038話 「―――『ぐらんふれいむ』」
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「―――『迸る大火』」
ゾフィの笑みが炎に照らされ凄惨さを増す。
進路上にいたロックドットたちは炎に呑まれ、やはり反応してしまうらしく飛んで火に入るストーンクラウド。
そんなお決まりとなった初撃を叩き込んでも、ほとんどのロックドットは炎を耐え切りその姿を表す。
今のところ岩石<鉱石<重白・軽黒鉄入りの段階で強くなるロックドットたちだったが、既に岩石のみのロックドットはほとんど見られなくなっていた。そのためさすがに、魔法一撃で全滅とまでは届かない。
即座にきらりんが駆け出しリコットの魔法が飛んでいくため戦闘時間は長くとも二分程度だが、それでもゾフィは欲求不満らしく、炎が消えた後にはむすぅと唇を尖らせた。
「あきてきましたの」
「まあ代わり映えないっすもんねー」
今の蹂躙でレベルが上昇(LV.11→12)したゾフィがおざなりな手つきでウィンドウを弄りながらぼやけば、きらりんがそれも仕方なしと肩を竦める。
きらりん的には形状から効率的なロックドットのしばき方を研究していたりするのでそこそこ楽しんでいるが、ただ火炎を放つだけのゾフィにはそんな楽しみもないらしかった。
もっとも、炎それそのものに喜悦を感じるという点を度外視すればだが。
そんなゾフィをなでなでしながら、ユアは視線を道の先へと向ける。
「さすがになにかあると思いたいけど」
そう言うユアの視線の先は、行き止まり。
ただその地面にはぽっかりと穴が空いている。
前回似たような光景と遭遇したときは新たにストーンクラウドとの遭遇があったりしたため、またなにかあるに違いないと思っているのだ。
「ボス?ボス?」
「いやー、さすがにあんな普通っぽい感じだとそれは無いんじゃない?」
「そかー」
しょんぼりと落ち込んでみせるリーンにユアの忙しなさが増す。
そうなれば必然的にきらりんやリコットもなでなでしたくなってしまうのがユアという生物なので、深くへ続く穴へと向かいながらのなでなでタイムが始まるのはやむを得ないことだった。
「どうやら、下にも同じような道が繋がっているようですね」
穴のすぐ側まできて、ひとり真面目ななっち(「・ω・)「がその下を覗き込む。
ちらとユアが視線を向ければ、なっち(「・ω・)「の言葉の通りその下には通路らしきものがある。
一見なんの変哲もないその穴だったが、ふとなっち(「・ω・)「がぴくりと鼻を動かしユアの方へ手のひらを向ける。
「ユア様、お下がりを。なにかガスのような匂いがします」
「え゛」
「まじかー」
「マジすかー……」
「はい。ですが屈折からしてほとんどが地表付近に停滞しているようです。かなり比重の大きいガスかと」
「あー、じゃあ立ってれば問題なさそうっすね」
「はい」
今更、なっち(「・ω・)「の理解できない発言につっこみも入れないきらりん。
一応、言葉からするに空気と件のガスの屈折率の違いによる象の屈折を参考にしているということだろうという程度は分かるきらりんだったが、少なくともそんなものはきらりんには見抜くことが出来なかった。
ついでにユアも若干の違和感を感じる程度でしかなく、それもこれもスーパー使用人がシステムの力を借りて成した超人技ということらしかった。
一通り観察を終えて立ち上がったなっち(「・ω・)「は、ユアに向き合って言った。
「とはいえ、人体への影響は未知数でございます。私が先行して安全確認を致しましょう」
「いやいやいやいや。そういうのウチはお断りだから」
サラッと人身御供宣言をするなっち(「・ω・)「にユアはぶんぶんと首を振る。
ゲームとはいえ、毒ガスかもというような危険に仲間を飛び込ませるつもりは当然ながらユアにはない。
「行くならみんな一緒、とか?」
「あれが行けば問題ない」
「あぶないところにはせいぞんのうりょくのたかいものをむかわせるべきですの♪そんなこともごそんじありませんの?」
「はい喧嘩しない」
「してない」
「ていどがちがいすぎますの♪」
「同意」
「もう。ふたりとも可愛いんだからまったく」
「……いやそこそうはならんっすよ普通」
いがみ合うリコットとゾフィをわしわしとなでるユア。
呆れ顔のきらりんは力なくツッコミを入れ、リーンはなにを言うでもなくほげぇと穴を覗いていた。
それから話し合った一行は、結局その穴の中に入ってみることにした。
最悪よじ登れば死ぬことはないだろうという楽観でもって、ユアがゴリ押した形だ。
横抱きでは幅を取ってしまうからとユアがリーンにおぶさる形となって、全員一斉に飛び込むことにする。
「じゃいくよ?せぇので、」
ごーっ、とユアの掛け声に合わせて穴に飛び込む。
かなりぎりぎりではありつつも同時に穴を抜けた一行は、少しずつずれて着地した。
「ふぉっ」
「んにゃ!?」
ユアが着地の衝撃でずり落ちそうになり、リーンがとっさにその臀部あたりを支える。
その後ろからユアの腰をぐいぐい持ち上げるリコットの力を借りて這い上がったユアは、体勢を落ちつけたところでほっと一息ついた。
「ありがとね」
「ん」
「びっくしたー!」
「別おんぶじゃなくてよくないっす?もう」
「おおー!たしかにー!」
言われてみればと表情を輝かせたリーンが、よいしょこらとユアをまた横抱きに戻す。
その体勢が落ち着くのか満足気にふんすと意気込むリーンの頬をなでつつ、ユアはリコットとなっち(「・ω・)「に視線を向けた。
「異状、なし」
「やはり頭部あたりの濃度はかなり薄いようですね。すねの半ば辺りまで温度を感じますが、倒れたりしない限りは問題ないかと」
「たしかになんか温いっすね足元。なんか適度な感じっす」
「なるほど」
洞窟ということもあって、内部はそこはかとなくひんやりとしている。
体勢的に温かさを感じない、以前にローブを着ているユアはそもそもその肌寒さもあまり感じていなかったが、軽装のきらりんは足元の温度が少しだけ嬉しそうだった。
ユアがそんなきらりんを愛でていると、周囲を観察していたなっち(「・ω・)「がユアを呼ぶ。
「ユア様。発生源はあれらのようです」
「発生源?」
なっち(「・ω・)「に言われて視線を向けると、そこにはなにやらすかすかなのが見ただけでわかるようなぶつぶつと穴の空いた黒々とした石が生えていた。
位置的に穴から覗き見ることはできなかったが、見回せば少なくない数生えているのが見えた。
『炎気岩』
・ただの岩でありながらも呼吸を行い特殊な気体を吐き出す岩石。吐き出した気体は通常では非燃焼性だが、ある特定の条件下では非常に強力な燃焼性を示す。
「……問題発生、かも?」
『観察眼』により明かされたその文面になんとも難しそうに眉根を潜めながらユアがウィンドウを共有化する。
それをさらっと読んでユアの表情の意味を理解した一行は、そろって微妙な声を上げる。
「……」
「ゾフィ、ダメだからね」
「…………わかっていますの♪」
一瞬むらっとなにかを沸き立たせたゾフィに釘を刺せば、ゾフィはにっこりと笑ってみせる。
その内心では唇を噛み締めるほどに頑張って我慢しているのだろうと察したユアは、パーティの安寧のためにもゾフィをなでなでして可愛がった。
「いやー、でも、さすがに火を使ったら即爆発とかそーゆー理不尽はないと思う、っすよ?ってかそんなことなったら洞窟崩落しちゃうっすよ多分」
「ああ、まあそっか。確かに」
「じょーけんってなんだろねー」
「さぁ……?」
「……」
「試してみるのは後でね」
「はぁい♡ですの♪」
そわそわとインベントリを弄りたそうにしているゾフィの手をユアが止めればゾフィは大人しく引き下がるが、これはどうもまずそうだと判断したユアは、どうしたものかと頭を悩ませる。
しかしそんな悩みに答えが出る間もなく、ふとなっち(「・ω・)「が後ろを振り向いた。
洞窟は上層と比べても入り組んでいるのか、ユアたちのいる通路はどちらを見てもすぐ曲がり角やY字路につながっており、当然なっちの視線のすぐ先も壁となっている。
「なっち?」
「……ユア様、なにかがいます」
ユアの呼びかけに、なっち(「・ω・)「は集中するように目を細めながら淡々と応える。
その雰囲気に飲まれ、空間がしんと張り詰めた。
やがてなっち(「・ω・)「はすぅと集中を緩める。
「どうやら無作為に動いているようですが、少しずつこちらとの距離が迫っていますね」
「敵?」
「恐らくは。単体ですが、かなりの大きさと速度です。少なくとも人の出す振動ではないかと」
「振動、っすか」
「むむむ」
どうやらなっち(「・ω・)「は壁のはるか向こうの振動を感じているらしい。
あっさりと言ってのけるなっち(「・ω・)「だったが、例によって例のごとく他のメンバーには感じられない。
しかし今更疑う理由などもなく、一行は警戒を強めた。
「どうしよ、迎え撃つ?それとも一回避難しとくのもありだと思うけど」
「あー、多分タイプ的にこのパーティの天敵っぽくないっす?速くてでかいとか、押しつぶされたらどうしょもないっすよ」
「確かに……逃げ足もあんまり早くないしね」
「止めるー?」
「恐らくリーンさまでも受け止めるのは難しいかと」
「そかー」
「またほかのところで頑張ってね」
「おうさー!」
なっち(「・ω・)「に否定されてしょぼんとなったリーンだったが、ユアの一言であっさり気を取り直す。
そんなリーンをユアがよしよしとなでていると、リコットがすぅと目を細めた。
「感じた」
「まじっす?……あ、確かにちょっと揺れてるっす」
「うあー、いったん登れる?」
「よっしゃー!戦略的てったーい!」
なっち(「・ω・)「に続きリコットやきらりんまでもが揺れを感じ取ったところで、ユアはいったん穴を戻って避難することを決意する。
すぐさま一行は行動を開始し、穴を登る。
まずきらりんが脚力とつるはしを活用してあっさりと上層に抜けた。次になっち(「・ω・)「がゾフィを下ろし身軽になると、鎧をまとったリーンを足場に軽やかな跳躍で穴をくぐる。
地面で一回、リーンで一回、穴の中途の突起で一回、計三回の跳躍であっさりと登り切り華麗に着地して見せたなっち(「・ω・)「に、きらりんが引きつった表情を向ける。
「み、身軽っすね?」
「それなりにステータスも増加していますので。VRのなかでもこれくらいでしたら問題ありません」
スーパー使用人なっち(「・ω・)「はスーパー使用人なので、アバターの身体能力が高水準に均されることの多いフルダイブVRの中で身体能力が低下するタイプの使用人なのだった。
「スーパー使用人……!」
戦慄するきらりんはさておき。
次にSTRに振っていないユア・リコット・ゾフィの後衛組は、リーンが投げ上げて身を乗り出したなっち(「・ω・)「が受け止めるという形で上層に送り込まれる。
その終わる頃には、例の振動は誰にでも感じられるほどになっていた。
同時に響く、鈍い音。
―――ドゴンッ!ゴンッ!ガゴッ!
硬いものと硬いものが衝突する、破壊的な音色。
なにか重く巨大なものがそこかしこにぶつかりながら進んでいるのだろうということが、なっち(「・ω・)「でなくともなんとなく分かる。
それにすっかりあわあわと慌てたリーンが、穴に両手を伸ばしてぴょんこぴょんこと跳ねる。
「へーるぷみー!」
そんな様子をちょっと可愛いかもしれないなどと思いつつ、ユアはリーンに指示を飛ばす。
「まず鎧外して!」
「んしょ、はずした!」
「思いっきり跳んで!」
「んん~!とぶー!」
膝を大きく曲げて、全力で跳躍。
種々ステータスにより強化された脚力による跳躍はそれだけで十分穴に届くもので、投げ上げた三人のようになっち(「・ω・)「がそれをキャッチした。
引き上げられたリーンは「ぷへぁー」と地面に突っ伏し、一安心と脱力する。
「とりあえずこれで安心、かな?」
ひとまず避難の終わった面々をなでなでしつつ、ユアは穴の下を覗き込む。
振動と破壊音は、もはや何をしなくとも感じられる。
それが近づいていることは間違いなく、そこでふと疑問を抱いたユアはなっち(「・ω・)「に視線を向ける。
「っていうかそもそも、ちょうど真下とか通るのかな?となりにも通路あったりしない?」
「震源と空間的に繋がっていたのは確かです。ただ、どこかで他に分岐する可能性は否定できません」
「なるほど」
せっかく避難してニアミスというのもなんだかなあ、という気分で待つユアだったが、それはどうやら杞憂となるらしかった。
「―――通過します」
不意になっち(「・ω・)「が言う。
身構えた一行は、じぃと目を凝らして穴の奥を覗き込む。
「……あれこな―――ドゴンッ!―――うおぃおお!?」
「おわっ」
「んごっ」
衝突。
まるで穴を抜けて上層にやってこようとしたかのように、それは天井と衝突しユアたちの視界を塞いだ。
なっち(「・ω・)「の警告から数秒、はてなと首を傾げたきらりんが声を上げたその瞬間のことだった。あまりに驚いて手を滑らせたきらりんが穴に落ちそうになるのをさっとなっち(「・ω・)「が支えた。
そのころにはすでに、天井に衝突したそれは衝撃に弾み壁などに激突しながら穴の真下を通過している。
「……なるほど」
それはあんな大きな音もするだろうと、ユアは深く納得する。
そうして見回せば、リーンやきらりんは唖然とした様子で目をぱちくりしていた。
それは、岩石だった。
下層で見た『炎気岩』を始めとした様々な岩石をごちゃまぜにしたような岩石の塊。
ユアの目から見た限りだと、見覚えのあるものでは各種鉱石に『重白鉄』や『軽黒鉄』も混ざり、他に何やらわずかに煌めくものも含まれていた。
それが、壁に弾みながら転がり突き進んでいる。
映画なんかで遺跡に仕掛けられている罠でしか見たことがない、なんならそこに弾みが付与されたせいでより凶悪になっている岩石塊。
そろそろゲーム的な自分の存在意義がこれだけになるかもと密かにユアが危惧している『観察眼』は、今回もしっかりとその役割を果たしその正体を明かしていた。
【ランプダンパー】LV.20
・耐性:物理、風雷
―――不明―――
『【(個体名)】』
・特定エリアにおける特殊な個体であることを示す記名方式。
「つまりこれ、ボスってことかな?」
「っすねー!」
「おっほー!ぼすきたー!」
ユアがウィンドウを共有して見せれば、きらりんとリーンが歓声を上げる。リコットもきらりと目を光らせやる気は十分らしく、なっち(「・ω・)「は『ユア様の御心のままに』と姿勢で告げている。
そんな四人に比べて明らかに(ユア基準)面倒くさそうな気配を醸し出すにこにこ笑顔のゾフィだったが、ユアとしても初のボスとの遭遇とあっては少々胸躍る。
せっかくならみんなで楽しみたいユアなので、今度好きなところで好きなだけ魔法を撃っていいと視線で告げてゾフィのやる気を保ちにかかれば、ゾフィはあっさりとその気になってインベントリから魔導書を取り出してみせた。
「おお!やる気っすね!」
「ええ、とってもたのしみですの♪」
もしかしたら森の一つや二つなくなるかもしれないと思ったりするユアだったが、まあそれでゾフィが楽しいならいいかとこの際吹っ切れることにした。
「さ、じゃあそうと決まれば作戦会議とかしよっか」
せっかく戦闘に入る前に開いての情報を掴めたのだから、それを活かさない理由もない。
ユアの言葉に異論はなく、それから一行は初ボス戦に向けての作戦会議を行うのだった。
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《登場人物》
『柊綾』
・まあゾフィが楽しいならいいよね。よくないです。こと好きな人に対してはすぐこういうこと言いだす。とはいえもちろん、それでほんとに大変なことになるくらいならとっくに森とかなくなってるよね、みたいなことは考えてますけど。
『柳瀬鈴』
・ぴょんこぴょんこ。ちゃんと手はずは教わったはずなんですけどね。この甘えたさんめ。さて、そろそろ鈴も働かせるかな。働かないとアビリティとか育たないしほんと困るんで。ええ。
『島田輝里』
・ボス戦……いいとこ見せる機会……!まあせいぜい頑張ってくれたまえ。ちゃんと綾さんはいつでもお前をみてるからよ。
『小野寺杏』
・ボス戦→強敵→MP消費激しい→なでなで。まあそういうことですよ。
『沢口ソフィア』
・げんちはとりましたの♡(とってない)。とりあえず綾が第一目標で次に破壊衝動がくるので、別に強敵とか燃やしにくいだけで興味ないっすよ。木の巨人とかなら話は別だけど。
『如月那月』
・如月さんはスーパー使用人なので部位こだわればパンチでエアバッグ出せるし一回なら某髭式壁キックもできる。ロックンロールな片壁式はできない。現時点ではまだリアルの方が強いらしい。多分今なら“きらりん”VS如月さんでも圧勝できる。
ご意見ご感想批評批判いただけるとありがたいです




