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英雄を見つけるために

 何度も小説を読み直した。

 今まではヒロインの気持ちに共感しながら読んでいたわ。でも今は、悪役令嬢の気持ちが分かるの。


 悪役令嬢は、ただ意地悪な訳じゃない。きっと。


 ずっと大切に温めてきた王子様への想い。叶えたかった、好きなひとのお嫁さんになりたいという願い。


 努力だってしたはずよ。王子妃に相応しい気品、教養。自然になんか身に付かないわ。素敵な王子様に並び立っても、決して恥ずかしくないように。


 夢が現実になる日は、遠くはなかったのではないかしら。だって、そうじゃなかったら、ヒロインだけを排除したって意味がないもの。


 手に入ると思っていた未来。王子様がヒロインの噂を耳にしなければ。気まぐれに王子様がヒロインに会いに行かなければ。2人が出会わなければ……。


 悪役となってしまった令嬢にとっては、ヒロインこそが簒奪者だった。


 貴族としての常識も礼儀も弁えない、ダンスもまともに踊れない女性に、王子殿下の妃が務まるわけがない。 

 面白い……? 殿下にとって物珍しいというだけよ。平民の女性など周囲にいないのだから、あんな下品な物言いや立ち居振る舞いの者などいないのだから、当然だわ。いずれ飽きるに決まってる。


 だけど2人は結ばれてしまうわ。幾多の困難を乗り越えて。祝福なんかできない。せめて、お優しいヒロインの心に消えない傷を……!



 コンコン。


 控えめなノックの音にも、カノはすぐに反応した。


「ステラ。どうぞ、入って」


 私の姿を見て、ほっとしたような表情をしてる。先触れをしておいたけれど、本当に訪ねてくるか心配だったのかも知れない。


「ありがとう。昨日はごめんなさい。お食事の途中で席を立ってしまって」


「気にしないで。体調はどう? あ、座って」


 カノが入れてくれた紅茶はカップに触るのも躊躇うほど熱々で、正直、嫌がらせの先を越されたかと思ったわ。

 でも、ふーふーと息を吹きかけて、あちちと呟きながら自分の紅茶を飲むカノを見て、カノにとってはそれが普通なのだと察せられた。


 なんだか、毒気を抜かれてしまう。

 でもだめよ。頑張って、ステラ。嫌われることを恐れないで。

 本当は、みんなに好かれたかった。国民に愛されるキレイで可愛い王子妃になりたかったわ。


「『子供の頃から、殿下のもとに嫁ぐことを夢見ていたの。夢を叶えるために出来ることは何でもしたわ。いいえ、出来ないこともやったきたの。手の届くところまで近づけたと思った。けれど、掴んでいた夢は手の中からすり抜けていってしまった。消えて無くなってしまったの。あなたが、現れたからよ』」


 カノの瞳がゆっくりと見開かれていく。


「『宝物のように綺麗な夢だった。希望が詰まっていた。私にとっては何よりも大切だったの。だけど今は粉々に砕けてしまったわ。輝きはどこにもない。私が欲しかったものは、全てあなたに奪われてしまった』」


「…………」


「『私のものだったのに……』」


 カノは私をじぃっと見つめている。私は、大きな瞳を努めて悲しげに見つめ返したわ。


「『私は傷付いているの。あなたが傷付けたの。あなたが私の幸せを奪って、あなたが私の幸せを壊したの。あなたのせいで私は不幸になる。忘れないで。あなたは私の不幸を下敷きにして幸せになることを。私は忘れないわ。あなたが、私の未来を無邪気に踏みつけたことを。あなたなんて、地獄に』」


「『地獄に落ちればいいと、心の底から願っているわ』だよね」


「えっ?」


 やだ。なんでセリフの先をカノが知っているの???


「ひとりで出歩くなって言われているし、暇を持て余してて退屈だって言ったら、メイドさんのひとりが流行りのロマンス小説っていうのをいくつか貸してくれてさ。その中でも特に人気があるって言われた話の中に出てくるセリフでしょ? すごいね、暗記したの? ってか、そういうごっこ遊びも流行ってるの?」


「…………っ」


 ああああああああ……。なんてこと……!

 誰よ、カノに小説を貸したメイドは?!


 これはね、小説の悪役令嬢が優しいと評判のヒロインに、せめてもの腹いせに切々と「あなたのせいで私は不幸になる」のだと訴えるシーンのセリフなのよ!

 ヒロインに対して、あなたはひとを不幸にする酷い人間なのだと悲壮感たっぷりに罪悪感を植え付けようとするのよ!


 心根の優しいヒロインは、それはそれは心を痛めてしまうのよ。悪役令嬢に同情すらして、身を引くことも考えるわ。まさかの大逆転劇かとハラハラするくらいの物語の山場よ。それまで気丈に立ち向かってきたヒロインが、初めて打ちのめされる場面を完全再現、のはずだったのに……。


 ああ。もう、万策尽きたわ。


「一生懸命覚えたのに」


 恨めしい。


「くくく。本当、ステラって思い込み激しいよね。じゃあさ、今度は私の話、聞いてくれる?」


 あー、もう。どうしたらいいのよ? ちくちく嫌味でも言ってやろうかしら。


「なに?」


「王子様が私を構う理由よ。昨日、ちゃんと聞かなかったでしょ」


 ずきん。

 それはやだ。聞きたくない。私はやっと少し冷めた紅茶のカップをそっと両手で包んだ。


「王子様はね、私をこの世界に連れて来たことを申し訳ないと思ってくれているんだよ」


 ……うん?


「この世界は、魔王てのが復活したら、聖女を異世界から召喚しないと瘴気に蝕まれて滅んじゃうんでしょ? だから、聖女召喚なんてやらなくていいように、魔王は厳重に封印されていたのに、その封印が破られたのは自分たちのせいだって言ってさ。私を出来るだけ早く元の世界に帰せるようにって、頑張ってくれてるわけ」


 魔王の封印? 破られた? なにそれ。

 ……元の世界に帰せるようにって?


「こっちにいる間、私は家族に会えないわけだし、家族もいきなり私がいなくなって心配してるだろうし。そういうのを、すごく気にしてくれてるの」


 ……家族? カノの家族? いきなり、いなくなって?


「兄がいるってぽろっと言っちゃったら、ここにいる間は兄のように慕ってくれていい、とか言い出しちゃって。それであちこち連れ出してくれたりするんだよ」


「それって、つまり……」


「ステラの完全な誤解だよね」


 あっけらかんとカノは言うの。

 誤解。誤解……?


「殿下とカノはお互いに惹かれあっているのでは」


「ナイナイ。王子様は私にそんな気ないし、悪いけど、私の好みでもない。無理矢理連れてこられた私に、気を遣ってるだけ」


 無理矢理? なんで? だって聖女様はお招きしたら来てくれるのでしょ? 召喚の儀式は失敗することもあるとは聞いているけれど。でも。


「待って待って。頭が追いつかない。カノって、聖女様なのよね?」


 聖女様なら無理矢理ってことはないでしょ? いや、万一気乗りがしなかったとしても、一応、助けてあげてもいいかなって思って来てくれているのよね?


「ここでは、ね。元の世界にはそんなの無いもん。普通のジョシコーセーだよ」


 元の世界にそんなのは、無い?! ジョシコーセー???


「どういうこと……?」


「どうもこうもないよ。家でのんびりテレビを見てたら突然部屋中が光り出して、気がついたら大聖堂? ってとこにいて坊さんたちに取り囲まれてた。変な卵抱えさせられてさ。あなた様は聖女様ですって、なんのドッキリかと思った。寝て起きたら元に戻るんじゃないかと思ったけど、ダメだったね。本当にここは異世界で、聖女の役割っヤツを果たさないと元の世界に帰れないらしいから、仕方なく言われた通りにしてるんだ。元から「聖女」なわけじゃない。普通の、18歳の、ただのオンナノコ」


 カノの早口の言葉はところどころ意味がわからなかったけど、理解できたところだけでもとんでもない話よ。


 だって。だってそれって、拉致監禁と同じじゃない?


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