054話 一日目は、温泉ざんまいで過ごしたふたり
更新です
短いです……。
一日目は、温泉ざんまいで過ごしたふたり。
一年分の色々を排水溝に垂れ流してすっきりしたので、二日目は近場の観光スポットを巡ってみることにする。
といってもそのあたりは温泉街となっているらしく、大体が温泉にちなんだものばかりだ。
うっすらと硫黄の匂う街をふたりでゆったりと散策しつつ、面白そうな店を見つけては食べ歩き、適当に土産物屋なんかを覗くのんびりとした観光である。
「あ、ボス。うにゃもちですようにゃもち」
道路にででんと揺れるのぼりを見て、目を輝かせた綾が響の浴衣の袖を引く。
一日のはずだった罰ゲームを『明日以降も隷属しろ』という命令で強制延長された上に、気まぐれな命令変更により今日は響のことをボスと呼ばなければならないのだった。
綾としてはそれを楽しんでいるので、まったく文句などある訳もなかったが。
響は綾の言葉に怪訝な表情を浮かべ、指さす先にあるのぼりを見る。
そうしてそれが綾の言い間違いでもなんでもないことを理解すると、響は首を傾げた。
「なんだそれは」
「え?さあ。なんだか可愛らしいじゃないですか」
「ふむ」
どうやら綾も名前の響きに惹かれただけらしい。
響はなるほどと頷き、それからニヤリと笑う。
「試してみるとしよう」
そんなわけで、せっかく来たのだからと"うにゃもち"とやらを試してみるふたり。
のぼりを出していた洋菓子店に入り、ショーケースに陳列された見本を見ると、それは猫を象った(デフォルメされた顔などではなく、やけにリアルなミニチュアサイズの猫である)黄色い餅だった。
説明を読むと、うにの餅と書いてある。
うに×もち×ねこ=うにゃもち
多分きっとその計算機には不具合があるに違いないと思う綾である。
「……ここ内陸ですよね?うにとか名産でしたっけ……?」
「聞かんな。まあ養殖くらいならしていてもおかしくはないが」
「なぜうに……そしてもち……というかケーキ屋さん……」
「やはり食わねばならんな」
すでに後悔をしている綾と対照的になんとも楽しみといった様子の響。
当然のように注文してみれば、バイトらしき店員は信じられないとばかりに3度も聞き返してから、ようやく首を傾げながらうにゃもちとやらを用意してくれた。
さすがにひとり一個に手を出そうとは思えず、ふたりでひとつの購入である。
ケーキ屋を後にして、近くのベンチで早速たべてみる。
「柊。毒味だ」
「えぇー。ボスは横暴ですねえ」
やれやれと大袈裟に肩を竦めながらも、箱からうにゃもちを取り出してみる。
「え、これ猫種類違いますよ」
「そうなのか?」
「多分。色々違う……気がします」
「随分凝ったことをするものだな」
ほへぇ、と無駄に造形の良い猫をしばらく眺める綾。
嫌にクオリティが高い割に黄色い猫は、どうにもこうにも気持ちが悪い。毛の一本一本まで表現しているのはどういうことなのか。
しばらく眺め、響の催促するような視線にも押されぱくりと頭からかじりついてみる。
うには餅にすべきでないという、至って当然なことを一口で理解した。
「…………」
「なるほど。毒物か」
「……………………むしろ劇物です」
名物に旨いものなし、などという偏見に満ちたジンクスを信じたくなってしまう綾である。
妙にクオリティの高いうにの味がするのに完全に普通のもちの食感という違和感に舌がバグりそうだった。
「どれどれ」
「んぐっ」
一口分をすら嫌そうに咀嚼する綾の口から、響は直接味見する。
一口分のさらに半分を奪い取った響は、もちゅもちゅと咀嚼しながら苦笑する。
「確かにこれはひどい」
「ボス、ささ、どうぞ遠慮せず」
「ふむ」
「あっ」
うにゃもちを綾から奪い取った響は、それをさも当然のように綾に向ける。
「たまにはこの私が奉仕してやろう」
「ハラスメントですよそれ」
「知ったことか。さあ口を開け」
「横暴だぁ」
くすくすと笑いながら、綾は差し出されるうにゃもちに食らいつく。
やはり不味い。
が、響は口を離すことすら許さずぐいぐい押し付けてくる。
どうやら大層お気に召さなかったらしい。
けっきょく綾は、うにゃもちをほとんどひとりで完食することになる。
「ふぅ……もう二度といりませんねこれほんと」
「本当に全て食べ切るとはな」
「えぇ、ひどくないです?」
「ふっ。褒美に口直しをやろう」
あっさり人目につかない路地に連れ込まれ、響の唇を受け入れさせられる。
口内を満たしていたうにうにしい味覚が、甘く侵される。
口直し、などと言いつつさんざん楽しんでから口を離した響は、それから当然のように手を引いて素知らぬ顔で歩き出す。
もちろん口直しなど単なる口実でしかないのだが、口実になるのだから、たまにはああいうのも悪くはないかもしれないなどと思う綾である。
気を取り直して、てくてく散歩。
横切った影に誘われて空を見上げれば、なにかの鳥が悠然と飛んでいる。
「晴れてよかったですねえ」
「そうだな。雨の温泉街というのも乙なものだが」
「ふふ、じゃあ今度タイミングがあったらそうしましょう」
「ああ。……いや、今試してみるか」
「あはは。いいですね」
いいことを思いついたと表情で語る響に、綾はにっこりと笑う。
そうしてふたりは近くの土産物屋で、一本の和傘を購入した。
一見シンプルな赤の和傘だが、日が透けると紅葉が揺れる一品だ。
綾が柄を持ち、響に肩を抱かれるようにふたりで収まる。
いわゆる相合傘という形である。
「どうだ柊」
「えへへ、確かに乙なものですね」
「うむ。そうだろう」
満足げな笑みを浮かべる響に、綾は愛おしげに目を細め、そっと頭を傾げるように寄り添う。
木漏れ日のように揺れる影に化粧された響は、なるほど確かに、普段とはまた違った妖艶さがあった。
まったく温泉街に関係ないなどという無粋なことを指摘する者は、当然ながらその場にはいないのだった。
「……ん?おい柊」
しばらくのんびり歩いていると、ふと、響があるものを見つける。
響の姿を見つめていた綾は、呼び掛けの声に視線をめぐらし、同じくそれを見つけた。
「はい、ああ、ほんとだ、うにゃもちですね。もしかして流行ってるんでしょうか」
「いやさすがにありえんだろう」
まさかのまたしても目撃してしまったうにゃもちののぼり。
先ほどの味を思い出せば流行っているなどとは到底信じられないふたりだったが、現にあってしまうと気になってしまう。
「もしかすると美味しいうにゃもちは美味しいのでは……?」
「よし。そこまで言うなら試すとするか。なに、遠慮はいらん、払ってやる」
「おっとここに美味しそうな温泉卵が」
さらっと方向転換しようとする綾を、響は当然に逃さない。
「くっ、ハラスメントですよ!」
「くくっ。せっかくだ、うにゃもち巡りといこうではないか柊」
悔しげに見上げる綾に、響は楽しげに笑うばかり。
綾はむぐぐとうなり、それからやれやれとため息を吐いた。
「まったく……口直しはしてくださいよ」
「なんならあーんもしてやる」
「口移しとか」
「美味かったらな」
「ですよねぇ」
そんな訳で。
なぜかふたりは、温泉街のところどころでその存在を主張する種々多様なうにゃもちを試していくことになるのだった。
ちなみにうにゃもち、大半は奇跡的に美味しかったという。
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《登場人物》
『柊綾』
・和装の響もいいとかそんなことばっかり思っている人。呼び名に合わせてキャラクター性を若干変えているので、今の綾は小生意気な後輩ちゃん的ポジション。からかい成分の混じったボス呼びが一番好き(筆者が)。日本語ペラペラ系英語話者のボス呼びも一番好き(筆者が)。
『藤崎響』
・俺様とSっていうのはなかなか難しいところです。響さんはただいじめて悦ばれるのが楽しい人なのでSではない気もします。ちなみに、作中で『いじめる』とあった場合は相手のポジティブな受け入れとか満更でもなさを前提としていますので悪しからず。こんなところで言うやつじゃねぇ……!ところで大半は美味しかったといううにゃもちですが、これは日本人的な婉曲表現というやつです。美味しいということは、という話。
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