046話 いちねん、おわったねぇ……
更新です
次回更新が来年だなんて信じられない……
「いちねん、おわったねぇ……」
「っすねぇ……」
ぐでぁ、と、リーンの胸に背を預けながら女たちを侍らすユアの言葉。
律儀にも音にして応えるのはきらりんくらいで、他の面々(ゾフィに「しばらくひかえていなさいな」と言われたなっち(「・ω・)「除く)は身体を擦り付けたり視線を向けたり心音を重ねたりと非言語的なコミュニケーションに傾倒している。
なんとなく淫靡な雰囲気を感じさせる頽廃のひととき。
サブリーダー争奪戦を終えて、労いやら慰めやらで恋人たちを可愛がるうち、気がつけば冒険心は薄れ。そうして今に至る。
誰も彼もが、まあ年明け初めてだしこんなものだろうというユアの妥協的思いになんら否定的なものもなく、むしろもしかして普通にゲームするよりこっちの方が有益な時間なのではないかなどと思っている者もいたりする。
そういえば一時期VRラブホとかいうものをわりと本気で検討していたなと、ユアは脳の片隅でほんのり思い出す。結局は直接会う未満のことでしかないからとやめてしまったが、そういう目的でないものの、こうして複数人でのんびり触れ合う時間にはそれなりに向いているのではないかと少し思う。
まあそれは少し行き過ぎかなと、ユアはチラッときらりんに視線を向ける。
ほにぇ、と力の抜けたきらりんは、リアルでも見たことがない姿で。
そういう、無防備なところまで晒してくれるようになったのだと思えば、自然と脈がよろめく。
「……、?すっ?」
「ううん。なんでもないよ」
「……」
はてな、と視線を向けてくるきらりんの側頭部に手を通す。
しゃう、と頭皮に指をすかせば、きらりんは既に上気した頬を更に暖め、くすぐったそうにはにかむ。
そんなきらりんにユアは目を細めつつ、主張の激しい頭たちを片っ端からなで可愛がる。
あと腕が何本か欲しいなと、そう思うユアだった。
「―――プレイヤーがこちらに近づいていますね」
「……んー?」
不意に腰をかがめユアの耳元に口を添えるなっち(「・ω・)「が、そんなことを囁く。
ユアはぱちくりと瞬き、そうしてなっち(「・ω・)「の視線を追う。
そこには、街の方から、確かにユアたちに近づいてくるひとりのプレイヤー。
炎のように閃く瞳と、燃え上がるような赤髪。
その視線は刃のように鋭く、どこか幼げな顔立ちは満面の怒りにしかめられている。
黒を基調とした軽装に、同じく黒に炎を刺繍したマントを羽織り、腰には剣をさしている。鞘の大きさからして細剣だろうか。
そんなプレイヤーが、肩を怒らせるようにして、ずんずん歩いてきている。
見覚えはない。
けれどユアはなんとなく、ああ、と納得する。
そうしてやがて、そのプレイヤー―――へπトス(ヘファイストスをイメージしているのだろうか、やけにダサい)は、怪訝な表情になりながらもユアの眼前で足を止めた。
なにやらぎろりと一行を見回し、そうしてだるんだるんなきらりんにずびしと指をさす。
「あなたが剣を買ったきらりんね!?」
「うぉっ、びっくした、え、わたしっす?」
「私が聞いてるんだから答えなさいっ!あなたがあの剣を買ったのね!?」
「いや、ええ、なんのことっす……?」
「きらりん、これこれ」
困惑するきらりんに代わり、ユアがインベントリから長剣を取り出す。
それを見たきらりんはそれかと腑に落ち、そうしてユアは、睨みつけてくるようなへπトスの視線を感じながらあっさりと言う。
「この子多分これ造ったプレイヤーさんだから、それで分かったんじゃないかな」
「!?」
「なるほど……?」
いやなんで分かるんっす?と首を傾げるきらりん。
それはへπトスも同じだったらしく、ずびしっとユアを指しなおした。
「待ちなさいっ!なんであなたにそんなことが分かるのよ!?」
「え?なんとなくですけど」
「なぁっ……!?」
当然のようなユアの態度にたじろぐへπトス。
かと思えばうろうろ視線をさ迷わせ、そうしてユアを睨みつける。
「というか、どうしてあなたがそれを持ってるかしら!?」
「きらりんにプレゼントしてもらったんですよ。私が欲しいって言ったから」
「あなた魔法使いでしょう!?」
「そうですね」
「なんのつもりよ!」
「ああ、えっと、なんのというか……綺麗だったので」
「っ、ッッ、っ〜〜〜ッ!」
かぁ、と真っ赤に染るへπトス。
やっぱりそうなんだなあと内心で納得しつつ、ユアは剣をインベントリにしまう。
そうして抱きしめるリーンの腕をそっと解き、縋るような姿勢で抱きつくゾフィに視線で離れてもらい、ももを枕にするリコットは自発的に起き上がり、寄り添うきらりんは達観したような表情で身を退かし、ようやくユアは立ち上がる。
―――
「なんかこう、あれっすね」
「……むぅ」
「リコットさんは分かってたっす?」
「ん」
「マジすかぁ……」
―――
立ち上がると、比較的長身なユアはへπトスを見下ろす形となった。
たじろぐように一歩下がるへπトスへと、ユアはにこにこ笑って手を差し出す。
「という訳で、あの剣を手にしたユアです。よろしくお願いします」
「っ、ヘπトスよっ!よろしくしてやるわっ!」
―――
「けっこう名前変っすよねアレ。間違ってるのかもじってるのか」
「……あー、神様かー」
「お、リーンさんってさてはいける口っすね?」
「んにー?」
―――
ぺしーん、と叩きつけるようにユアの手を取るヘπトス。
ユアはそれをしっかりと受け止め、軽く振り合わす。
「それで、どうして私を探していたんですか?」
「そんなこと決まってるじゃない!?あなたがこの私を選んだからよっ!」
「んぇ、おおー」
「なによ!?」
「いや、ううん。つまり、敢えてシステム的な性能を優先しないで作った剣を出品して、それを見出すようなプレイヤーを探そうとしたっていうことでいい?」
「話が早いじゃない!」
やるわね!と笑うヘπトス。
そんなことないよ、とユアはそれに微笑みで返した。
―――
「いやほんとなんで分かるんっす……?」
「ユアさんだから」
「ユアだからなー」
「……なんかもはやそれでいい気がしてくるっす」
―――
そうしてヘπトスは、胸を張って尊大に告げる。
「というわけであなた!喜びなさい!?この私が専属になってやるわっ!」
「せんぞく?」
はてな、と首を傾げれば、ヘπトスは自信ありげな様子でぺらぺらと言葉を続ける。
曰く、ヘπトスの納得出来る理由で剣を購入したプレイヤーの専属職人になって、素材と制作物のギブアンドテイク関係を築きたいとのこと。そうしてどうやら、ユアはそのお眼鏡に適ったということらしい。
なにやら色々と言葉を重ねていたものの、恐らくそのシチュエーションそのものに対する憧れからのロールプレイ的なものがメイン目標らしいとユアは理解した。
さらにどうやら、ユアがソロでなく複数プレイをしているということも高評価されているらしい。
「あなたたち固定パーティでしょう!?ちょうどいいわ!この私が!あなただけと言わずあなたたちの専属職人になってやるわ!」
断られるなどと全く考えていないらしいヘπトスの輝く瞳に、軽率に頷きそうになるユア。
しかし背後の視線や囁きになんとかこらえると、ユアはヘπトスに尋ねる。
「その、ヘπトスさんが専属になってくれるのは嬉しいんですけど、私たち結構エンジョイ勢なので、あんまり素材集めるために、とかはやらないつもりなんです」
「そうなの?まあ構わないわ!私があなたたちに求めるのは面白いアイテムだけよ!言わばパトロンみたいなものね!?この私が装備を提供する、代わりにあなたたちはレアアイテムを手にしたら即この私によこす!それで十分よ!」
「あー、それにしても私たちかなり不定期にやってるので、そうそうレアアイテムとかゲットできるとは思えないんですけど」
「構わないわ!ハクスラなんだから普通にやってればレアアイテムなんて転がり込んでくるものよ!」
自信満々にそう言い切ったかと思えば、一転ヘπトスは剣呑にユアを睨みつける。
「というかなによ!あなたは私が欲しくないの!?」
「そりゃあ、ヘπトスさんは欲しいです」
「なら黙って受け入れなさい!」
「うーん……」
差し出される手に、振り向く。
まあいいんじゃないっす?ときらりん。
ユアの望みならと受け入れる方針のリーンとリコット、なっち(「・ω・)「。
こえがみみざわりだからはやくどこかにやってほしいですのと思っているらしいゾフィ。
ユアとしては、例えばユアが一人でいるのならその手を取るのになんら躊躇いはない。
しかしながら今現在、複数人とはいえ恋人(例外ふたり)と一緒にいる環境で、それ以外の事柄を優先するというのはユアからすればありえない事で。
なんなら剣を見た瞬間からヘπトスのことは気に入ってしまっているユアではあるものの、それを優先するためにみんなとの触れ合いの時間を削るつもりはさらさらない。たとえばその手を取ることはゲームを楽しむという上でも利点かもしれないが、ユアはゲームではなくゲームをみんなでやっていることが重要なのである。
そのため色々と問題になりそうな部分を論ってみたがどうも全く気にしていないらしいとくれば、その手を取ることを拒む理由はあまりないように思えてくる。
あくまでもゲーム内の利益関係と考えれば、驚く程に都合がいいとすら言える。
少しだけ迷い、それからユアは決意した。
「……じゃあ、その、お願いしてもいいですか?」
「決まりね!?交渉成立よ!」
しゅ、と差し出される手を取れば、ヘπトスは満面に笑みを浮かべる。
ユアはその笑みに、軽率に見とれた。
そんな訳で、ユアたち一行は唐突に専属職人を得たのだった。
■
《登場人物》
『柊綾』
・とんとんとん拍子。剣を見れば人が分かるんじゃよ(LV.100)。恋人といると緩まってるのか締まってるのかよくわからんです
『柳瀬鈴』
・やっぱきたかー、っていう感じ。まあ綾が楽しいならいいけど、とりあえずめいっぱい可愛がってもらうことにしよう。厨二知識はそこそこ。
『島田輝里』
・まさかとは思ってたっすけど、や、まさかまさか……。改めて綾って頭おかしいなあと。正直ちょっと引いてるけれど、全部諸共根こそいでやる……!と密やかに闘志をメラメラ。もっと楽しいことして生きればいいのにね。
『小野寺杏』
・直接来るとは、全くやれやれだぜ、っていう感じ。しかも専属とか、なるほどそういうやつかぁ、と納得しつつ受け入れはばっちり。
『沢口ソフィア』
・なんかうざいのがきたからアカウント消して欲しいなとか思ってる。というか初対面のくせに馴れ馴れしく話しかけて欲しくない。むしろ消えて欲しい。にこにこ。
『如月那月』
・こういうパターンもあるのか、と納得中。なんにせよ、とりあえず綾が望むならその通りにしてくださいっていう気持ち。スーパー使用人は使用人なので唯唯諾諾なのです。
『天宮寺天照』
・ヘπトスさん。鍛冶といえばな神様の名前をもじろうと思って耳に残った音だけでやったら結構色々間違っているけれどそれを指摘してくれる人は依然現れず。今作における職人枠。"!"を多用しがち。今後ともよろしくお願い致します。
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