047話 サザンロックの片隅にぽつんと建つ一軒家が、ヘπトスの工房である
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サザンロックの片隅にぽつんと建つ一軒家が、へπトスの工房である。
とりあえず場所を移して話をしようということで、ユアたちはへπトスに連れられるまま彼女の工房へとやってきていた。
ド派手な建築の中で逆に目立つ質素な建物にむしろ落ち着かない気持ちになったりしつつお邪魔すると、中は半分以上を占める巨大な炉と金床、金属っぽい塊なんかに占領されている。
「椅子なんかないから適当に座りなさい!?」
そう言って金床の上にやけにピシッと座るヘπトスである。
どうやら緊張しているらしく忙しなく視線が動き落ち着かなさげに足を組むのを見て、ユアはほっこりした。
にこにこしつつ、ユアは比較的広いスペースを見つけてその場に座る。
当然に侍る面々をなで可愛がりつつ視線を向ければヘπトスは顔をしかめ眉を吊り上げた。
「あなたたちのそれデフォなのかしらっ!?」
「ああ、まあ、うん。そんな感じです」
「ぶっ飛んでるわね!?まあいいわ!」
どうやら緊張紛れに怒鳴りたかっただけらしい。
そんなことを言いながらも、いそいそと足を組みかえるヘπトス。
すらっと長い足にすこぶる似合うパンツルックであるから、そういった動作もなかなか様になる。
ほほう、と見ていると、きらりんがああいうのも好みなのかと思っている気配を出したので、ユアはにこりと微笑みを向けておいた。どぎまぎと微笑み返すきらりんが可愛かった。
「ところであなたたち!?」
パァンッ!とやけに大きく手を打って注目を集めようとしたヘπトスが、ユアたちを見回して言う。
「なんで固定のくせにクラン作ってないのよ!?作りなさいよ!そしてこのわたしも専属として加入させなさいよ!?」
「あー……」
ふんす、と意気込むヘπトスにユアは微妙な表情となる。
なるほど確かに専属職人などというロールプレイにおいて、クランのような肩書きは重要のように思える。例えばずば抜けたソロプレイヤーであれば話は別だが、ユアたちはヘπトスの言うように固定パーティなのだ。
さも当然のようにヘπトスの理想というものを高精度に共有しているユアなので、その理不尽な文句に返す言葉などない。
しかしかといって、作れと言われてそうそう作れるものでもないのも事実。
「えっと、作りたいのはやまやまなんだけど、お金がね?」
「?……ああ!そういえばそうだったわ!そんなクソ雑魚装備してるってことはあなた達明らかに初心者だものね!」
「うん」
随分バッサリと言うヘπトスにユアは苦笑する。
そんな訳でクランはまたの機会にと告げようとするユアに、ヘπトスはあっさりと言った。
「じゃあこの私が出してやるわ!二十万くらいのホームでいいかしら!?」
「えっ、いやいやいや!さすがにそんな、」
「うるさいわね!あなた達みたいな初心者と違ってこちとら一線級の職人なのよ!?そんなはした金にうだうだ言わないでちょうだいっ!?」
「ええっ」
ユアたちがこのままのペースで稼ぐなら年単位で時間のかかりそうな金額をはした金と言ってのけるヘπトスに、ユアはおろおろときらりんを振り向く。
きらりんはその視線を受けてぱちくりと瞬き、すぐに意図を理解したようで頷いた。
「実際生産職は金持ちっすよ?特にこれみたいに自由度高いと敷居高いっすし、ほんとに一線級ならマジで次元違うっす」
どうやら理解してくれていなかったらしい。
当然へπトスの言葉がどの程度信頼におけるものなのかというのは見抜いているため、むしろオンラインゲームにおいてこういう金銭的やりとりはどうなのかと尋ねたかったユアである。
そうじゃなくて、と言葉を繋げるよりも早く、へπトスが絶叫をあげる。
「ほんとのほんとに決まってるじゃない!?なんなら見せてやるわ!」
そう言ったヘπトスはシュババッとウィンドウを操作しユアたちにインベントリを共有する。
そこに記載されるマニの欄を、ユアは一瞬そうだと理解できなかった。
「……?っ、あ、えっ、ひゃく、えっ」
「うほぉー!」
「まあー、発売時期考えるとガチ一線級っすね。いやこりゃおみそれしましたっす」
あわわ、と動揺するユアと目を輝かせるリーン、ぺこりと頭を下げるきらりん。
どうやらそんな反応がお気に召したらしい、ヘπトスは自慢げに胸を張る。
ちなみに同時に、ゾフィはわざわざ危うい発言をしようとしていたところをユアに唇を指でふにっとされて満悦している。
「という訳で善は急げよっ!」
「う、うん……え?」
「さっそくホーム買いに行くわよ!?」
「んぇ、いやいやいや!待って待って待って待って。早い早い」
しゅば!と立ち上がったヘπトスを慌てて引き止める。
このままでは勢いのまま突っ走ってしまいそうで、流石にそれはまずいだろうとユアは思考をめぐらせる。
なにせユアとしては、せっかくのお近づきのチャンスであるから、なるべくフラットな状態で臨みたい。
現時点で分かるヘπトスの性質からして、ここで大人しく甘えることは間違いなくヘπトスの望むところなのだろうと、ユアは思っている。
極めて自己中心的な彼女は、ロールプレイを通して自尊心を満たし自己満足感を得ることを目的にここにいる。その一環として、つまり自分のためにお金を使うのだから、当然不要な出費などと思うわけもない。そもそも架空である。
それに思い切り付き合うというのも悪くはないが、せっかく一緒に遊ぼうというのなら相互的な関係であった方が急に飽きてさようならなどというリスクを回避しやすいだろうとユアは考えた。
ここで乗ってしまえばもって数ヶ月の関係となるだろう。
そんなユアの思惑など露知らず、勢い込んでいたヘπトスは、水をさされた苛立ちにぎろりとユアを睨みつけた。
「なによ!思い立ったがなんとかって知らないのかしら!?」
「いやでもほら、せっかくヘπトスさんが専属職人になってくれるっていうんだからやっぱり色々と時間をかけて丁寧にやりたいんですよ」
「む」
ユアがそう言って微笑めば、ヘπトスは一理あるとばかりに顔をしかめる。
それを見て、ユアはさらに追撃のように言葉を続ける。
「それに、へπトスさん。専属職人っていう肩書きになるには、私たちまだ全然関係性が薄すぎると思うんですよ」
「……どういうことかしら」
興味深げな様子でまた金床に座るヘπトス。
どうやら聴くだけは聴いてやろうという考えらしい。
ユアはにこりと笑みながら頷いた。
「ええ。つまり、やっぱり専属っていうのは互いの力量を認めあってこそじゃないですか。この人なら自分たちの生命線を任せてもいい、この人なら自分の最高作品でも十全に活かしてくれる、そんな関係だと思うんですよ、専属って」
「なるほど。続けなさい」
ユアの言葉にヘπトスは身を乗り出している。
言葉の端々へのレスポンスも鑑みるにこの調子であれば間違いはないだろうと、ユアは更に言葉を紡ぐ。
「はい。それで、今の関係性でいうと、まだ最低ラインを通過したところっていうことだと思うんですね。ヘπトスさんの垂らした釣り糸を見出した私たちに、へπトスさんが接触してくる。この時点で、もちろん私はヘπトスさんの作品に他の人にはない輝きがあると思いますし、だからこそ剣を欲しいと思いました。ヘπトスさんも、見る目があるなと思ってくれているんじゃありませんか?」
「ええ、その通りだわ」
ここで恥じらいも謙遜もなく頷ける辺りがへπトスという人間らしい。
ユアは心の底から嬉しく思いつつ、ヘπトスと同じように身を乗り出す。
「だとするなら、ほら、なんだかそれで終わりっていうのは味気なくありませんか?アニメで言えば一話分もなく話が纏まってしまっているじゃないですか。本当に、それはヘπトスさんの求めることですか?」
「……」
ユアが極めて真剣に真摯な眼差しを向ければ、ヘπトスはたじろいだ様子を見せ口を開こうとし、しかし閉じる。眉根をひそめ、左右のほお骨を親指と中指で触れ人差し指で額を支えるように顔に手を当てる。
考え込む動作もなにやら香ばしい。
ユアはきゅんきゅんしつつ、また暴言を吐こうとしたゾフィの口をふにっとつまんだ。
―――
「なんか恐ろしい光景を目にした気がするんっすけどわたし。え、洗脳かなにかっす?」
「ユアだからなー」
「ん。言わせたがり」
「あ、共通認識なんっすか……勉強になるっす。主に防衛の」
―――
後ろからひそひそ聞こえてくるささやき。
そんなに警戒しなくてもいいのになあなんて思いつつ。
しばらくして、へπトスが顔を上げた。
真っ直ぐに見やるその視線を、ユアは泰然と受け止める。
「あなた―――やるじゃない!」
ニヤリと笑うへπトスに、ユアはにっこりと笑みを返す。
どうやらへπトスの好みに上手く突き刺さったらしい。
「ええそうね、そうだわ!この私としたことが自分を安売りしてしまうところだったわね!?まったく迂闊だったわ!」
しゅばっ、と立ち上がったへπトスは、それから腕を組みむんっと胸を張る。
「覚悟しておきなさい!?この私と専属契約しようっていうんだからそれ相応の力を示してもらうわよ!?」
「あはは、なら私たちも期待しちゃっていいですか?」
「愚問ね!?この私よ!?」
「ふふ、この剣作ったんですもんね」
「この私の本気はそんなもんじゃないわ!」
にこにこ笑って見せびらかすように長剣を手に取るユアに、へπトスは獰猛に挑戦的に笑う。
どうやらきちんと自分は『遊び相手』になれたらしいと、ユアは内心でうきうきと心を弾ませる。
「そうと決まればじっくり考えさせてもらうわ!また明日にでも来なさい!?っていうかあなたたちフレンド交換しなさいよ!?なにやってるの!?」
「わ、ぜひぜひ」
へπトスからのフレンド申請を受けつつ、ユアは「あ、でも」と申し訳なさげに声を上げる。
「実は私たち、っていうか私がちょっと忙しくて、しばらくインできないんです」
「む……なら明後日でもいいわ」
「えっとですね、最速で6日なんですけど」
「?……むいかってろくにち?」
衝撃の言葉に語彙力ないないなっちゃうへπトス。
痛ましいものを見るようにユアは眉根をひそめる。
「その、結構私たちそんな感じなんです」
「……じょ、上等じゃない」
引きつった笑みを浮かべるへπトス。
明らかに無理をしている。
ガンガンゲームやりたいという気持ちと、待ちに待ったイベントを中途半端で終わらせたくないという気持ちの板挟みに苛まれているらしいとユアは見透かした。
ユアは立ち上がり、そうしてへπトスの目の前に座り込む。
拝むようにお腹の前で手を合わせ、そうして怪訝な表情をするへπトスを覗き込む。
しん、と細められた視線。
はっと息を呑むへπトスへと、ユアは告げる。
「それでもいいなら、私はあなたと一緒にこの世界を楽しみたいです」
―――
「……あれって先輩の常套手段だったりするっす?」
「んー?言えないからねー」
「言えない?」
「あやぁ、じゃなくてユアって奥手だから」
「?????申し訳ないっすけど日本語でお願いしても……?」
―――
ユアの言葉に、へπトスは目を見開く。
視線を泳がせ、空気を噛み、それからきゅっと口角が上がるのを隠すように手で口を覆い、一度振り向き、肩を震わせ、ようやく顔を戻したと思ったらまた口角が上がりまた顔を背け、そうこうしてようやく前を向いたときにはキリッと懸命に顔に力を込めてユアを見る。
「いいわ!あなたがそこまで言うのなら!ええ!仕方ないわね!?その分インする時に少しは頑張ってもらうわよ!?」
「もちろん」
どうやら乗り気になってくれたらしいへπトスに、ユアは満面の笑みで頷く。
ユアの狙った通り、へπトスというロールを超越してお誘いをかけてみればそれが上手く突き刺さったらしい。
ともあれ、そんな訳で。
へπトスがユアたちの実力を見る機会(へπトス曰く、試練とのこと)は、また次回にへπトスが用意しておくということで話がまとまる。
一方へπトスがその実力を見せる機会に関しても(これも絶対に外せないとへπトスは熱弁した)、次回会った時には用意しておくとのこと。
なんにせよ本格的な話は次に回すということになる。
「ああそうだわ!ユア!あなたあの剣を寄越しなさい!?」
「えっ?」
「拒否権はないわよ!?」
「おぉん……」
ずずい、と身を乗り出すへπトスにユアは困ってしまう。
なにせ、純粋にお気に入りである。
当然ためらいはあり、けれどへπトスの視線を見て、ユアはそっと笑みを浮かべてインベントリから長剣を取り出した。
それから振り向き、きらりんとリコットに視線を向ける。
「あー、まあ、いいっす……あ、やっぱ今度埋め合わせを希望しとくっす」
「ん」
「分かった。期待しといて」
せっかくの機会だからとイタズラめいて笑うきらりんと、あげた時点で仕事は終わったとばかりにあっさり頷くリコット。
ふたりににっこりと笑み、改めてへπトスを振り向いたユアは長剣を差し出す。
それを確かに受け取ったへπトスは、立ち上がって告げる。
「じゃあさっさと出ていきなさい!正式に専属になるまで馴れ合ってやるつもりは無いわ!?」
「あはは、うん、じゃあまた今度に会いましょう」
ばばーん、と言ってのけるへπトスに、ユアは楽しげに笑って頷く。
頑固な職人的ムーブがキマったと思っているらしく楽しげなへπトスが愛らしくてたまらない様子だった。
そんなこんなで工房を後にするユアたち。
しばらくしたところで、ユアが申し訳なさげに一行を見回す。
「ごめんね、色々勝手に決めちゃって」
「んーんー。ばっちおっけー!」
「ん」
「どの道いずれはーって感じっすからねー」
「しかたないおねえさまですの」
「ユア様の御心のままにすべきかと」
当然に受け入れる面々。
とはいえ各々思うところはあるだろうと可愛がっている間にまた空気が弛緩して、結局その日は狩りに行こうという流れにならないままのんびりと過ぎて行くのだった。
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《登場人物》
『柊綾』
・相手が本当にしたいことをさせてあげるだけの簡単なお仕事です。そしてそこにひっそりと、例えばパーティメンバーの中で綾だけがフレンド交換するとか、そういう自己欲求を潜めるのです。突然ですけど、もっと綾の思考過程をクローズアップしていきたいなとふと思いました。頑張りますにしても文章の定まらなさえぐい……くたばりそう……。
『柳瀬鈴』
・きらりんは無知だしリコットは無口だし綾について言及してくれるのこの人だけなのよね思えば……もっと上手く活用していきたい。
『島田輝里』
・せっかくだし積極的にね。積極的の意味一回調べた方がいいかもしれない。
『小野寺杏』
・置いてあるだけで可愛いので筆者はお気に入りなんですよ……もっとやれるはずなのに……。とはいえ彼女にしては割とこのメンツ(一部除く)には心を許していますね。まあユアとその他に大別した時にその他っていう枠からは抜け出してませんが。
『沢口ソフィア』
・不満はモロに出す人筆頭。なのでユアに構われがち。とはいえ本気で不満かといえばそうでもないです。うるさかろうがなんだろうが、まあ使えるならいいよっていうタイプの人。色んな意味で。
『如月那月』
・美女静観中……。ほら、恋人じゃないからさ。使用人は大人しく控えているべきっていう考え方です。―――さて。
『天宮司天照』
・目的:ロールプレイ。猪突猛進で色々と見えなくなりがち。結果だけを求めてはいけない……。
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