女神像の行方
本当に無い。
広い王宮の敷地を、聖剣を抱いたまま殿下を追いかけて走って。
神殿の中。殿下の後に続いて中に入ると、そこには神官様や神殿の乙女達が集まっていた。みな恐ろしいものを見るように、残された台座を見つめていたわ。
神殿の女神像は、たしかに失くなっていたの。
いったい何故?
盗まれた? だけど。だれが、どうやって?
シリウス殿下も顔色を失っている。
「おおおおお……」
絞り出すような声に振り返ると、大神官様がそれこそ真っ青なお顔で、ぷるぷると震えながら声にならない声を上げていらっしゃった。
だ、大丈夫かしら。絶息してしまいそう……。あ、危ない!
ふらりと体が傾いて、大神官様はひっくり返ってしまったわ。周りの神官様達が、慌てて介抱なさっている。
コツコツと足音を響かせて、国王様までおいでになった。ベテル第一王子殿下と、ロキ第二王子殿下も一緒よ。人波が割れる。私もさっと下がって頭を下げた。
「…………」
沈黙が長い。緊迫感が徐々に増していく。やがて感情を押し殺したような低く重たいお声で、国王様はおっしゃった。
「ベテルとロキはこれまで以上に各地の警備と魔物の討伐に力を入れろ。シリウスは英雄ステラとともに聖女カノを護衛し瘴気の浄化を進めろ。併せて女神像の捜索と奪還、魔王の討伐を目指せ。これ以上の被害の拡大は何としても食い止めねばならん。それぞれ、気を引き締めて対応に当たれ!」
「御意」
3人の王子様が力強く頷いた。
「(…………え?!)」
ちょ、っとお待ち下さい。やること多くありません?
ぱか、とリゲルが口を開け、聖剣をするりと飲み込んだ。
「お腹に刺さったりしないの?」
「…………」
なによ、その目は。はいはい。分かってるわよ。馬鹿なことを言いました。
「今後についてだが」
シリウス殿下がイオ、カノ、私を見回して言った。
「女神像が失われた今、今まで神殿内で行えていた浄化の祈祷が神殿では行えなくなってしまった。瘴気の発生している場所に赴き、祈祷を行なってもらわなければならない」
殿下は、申し訳なさそうにカノを見つめる。カノの負担が増えてしまうものね。でも、カノはからりと笑ったの。
「大丈夫ですよ。むしろ今までみたいにここに閉じこもっているより動き回れた方が性に合ってます。それに、ステラも一緒なんでしょ?」
シリウス殿下の執務室には私たち4人とそれぞれの使い魔がいる。それから、執事のアークがお茶とお茶菓子を用意してくれているわ。
意外だったのはイオの使い魔よ。てっきり大型の動物だと思っていたら、リスだったの。がっしりしたイオの肩を右へ左へと行ったり来たりしていて可愛いのよ。
ライデンっていう、見た目の割に厳つい名前のその使い魔が、ときどき後ろ足で立ち上がっては私を見ているの。
可愛い。
そんな場合じゃ無いけれど、ほっぺたが緩むわ。
あ、アークがアーモンドをあげてる。両手でしっかりアーモンドを抱き締めているわ。やだ。本当に可愛い。
足元で、ちょんちょんとリゲルが私の足をつつく。大丈夫よ。ちゃんと話は聞いているわ。
聞いているから、分からないことがある。
「あの、質問です。女神像が無いと、どうして神殿での浄化が出来ないのですか?」
話の流れ的にそういうことよね? 女神像が無い。従ってカノは神殿で浄化作業が出来ない、と。
女神像は浄化作業において重要な役割を持つということよね。もちろん、御神体として尊い存在ではあるけれども、それだけでは無い、と。
殿下は頷いた。
「魔王の復活に関わる多くは秘匿されている。それにまつわる、浄化の作用についても公にはなっていないから、ステラが知らないのも無理はない。あの女神像はただの像ではないんだ。大地の母たる女神が宿り、この国を護る聖なる力を生み出している。その力がカノの浄化の祈りを各地に届け、瘴気のさらなる発生を抑えていたんだ」
女神像の力は神聖にして偉大。そして、穢れを嫌う。女神像のその偉大な力を維持するために、神殿の乙女達の日々の祈りが必要なのだというの。
ただし、神殿の乙女達はそれとは知らずにお勤めに励んでいるんだそうよ。女神像の秘めた力は、悪用されることを恐れて、秘密にされてきた。
つまりーー。
「誰かがその秘密を知り、女神像を盗んだ」
それは、国に対する反逆行為に等しい。
大神官様の慌てふためいた様子も、国王様の険しい様子も納得だわ。
シリウス殿下もとても神妙な表情。
「女神像の消失は、女神像の本来の役割については伏せつつ、像の消失事件として捜査を行う。浄化作業の方は地域ごとに順番に行うしかないな」
幸い、この王都は国の中心にある。どの地域に行くのも、距離はほぼ同じだわ。各地域に行っては戻り行っては戻りを繰り返しながら浄化をするということね。
むしろ、女神像の捜索の方が大変なんじゃないかしら。それに私、肝心なことが分かってないわ。
「あの。ところで、魔王の討伐って、どうしたら良いんですか?」
復活した魔王って、どこにいるの?
ぴしゃん、とリゲルの尻尾が足首を叩いた。
痛い痛い。なにすんのよ?
密かに足元のリゲルとばちばちっと睨み合っちゃったわ。
でもね。
シリウス殿下はきゅっと眉間にシワを刻んでしまったの。あまりにもそのシワが深くて、そのお顔は冴え冴えと麗しくて、私の心臓も縮こまる気がした。
あら? やだ。聞いてはいけないことだった?
漂った緊迫感にヒヤリとしたわ。もしかしたらそんな空気を感じたのは私だけかもしれない。だって、カノは気にせずお菓子を食べているもの。
イオは口を出さないけれど、冷静な表情で殿下を注視している。
小さく息をついて、殿下は重たく口を開いたわ。
「これは絶対に他言無用だ。また、これ以上は話せないのだが、……魔王は女神像の中にある」
沈痛な面持ちで殿下は言う。その言葉に、イオでさえ微かに目を見開いた。
「…………」
ええ?!
私はぎょっとして思わず殿下を凝視してしまったわ。意味がわからない。魔王が、女神像の中に……? でも、これ以上は話せないと言われてしまった以上、さらに質問を重ねることは出来ないし。
待って? 待って待って。意味は全く分からないけれど、もしかしてよ?
女神像を見つけて取り返さなければ、魔王は倒せないってことになるんじゃあ……?
ええーーーー???




