041話 一年最後のその日は、だからこそ特別はひとつもない
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関係ないことやってるうちにストックが追いつかない状態になっていて大変ですが、更新頻度は今のところ落ちる予定ないです。
一年最後のその日は、だからこそ特別はひとつもない。
いつも通りに、きっと未来もおんなじように。
ぬくぬくと暖房の効いた部屋の中で、のんべんだらりと自堕落に。
言葉にするのも億劫とばかり、触れ合う熱で伝え合う。
そんな爛れた一日が、ふたりにとっての定番だった。
初めに目覚めるのは、綾。
毛布にくるまってすやすやと眠る鈴に目を細め、あみゅあみゅと口に含んでしまっている髪をそっとどかす。頬に触れる指先をこそばゆがって身をよじる鈴は子猫のようで、ついつい湧いてくるいたずら心。
鈴の髪をかき上げるようにしながら、耳の後ろに指を通す。
指先に触れるぽつっとしたほくろを通り過ぎて、薬指と親指で耳たぶをつまむ。
包み込むように頬に触れる手のひらに鈴は顔を擦り付けて、そっと弄ばれる耳たぶの感触を楽しむようにふにゅふにゅと笑った。
綾は反対の人差し指をそっと鈴の口元に近づける。
一度口をつぐませるように指の腹を唇に押し当てて、それから親指と人差し指で唇をつまんだ。
むにゅ、とアヒルのような形になる瑞々しい唇。
解放を求めてむぐむぐと蠢く唇をしばらくそうしてつまんでいると、鈴は唇を丸めるようにして口内にしまい込んだ。
するりと空ぶってしまう指を引っ込めると、しばらくもごもごと唇を食んだ鈴は、んぱ、と音を立てて唇をまた晒した。
少しだけてらりと濡れる唇の端、つぃと落ちそうになる雫を綾は指先で掬い取り、そのまま鈴の唇に運ぶ。
つつ、と唇をなぞる感触に反応して、鈴はその指先をぱくりと口に含み入れる。
綾の指先を、鈴の舌がくすぐる。
指の腹を舐り、爪の隙間をなぞる。
唇を丸め、はむはむと指先を食む。
綾はくいっと指先を操り、鈴の舌を下顎に押しつける。
うにうにと蠢く舌。
んぐんぐと、嚥下しにくくなったせいで空気を呑む音が聞こえてくる。
むむ、とひそめられる眉。
ふるふると長いまつ毛が震え、そっとまぶたが開く。
ぼんやりと広がった瞳孔がきゅうと収縮して、瞬きよっつで光が宿る。
鈴は口内の指を舌先で確かめるように舐り、それから悪戯めいて笑うと、綾の指の第一関節の少し奥に犬歯を突き立てた。
かと思えばすぐに指を解放し、いたわるように舌を這わせる。
歯形にくぼんだ肌を舌先でくすぐり上目遣いに見上げながら、鈴は綾の手を両手で包み込む。
ちゅる、と、鈴の口が綾の指から離れる。
抜き出された指先から伸びる糸を追い立てる舌先が、そのまま綾の指をれぉぉ、と舐めあげていく。
指を舐り、手の甲に唇を沿わせ、手首を甘く噛む。
這い上がるようにしながら、綾の腕を濡らしていく。
布に覆われた肩を口ではだけさせ、口づけを落とし、喉元に吸い付く。
鼻先で顎をなぞり、頬をすり合わせてじゃれつく。
鼻先を触れ合わせ、るると揺れる瞳を覗き込む。
鈴は囁くように笑い、そうしてそっと唇を重ねた。
おはようの声は水音に溶け、湿り気を帯びた互いの呼気を交わす。
ゆるるかに沈んでゆくような微睡み。
うずうずと脳を響く痛み。
ぼやけてゆく思考。
互いの輪郭すらあいまいになって、触れる心地よさだけを求めて肉体をすり合わせる。
口の端から、はふ、と息が零れる。
すぅ、と肺に届く外気。
脳がひととき覚める。
額を重ねる。
熱い。
そっと、口を離す。
酸素を求めた身体が、自然、息を乱す。
気づかぬうちに絡んでいた指先。
きゅ、と握り直す。
指の隙間が擦れ合うだけで心地よい。
鈴が綾の胸に顔をうずめる。
心音に耳を澄ます。
全身を満たす安堵感に身が蕩ける。
身をあずけるように押し倒す。
ひとひとりの熱に押しつぶされ、綾の口から、はっ、と肺の空気があふれた。
少しでも近くにと、鈴は身体を押し付ける。
なによりも近くに互いがあった。
そんな、例年通りの朝だった。
■
「こんちゃっす」
「ん」
ユアのいないAWで、それでもと揃ったきらりんとリコットのふたり。
きらりんがログインしてみればリコットはすでにログインしており、人気のいない場所でぼんやりと虚空を見つめて視線をさまよわせていた。
この奇遇な取り合わせ、意外なことに提案したのはリコットで、だからきらりんは話を持ち掛けられてすぐは少し驚いたものだった。
AWでのリコットの様子を見ていれば、リコットがユアとそれ以外を絶対的に区別していることなど容易く見てとれる。きっと多分、必要な時以外はリコットの視線は常にユアを中心にしているのだ。
けれどその内容を聞いてみれば(直接話すのは億劫だからと、大体の事情はチャットで伝えられている)、きらりんとしても納得がいくものだった。
つまりは、結局それもユアのため。
分かりやすいことこの上ないと、きらりんは端的な文面を読んで苦笑したものだった。
「んで、そもそも目当てのやつってまだあるんっすかね」
「ん」
きらりんの当然な疑問に、リコットは先ほどから視線操作で眺めていたウィンドウを共有化する。
その使いこなし様にユアの専売特許でもないのかと驚きつつ、見てみれば、そこには『目当てのやつ』、なんの変哲もない長剣が表示されている。
鍛冶師ギルドの出品物、ユアがたった一つ目を向けた武器。
きらりんの記憶のなかではほとんど印象にすら残らなかったそれを、リコットは欲していた。
曰く、あれは間違いなく心底気に入っていた、と。
だからプレゼントするのだとそんなことを持ち掛けられてやや疑わしい気持ちがないでもなかったきらりんだったが、こうして向き合ってみればそれが冗談でもなんでもない純然たる確信であることはよく伝わってきた。
それならば、きらりんとしても乗じない手はない。
「まあめっちゃ普通、のわりに値段割高っすし、需要ないっすよね。多分そうそう売れちゃうこともないと思うっす」
「ん」
「にしてもやっぱ微妙な値段っすよねこれ……ってかこの上のやつ質上なのに安いっすし」
「ん」
「ま、とりあえず今は好都合っすからね。さっそく行くっす?」
「ん」
「りょーかいっす」
そんな訳で、奇妙なふたりのサプライズプレゼント作戦が始まる。
■
もちもち。
もちゅもちゅ。
もちを食べる。
綾は少しずつ噛み切る派で、鈴は口いっぱいにほおばる派。
おかげで毎年この日(ふたりは餅を今日しか食べない)には、綾は食事の度にはらはらしてしまう。恐らく風物詩の中で最も忌むべきもち喉事件が、いつふたりの身に降り掛かってもなんらおかしくはないのだ。
しかしもちは美味しいので、止められない。
あんこにきな粉にずんだに磯部、あの手この手でもちをもちもちするという恒例行事は、きっとまた来年も当然にあるのだろう。
だから、一脚のダイニングチェアに綾が座り、それに抱かれるようにして足の間に鈴が座るという体勢は、ただ単にイチャイチャするためではなかった。いざという時に即座にもちを排出できるようにという備えでもあるのだ。
んく、んく、と鈴が少しずつ口の中でちぎったもちを飲み下してゆくのを、綾ははらはらと見守る。やがて鈴がもちを全て腹の中に収めるとほっと安堵の息を吐き、綾は鈴の肩に顎を乗せた。
鈴は砂糖醤油でべったべたに汚れた手をちゅるちゅると舐めながら頬を触れさせ、横目に見つめ合う。
綾の手がテーブルに置かれた箸を取り、きなこもちをぬーんと持ち上げる。
鈴はそれを迎え入れ、ご機嫌な様子でもちゅもちゅ咀嚼する。
綾は膨らんだ頬をふにふにつついて可愛がって、それから身を乗り出すように唇を合わせる。
ちゅぬちゅぬと音を立てて交通するもち。
綾はひとくち分を口に含むと顔を離し、手を口に添えてもちもち咀嚼する。
それからこくんと飲み込むと唇を軽く舐め、鈴の口の端に唇を触れる。
鈴はそれに同じように返して、またもちを飲み込みにかかる。
そうして口の中を空っぽにした鈴は、くぁ、と大きくあくびをした。
いつにも増して精神年齢の堕落する鈴なので、押し寄せる眠気に逆らおうなどという意思はみじんもなく、ぐでぇと綾にもたれてうつらうつらと船を漕ぐ。
綾はそんな鈴の指や顔をウェットティッシュでうりうりと拭いてやり、頬にちゅっ、と音を立てて口付けを落とした。
綾の胸に顔を押し付け、鈴はそのまますやぁと眠りに落ちる。
滑り落ちそうになる身体をなんとかちょうどいい位置に持ち上げた綾は、眠った鈴を優しく撫で可愛がりながら静かに時を過ごす。
しばらくそうしていた綾だったが、安らかに眠る鈴を見ていると自分もなんとなく眠気を覚えてくる。
綾は鈴の脇の下に腕を差し込み、椅子を引きながらえいやと立ち上がる。
ぐでんと吊り下げられる鈴を、綾は気合いでお姫様抱っこした。
鈴はぱっと見、どちらかといえば肉付きのいい部類に入る。
しかしながらその肉は運動不足と規則正しい食生活の生んだふにふにの脂肪によるものであり、
おかげで抱いて寝れば高級な安眠枕よりよほど安眠を提供してくれる優れものだが、ともあれその体重は平均より少し上な程度。
そのため関節が若く、鍛えてはいなくとも鍛わってはいる綾にとって、それを寝室に運ぶくらいならば大した負担でもなかった。
鈴を寝台に寝かせ、それを抱くように綾も床に入る。
心地の良い温もりと重なる鼓動が、綾の眠気をふわふわと膨らませた。
鈴の腕に指を沿わせ、空気を追い出すみたいに、はっし、と手のひらを密着させる。
もちっと吸い付く肌の心地にうっとりと目を細め、そっとすりおろす。
やがて綾の手のひらは鈴のそれと重なり、条件反射のようにふたりの指がきゅうと結ばれる。
腕を絡ませ、甘えるように鈴の胸に顔をうずめる。
普段から下着を着けないせいで漠然としたふにふに感と柔軟剤の香り。
染み渡るような幸福感に大きくあくびをして、そうして綾は目を閉じた。
■
「『スター』」
「おおー、やっぱ便利っすねーそれ」
「ん」
ぱちぱちと手を叩くきらりんに頷くリコットはどことなく誇らしげ。
ユアが取得しているというただ一点の理由から密かに狙っていたがなかなか取得できていなかったアビリティ『スター』が、つい先ほどレベルアップ(LV.15→16)したことでついに取得可能となったのだった。
なんなら最後まで暗闇の中戦うつもりでいたふたりではあったが、たった一戦でレベルが上がったのは幸運だった。システム的な補助によって光源ひとつなかったとしても多少の視界は確保されるものの、不便なことは間違いないのだ。
光源を獲得したふたりは、それからまた狩りを再開する。
作業めいたその道中で、きらりんは沈黙を嫌って口を開いた。
「そういえばリコットさん、なんでわたし誘ってくれたんっす?や、いろいろありがたいっすけど、リコットさんならひとりでも問題なさそうな気がするっすし」
「……たぶん、ユアさんは、そのほうが嬉しい」
「おぉう、なんかこそばゆいっすねそれ」
まるでユアがきらりんを特別と思っていることを改めて突き付けられたようで、その不意打ちに頬をかく。
そんなきらりんにちらと視線を向け、しかしなにを言うでもなく、リコットは道の先にいたロックドットへと魔法を叩き込む。
あわててきらりんもメイス両手に突貫し、ロックドットたちを粉砕していく。
ほどなくして戦闘が終わったところで、きらりんはさらに問いかけた。
「リコットさんって長いんっすか?先輩と」
「……あんまり。三年」
「いや十分長いっすよそれ。はぇー、とすると先輩が学生の頃っす?」
「ん」
「やー、わたし先輩が先輩じゃない頃とかなんか全然想像つかないっすよ」
「変わってない」
「そうなんっす?……あー、や、ちょっと想像つくかもしれないっす」
むしろ突然あんな風になるほうが、きらりんとしては信じられない。
変わっていないというのなら、きっと、昔からそうだったのだろう。
なるほど、と頷くきらりん。
「わたしが言うのもなんっすけど、よく嫌にならないっすね」
「?」
「わたしは結構向いてないなーとか思うんっすよ。他のやつとなんかこう、なんっす?まあいろいろ、結構ムカついちゃうタイプなんで」
そんなことを言ってへらへらと笑うきらりんに、リコットはじぃと視線を向ける。
きらりんも、顔に軽薄な笑みを浮かべたままリコットと見つめ合う。
しばらくしてリコットはふいっと顔を逸らす。
途端に、大人げなかったっすよね流石に、と我に返って額を抑えるきらりん。
「ごめんなさいっす……や、なんというか、ほんと、子供じみた嫉妬っす……」
「……別に、いい」
リコットの声音は、それまでとまったく変わっていないようにきらりんには聞こえた。
それでもしょんぼりと落ち込みはするものの、いいと言うのなら過剰に気にするのも失礼かと、なんとか気を取り直す。
もちろん、そんなきらりんの落ち込みは、まったくの杞憂によるものだった。
なにせリコットの言葉は、純然たる本心によるものだ。
ほんとうに、心から、一切のよどみなく、思っている。
―――どうでもいい。
■
年越しそばは年を越す前に食べるものらしい。
四度前の年越しの際に鈴が自慢げに教えてくれたこと。
それ以前からそもそも夜ご飯がそばだったためまったくもって価値のない情報ではあったものの、ともあれ綾と鈴の夜ご飯は年越しそばだった。
はみゅはみゅ。
ずず、ずるず。
すすらない派の綾とちょっとずつすする派の鈴が、一緒に座ってざるそばを食べる。
以前温かいそばをこうして一緒に座って食べていたが、割としっかりやけどを負ったという事件があったりしたのでこの形に落ち着いた。席を分かれるという選択肢は、少なくとも年末のふたりには存在しない。
基本的に箸を持つのは綾で、自分はワサビ入りのつゆに、鈴の分はふつうのつゆにそばを浸らせ口に運ぶ。たまにわざとワサビ入りのつゆに浸らせたそばを鈴の口元に持っていき、能天気にぱくついた鈴が悶えるという遊びを楽しむいじめっこ綾だが、鈴はそれを含めて悦んでいるので特に問題はないのだった
そんなこんなでそばを食べ終えたふたりは、しばし座ってまったりと過ごす。
指先を触れ合わせたり、ももをつまんだりといたずらする綾に、鈴はくすぐったそうに嬌声を上げる。お返しとばかりに頬をすり合わせ、ももをなでさすれば、綾はくすくすと笑いながら鈴の耳をそっと食んだ。
ちりちりと舌先が耳をくすぐり、鈴はふぅっ、と息を吐く。
綾の手が、鈴のお腹をもにもにと弄ぶ。
上半身で振り向いた鈴が、葉の上の雨露のような瞳を綾に向けた。
鼻先を擦り合わせ、持ち上げた手で肩をさする。
綾は鈴の背筋をそっと撫で下ろし、そのまま腰の横に手を添える。
綾の唇が、鈴の唇に近づく。
触れてしまいそうなほどの近くで、けれど、触れるのは吐息ばかり。
綾の視線は悦に入り、鈴は喘ぐように喉を鳴らした。
そうしてしばらく見つめあい、ようやく綾は、唇を重ねる。
ついばむように触れ、離れようとした唇を鈴が追う。
ぐ、と身を乗り出して、まるでそうと知らず初めて口付けをする童子のように、もっともっとと、柔らかくて、暖かく、心地よいものを、求める。
そうしながら鈴は身体を反転させ、向かい合うような姿勢で綾のももの上に座り込んだ。
視線を重ね、委ねるようにもたれかかる。
がたがたと、ダイニングチェアの抗議の声は。
とっくに、ふたりの耳には届かない。
■
「これが一番砕きやすい角度おっ!っす!」
叩き下ろしたメイスが垂直にロックドットを殴りつけ、もう片方のメイスがそれに一瞬遅れてメイスを叩く。
メイスによる上からの衝撃は地面に押され余すところなくロックドットへと叩き込まれ、破片が飛び散りきらりんの頬を擦る。それに反抗するように飛び上がるロックドットを一歩後退し回避、落下に合わせメイスを叩き込み地面に叩きつける。
ダメ押しでメイスを叩き込めばロックドットは砕け光に消えた。
くるりとメイスを回したきらりんはそれをインベントリへとしまい、ぱぱんっと手を払う。
「っし。こんなもんっすね!」
「ん」
たった今終わった戦闘で、ひとまず区切りということにするきらりんとリコット。
ふたりで進んでいたにしてはそれなりに集まった素材。
それを売り払えば、多少高くはあっても長剣一本なら問題なく購入できるだろう。
そんな訳でふたりは、いったんログインしなおすことで職人の街サザンロックに集合する。
まず集めた素材を納品依頼で可能な限り高価に売り払ってマニを作り、そうして例の長剣を購入する。
あっさりと手に入ってしまった長剣を実体化して、きらりんはそれをためつすがめつしてみる。
「んー、やっぱただの長剣っすね」
「ユアさんだから」
「謎の趣味っす」
ほへー、とよく分からないまま長剣を眺めるきらりんとは違って、リコットはその理由をかなり的確に理解している。
じぃ、と長剣を見つめ、その向こうに製作者の影を掴もうとしてみるが、リコットの目からはきらりんと同じように、なんの変哲もない長剣にしか見えなかった。
「ま、ともかくこれでミッションコンプリートっすね!」
「ん。感謝」
「いえいえ。こっちこそっす!」
「ん」
長剣をインベントリにしまいながら親指を立てるきらりんにリコットは頷き、そしてあっさりログアウトした。
「……お、おおー」
挨拶すらない寂しすぎる別れ。
一瞬理解できずフレンド欄を開いて二度見して、それでようやく理解したきらりんはいっそ謎の感動すら込み上げて声を上げた。
しばし放心していたきらりんは、やがて気を取り直すと、なんとなく釈然としない気持ちを抱えながら自らもログアウトをする。
その間際。
「―――ぃッ!」
呼びかけ、というよりは怒鳴り声。
聞こえたそれに振り返るが、そのときには、既にきらりんはAWにはいなかった。
思い返せど聞き覚えのない声だったので、まあ自分へのものではなかったのだろうときらりんは判断した。
そんなことはあっさりと記憶の片隅に放りやられ、さて残りは今日をどう過ごそうと、VRのホームできらりんは考える。
いっそあのままAWをやってもよかったかもしれない、とそんなことを思うきらりんは、ふと思いついてAWについて調べてみることにした。
なにやら流されるままに始めることになってしまったAW。
本来(妄想)ならば綾に手取り足取り教える立場になるつもりだったにも関わらず、それはもう色々とあって結局一緒に探り探りとなってしまっている。
それはそれで醍醐味ではあるものの、あまりネタバレにならない程度で予習をするくらいはまあ許されるだろうという判断だった。
それに、なんだかんだゲームの攻略サイトやなんかを見ている時間がきらりんは好きだ。
そういえば『心音アイ』(日本初の人口魂が受肉したバーチャルシンガーで、今や日本に知らぬ者はいない大御所。歌も歌うしゲームもする)が先行プレイする動画もあったなあと、きらりんは検索ボックスを呼び出して適当にキーワードを打ち込んだ。
■
《登場人物》
『柊綾』
・今日という一日は、言葉をひとつも発さない。振動より光の方が速いので。
『柳瀬鈴』
・今日という一日は、言葉をひとつも発さない。形作るための思考すら、綾を受け入れるのに使うから。
『島田輝里』
・ひっそりと自己嫌悪。かつてああいう性格の悪さに憧れた名残り。根がいい子なので、振る舞いばかり真似たところでそこまで大層なことは言えないんだけれど。せっかくお姉さんキャラで行こうと思ってなのに失敗っす……とか思ってるけど、多分それ最初から上手くいってないです。
『小野寺杏』
・だって綾が欲しがったんだもの。そりゃあ用意するよね。どうやらAWの綾は、わがままなことを少しも言わないみたいだし。
『心音アイ』
・そうやって本来なかったものを突然出すから事故るんだよぉっ!とはいえ多分名前だけです。短編(青春の話)の方でも名前だけ出しましたが、考えてみればフルダイブVRとかそんなん実況者いるに決まってますしそれならこの子もやって然るべきだよなあと逆輸入。でも風呂敷広げすぎると穴が目立つので一生名前だけです。完全にボカロの流れを汲む名付けですが、当然その辺はかなり意識されている模様。この子自身も某電子の歌姫のシンパで、めっちゃ古い(姫ゲー時間軸)ボカロ曲とかカバーしてる。なんなら最初の曲は"Daisy Bell"。次に某妹メタルが続く。20くらいカバーした後でそう言えばうちシンガーソングライターだったとか言い出してオリ曲をアップ、その日に数千万再生叩き出した怪物。AIなのであえて機械的に歌うとかお手の物だし、逆にびっくりするくらい自然にも歌えるという両刀使い。でもカラオケとかいくと80点台で跳ねて喜ぶ。もちろん、そんな妄想をしても名前しか出すつもりはないです。
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