしまった作業を嫌がらずに行ってくれるカノは、聖女としての株を上げている。
カノなんて、あちらこちらに出かけられるのが楽しそうですらあるもの。
それに、殿下が護衛のために同行するから2人の距離は近くなったとも言えるわ。結果的に、ではあるけれど予想できないことではないはず。
「女神像は、なぜ隠されたのかしら」
だれが、なんのために?
「魔王を討伐されたくないヤツがいるんだろ」
「それは、この国を滅ぼしたい者がいる、と言っているのと同じことよ?」
さすがにそれは、飛躍しすぎじゃない?
リゲルの目が、半分くらいに細くなる。
「…………」
え。本当に?
「……可能性のひとつだ。断言するわけじゃない。ところで、ステラはなぜ「隠した」と思うんだ? 「盗まれた」とは思わないのか?」
んーー?
盗む。盗む、ねぇ。
「盗まれたのだとしたら、その理由はなんだと思う? 例えば、そう! 彫刻の愛好家とか? あの女神像に心奪われてしまって、我が物にしたい、ずっとそばに置いて間近で愛でたい、とか?」
なに、その、馬鹿にしたような目は。
「金銭目的ってことはないのか?」
「あの像自体に美術品的な価値があるってこと? でも、もしそうだとしても売れるかしら」
神殿の女神像よ? 名のある貴族、あの女神像を買い取ることが出来るような大金持ちは、盗品であることに気づくわよ。
盗品の売買は禁止されている。もちろん、法を守らない罪人は存在するわ。だけど、王宮の神殿から女神像を盗むなんてこと、するかしら。国王様を愚弄するような行為よ? 露見すればお家断絶もあり得るわ。
貴族の地位にある者が、そんな危険なことをするとは思えない。
「そこまでの価値はない、か」
「たぶん、ね」
だからあの像は隠されたのだと思うの。持ち出されたりされずに、王宮のどこかにまだあるのではないかしら……。
カン、だけれどもね。
足音が響く。
「はあ、はあ、はあっ」
だめ。息が上がっちゃう。このままじゃ、追いつかれる。
今日の浄化場所は魔物が多かった。イオと私だけでなく、シリウス殿下も剣を取られて対応されたわ。
だけど瘴気もとても多くて、浄化に時間がかかってしまったの。
元はイノシシの魔物に囲まれたわ。イオが突破口を開いてくれたお陰で、カノと殿下と私は脱出できたのだけれど、こちらを追って来た魔物に追いつかれそう。
キュオンが応援を呼びに行っている。殿下の団の騎士たちが助けに来てくれるまで、ここは私が凌がなければ!
「殿下! ここは私が。どうぞ、先にお進み下さい」
殿下は少し驚いたよう。足を止めた私を振り返り眉根を寄せた。
「ステラ……」
「ステラ! でもっ……!」
「大丈夫よ、カノ。さあ、行って」
そんな顔しないで。心配はいらないわ。私、結構強いって、もう知っているでしょう?
ほら。魔物の足音が近づいて来る。早く、ここから離れて。
殿下の決断は早かったわ。
「必ず、無事に追いつけ、ステラ」
「……仰せのままに」
厳しくも優しいお言葉。痛み入ります。
「行くぞ、カノ」
「だけど!」
「我々がいては邪魔なんだ。走れ!」
「っ!」
カノは一度だけ振り返ったけれど、殿下の意図を汲んで走るスピードを上げてくれた。
大丈夫。カノは足が速いわ。それに、どうやら走ることに慣れているようだもの。殿下について、安全な場所まで行けるはず。
「ステラ、来るぞ」
リゲルの髭が、ぴんと緊張する。
ガサガサと荒い足音と唸り声。大丈夫。無事に追いつけと殿下が命じてくれたから、私は必ずそれに従う。
大きく息を吸って、呼吸を整えて。
「よし。来い!!」




