073話 「大丈夫?きらりん」
更新です。
AW回もここを過ぎたらしばらくなくなる気がします。
「大丈夫?きらりん」
「ひゃい……」
綾の膝に枕されながら頭をなでなでされる輝里は、言葉とは裏腹にあまり大丈夫そうには見えない。
身体からはくったりと力が抜け、耳まで真っ赤に染まり、息も絶え絶えである。
どうやらずいぶんと消耗しているのがはた目にも見て取れるが、妙に肌ツヤはいいし、口角は緩るかに上がっており、気分はそう悪くなさそうだった。
約半日綾と触れあった、そのなれの果てが今のありさまだった。
触れ合ったといっても、当然業務などもある訳で直接的接触はほとんどできず(といっても、以前と比較すれば盛りだくさんではあったが)、基本的には視線や仕事合間のプライベートチャットなんかのやり取りとなる。
しかしながら、たとえばふと顔を上げたら目が合って微笑みを向けられるだとか、仕事をしながら何気ないやり取りをするだとか、また示し合わせた小休止に手をつないでみたりボディタッチをしてみたりするだとか、そんな些細な事柄を通して好き合っているという強烈な自覚が芽生えてしまったものだから、耐性のない輝里にはやや刺激が強かったらしい。
「可愛いね、きらりん」
「ゃ、ふがいねーっす……」
「いままで、こういうのってなかったんだね」
「それもあるんっすけど……」
もぞもぞと、ちょうどいい場所を探すように頭を動かしながら、輝里は綾の顔を眩しげに見上げる。そっと持ち上がった手が綾の頬に触れ、輝里はふっと口元を緩める。
「好きって、楽しいんっすね」
「きらりん……」
「先輩を好きで、先輩が好きで、そうおもったら、なんか、めっちゃはしゃいじゃったっす。やー、我ながらガキっぽいっすね」
なんて言ってはにかみ笑う輝里に、綾は笑みを深める。
頬に触れる手に手を重ね、少しだけくすぐったい温もりをしみ込ませるように目を閉じる。
「きらりんに好きって言ってもらえて、よかった」
心をそのまま舌にのせるような、ゆったりとした呟き。
輝里はぱちくりと瞬き、それからごくりと唾を呑む。
から回るようにはくりと空を食んで、「っす」とだけ呟き視線を逸らした。
「ちなみに、お仕事の方はだいじょうぶ?」
「…………ダイジョウブッスヨ!」
言葉通りに大丈夫ではなさそうな輝里。
綾はにっこりと笑む。
「進捗によってはおあずけね」
「が、頑張るっす……」
―――ちなみに。
現在地、会社一階にある喫茶店。
昼食後にのんびり過ごす社員も多く、かなりの人目があったりする。
したがってそんな場所でいちゃつくふたりは相当に注目を集めている訳だが、あいにくと言うべきか幸いと言うべきか、ふたりとも全く気にかけていなかった。
巡り巡ったうわさが耳に入った錦野美心からたしなめられた輝里が悶絶するのは、翌日のことである。
■
綾と輝里が会社で秘め事を秘めていなかったその日の夜。
きわめて平常運転な綾は、帰宅するなり敏感に察知しては嫉妬を燻らせる鈴を食後のデザート感覚でなだめすかし、それからAWへと降り立つ。
してみれば、心地よい日差しとともにユアを待ち受ける面々。
目を合わせただけで顔を真っ赤にするきらりんという極めて分かりやすい反応にもろもろ察したゾフィとついでにリーンがややとげとげしたりという些細な出来事はありつつ。
「私たちがあと行ってないのは西だけだったよね」
「ん」
「迷宮エリアっすね」
「いこーぜー!」
わいわいと沸き立つ初期メンツに頷いたユアは、それからゾフィとなっち(「・ω・)「に視線を移す。
「ゾフィたちも、それでいい?」
「異論はございません」
「かまいませんの♡」
後から加わったふたりも当然に頷き、そんな訳で一行は西エリアへと旅立つ。
西エリア、『騒乱の迷宮』。
不規則に変化する迷宮と宝物が魅力的らしい場所。
さくさくと西へ歩く一行が不意に遠目に捉えたそれは、迷宮と呼ぶにはなんとも困惑してしまうような代物だった。
「塔だねー」
「ん」
「塔でございますね」
「思いのほかがっつり塔っすね」
「おー!?ほんとだ!たわー!」
「くずしがいがありそうですの♪」
雲を突き抜け青空に溶ける円柱の塔。
その高さゆえに感覚が狂いそうにもなるが、その円周はきっと近くに寄れば壁にしか見えない程度には広そうだった。
そんな巨大な代物に、不意に、というように突然気が付いたのには理由がある。
「あれさ、いま急にでたよね?」
「ん」
「ほへー」
「ぽいっすよね」
「前触れのようなものは私からは観測できませんでした」
ぱちくりと瞬くリーンと静かに微笑むゾフィ以外は、その塔が唐突に出現したことに気が付いていた。
「描画限界とかかと思ってたっすけど、にしては極端っすよね」
「ああ、そっか、ゲームだとそういうのもあるんだ」
「向こうに見えていた雲が隠れましたのでそれはないかと。限界そのものはあるようですが」
「ならやっぱりそういうことかな」
納得するように呟き、ユアは塔を眺める。
突然に見えるようになった塔は、つまり突然に出現したということらしい。
ユアとしても、まさかそこまで急な変化が起きるとはさすがに思っていなかった。
「中にいたらどうなるんだろ」
「かべのなかにいる、とはならないといいんっすけど」
「そうなったらゾフィの出番かなー」
「すべてをはかいしてさしあげますの♡」
「それ実質全滅案件っすよね」
「あはは。そうだね」
などと冗談めかして(?)話しているうちに、一行は塔の根本へとたどり着く。
近づいてみれば、やはり果てしなく高く広い。
その壁面には、等間隔に内部へと続くらしき黒い入り口がぽかりと空いている。
日の下にありながらも、どうしても奥の見えない不思議な入り口だ。
顔を見合わせた一行は、試しに足を踏み入れてみる。
一瞬の闇、ふっと薄れ、目の前には壁。
並んだ松明の揺れる明かりに照らされて、視界はそれなりに確保されている。
左右を見ると、右手もまた触れるほどの壁に遮られ、左手は通路となっている。
正面と外円の壁に挟まれた通路は、人ふたりであれば並べる程度の狭いもの。天井は飛び上がれる程度には高く、遠くをみれば途中で内側に向けて枝分かれし、やがて行き止まっている。そしてどうやら、注意を向けなければ気が付かないほどわずかに湾曲しているらしい。
振り向けば、入ってきたのと同じような闇がぽかりと口を開いている。
かと思えば、そこから、迷彩柄なのに忍者っぽい装束に身を包んだプレイヤーがひょっこりと姿を現した。
プレイヤーはリーンに抱かれるユアにちらっと視線を向けて興味ありげにしつつ、ぺこっと頭を下げ、通路を進んでさっさと曲がって行ってしまった。
それを見送って、なっち(「・ω・)「がわずかに首を傾げる。
「あれらしき姿は見られなかったと思いますが」
「忍者っすからねー」
「絶対に活動場所間違ってるけども」
入る以前、見渡す範囲にはいなかったと報告するなっち(「・ω・)「。
へらへらと笑っていたきらりんは、それから入り口を振り向いて肩をすくめる。
「まあ、マジレスすると入り口がランダムに繋がってるとかじゃないっす?」
「なるほど」
きらりんの予想を試してみようということで、一歩の探索もないままに引き返す。
してみれば、晴れた視界には見渡す限りの草原。
言うまでもなく、その場所が入ってきたのと違うのか同じであるかを判別する分かりやすいものなどなく、自然と視線はなっち(「・ω・)「に向く。
するとなっち(「・ω・)「はあっさり頷き、「入ってきた場所から、おおむね225程度のずれがあるようです」と妙に正確な角度まで告げる。
つまりどうやら、塔の外に見える入り口は塔内部にある入り口のどれかとランダムに繋がるらしい。
「これ、もしかしてタイミングずれたらばらばらになったりしないっす?」
「うわー、ありそう。気をつけないとね」
「むむっ」
「や、私とリーンは大丈夫じゃない?」
バラバラになってたまるかと、むきゅうとユアを抱きしめるリーン。
腕の中で呆れたように、けれど嬉しそうに微笑むユアに周囲の面々は各々色々な思考を巡らせ、とりあえずユアのローブの裾などをそっとつまんだ。なっち(「・ω・)「は目立ってそういったことをしなかったが、どうやらリーンの動きを見て少しのディレイもなく追従しようとしているらしい、わずかに瞳孔を開き集中を見せている。
塔に入るというだけにそんなやり取りを経つつ。
改めて一行は、暗闇の向こうへと這入っていった。
■
《登場人物》
『柊綾』
・会社であんなことやこんなこと(全年齢向け)をしてもみんなで集まればまったく気にした様子もなく。基本的に現実で何があってもゲームには持ち込まないタイプです。現実と非現実の区別がよくついてますね。
『柳瀬鈴』
・デザートと呼ぶにはややしつこいかもしれない。どちらにしても結局あまあまであることに変わりなく。それともあるいは、こんぺいとうみたいな感じかも。
『島田輝里』
・綾と愛し合うっていうのはまじめにやるととても疲れるみたいですね。綾が自分の全部を受け取ってくるもんだから、自分もそうしなきゃって集中しちゃうのかも。そりゃあお仕事しながら途切れることなく綾に意識を向けつつとかやってたらね。
『小野寺杏』
・綾とはぐれたら冷静に暴走しそう。きわめて論理的かつ合理的な狂人って恐ろしいですよね。まあ違う入り口にでるくらいなら普通に後戻りするだけで外に出れるわけなんですけど。ええ。安心しろ、安心しろよ。
『沢口ソフィア』
・嫉妬というなら常に嫉妬してる。ただそれがほんとデフォルトすぎるから見えにくいだけで。だからわかりやすく示すのは、ほんと分かりやすく示してるっていうだけで普段より強い感情があるとかではないんですよ。普段からフラットに最高潮だぜ。そりゃあなんでもかんでも焼いたり破壊したりしたがる少女がまっとうな精神状態なわけないじゃないですか。
『如月那月』
・雲の位置とかから把握してんじゃないっすかね。知らんけど。
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