071話 傍らで眠る鈴に、綾は言い表すことの難しいほどの満足感を得ていた
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傍らで眠る鈴に、綾は言い表すことの難しいほどの満足感を得ていた。
それと同時に、途方もない疲労感。
鈴は基本的にはされるのを好むが、それはそれとして綾の身体に触れることも大好きなので、さすがの綾も随分と疲弊してしまっている。
こうして起きているだけでも気だるく、気を抜けばうつらうつらと船をこいでしまう。
それもまた心地よいと、そう感じる。
このまま、鈴と共に眠ってしまおうかと思う。
けれど、こうして無防備に寝顔を見せる鈴を愛おしんでいたいとも思う。
なんとも悩ましい葛藤。
考えれば考えるほど、思考を鈴が埋めつくしていく。
愛おしくて、たまらなくて。
けっきょくは、本能の赴くままに鈴と身体を重ねるように寝転んで。
―――そんなふうに綾が眠りについた、ほんの十数分の後。
安らかに寝息を立てていた鈴のまぶたが、ぐぐ、と強ばる。
そうして鈴はゆるりと目を開き、寝ぼけ眼で正面にある綾の顔を捉えた。
触れる裸体と毛布の感触に、鈴のまぶたが心地よさげに落ちる。
もすもすと綾の身体を引き寄せ、密着度を増す。
「あーやー」
こっそりと、名前を呼んでみる。
すると、起きた様子もない綾の手がそっと鈴の背を撫で、自然に唇が重なった。
鈴はくすくすと楽しげに笑いを食み、それから何度か、名前を呼んでみた。
そうしていると、綾のまつ毛がふるふると震え、そっとまぶたが上がった。
ぼやけた瞳が、鈴を捉え、輪郭を確かにする。
ゆるりと上がる口角。
ちゅ、とまたひとつ口付けを交わす。
「なあに?」
ぽわぽわと眠たげに、綾は鈴の呼びかけに応えた。
鈴はにっこりと笑んで、その耳元で優しく囁く。
「んーん、なんでもない」
「そ」
こくん、と頷いた綾は、またひとつ鈴とキスをして。
そして鈴をむきゅっと抱きしめながら、満足気にひとつ吐息を零し、また目を閉じた。
鈴は眠る綾を強く抱きしめ返し、それから、自分も微睡みに身を委ねた。
■
空気は静かで、月光は冷ややかに照らしている。
そよ風に揺れる草花の音に耳を済ませ、ふたりは小鳥の囁くように愛を交わしている。
ふたりきりでやってきたAWは、午前中にほかのメンバーと集まっていたときとは、まるで全く、景色が違って見える。
草原に腰を下ろし、リーフラヴィというらしい緑色のもふもふウサギと戯れながら、ユアとリーンのふたりはのんびりと時を過ごしていた。
とりとめもない話を繰り返し、指先を触れ合わせ、頬を重ね、唇を掠める、ただただ溢れんばかりに愛し合う一時。
そばに侍るリーフラヴィたちもなんだかやけに大人しく、ときおり抱き上げられなでなでされることを喜びはするものの、ユアとリーンが触れ合っていると、自分も仲間たちと身を寄せあってもふもふと邪魔をしないようにしている。
そんなのんびりとした時間を過ごしていると、ふとリーンが甘えるような上目遣いでユアを見上げた。
「ゆーあ、あれやって、やって」
「いいよ」
くすくすと笑い、それからユアは、リーンの望みに応えて『安らぎの地』の魔法を発動する。
穏やかな光が、夜空を少しだけ照らした。
リーフラヴィたちが心地よさげにぷぃ、と鳴き、リーンはお礼の代わりに頬に口付けを落とした。
夜の草原に生まれた、ふたりきりの空間。
リーンは、この安らかな魔法がことのほか好きなようだった。
ユアとしても、なんとなく心癒される静かな光を気に入っている。
「リーンは、みんなとゲームするの楽しい?」
「ん。ちょーたのしー」
「そっか」
はにかむように笑むリーンに、ユアは優しく目を細める。
本来ならばリーンとふたりで過ごしていただろう時間の大部分をAWにあてていることになるのだが、どうやらそれでも、リーンはひとまず満足できている様子だった。
普段の様子から、ユアから見ると楽しげな様子に少しも嘘を感じはしなかったけれど、こうして改めて確かめるとやはり嬉しくも思うのだった。
そっと頬を触れ合わせ、優しく髪をすくユア。
くすぐったそうにくるくる鳴いたリーンは、それから体勢を変え、ユアの顔を覗き込むようにして鼻先を合わせた。
「ユアは?幸せ?」
「うん。とっても」
「そかー」
ユアの即答に、リーンは頷く。
ほんの少しだけ葛藤の覗く、神妙な面持ち。
ユアがくすくすと笑えば、リーンははにかんで視線を逸らす。
「私は、どっちでもいいよ?」
「……………………このままがいい」
「うん。分かった」
長い葛藤の末に、唇をとがらせながらも答えるリーン。
ユアは楽しげに笑み、抱きつくようにしてぽんぽんと背をなでる。
呼吸にそわせるように、ゆるりゆるりと。
心地よさげに頬をとろけさすリーンは、葛藤もなにもかもすっかり忘れ去ってしまったようにユアに身を委ねる。
ときおりじゃれつくようにユアの腿や腰をなでれば、ユアは唇と指先でそっと応える。
会話よりも雄弁に愛しさを伝えあう、ゆるやかな愛撫。
なんだか遠くが微睡んでくるような、ほわほわと浮き足立つような、そんな感覚を重ねる。
啄むように音を耳に触れさせるのは、言葉よりもきれいに聞こえた。
普段複数人でいて当たり前なAWを、ひとりで独占するというちょっとしたぜいたく。
リーンがそれに満足するまで、ふたりはただ、そうして寄り添っていた。
■
綾と鈴が、もくもくとお菓子を作っている。
平らにならした生地を型でくりぬいて、クッキーを作っているらしい。
互いに一つの言葉もなく、ひたすらにもくもくと作業をしている。
基本的に、ほんらい綾と鈴の意思疎通に言葉は必要ない。
綾の理解力はいうまでもないが、鈴も綾限定であればそれに負けず劣らずの鋭さを見せる。
むしろ、言葉にするくらいならば視線や表情、触れ合いで示した方がよほど率直で分かりやすいと、そんな風にすら思っている二人である。
とはいえ会話は会話で楽しくはあるのでふたりは割とおしゃべりをすることが多いのだが、ついつい集中してしまうお菓子作りなどは自然と言葉少なになるのだった。
とはいえ。
言葉少なにはなるものの、お菓子作りもいちゃいちゃの一環みたいなものであるから、近づくたびに触れあって、手が空くたびに触れあって、なにはなくとも触れあって、触れあわずとも視線を交わしと、ある意味きわめてやかましいようなありさまだ。
どうしてお菓子を作ろうと思ったのか、特に理由もない。
鈴が唐突に思いついて、そうしてそれができるだけの材料が揃っていたものだから、作らない理由も特になかったというくらいの話。
綾と鈴がふたりきりの時は、そんな風に唐突に思いついたことを気ままにやるというのはままあることで、そう特別なことでもなかった。
もくもく。
オーブンに、くりぬいた生地を置く。
くりぬいて残った余白の部分もそのままクッキーにするというのが鈴の流儀である。
少しも欠けることなく焼き上がるというのが鈴の目標なのだが、あいにくとこれまで成功したことはなかった。
ふたを閉じれば、内容物を確認したオーブンが勝手に最適な温度で稼働を始める。
「おいしそー」
オレンジ色に照らされるクッキーたちにほけーと口を開いて見入る鈴と、そんな様子をこそいとおしむようにその後ろから覗き込む綾。
どちらも延々とそれを続けられるタイプだったりするが、今日は鈴にそのつもりはないらしい、くるりと振り向くと、啄むようにキスをした。
綾の首に腕を回し、ねだるように見上げる。
今日はいつもよりも、こうしておねだりする回数が少し多い。
久しぶりということもあって今日はあれもこれもとせわしなく愛し合いたいと、鈴がそう思っていることは綾には伝わっている。
綾はにっこりと笑むと口づけで返し、そのまま鈴を抱き上げる。
頭や唇を綾の首筋や頬に擦り付ける鈴の甘い声に胸を満たしながら、綾は鈴をベッドに運んで行った。
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《登場人物》
『柊綾』
・サイゼの間違い探しくらいいまいちなにが違うのか分からない、というほど鈴との日常を記述していないことに気が付きましたが気が付かないふりをしました。まあよろしくやってるならいいかなって。
『柳瀬鈴』
・好き、という気持ちは基本的にわがままになって出力されるタイプ、なのかも。あれしてこれしてそれやりたい、そんなわがままを気持ちよく聞き入れてもらえたらそりゃあ楽しいし、そうして、それを聞き入れることを楽しいと思ってくれる人が相手ならもう幸福は完成している気がします。
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