087話 「こほん!」
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よろしくね。
「こほん!」
とわざとらしく咳払い。
いまだに頬は少し赤いが、それでもヘπトスは続けることにしたらしい。
空のトルソーを一つ用意したヘπトスは、その脇に立って片手を挙げる。
「さあ真打登場よ!心して拝むがいいわ!」
ぱちん!と指を鳴らすと、トルソーは光を纏う。
全身を覆う光は解けるように弾け、そうして白妙のドレスが姿を現した。
スレンダーなユアのイメージにぴたりと合う、身体のラインに沿うタイトなロングドレス。スリーブから肩にかけての精緻なレースの花園には白金のシンプルなネックレスが輝き、ゆとりをもって広がるスカートの軽く描いたフィッシュテールから覗く足元にはハイヒール。手元は滑らかな生地のグローブが腕までを覆い、素肌を晒すことを厭うようだった。
「白く華やぐ花園の姫。守られ、ゆえに纏わずただ凛として咲き誇る―――『花園の姫百合』。この私の最高傑作のひとつよ」
テンションが一周回って静かに語るヘπトス。
視線の先、見据えるユアは呆然と目を見開いている。
る、とその瞳から雫があふれるのを見たヘπトスは唇を尖らせて頬を染め、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「まったく、涙もろいクライアントね!」
「えへへ。ごめんなさい、嬉しくて」
「まあこの私の作品なのだから無理もないわね!」
そう言いつつも、気を抜けばほおが緩んでしまう程度には嬉しいらしい。
ヘπトスはごまかすように咳ばらいをし、それからそそくさと装備の詳細をユアに提示する。
「コンセプトは『不朽』よ。それさえ着ていればよほどのことじゃない限りMP切れになんてならないわ!」
「わ、すごい至れり尽くせりな感じ」
「……ほんとっすね。自動回復に消費削減に単純なMP増加が凄いっす」
「ん」
「私はあんまり何回も魔法使う感じじゃないし、これはほんとにMP気にしないでよさそう」
ユアは詳細を隅々まで読みこんで、それから改めてヘπトスに顔を向けた。
「ありがとうヘπトスさん。いっぱい考えてくれたのがすごい伝わってきました」
ユアがにっこりと笑みを向ければ、ヘπトスは言葉に詰まって視線をさまよわせる。ごまかすような咳払いをしてもなんだかいまいちすっきりしないようで、ヘπトスはぷるぷると頭を振った。
「ま、まあそうね」
結局出てきたのはなんとも微妙な肯定の言葉。
これまでの勢いはどこへやら、挙動不審な様子のヘπトスは無言で装備をしまうとユアに譲渡する。
「ありがとうございます」
「せ、せいぜい大事にすることねっ」
「はいっ!」
装備を受け取ったユアはインベントリにしまわれたそれを眺めては嬉しそうに笑み、ヘπトスはそんなユアを見てむぐぐと唸る。
しばらくユアを見つめていたヘπトスは、ユアが見返してくるととっさに視線を逸らし、そうしてこほんと一つ咳払い。
「と、ともかくこれで装備は行きわたったわね!?」
「そうですね」
「着替えていいっすか!?」
「おっしゃー!」
「まだよ!待ちなさい!?」
気の逸るきらりんとリーンをヘπトスは慌てて止める。
不満げな様子のきらりんとリーンを、ヘπトスは「物事には順番というものがあるのよ!?」と睨みつける。
「いいかしら!?この装備はいわばユニフォームのようなものだわ!クランを結成してようやく袖を通すことを許してやるわ!?」
「それは一理あるっすね……」
「ぬぬぬ……じゃーはやくクランつくろー!」
「まったくせっかちなやつね!?まあいいわ!ユア!?」
「はい?」
突然名前を呼ばれて首を傾げるユアに、ヘπトスはずびしと指を向ける。
「クラン結成は姫であるあなたがするのよ!さっさとウィンドウを出しなさい!」
「はい……はい、え、あ、姫って呼び名になるんですか?私」
「最初からそう言ってるじゃないの!?」
「わあお」
どうしよう、と視線をみんなに向けるユア。
けれど返ってくるのはきらきらしていたり悪戯めいていたり当然と思っていたり、そんな視線ばかり。どうやらユアの姫呼ばわりを否定するメンバーはここにはいないらしい。
「ああ……うん、まあ、うん……まあ、いいや」
みんながそれを望むのなら否はない。
ユアは諦めて、メニューを呼び出した。
項目の中から『クラン』を選択すれば、展開されたタブの中に『結成』というタブがある。
選択してみれば、いろいろと設定する項目がある中で、まず一番上に『クラン名』というものがあった。
「そうだ、それならクラン名決めないとですね」
「その通りよ!……そういえばあなたたちちゃんと考えてきたのかしら!?」
ヘπトスが見渡せば、一行はそれとなく頷く。
自信満々なのはリーンくらいのものだ。
ヘπトスはふんっ、と鼻を鳴らしリーンに視線を向ける。
「聞いてやろうじゃないの!まずはあなたよ!」
「おおー!まっかせろー!」
なぜか上から目線なヘπトスを気にせず、リーンはしゅばっとたちあがると胸を張って高らかに告げる。
「クラン名はー、『スペリオルブレイズオブユナ』!」
「やっぱり名前入れてくるんだもんなぁ」
「なかなかやるじゃない!?」
「単語のカッコよさだけでごり押してくるのずるいっすよ!」
「くそださいですの」
構成要素としては、以前言っていたスーパーゆあゆあファイヤーとさして変わりないという事実。きらりんの言う通り単語ひとつを取り上げればまだ格好いいと言えなくはないが、組み合わせといい語順といいもう少しどうにかならなかったのかとユアですら思う。
それを結構高評価しているヘπトスが可愛いなあとぼんやり思いつつ、ユアはリーンのほっぺをつまむ。
「私の名前禁止ね」
「えー!スペリオルブレイズじゃかっこ悪いよ!?」
「感性どうなってんっすか」
「確かにオブは重要ね!」
「噛み合ってるっす……!?」
リーンとヘπトスのまさかの意見の一致に驚愕するきらりん。
どうやら『オブユナ』は物事を格好良くするキーワードらしい。
とりあえず賛否両論のリーン案はいったん保留とし、ついできらりんが発表することになる。
「あー、まあわたしは無難に『七華繚乱』っすかねー」
無難という言葉の意味を忘れてしまったらしいきらりんの案。
わざわざちゃんとウィンドウで文字列まで準備している。
ユアはぱちくりと瞬き、それから何か意味ありげに視線を細めて頷いた。
「ふうん」
「な、なんっす?」
「ううん?べつに。いいと思うよ?かっこいいね」
「七華七様に咲き乱れる繚乱の七重奏―――悪くないわね!たしかにあなたたち個性が暴れ気味だものね!」
「ヘπトスさんに言われたくないっすけど……というかあんま解釈垂れ流さないでほしいっす」
恥ずかし気に頬を染めて呻くきらりん。
しかしヘπトスは何を恥じるのか全く理解できないといった様子でぶつぶつ呟いては頷いている。どうやら結構気に入ったらしい。
そんなきらりん案の次は、なんと挙手をしたゾフィの番となる。
「ゾフィのあんは、『ソフィア』ですの♪おねえさまのあいこそがしじょうですの♪」
「あら!あなた見かけによらずロマンチストね!嫌いじゃないわ!」
「いいと思うっす!この前のやつよりずいぶんまともっすし……」
「しんがいですの。ゾフィもちゃあんとおねえさまのためにかんがえましたの♪」
「ふふ、そうだね。とってもきれいな名前だと思うよ」
よしよしとゾフィの頭をなでるユア。
言うまでもなくゾフィの本名から来ているので採用させるつもりは毛頭ないが、とはいえゾフィがこれでもまじめに考えた結果なのでそれはそれだ。
そして次なる発表者は、ちらっとユアが視線を差し向け、その意図を読んだリコット。
「『七の盟友』」
「まあ!いいじゃないの!強い結びつきを感じさせるわ!?」
「そう」
「なんで自分で言って興味なさそうなのよ!?」
ヘπトスは吠えるが、実際さして興味がないらしいリコットはユアを見上げる。
そんなリコットの頭をユアがなでなでし、耳元で「素敵な名前だよ」とささやいてやればそれで満足したようで、リコットは役目は終わったとばかりに口をつぐんだ。
ともあれ案は出たということで、次にユアはなっち(「・ω・)「に視線を向ける。
にこやかに笑むユアの視線をちらと見返し、なっち(「・ω・)「は静かに口を開いた。
「ユア様親衛隊などはいかがでしょうか」
「……あなたふざけているのかしら!?それじゃあユアが入っていることに矛盾するじゃないの!?」
「っ、それは、気が付きませんでした」
「そこっすか!?いやそこなんっすか!?」
きらりんが吠えるが、ユアがよしよしと頭をなでるくらいで誰も取り合わなかった。
「けれどそういう方向性もあると示したその挑戦の姿勢は評価してやるわ!」
「挑戦的過ぎるっすよ!?」
「どうせならげぼくとでもすればいいですの」
「不用意なネガティブワードはクランの雰囲気を暗くするからよく考えなければいけないのよ!」
「めっちゃちゃんとしたダメ出しっす!思うっすけどヘπトスさんってけっこういい人っすよね!?」
「さっきから煩いわよあなた!」
「それは普通にごめんなさいっす」
ヘπトスに睨みつけられてすごすごと引き下がるきらりん。
そんなきらりんをなでなでしながらユアが口を開く。
「個人的には、あんまり私の名前は使わないでくれると嬉しいかなあ」
「それはもちろんそのとおりね!人の名前を入れると得てして迫力に欠けるものだわ!」
「それならよかったです」
「じゃあそういうあなたの案はなんなのかしら!?」
「私ですか」
ヘπトスに話を向けられ、ユアは瞬く。そしてはにかみながらに応えた。
「私の案は、『ガーデン』、ですね。ちょうどヘπトスさんの作ってくれた装備もそれっぽいですし」
結局以前戯れに思いついただけのそれが、ユアの中ではしっくりと来ていた。
ついでに新しくできた理由も添えてみれば、ヘπトスはカッ!と目を見開く。
「ガーデンですって!?」
「はい。だめですか?」
「とんでもないわ!?」
首を振ったヘπトスは、それからにやりと笑って言葉を続ける。
「あなた、この私と同じセンスを持っているとはなかなかやるじゃない!?」
「じゃあ、ヘπトスさんも?」
「少し違うわ!私の案はずばり―――『姫百合の園』よ!」
ついさっき聞いた覚えのある名前。
示された文字列を見れば、けれどその内容は異なっている。
『花園の姫百合』と『姫百合の園』
対を成したその構成は、明らかに自分の案が不採用となることを疑っていないもので。
なんとも分かりやすいなあと笑みを浮かべるユア。
ヘπトスは自信満々に胸を張り、挑むようにユアたちを見回した。
「どうかしら!?」
「最高だね」
ぐっ、と親指を立てるユアにヘπトスは鼻を膨らませて満悦する。
そこに文句がありげなきらりんの挙手。
「やー、でもずるいと思うっすよ。だってそんなん仕込むのヘπトスさんにしかできないじゃないっすか!ずっこいっす!」
「創作者が強いのはいつの世も同じことよ!」
「そういうコンセプト芸持ってこられたら勝ち目ないじゃないっすか!」
「それこそが私というものよ!」
どうやらきらりんとの間になんらかの共通理解があるらしい。負けを(そもそも勝ち負けの話なのかというと疑問があるが)認めた様子で悔しそうに唸るきらりんに、ヘπトスはこれでもかと勝ち誇ってみせる。
「さあ決めましょう!クラン名というものはどれだけの時間をかけても最高の選択をするべきだわ!とことんやるわよ!」
見るからにわくわくしたヘπトスが、ユアたちと一緒になってどっかりと座り込む。
ユアはぱちくりと瞬き、それからにっこりと笑った。
「ヘπトスさん、多分それもう決まってますよ」
「なんですって!?」
怪訝な表情を浮かべるヘπトスに、ユアはみんなを振り返る。
一部不満げ、というよりはどちらかといえば悔し気な様子こそあるが、ユアの言葉に反論はないようだった。
彼女らは、認識こそ個々で異なりこそすれ、今がヘπトスのターンであると認めているのだ。ヘπトス本人がそれをどう認識しているかはさておき、ユアがそれを望むのならば基本的には否はないのが彼女らだ。
―――かくして彼女らは、『姫百合の園』を冠するに至る。
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《登場人物》
『柊綾』
・ガーデン。花のように愛でるつもり満々。愛情とは水なのか栄養なのかとちょっと考えてみたりすると、少なくとも綾にとっては水ですね。でも、やりすぎ注意です。
『柳瀬鈴』
・おぶゆな。スペリオルブレイズは完全に語感のみ。凄い火。めっちゃ炎。綾への愛は炎なんてメじゃないぜ。
『島田輝里』
・無難……?やっぱりこの時代においてもこれは不治の病のようです。え?でもルビカタカナで書いたっすよ?記号とかも使ってないっすし、あれ?
『小野寺杏』
・略称がSSかSRかで印象ガラッと変わりますが、まあ正直そこまで深く考えてないです。それっぽいこと言っとくかなって。
『沢口ソフィア』
・おめめグルグルしてそうですね君。もちろんみなさんソフィアって言葉は高校の倫理の教科書の表紙に書いてあったフィロソフィーから覚えたと思うんですけど、この子はそれを名前にいただいてるんだから生まれつき知っている訳です。だったらええ、こんな愛を抱いていてもしかたないよね(ソフィアさんへの熱い風評被害)。
『如月那月』
・まじめに考えてこれだよ。まあ今までまじめに生きて……まじ、まじ……?まじ、め……うん、まあ、はい。はい。
『天宮司天照』
・装備開発段階から考えていた秘蔵の名前らしい。端からそれ以外の可能性をまったく考慮していない。ちなみになんですけど、姫百合は黄色です。そういうとこやぞπ。自分の想い込みを過信せずにちゃんと調べていきましょうね。
ご意見ご感想いただけるとありがたいです。
次回更新は8/10(火)です。




