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083話 「きー、ら、りん」

更新です。

リアル回はもう少し続くんじゃ

「きー、ら、りんっ」

「ひゃっ」


 集中していた輝里に、音もなく後ろから近づいていた綾が抱き着いた。

 輝里が頬を染めて振り向けば、綾はにこにこと楽し気な笑みで覗き込んでくる。


「お昼ごはんたべよ?」

「もちろんっす。これすぐ終わらせるっすねー」

「うん。がんばれー」


 緩やかでありながらもなにかしらのバフが効きそうな声援を受けつつ、輝里はもう綾に目もくれず仕事に集中する。綾に対する免疫を少しは手に入れたというよりは、むしろほか事に集中することで意識しないようにという足掻きだ。その証拠に、ふと気づく綾の吐息に悶えたりなんかしてあまり集中できていない。


 そんな光景を見せられる同僚たちは、まったくなんとも微妙な気分だった。

 賭け事したくなるほどもどかしいふたりの関係が進展したことを祝う気持ちと、家庭を築いている者でさえなにか我が身の寂しさを刺激される感覚、そして巻く前のわたあめのように撒き散らされる糖分で胃がもたれる心地。


 取り合えず今度からコーヒーはストレートにしようと何人かが決めた。


 しばらくののち。


「にしても、今日はなんかぐいぐいっすね」

「そう?」


 ひと段落した輝里を連れてやってきた食堂。

 そばをもぐもぐしながらそんなことを言う輝里に、綾ははてなと首をかしげる。

 それに対し輝里は、「や、絶対そうっす」などと神妙な顔つきで綾と見つめあう。


「この距離感っすよ?」


 と言いつつ頬を染めてしまうほど間近にある綾の顔。

 席に着くなり、綾はまるで当然のように肩の触れるほどイスを寄せてきたのだった。

 嬉しいし、楽しいけれど、少々心臓に悪い。


「別に普通だと思うけど……」


 どうやら本気でそう思っているらしく不思議そうに席を離す綾。

 輝里はすっとそれに追従し、ぱちくりと瞬く綾の視線から逃れるようにそっぽを向く。


「嫌とは言ってないっすから」

「そっか」


 にっこりと嬉しそうに笑む綾を横目に見て、耳まで赤くなる輝里。

 ごまかすようにそばをすすり、ちらっと視線を向けて問う。


「なんかいいことでもあったっす?」

「うーん。まあ、ちょっと初心に帰ろっかなって」

「初心、っすか」


 はてさていったいどういう意味かとチラ見すれば、どうやら細かく話す気はないらしく綾はあざとく小首をかしげた。


「ま、いいっすけど……でも初心(うぶ)な先輩なんて想像できないっすねー」

「えぇ?私今もずっとどきどきだよ?」

「ダウトっす。先輩は経験豊富な魔性の女っすから」

「魔性って……」


 なんだかとげとげしてる気がする、と苦笑する綾。

 かと思えば何やら思いついたらしくいたずらめいた笑みとともに輝里の手を取った。


「じゃあ、確かめてみる?」


 そんな言葉とともに、綾は輝里の手を―――


「そういうとこっすからね!?」

「わお」


 しゅばっ、と引き抜いた手を胸に抱く輝里。

 綾はぱちぱちと瞬き、それから残念そうな顔をして見せる。

 輝里はいっそ綾を睨みつけた。


「どの口が初心とか言ってんっすか!」

「でもこういうのきらりん好きでしょ」

「そういうのは妄想の中だけのやつなんっすぅー!というか職場でやることじゃないっす!」


 輝里迫真のマジレスに、綾はなるほどと頷く。

 続けて口を開こうとする綾を、輝里は両手で遮った。


「じゃあいつどこでとかなしっすからね!そんな古典的手法にはもう引っかからないっす!」

「あはは。じゃあ答え合わせはその時にしようかな」

「お゛、あ゛、ぉん」


 沸騰して言葉が溶けた輝里を見るに、おそらくいつかのデートで明らかになりそうだ。

 そんな輝里に満足げに笑って、綾は輝里が復活するまでのんびりと昼食をとるのだった。



 綾には恋人が多数いるが、好きあっている全員と恋人であるという訳でもない。

 いつぞや輝里の尋ねた恋人の人数を6人と即答した綾だったが、『好きあっている人』の人数となるとさらにふたり。


「やあ、待たせたね」

「ううん。今日は二時間しか待ってないよ」

「……いや、悪いと思っているのは本当なんだ」


 そのうちの一人、たったひとりの親友であると豪語する彼女―――檻乃(おりの)(つばめ)は、綾のにこやかな笑みに心底申し訳なさそうな様子で眉根をひそめた。

 にこにこ笑みながら自分のメロンソーダをちびちびやる綾の隣に座って適当なカクテルを頼み、それから気まずげにその糸目を綾に向ける。


「お詫びと言ってはなんだけど、ここは僕が出そう」

「マスター、一番高いボトルをこの人に」

「かしこまりました」

「迷いないね?ちなみにいかほどになるのかな」

「最近ドイツで面白いワイナリーを見つけましてね」

「ははっ……」


 ぱちんとウィンクを決める初老のマスターに、燕は乾いた笑いをこぼす。

 そんな様子にくすくす笑う綾に、燕は「喜んでもらえたならよかったよ」と溜息を吐いた。


「まあ、君とのひと時にくらぶれば些細なものか」

「二時間考えたにしては冴えない口説き文句だね」

「……君最近舌先研いでるのかい?」


 どうしたものかと頭を抱える燕。

 それをしばらく見降ろしていた綾は不意に吹き出し、楽しげに笑いながらもその頭を撫ぜた。


「冗談だよ。おつかれさま」

「……すまなかったね。本当に」


 顔を上げた燕に、綾は笑顔で首を振る。


「頑張ってるんだなって分かってるから。むしろ中途半端で来てたら絶交だね」

「正直揺れたよ。この前だって直接は会えなかっただろう」

「かれこれひと月くらい?タイミングが中々ねー」

「互いに忙しい身とはいえ、辛いことだ」


 そう言って肩をすくめる燕は、すっとスライドしてやってきた金色のカクテルをそっと手にし、一口含む。

 そうしてにやけるような笑みを浮かべると、綾に顔を近づける。


「ところで君、聞くところによるとまた面白い子に一目惚れしたそうだね」

「あー、先輩から聞いたんだ。や、まあ一目惚れっていうのとはなんか違うかもなんだけどね」

「似たようなものではないかい?相手がAIとなると、それは勝手は違いそうだけれど」

「それもあるけどね」


 目を伏せて笑む綾は、そっとメロンソーダに口をつける。

 のんびりと思い返す青い少女。

 いつかのデートで響にも言ったことだったが、彼女に向ける好意は恋愛的なものではないような気がしている。


 もの想う綾の横顔に、燕は「なるほど」と頷きカクテルを含んだ。


「君は好みの女の子が弱っているのを見るとつい惹かれてしまうタチだからね」

「その言い方凄いやだ」

「間違ってはいないだろう」

「ふつう、好きな人が困ってたら力になってあげたいでしょ?」

「なるほど、そういう捉え方もあるのか」


 うっかり納得した燕はまた頷き、それからふっと頬をゆるめる。


「初対面でそこまでの好きを向けられることは、普通ではないと思うがね。どんな子なんだい?その子は」

「純粋な子かな。先輩にも言ったけど」

「純粋か。これまた君の好きそうな言葉だ」

「燕とは正反対だよね」

「君のストライクゾーンが広くて嬉しい限りだよ」


 そう言って笑む燕に、綾はくすっと笑った。

 そんな些細なやりとりが、なんだかとても心地よい。


「ちなみにこの前言っていた後輩くんとはどうなったんだい?あれから」

「ああ。とりあえずお友達になったよ」

「へえ。思いのほか早かったね。もっと時間がかかるものだと思っていたよ」

「きっかけは鈴なんだけどね。ほら、AW始めたって言ったでしょ?」

「ああ、例の修羅場オンラインのことかい。それは危機感も覚えるか」

「修羅場ってたりはしないけど、まあそんな感じかなあ」


 ただ仲良くゲームをしているだけなのになんとも失礼なことを言う燕にやや釈然としないものを覚えつつ頷く綾。

 実際どうかはさておき、同一人物の恋人を複数集めて修羅場にならない訳がないという燕の考えは日本においてはむしろスタンダードなくらいだろう。


「ふうん、そうかい」


 というか、なんなら、綾の認識がそうでないだけで間違いなく一種の修羅場ではあると燕は確信しているので、自然と曖昧な頷きになった。

 それをクスッと笑いつつ、綾はそっと目を細める。


「今まであんなふうに、なんだろ、みんなでいるっていうのを考えもしなかったから。ちょっと新鮮」

「最初聞いた時は僕も正気を疑ったよ。君がまさかハーレムでも築こうとしているのかとね」

「あはは。私不器用だから、そういうのはやっぱりないかな。ああやってると、私がひとりじゃなかったらいいのにって思う」

「まあ確かに君がもっと器用なら、もう少しまともな人間関係になっていたろうね」

「うーん。まあ、そうかな……そうかも」


 寂しげに目尻を落とす綾。

 ふ、と言葉が途切れる。


 もっと綾が器用なら。

 自分の感情を、行動を、操れるくらいに器用なら。


 きっと彼女は今みたいに―――


 懐古するように揺れる瞳。

 蜃気楼めいた不安定な気配を察知した燕は、そっと吐息してその頬を摘む。


「いひゃい」


 不意の刺激に、寝起きみたいなぼんやりとした視線を向ける綾。

 燕は頬を放してやり、それから鼻を鳴らす。


「君が落ち込んだら、僕の冗句がつまらないみたいじゃないか」

「……それは別にいつもの、ごぇんごぇん」

「まったく」


 再度つまんだ頬をぺいっと放す。

 えへへ、とはにかむように笑った綾が頬を撫でるのを横目に、燕はカクテルを飲み干した。


「君がそれを望んだのだから、好きにやればいいんだよ。君はそういう自分勝手な奴じゃないか。それが嫌だというのなら、人は勝手に離れていくさ」

「ふふ。それは結構、殺し文句かも」

「おかげで今日は寝不足さ」


 ふっ、と口角を上げた燕は、それから綾に顔を向ける。

 ゆるりと開く目、色彩の失せた淀む虹彩が、綾をその中に取り込む。


「それでも不安というのなら、僕がいくらでも愚痴を聞くよ。なにせそう、僕は君の親友だ」

「うん。ありがと」


 ちゅ、と頬に振れさす唇。

 分かりやすく頬を染めてビクッと身体を震わせてと動揺する燕は、けれどなんとか呆れたような表情を作った。


「おいおい、6人も相手にしてまだもの足りないって言うのかい?」

「えぇー?親友ならこれくらい普通だよ」

「それは僕の普通とは違うねっ。そもそも普通っていうのは普遍的なことがらではなくてだね―――」


 ぺらぺらと講釈を垂れ流す燕と、それをにこやかに聴きながら冷やかす綾。

 それはいつも通りの下らない会話。


行きつけのバーのマスターもそれを心得、あえて口を挟むことはしない。


「―――ということでつまりキスは親友の間にあるものではないと僕は、ああそう思うね」

「そっかー。じゃあ控えめにしとくね」

「話を聞いていたのかい……?」


 やれやれ、とため息を吐く燕。

 そうしてカクテルのグラスに触れ、そこに既に中身がないことを思い出す。


「こちらをどうぞ」

「ああ、すまない、気が利くね」


 すかさず差し出されるワイン。

 その芳香に「ほぉ?」と興味深げに眉根を上げ、そして一口。


「ふむ、これはまた……いいものを仕入れたね」


 素直に感心した様子でワインを楽しむ燕。

 綾は吹き出し、マスターはにっこりと頷いた。


「ええ。当店でも最高のワインですから」

「へぇ………………さいこう?」

「はい。お連れ様からのご要望でございます」

「おぉう」


 これがそうか、と神妙な表情になる燕。

 お腹を抱えながらも声を潜めて笑う綾にため息を吐くと、マスターは喉の奥で軽く笑った。


「よいご友人をお持ちで」

「……ああまったく、最高の親友さ」

「遠慮しないでいいからね。私が注文したんだし」

「ああそうだね。そうとも。はあ」


 悔しげにワインを舐める燕と楽しげに笑う綾。


 ふたりの夜は、まだ始まったばかりだった。



《登場人物》

(ひいらぎ)(あや)

・人に向ける”好き”に種類がないので、関係性というやつに実はあまり興味がない。恋人だろうが親友だろうが好きあっていればそれ以上のことはないのです。とはいえやっぱり、親友だからこその関わりはあるわけですけど。


島田(しまだ)輝里(きらり)

・輝里の平日オフィスラブは細々見せていこうかなって。なにせやろうと思えば週五でできちゃうわけですし。ちなみにどんな妄想なのかは明かされる予定ないです。ノクターン向けとかで書くつもりもないですからね。


檻乃(おりの)(つばめ)

・綾の親友。割と長めの付き合いで、昔は恋人だった期間もあったりなかったり。シェフとかやってるらしいです。存在自体は知る人ぞ知るかもしれないけど知らなくていい人。ちょくちょくでてくる……かも。親友枠は使いやすいからね。


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