031話 ぱんっ
更新です。
※ぱんつでない
ぱんっ。
と、きらりんは手を叩く。
「まあそれは今は置いとくっす!それより、わたしはお二人さんと一緒でも全然おけっすけど、おふたりはどうっす?」
「拒絶はしない」
「まー、いーんじゃなーい?」
ぱっと切りかえたきらりんに話を向けられたリコットとリーンは、各々心底嫌そうだったりやる気なさげだったりはするものの受け入れる姿勢を見せる。
それに対して当然とばかりににこやかに笑うゾフィと採決を促すように視線を向けてくるなっち(「・ω・)「を見回して、それからユアは頷いた。
「分かった。それじゃあ、一緒にやろっか。歓迎するよ、ゾフィ、なっち」
「こうえいですの♡」
「感謝致します」
「よろしくっす」
「……」
「よーろーしーくー」
真っ直ぐユアだけを見て笑うゾフィと面々を見回し頭を下げるなっち(「・ω・)「にそれぞれ反応を返しつつ。
そうしてユア達のパーティに、ゾフィとなっち(「・ω・)「というふたりが新たに参加することとなった。
ひとまず話し合いにひと段落着いたということで、そこはかとない気疲れを癒すようにユアは目前のケーキに手を付ける。
話し合いが始まったころにやってきたケーキではあったが、ひとたび手を付ければ話し合いどころではなくなってしまうだろうという予感により触れられなかった。
今日も今日とてバリエーション豊かなケーキが、今日は当然六人前用意されている。
ユアの前にあるのは、白磁のココットを満たす透き通ったエメラルドブルー。二層構造になっているらしく、その奥はムースかプリンのような下地が見えている。
これはケーキと呼ぶのだろうか、なんてそんなことを思いつつ、スプーンで下地ごとすくう。
あっさりと潜ったスプーンを引き上げれば、ぷにっと分かたれるような手ごたえ。持ち上げたスプーンの上でふるりと揺れる二層の海をぱくりと口に入れれば、さわやかな酸味と清涼感。下地はつるりと冷ややかで、上層のわずかに舌を弾く炭酸のような感触が心地よい。
少なくともケーキではないなと、ユアは思った。
ぺろりと唇を舐め、それからユアはスプーンのもう一すくいを掲げ、面々を見回した。
当然のようにユアからのあーんを所望する四対の視線。ひとりなっち(「・ω・)「だけがのんびりと茶を嗜んでいる。
ユアは逡巡し、スプーンをまずリーンの方へと向けた。
「リーン、あーん」
「はいはーい!あー!むん!」
むすぅと不機嫌そうにしていたことなどなかったかのように、無駄に勢いよくスプーンを咥えるリーン。ちゅむちゅむとスプーンごとケーキを味わい、ちゅるりんと口を離す。
こきゅんと飲み込んで、それからリーンはぺかーっと笑った。
「おいしー!」
「ね。ゼリーともプリンともなんか違うよね」
「おかえしー!」
「ありがと」
ずいっとフォークに突き刺して差し出されるリーンのパイ(さくさくのパイ生地の中に紫色のクリームがぎっしりと詰まった代物)を口で受け取り、そっと笑む。
ほにほにとリーンの頬を弄び、それからユアは次の一匙を隣に寄り添うリコットへと向ける。
同時に差し出されるクリームブリュレを、交換するように口に含む。
ユアのじぃと見つめる視線に応えるかのように、リコットは口に含んだスプーンを見せつけるように舐り、そっと離す。
ちろりと唇を舐めるリコットに、ユアはそっと目を細めて頭をなでた。
その次にユアがスプーンを向けるのはきらりん。
「はい、あーん」
「あーん、っすー」
はむ、とスプーンを咥えたきらりんは美味しそうに表情をほころばせ、お返しに自分のカップケーキをカップごと差し出してくる。
「がぶっといっちゃっていいっすよ」
「じゃあ、遠慮せず」
ユアはきらりんの手を両手で支え、そうしてカップケーキにかぷりとかじりつく。
かりもふとした甘いカップケーキを味わいながらユアがきらりんを上目遣いに見やれば、きらりんは顔を赤く染めながら頬を引きつらせた。
口に手を添えてもきゅもきゅと咀嚼しながら、ユアは笑う。
「そういうきらりんも可愛いね」
「なにゃ、や、て、照れるっすねー」
「ふふ、そうだねー」
はっはっは、と笑ってみせるきらりんの頭を、ユアはくすくす笑いながらよしよしとなでる。
なにやら懸命に余裕ぶろうとするきらりんがたいそう可愛いらしい、ユアのにやにやにきらりんはむぐぅと唸った。
最後の一匙は、艶然と笑むゾフィへと。
「はい、ゾフィ」
「いただきますの♡」
横髪を手でどかしながら、近づいたスプーンをそっと咥え、すぅと離れる。
口に手を添え、ほとんど咀嚼の動きも見せずに舌によってすりつぶし、飲み込む。
上唇を引き込むように唇をすり合わせ、それからゾフィはにこりと笑った。
ゾフィの細やかなくすり指が、自分の目前に置かれたモンブランのようなケーキの、桃色のクリームをそっとすくう。
「うふふ、おかえしですの♪」
「もう、お行儀悪いよ」
そんなことを言いながらも、ユアはゾフィの指をそっと口に含む。
ぱくり、と咥えた指先を、ユアの舌がぬるりと舐る。
こそばゆい感触にゾフィはぞわりと身体を震わせ、上気した頬に手で触れた。
「おいしいですの?ねぇ、おねえさま……♡」
ゾフィの問いかけにユアはそっと笑んで、ちゅる、と口を離す。
「美味しかったよ。ありがとう」
「おそまつさまですの♡」
「おぉう……」
にこりと微笑み合うふたりに、リコットはそっと舌を打ち、きらりんはこゆいっすねぇ、と苦笑を浮かべる。
ユアがリコットをなでなでしながらきらりんに視線を向ければ、きらりんはいやいやと手を振ってまたカップケーキを差し出してくる。
それを受け入れ、それからユアは首を傾げる。
「きらりんの分なくなっちゃうよ?」
「先輩のおいしそうな顔でおなかいっぱいっす」
「えぇ~。じゃあわたしも」
きらりんの手を取り、カップケーキをその口元に寄せる。
ぱちくりと瞬いたきらりんは見る間に頬を染め、ユアの食べ跡に、口づけをするようにぱくりとかじりつく。
そのとたんわずかに見開かれきらきらと輝き出す瞳に、ユアはくすっと笑い声を零した。
「わたしはもっと欲しくなっちゃうタイプかも」
「はいはいわたしもー!」
「ん」
「うふふ」
ずずいと差し出されるケーキたちにユアは笑みを浮かべ、きらりんも慌ててカップケーキを差し出す。
「よくよく考えたら私も腹ペコだったっす!」
ゾフィとなっち(「・ω・)「が参入しても変わらず、わいわいと姦しくティータイムが過ぎていった。
一通りそれも終わったところで、一行はカフェを後にする。
新規参入のふたりの希望で、特に肩慣らしというのもなく普通に南の山を目指すことになった。
リーンがユアをお姫様抱っこし、きらりんがリコットを、なっち(「・ω・)「がゾフィをおぶっての移動。移動優先の布陣でありながら、実のところきらりんとリコット以外は探索中もそれがスタンダードという事実。リーンはユアをそうそう下ろすつもりはなく、ゾフィは自分の足で立つなど微塵も考えていないのだった。
南の門からまっすぐに伸びる道を進む。
その向こうには雲を越えてそびえる岩山が太陽と並んでいるのが遠目にも見えた。
近づくにつれそのふもとも見えてくると、一行の話題は自然にその景色へと移っていった。
「うーん。なんかこう、寂しい山だね」
「木とか全然生えてないっすもんね。ちょっと緑あるっすけど」
「北の反対だからなー」
「それはあるかも」
「きたはもりでしたの?」
「そうそう。先が見えないくらいだったんだ」
「ほんとやんなっちゃうよねもー!」
「まだ言ってるの?」
まったく、と苦笑しながらユアはリーンをなでなだめる。
すぃ、と視線を向けてくるゾフィに軽く北での出来事を説明すれば、ゾフィは納得したようであっさり興味を失った。
「まあ山なら多少はましだと思うけど」
「かつらくしちゃいそうですわね」
「……あー」
「ユアを危険な目に合わせたりしないもん!」
「あはは。まあ信じてるよ」
「えっへへー」
「いざとなったらわたしもいるっすしね」
「頼りにしてるよ。もちろんみんなも」
ユアの言葉にリコットが静かに頷き、きらりんはにっと笑い、なっち(「・ω・)「がそっと目を光らせた。リーンもむふーとやる気十分らしく、一方ゾフィはどうせそのときには助けにもなれないだろうとほんの少しだけ不満げに唇を尖らせた。
そんな様子も愛らしくユアはゾフィをなで可愛がる。
「あっ」
「どうしたの?」
「あいや」
突然声を上げたきらりんにユアが問いかければ、きらりんは大したことはないっすけどと言いつつ悔し気に歯噛みする。
「つるはし忘れてたなーって」
「ああ、そういえば。戻る?」
「そこまでじゃないっすから」
「きらりん様。よろしければこちらを」
当然のようになっち(「・ω・)「が差し出すのは、一本のつるはし。
それをくるりと手の中で回し柄を向けられたので、きらりんは呆気にとられながらもそれを受け取る。
「こ、これ、え、」
「使用人ですので」
「つるはしと使用人……?」
「相変わらずなっちはスーパー使用人だねえ」
「ん」
「使用人だからかー」
「……いやさすがにこれはみなさんがおかしいと言ってやるっすよええ」
これも類ともっすかね……などと思いつつ、きらりんはつるはしをインベントリにしまう。
「まあ、や、ありがとっす。がんがん掘るっす!」
「御心を叶えることこそ本意なれば」
「あ、はいっす」
「頑張れきらりん」
「もいっぽんある―?」
「はい。ですがそちらは必要な際にお出しいたしましょう。ユア様に優先されるようなものではありません故」
「たしかに!」
「ん」
「確か、なのかな?」
そんなやりとりをやっている間にも、一行は気が付けばフィールドの垣根をまたいでいた。
一瞬の読み込みを経て、ミニマップが更新されるのにユアが気が付く。
『始まりの大陸/世開の山脈/山道』
せっかくなのでとスターを召喚すると、そんなユアに視線が集まる。
「ん。よし、じゃあそろそろ気合入れていこ―」
「ん」
「お、そっすね!」
「っしゃーがしがし登るぞー!!」
「あまりゆらさないでほしいですの」
「かしこまりました」
ユアの言葉に応え、一行は山を行く。
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《登場人物》
『柊綾』
・ケーキを貢がれ抱っこされて冒険する……百合サーの姫ですね(クソ雑タイトル回収)。このメンツのかじ取りは綾にかかっていると言っても過言でないけれど、基本お花畑なので統率力は低い。
『柳瀬鈴』
・抱っこ係、山に挑む。死亡リスク一番高いのは多分ゾフィの言う通り滑落。でもユアを抱えてる分注意力は上がりそうな気配がある。でも視野が狭いからなあこの人……。
『島田輝里』
・アプローチの仕方がやや変わっているようないないような。本人も割と勢いでやってるところあるのでリアルで一人わめきそう。その辺りひっくるめて全部可愛がってくれるので楽でいいですよね。あえてその先を目指そうというのですから、大変そうですけれど。
『小野寺杏』
・まあ最悪リーンは落ちてもいいから……とか考えている。いざとなったら魔力弾で殴りつけるくらい当然にやるでしょうね。こわやこわや。
『沢口ソフィア』
・堂に入った傅づかれムーブよ。山道を徒歩で歩くとかそんなん考えたこともない。でも多分いざ歩くことになっても文句の一つも口に出さないとってもいいこですよ。ええ。うん。まあ多分そんな機会はほとんどないですけれど。だってソフィだもの。
『如月那月』
・スーパー使用人は行き先くらい当然に知ってるので小道具の用意は万全。NPC相手に値切り交渉とかしたんですよこの人。おかげで持ち金もほぼなくなりましたが、そんなことは表情に欠片も出さないのがプロの使用人というやつさ。
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