075話 箱
更新です。
よろしくお願いします。
箱。
が、あった。
装飾も何もない、きわめてシンプルに長方形な木製の箱。
通路の突き当りにポツンと鎮座している。
待ち受ける二体のグリムキーパーと箱の影に潜んでいたシャドウストーカーを流れ作業的に処理した一行は、その箱を見下ろしていた。
『木の箱』
・木材でできた箱。中にはほとんど価値のないアイテムが入っている。
「箱だね」
「はこ」
「たからものー!」
「箱っすねー」
「箱にございます」
宝箱、ですらない箱。
そのうえ価値のないアイテムと断言されては微妙な表情にもなるユア。
おそらく問題はないだろうが、一応の警戒をしてなっち(「・ω・)「が箱を開けてみることにする。
ふたは背面が蝶番で止まっているだけの錠もなにもないもので、開いてみれば案の定罠もない。
中には敷物すらなく剥き身で置かれた一本のナイフがあった。
「おー、きれー」
覗き込んだリーンがにこにこ笑う。
均一性のない青色の全身を、金属光沢が舐める青銅。
それを拾いあげ、観察眼のウィンドウを共有しながら振り向くなっち(「・ω・)「
「青銅でできた短剣のようです」
「あー、説明文に偽りなしっすね」
「たいしたものではありませんの」
「ね。とりあえずなっちが持ってていいよ」
「御意に」
短剣をくるりと翻し、かと思えばイリュージョンのようにあっという間に消し去るなっち(「・ω・)「。どうやらインベントリではなく服の内側に潜ませたらしい。
「なっちさん近接武器も使えるんっすか?」
「概ねどのようなものでも引きずる程度の重量までは扱えます」
「…………」
「そんなことないよ、きらりんにはゲームの経験も沢山あるんだし」
「どっから突っ込めばいいか分からないんで大人しくなぐさめられておくっす」
真面目な顔でそんなことを言うきらりんをなでなでしてあげるユア。
いつぞや『片手で持てる武器であれば大体扱える』とドヤ顔をかましたことのあるきらりんがそのことを思い出して微妙な気持ちになったのだ、と察したらしい。
さておき。
今回見つかった宝物(?)はひどく微妙な代物だったものの、わざわざ『ほとんど価値のないアイテム』だなどと明言しているあたりグレードの高い箱の存在を匂わせているようなもので。
特にリーンやきらりんなんかがそれにわくわくと胸躍らせながら、一行はまた探索を再開する。
階層を移動したところで敵の構成や強さに変わりはないらしく、不意打ちもままならないよう一方的にねじ伏せて突き進む。
進んでいると、箱より先に次なる階層への階段を発見したのでさくさくと登って行く。
進んだ先も変わらず広がる迷宮を突き進んでいると、やがて一行は2つ目の箱に遭遇した。
「あれ、ちょっとレアっぽい?」
最初の箱に比べて、幾分か宝箱っぽい木の箱。
縁が金属で補強されていたり開く部分がアーチ状になっているあたりがなんともイメージ通りといったところ。
「おおー!おたからー!」
「宝箱って感じっすね!」
「……あ、だめだ」
それを見たリーンときらりんが目を輝かせるが、『観察眼』を発動したユアが渋い顔をして首を振る。
『木の宝箱』
・木材でできた宝箱。中にはあまり価値のないアイテムが入っている。
《擬態:ミミック》
『ミミック』LV.10
・耐性:なし
・弱点:炎熱、打撃
・ドロップ:なし
~詳細~
なにかに擬態することで形を持つモンスター。擬態する前の姿は未だかつて確認されたことがなく、果たしてミミックと呼ばれるモンスターが本当に同じものなのかも定かではない。
「ミミックだって」
「なんだー」
「むしろダンジョンっぽいっすね」
「外見から異常は発見できません」
「ということは今後もちゃんと確認した方がよさそうだね」
なっち(「・ω・)「の目からしても異常の発見できないミミックというモンスターの擬態。
それでも『観察眼』はなんのそのというところらしく、つくづく奇襲しがいのないパーティーである。
「『強化』―『光弾』」
なんにせよ正体が分かってしまえばあえて近づいてみる必要もないと、とりあえずリコットが遠距離から攻撃を仕掛けてみる。
まっすぐと飛翔した光の矢が直撃すると、ミミックは驚いたようにその身を弾ませぱくぱくとふたを開閉する。伺い知れたその中にはなにやらギラリと光る貴金属らしきものがあり、それを見たきらりんがぽつりとつぶやく。
「臓物は宝物っすか」
「ふふっ」
「やや、あいつに内臓なんてないぞー!」
「おぉ」
なぞに連鎖するダジャレにてちてち手を叩くユア。
その後ろでゾフィがけだるげに吐息を零す。
「くだらないですの。ぜんとうようでもおきたえになったほうがいいですのよ」
「あはは。まあまあ」
「……『強化』―『光弾』」
どうやらあまりの下らなさにイラついているらしいゾフィをユアはなでなでする。
その一方で、きらりんやリーンに続こうとひっそり思ったが思いつかず攻撃を続けるリコット。
次々撃たれる光の矢を受けながらぴょんぴょこと弾んで接近しようとしてくるミミックだったが、至近距離にまで近づくこともできないうちにゴロンとひっくり返り、そのまま光に弾けて消えた。
光が消えた後に残ったのは、きらきらと照る装飾品と数枚のコイン。
「中身がそのまま残ったようですね」
「これがミミックの臓物……」
「グロ注意っすね」
などと言ってみるものの、『観察眼』を向けてみると装飾品もコインも特に特殊なものではないようだった。
銀細工のシンプルなネックレスと指輪、そして見るからに換金アイテムっぽい金貨が三枚。
明らかにグレードの低い木の宝箱から出てくるにはやや豪勢で、ミミックのおかげだろうかなんて話しつつ。
とりあえず、きわめて順当にユアが持っておくことになり、真っ先に動いたなっち(「・ω・)「がそれらを拾いあげ、傅きながら捧げた。
「お受け取りくださいませ、ユア様」
「うん。もらっておくね」
傅くなっち(「・ω・)「と、抱かれたままに貴金属を受け取るユア。
そんな様子を見ていたきらりんがぷはっと笑う。
「貢物を受け取る女王って感じっすね」
「うーん。この体勢だと否定しづらい」
自分の体勢を見返して苦笑するユア。
なっち(「・ω・)「が女王様と呼びたそうに眼差しを揺らすのを華麗に無視しつつ。
探索を再開した一行は、その後も次々に箱や宝箱を見つける。
といっても素材は相変わらず木製で、ミミックですらないその中身は大した価値のなさそうなアイテムばかり。
そうこうしている間に階段を見つけて次の階層に進んでみれば、一行はその途端に見たことのない箱を見つけた。
金属製の箱。
長方形の形状からして宝箱ではないのだろうとあたりをつけて『観察眼』を向けてみれば、案の定それはただの鉄の箱だった。
『鉄の箱』
・鉄でできた箱。中にはびみょうに価値のないアイテムが入っている。
説明からしてなんとも微妙で、はたして木の宝箱とどちらが価値のあるかも判然としない。
けれどそんな文言はいったん置いて、ユアは正面を見やる。
「特に変哲なさそう、っていうことは、やっぱり行き止まりかな?」
階段を上った先は、そのまま行き止まりになっていた。
突き当りに鉄の箱が置いてあるだけのその行き止まり、なにか箱に秘密があるのかと観察眼を向けてみたのだが、それも外れだったらしい。
「まあそんなこともありそうっすねー」
「探索し直しかな」
あっけらかんと言いつつ、あっさりと箱を開けるきらりん。
中に入っていた鉱石っぽい塊を掲げて見せる様子にユアは頷き、そこでふとなっち(「・ω・)「に視線を向ける。
気が付いたなっち(「・ω・)「がユアと目を合わせ軽く頷くので、ユアはじ、と正面の壁に『観察眼』を向ける。
『石の壁』
・石でできた塔の壁。
「うーん?」
「その向こうに通路が続いているようですが……」
「なんっす?隠し通路でも見つけたっす?」
「たぶん?」
ひょこひょこ戻ってきたきらりんに首を傾げるユア。
ついでに差し出される鉱石を見てみると、どうやらそれは鉄鉱石だったらしい。
「ぶっこわすー?」
「まあ、そうなるかな」
「ん。『強化』―『魔弾』」
リコットの放った青白い魔力の弾丸が壁に叩きつけられる。
ばしゅん!と弾け、特に反応を見せない壁。
わくわくと見ていたきらりんが微妙な表情で振り向くのに対して、ユアはぱちくりと瞬きなっち(「・ω・)「は頷いている。
「微妙にずれましたね」
「ね。なんだろこれ」
「ずれ……?」
改めて見つめてみるきらりんだが、やはり何度見ても違いが分からない。
しかしユアが言うのならばそうなのだろうと、リコットはさして疑う様子もなく次々に魔弾を放ち続ける。
「……あ、でもほんとっす。動いてるっすねこれ」
「むむー」
連打されて、注意深く見ていれば分かるほどにずれていく壁。
果たしてどこまでいくのかと見つめていると、やがて壁は唐突にその全身にヒビを走らせ、そうして光に弾けた。
空いた先に伸びる通路。
顔を合わせた一行は、警戒を深めながらその通路を進もうとして。
ッ―――……
「っす?」
「ユア様」
きらりんが首を傾げ、無言のリコットと鋭く声を上げるなっち(「・ω・)「がユアのそばに控える。
きょろきょろと周囲を見回すユアは何を見つけられるでもなく、立ち止まりながらもはてなを浮かべるリーンが問いかけの声を上げようとして。
はっと気が付く。
「ぉおおお?!」
―――ッッッォォォゴゴゴゴゴゴ!!!
「わわっ」
「ゆれづぁ!!?!」
「いやな予感しかしねーっす!」
「まぁ♡」
揺れる、揺れる、揺れる。
ユアが身を縮ませ、リーンが舌を噛み、きらりんが声を弾ませ、ゾフィが笑む。
もしもリアルであれば立っていられないほどの地震。
塔が倒壊してもなんらおかしくないほどの揺れに包まれる通路の中、身を寄せ合い耐える一行。
その周囲で、光が舞った。
床から、天井から、壁から、振り落とされるように。
舞い上がり舞い降り舞い散る光。
通路が砕け、足元が割れる。
歓声と悲鳴とが振動に消え。
そして世界は、光に弾ける―――
■
《登場人物》
『柊綾』
・悠々と抱き上げられながら女たちを侍らす姿はまったく女王のそれですね。しらんけど。これも姫プと呼ぶのだろうか……タイトル的に呼んでおいた方がよさそう。
『柳瀬鈴』
・綾が女王なら彼女は玉座になるんでしょうか。まんざらでもなさそうな気配。
『島田輝里』
・今作における現時点でのきらりんって実はあんまり特徴的な働きないのでは……?とか思ってみたり。忸怩たる思いであります。
『小野寺杏』
・光弾、呪弾、魔弾……一応違いがあって、おおむね把握しているっぽい感じの人。この程度の魔法だとそんな大差ないし使い分けたところでレベルには関係ないんですけど。
『沢口ソフィア』
・壁壊れるらしいですよ。だからなんということもないですし、壊れる壁は限定的なんですけど。知ったこっちゃないですね。
『如月那月』
・隠し通路も発見できるよ。こいつの存在がいくつかのアビリティの価値を冒涜している気がする。スーパー使用人だから仕方ない。
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