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奇行の訳

「どういうことなの、リゲル!!」


 私の部屋の、いつもの定位置。お気に入りのクッションの上で丸くなっていたリゲルは、億劫そうに体を起こした。


 長い尻尾がゆらりとしなる。


 ぴし!


「あう! ちょ、やめてよ、尻尾!」


 ほっぺた、叩かないで!


「おまえが破滅する未来を変えようとしたように、英雄になる未来を回避したヤツがいたんだろう、としか言えないな」


 つん、とそっぽを向いて、リゲルは言った。

 英雄になる未来を回避?


「なんでよ? だって、英雄よ? 名誉なことでしょ? なんで回避する必要があるの?」


 カノじゃないけど、それこそ「ヒーロー」になれるのに。


「理由はそいつじゃないから分からん。だが、なんかあるんじゃねぇか? 聖女だって、伝え聞いていたものと違っただろ」


「えっ? ちょ、やだ! じゃあ、「英雄」になにか落とし穴が?」


 そんな。だって、だって、私、「英雄」になっちゃったのよ?!


「さあな。そこのところの星の動き(運命)は俺には分からん。だが、おまえが英雄になったからと言って、大きく変わってはいないように感じる」


 話しながら、リゲルは考えを巡らせている様子。大きくは変わっていない、か。でも、不本意だけど英雄は見つかったわ。

 

 英雄が見つからない→魔王が倒せない→「破滅!!」の流れは無くなったと考えてもいいわよね? ね?


 ただ、新たな問題がひとつ。


 私が英雄になってしまったということは、よ。

 この、私が! 魔王を倒さなくちゃいけなくなってしまったのよ……!


「ねえ、リゲル。聖剣があれば、私にも魔王が倒せるわよね?」


「…………」


「黙らないでよ!!」


 不安になるじゃない?!

 だめなの? 無理? ううん。そんなことないよね? だって、聖剣ってすごいんでしょ? なんたって「聖剣」だもの!


 尻尾がゆらゆらと大きく揺れる。アーモンド型の緑色の瞳がちらりと私を見た。


「あー。倒せる倒せる」


「全然実感がこもってなーい!」


 リゲルがお尻に敷いていたクッションを奪い取ると、リゲルはぴょんと床の上に飛び降りた。


「仕方ないだろ。おまえが英雄になるなんて思ってなかったんだよ。リサーチしてねーよ。大体、なんでそんなことになったんだよ?」


 なんでって……。

 私は奪い取ったクッションを抱きしめて、絨毯の上にぺたんと座った。


「カノが言うには、カノ自身のことを「面白いヤツ」と評する人物が英雄だって、使い魔のプースに教えられたってことなの」


 だからカノは、この世界の女性がやらなさそうなこと、木登りや子供たちとの玉蹴りや庭仕事をすることで、自分のことを「面白い」と言ってくる人物を探してたって言うのよ。


 正直、カノの行動は「面白い」というより「奇怪」だと思うの。残念だけど、この世界でカノの、「聖女様」のそんな行動を「面白い」と言える豪胆なひとは稀だと思うわ。


 思っても、口に出せないと思うの。

 だからこそ目印になるのかも知れないけれど。


 プースは、カノに面白いことをしろ、と言ったのかしら。もし、そうでないのなら。本来の「英雄」は、カノのどんな行動に対して「面白い」と思ったんだろう。


 ああ、そうそう、それからね。


「プースはね、そのことは絶対に他言してはならないって、口止めしたんですって。英雄を騙る偽物が出ても分からなくなっちゃうからって」


 だけど、シリウス殿下はあまりにも長いこと英雄が見つからなかったから、カノに英雄の条件を何度も聞いていたそうなの。


 殿下は殿下で、該当しそうなひとを探そうとしていたのね。


 あのとき。神殿でシリウス殿下がカノに迫っているように見えたのが、それだったのよ。


「ふーん。つまり、おまえは聖女に「面白いヤツだ」と言ったわけだな?」


 ゆら、と尻尾が床を叩く。


「……「ヤツ」、とは言わなかったわ」


 思わず目を逸らした視界に、揺れる尻尾がちょっとだけ見えた。





「ステラ。まさか、君が英雄だったなんて……」


 シリウス殿下はそう言って私を見つめた。

 そうですよね。私もびっくりです。


 お仕事から戻った殿下は、騎士のイオを伴わせていたわ。イオもティータイムに同席するのかしら。


「私も驚いています。ですが、大役を果たせるよう、精一杯努力する所存ですわ」


 最初はね、私が英雄なんてどうしようって思った。でも、カノの話を聞いているうちに、これはチャンスなんじゃないかってかって思ったの。


 シリウス殿下の「ヒーロー」になるチャンスよ。

 英雄として魔王と闘い、そして倒すことが出来れば。殿下が大切にしているこの国と国民を守ることが出来る。


 そうしたら私、殿下の「ヒーロー」じゃない?

 なりたい。殿下のヒーローに。殿下にとって、特別なひとに。


 私を見つめる殿下の後ろで、やっぱりイオも私を見ている。私に英雄が務まるのか心配なのかもしれない。


 頑張るわ。私、きっと魔王を倒してみせる!


 胸の内で拳を握って殿下を見つめ返す。そうしていたら、執事のアークが少し呆れたように言ったわ。


「殿下、ステラ様がお困りですよ。お掛けになってください」


 じいっと私を見つめていた殿下は、我に帰ったように微笑んだ。


「ああ……、すまない。さあ、こちらへ」


「はい」


 殿下のエスコートで椅子に座る。殿下はイオを振り返って言った。


「イオも座れ」


「いえ、私は……」


 強面が小さく頭を下げて遠慮を示す。

 うーむ。そうね。せっかくの殿下との時間だし、本当は遠慮して欲しいけれど、背が高くて体格も立派なイオに、立ったまま控えられるのはちょっと圧迫感があるわ。


 それに、殿下は何かお話があって伴われたのでしょ?


「構わないから座れ。見上げて話すのは大変だ」


 殿下が私を見て微笑む。私もにっこり微笑んで、イオを見た。

 確かに、座ったままイオの顔を見るには、かなり見上げなければならないわ。


 首が痛くなりそう。


 イオは私を見て困ったように眉尻を下げると、騎士らしくびしっと一礼して椅子を引いた。


「失礼します」


 背筋を伸ばしてきちんと座るイオにゆったりと頷いて、殿下は凛々しいお顔で私を見た。


「聞いて欲しい話がある」


 柔和な笑顔にもただならぬ気配を感じる。

 私は、イオに倣って背筋を伸ばした。


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