060話 咆哮が木々を揺らし、オンリーウルフが飛びかかる
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寒し
咆哮が木々を揺らし、オンリーウルフが飛びかかる。
狙いはリーンの真反対、高速で木々を渡り継ぎ回り込んだバックアタック。
とはいえそれを見落とすような面々ではない。
少なくともユアはひとときも見逃すことなく振り返り、そしてこの短時間である程度の行動様式に当たりをつけたリコットやきらりんは必然的に先回りをしていた。
傍に控えるなっち(「・ω・)「と共に向かってくるオンリーウルフを見据えるユア。
それを護るように展開するリコット、きらりん、そしてマジックボール。
「『光弾』―『拡散』」
「グラァアッ!」
放たれる光弾を突っ切って、薙ぎ払うように振るわれる爪撃。
それを受けるのはマジックボール。
『安らぎの地』と同じ青白く穏やかな光を放つそれは、その周囲に透き通った障壁のようなものを出現させ、みしりと軋むような音を立てながらもオンリーウルフの爪を見事に受け止めてみせた。
以前『決戦場』と同時に使用したときには見られなかったその能力。
領域により性質を変えるマジックボールは、どうやら『安らぎの地』にあってはまさしく守護者とでも呼ぶべき存在らしい。
すかさず手斧に持ち替えたきらりんがその腕を切り落とすように叩きつけ、マジックボールの後ろからリコットは拡散光弾をぶちまける。
おまけに顔面目掛け飛来する矢にオンリーウルフは苛立った様子で歯を剥き出し、多少のダメージを覚悟でこの防衛ラインを抜き去ろうと力を込める。
みしり、ぎぢ。
軋み、歪む、不快な音が障壁から聞こえてくる。
もう幾許も耐えられないと直感するような音にオンリーウルフは口角を歪ませ、もう片腕を大きく振り上げる。
「『強撃』ぃぃいッ!」
「『光弾』―――」
とそこへ、迂回するように駆けてきたリーンが元気よく到来する。
地面に線を描く大剣を身体ごと投げつけるような豪快なフルスイング、おまけに攻撃的なエフェクトまでまとわりつく目に見えて強烈な一撃に、オンリーウルフは即座にその場を飛び退いた。
「ぬわぁー!?」
「―――『強化』」
盛大に空振ったリーンが勢いのままバランスを崩す中、当然に追いかける光弾と魔力弾の乱舞。
空中でそれらと矢に痛めつけられながら着地したオンリーウルフはリーンとリコットをじろりと睨み、そうしてまた森へと身を隠す。
「―――『狙撃』」
「『光弾』―『強化』」
しかし今度は待ち受けることなく即座になっち(「・ω・)「の射撃とリコットの光弾がオンリーウルフを狙い撃つ。
がさがさと騒がしくもそれらを回避したオンリーウルフはたまらずその姿を現し、当然に殺到する攻撃を回避するため飛び回るも、その程度は読み切って攻撃を置けるのがこのパーティの射撃組である。
腕で振り払ってみたり時折突撃してはリーンとマジックボールに阻まれたりとしばらく停滞する戦線、やがて痺れを切らしたオンリーウルフが高らかに咆哮を上げ、その四肢を地につけた。
屈したのではなく、本格的にぶち抜くのだという意思がありありと現れる猛進スタイル。
即座に躍り出るリーンを見据え、オンリーウルフは弾かれるように駆け出した。
「グルァアアアアッッ!!!」
「ふぐむぅ!」
目にも止まらぬ速さを十全に乗せた爪撃、受け止めた大剣の腹が火花を散らす。
かかる衝撃に歯を食いしばりながらも踏み堪えたリーン。
両手にメイスのきらりんが軽やかにリーンの背を飛び越え、杖先に魔法陣を描きながらリコットがオンリーウルフの懐に飛び込む。
上下二方向からの同時攻撃、さらにそれを認識した瞬間飛来するなっち(「・ω・)「の矢。
「グルァウッ!!」
逸らした顔面を掠めた射撃へと煩わしげに唸りながら振るう豪脚。
脳天に叩き込まれるメイスの双撃を甘んじて受けながらも仕留めにかかったが、リコットはまるで前足足にまとわりつくようにぬるりとそれを飛び越え、悠々と光弾を叩き込んだ。
リーンを押し飛ばし、腕を伸ばしながらぐるりと身体を回すオンリーウルフ。
振り回される腕が鞭のように襲い来るのを、メイスで殴り付けた反作用で回避するきらりんとぬるりぬるりと掻い潜るリコット。
「グゥルゥオォーンッ!!!」
咆哮を上げ、オンリーウルフが跳ね上がる。
ドッ!と地面がえぐれるほどの脚力で宙を舞ったオンリーウルフは木々を突っ切り森を抜け、領域の中心、『白銀の姫百合』を突き立てるユアとそばに控えるなっち(「・ω・)「(と、ついでにその背のゾフィ)目掛けて落下する。
「『光弾』―『強化』
『光弾』―『強化』―――」
「『狙撃』、『狙撃』―――」
当然のように飛来する光弾を身に受け、執拗に顔を狙う矢を腕でかばい、揺るぎなく落下するオンリーウルフ。
その長身故に痩躯にも見えるオンリーウルフではあるが、その肉体は極めて筋肉質であり、少なくとも金属の鎧をまとうリーンを跳ね飛ばすだけの質量がある。
それが高高度から落下するというシンプルな暴力に、しかしユアは極めて穏やかな視線を向けた。
「ッぉお、らっ、しゃああああああああ――――――!!!!」
気迫ですら負けじと咆哮を上げ、宙を舞うリーンが横ざまからオンリーウルフに突撃する。
高飛びの棒になった大剣は地面に突きたったまま置いてきた、しかしそもそもリーンに空中で大剣をぶん回すような立体感覚はなく、故に迷いなくその身をこそ武器とする。
「『強撃』ぶごぉ!?」
「グルァ!?」
ガグャッ!
衝突と歪む鎧の音。
言葉が途中で途切れても関係なく発動してくれたことを示すエフェクトと共に、リーンの体当たりがオンリーウルフに炸裂する。
そのままオンリーウルフを引っ付かみ下敷きにするような器用さなど望むべくもないリーンは、オンリーウルフをそこそこ弾き飛ばし、その分自分の勢いを消失したまま「にゃああー!?」と無様な悲鳴と共に落下する。
ぼごぢゅっ。
「あぁ……」
すっとなっち(「・ω・)「に腕を引かれて避けたユアの目の前で、健気にもリーンを受け止めようとしたマジックボールが圧し潰されて砕け散る。
そんな無惨なできごとにユアは残念そうな声を上げるが、そのおかげでダメージの少なく済んだリーンは、倒れ伏しながらも、ぐっ……!と親指を立てて誇らしげな顔を見せた。
「ありがとう、リーン。
かっこよかったよ」
「うへへー」
なんにせよ無事でよかったと切り替えたユアの労いに嬉しげな声を上げるリーン。
しゃがみこんでよしよしと頭を撫でてやりつつ、ユアはマジックボールをもう一度呼び出してやった。
そんなほのぼのの気配を背後に感じつつ。
リーンが突撃したのと同時に予想落下点に急行していたきらりんは、ひとときの隙すら許さずオンリーウルフへと果敢に挑みかかっていた。
リーンとは異なり四足にて着地して見せたオンリーウルフに勢い込んで切りかかるきらりん。
オンリーウルフは後ろに飛び退りそれを回避、そこにあった木を足場に勢いをため、爆ぜるように広がる葉を置き去りに高速で跳躍。真正面からきらりんに向かわず、むしろ迂回するような軌道でリーンたちを狙うため次の足場となる木を目指す。
その視界が不意に陰る。
とっさに腕を動かすまもなくオンリーウルフの脳天に叩きつけられるメイスの一撃。
地面に抉り込む前に突き出した腕で着地、同時にぐるんと回転し向かう視線の先にはメイスを担いだきらりんの笑み。
真っ向から戦うではなく明確に後衛陣を狙うオンリーウルフの戦闘スタイルと意識の向きから先回りし、目にも止まらぬ跳躍速度に合わせて攻撃を叩き込んでみせたのだ。
「仲間はずれは寂しいっすよ」
「グルゥ……!」
忌々しげに唸るオンリーウルフ。
そんな様子にからからと楽しげに笑ったきらりんは両手にメイスを持ち再度突貫。
意識を外すべきでない相手であると学習してしまったオンリーウルフは素早く立ち上がるとそれを油断なく待ち受け、
「―――『光弾』」
「ガルゥッ!」
その瞬間放たれる光弾を腕で薙ぎ払い、僅かな体動すら予測した軌道で執拗に眼球を狙う矢をかぶりを振るように打ち払い、到達したきらりんの片メイスの一撃をひっ掴む。
それをオンリーウルフが引き寄せればあっさりと手を離したきらりんは歩を止めることなく長剣を手に取り、即座にメイス諸共叩き込まれる剛腕とすれ違いながら捨て置くように長剣を浮かす。
置き去りになった長剣の切っ先を真っ向から殴りつけたオンリーウルフはその勢いのまま拳を振り切ってしまい、柄が地面に抉りこんだことでその拳に長剣が突き刺さる。
「ギャルァ!!?!?」
悲鳴とともに腕を振り上げたオンリーウルフが仰け反るようにたたらを踏む。
それに追従するきらりんは軽やかな跳躍でオンリーウルフの頭上へ。
とっさにそれを追いかけ見上げたオンリーウルフの口腔へ、ぐわんと大きく身を引き絞ったきらりんがここぞとばかりに射出した長槍がねじ込まれる。
「ガッ……!」
「っと、っす」
しゅた、とその顔面に着地したきらりんを大きく暴れて振り払うオンリーウルフ。
必死に槍を引き抜こうとするもかなりの深くまで突き刺さった槍は容易くは抜けず、もがくように頭を振っては暴れ回る。
さてどう調理してやるっすかね、ととりあえず手斧を構えるきらりんをしり目に、情けも容赦もなく叩き込まれる光弾と矢がオンリーウルフをびしばしいたぶる。
そうこうしていればリーンもやる気を取り戻したらしく「うぉおおおー!いくぜー!」と上機嫌で駆け出し、とりあえず殴ろうときらりんも突貫する。
「よし、ゾフィ」
「まちにまっていましたの♡」
オンリーウルフとの間にそれなりの距離があり、かつ即座に動き出せないような状況にある。
そんな絶好の機会に、下手に振り回して森を妬かないようにと封印されていたゾフィの出番がやってくる。
光を放つ魔導書を前に歌うように詠うゾフィの声に、火炎が踊り集う。
「―――ッ!」
叩き込まれる攻撃をひたすら打ち払うように暴れるだけだったオンリーウルフが敏感に脅威を察し、その身を弾ませる。
「ガ、アアアアァァァァァ―――ッッッッ!!!」
オンリーウルフはその口からポリゴンを吐き出しながら絶叫し、喉から伸びる槍の柄をガシッと掴む。
そして次の瞬間、オンリーウルフはそれを体内が傷つくことなど全く意に介すことなく引き抜いて見せた。
解き放たれるように吹き上がるポリゴンの光。
呼吸の度にこぼれ落ちるそれを口の端に溜めながら、オンリーウルフはゾフィの眼前に浮かぶ火球を睨む。
「グラァアアッッッ!!!!」
もはやなりふり構わずゾフィ目がけ突貫するオンリーウルフ。
その行く手、リーンとマジックボールが立ち塞がる。
「ざーんねーんしょごっぶ……!」
「(きゅぴーん)」
想像以上の衝撃に一瞬で余裕を吹き飛ばされたリーンとマジックボールによって突撃を阻止されたオンリーウルフ。
数度リーンを狙い爪を振り回すも大剣に阻まれ、苛立たしげに唸ったオンリーウルフはそれならばとその身をひるがえす。
その正面に立ち塞がるのは、きらりん。
しかしオンリーウルフは、きらりんが単独で抑え込むほどの力を有していないという事実を理解している。
故に迷いなく四足にて疾駆し突撃するオンリーウルフをきらりんはあっさりと回避。
にやり、とその厳しい顔に笑みを浮かべたその瞬間、オンリーウルフの片方の前足と後ろ足がするっと空を踏んだ。
足の踏み込み先に仕掛けられていたメイスを踏んだ瞬間にインベントリにしまうという酷く単純なトラップをしかけたきらりんと、いつぞやリーンにしかけたように魔力弾を踏ませたリコットの仕業だ。
「―――『狙撃』」
所詮は子供だましと、即座に無事な前足でバランスをとろうとするオンリーウルフは、しかし接地という最も力のかかる瞬間に関節部に突き立った矢の一撃によってあっさりとその腕を崩し地を滑ることとなる。
なにがおきたのかと理解が及ばず混乱するオンリーウルフ。
その脳で、果たしてそれを理解できたろうか。
「―――『迸る大火』。ですの♪」
紅蓮の大火が迸る。
慌てて避けたリーンやマジックボールをちょっぴり焦がしながら、そつなく躱したきらりんの頬を火照らせながら放たれた大火が、地に伏すオンリーウルフを包み込む。
「まあ♪」
「グルァァァァァァ!!!??!??」
絶叫とともに暴れ回るその身体を逃さぬようにと炎を繰るゾフィはうっとりと笑みを浮かべ、やがて炎が尽きると余韻に浸るようにほぅ、と吐息をこぼす。
「これこそゾフィのもとめていたかんかくですの……♡」
「うんうん。ゾフィも楽しめてよかった」
さも当然のように生き物を焼きたかったのだと宣う恍惚としたゾフィと、まるで気にした様子なくその頭をなでなでしながらニコニコ笑顔のユア。
そんな残酷な世界にやや心を引き攣らせながらもきらりんは動かなくなったオンリーウルフに近づき、べしべしとメイスを叩きつけてみる。
が、なぜかどうにも動き出す様子がない。
さすがに動かない物体をぼこすこ殴り続けるのも気が引けて、きらりんはメイスを引く。
そうしてげしげしと足で揺さぶりながら、やはり反応のないオンリーウルフに首をかしげた。
「なんか全然動かないっすね」
「そうだね?」
はて?と首をかしげるユア。
と、そのとき、不意にオンリーウルフの全身が光に包まれる。
かと思えば光ははじけ、まるで炎にあぶられたことがなかったことになったかのような見事な毛皮を持つオンリーウルフが中から現れた。
「再生するっすか!」
とっさにまた構えるきらりんだが、オンリーウルフの見せた動きは予想だにしないものだった。
「キャインキャイーン!」
なんとも情けない鳴き声を上げ、じたばたもがくように逃げていくオンリーウルフ。
動き出した瞬間にはすでに放たれていた矢と光弾に打たれながらも、振り向くことなく森の中へと消えていく。
『【オンリーウルフ】を討伐しました』
『初回討伐報酬として2,500EXPを獲得しました』
『ドロップアイテムの分配を行ってください』
『プレイヤー【ユア】のLVが上昇しました』
『LV.16→LV.17』
『MINが1ポイント上昇しました』
「……やったー?」
生かしたまま逃げられてしまうという微妙な決着に、ユアは戸惑いがちに鬨を上げる。
けれどやや戸惑いがちに応えるのはきらりんだけで、リーンは盛大に歓声をあげながらユアに抱きつき、リコットはシステムが言うならそうなのだろうと淡々と、なっち(「・ω・)「は至ってクールにしている。ゾフィは論外。
そんな反応にふむぅとうなずき、ユアは改めて笑みを浮かべる。
「まあ、いいや。
お疲れ様みんな、ありがとう、素敵だったよ」
「えっへへー!でしょでしょー!」
「ん」
「もったいなきお言葉」
「ま、なかなか楽しめたっす」
「♡」
そうして例によって例のごとく、祝勝なでなで労いタイムに入る一行なのだった。
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《登場人物》
『柊綾』
・ここに何度も同じことを書くのはどうかと思うけれど、かといってじゃあ普段綾が何してるかっていったらみんなを可愛がって突っ立ってるだけなんですよ。あとバフ。相変わらず仲間に絶対の信頼を置いてるので多少敵が迫ってきても欠片も動じないあたりは流石です。鈴が降ってきたときに一瞬潰されるのもありかも、とか考えたりしたのは公然の秘密。
『柳瀬鈴』
・危うく綾を潰しそうになった。いつぞやもそんなことあったっけね。ある意味綾を殺す要因としては大きいかもしれない。にしても鎧着たまま大剣で棒高跳びとか身体能力どうなってんでしょう。それもこれもファンタジック物理演算のなせる技なのでしょうか。せっかくだし設定を考えておこうと心に決めました。
『島田輝里』
・しれっと埒外なことしてる人。空中に浮かせた長剣の切っ先を殴らせてその勢いで突き刺すとか頭おかしい。なお成功率は著しく低い模様。別に失敗したところで人型モンスターの目にも止まらない程度の近接攻撃を掻い潜ってヒットアンドアウェイくらいいくらでも出来るのです。たまに掠って死ぬけど。まあAWではそこまでピーキーな能力もしてませんが。
『小野寺杏』
・それ舌疲れないの?っていうくらい連続で魔法詠ってる。そのおかげ(と、くるくる器用に杖を扱うこと)もあってレベル上がるときにそこそこDEXが上がってるので、更に早口言葉が上手くなるっていう。やがて聞き取れない速度で魔法を連打することになりそうですね。
『沢口ソフィア』
・子供は残酷ですよね。蟻の巣とか滅ぼしがちですし。そういうことですよ。ある意味誰よりリアルとバーチャルの区別ついてるといっても過言ではない。
『如月那月』
・粛々と眼球を狙うことでかなり大幅に行動を制限していた陰の功労者。がんがん失明させる勢いに見えて最後まで射貫くつもりがなかったと気づかれなかったのは流石。下手に視界奪ってやけくそになられても面倒だからね。こわやこわや。
ご意見ご感想などいただけるありがたいです




