018話 始まりの大陸は、中央のセントエラとその周囲の『穏やかな草原』を除けば東西南北の4つのエリアからなる
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説明回
始まりの大陸は、中央のセントエラとその周囲の『穏やかな草原』を除けば東西南北の4つのエリアからなる。
東。
『無法の都市』という名の、巨大な防壁に囲まれた廃墟と化した街。ゾンビのように徘徊する人間型のモンスターが主に生息する。超文明の名残を匂わせる建造物などがある謎に満ちたエリアだ。
西。
『騒乱の迷宮』という名の、無秩序に性質が変化する迷宮。廃墟や地下ダンジョン、塔などと不定期にその構造が変化するというなんとも迷惑な性質を有し、登場するモンスターも形ないような不明系モンスターとなっている。ただどの構造の場合でもどこかしらに宝箱があったりして、そのわくわく感からプレイヤー人気はそこそこある。
南。
『世開の山脈』という名の、山脈。森林限界などと言う言葉をあざ笑うように地上すべてが剥き出しの岩山で、無機物系モンスターが岩に擬態していたりガスとなって漂っていたりする。その山は鉱山でもあり、各所に開いた空洞なんかにはつるはしでも持ち込めば採掘も可能なスポットが多数あるが、あまり不用心に奥まで侵入するとモンスターによってあっさり生き埋めになったりもする。
北。
『生命の森』という名の、森。ユアたちはつい昨日探索し、リーンに苦手意識を与えるに至ったエリア。生物系のモンスターの闊歩する鬱蒼と茂る森は、ユアたちは特に意識していなかったが、薬草や木の実などの植物アイテムの宝庫だ。
それぞれのエリアにはセントエラのような街がみられ、エリアごとに性質の異なるそこを拠点に探索を進めることができるようになっている。
などなど。
ケーキに舌鼓を打ち、のんびりとティータイムを満喫したところでさあ本題に移ろう、といったときにいろいろと日中に調べていたらしいリコットが紹介した情報は、おおむねそんなところだった。リコットはユアからご褒美のなでなでを頂戴した。
それを元に、一行は次の狩場をどこにするかを相談することにする。
「どこに行きたいとかある?」
「はいはいはい!山がいーな!」
「その心は?」
「ひろい!」
どうやら相当森でストレスがたまったらしい、この選択肢の中なら一番障害物がなさそうという理由でリーンは山を推す。
「洞窟とかあるみたいだけど?」
「入らなきゃいーでしょ?」
「なるほど」
なんとも単純明快な回答にユアは頷く。
ユアの魔法としてもあまり狭いところでは問題が出てくるので、確かにそうかもしれない、とうっかり納得しそうになった。あるいはひとまず洞窟を後回しに登山してみてもいいかもしれないとも思えて、リーンの割には悪くない意見かもしれないとユアは考える。
「私は西っすかねー。トレジャーハントとかむ、心躍るっす!」
胸、と言えなかったのはコンプレックス故なのか、それともアバターのバストを調整して強引に1カップ上昇させた(ぎりぎりAに届かないAA→日のコンディションによってはBかもしれないA)後ろめたさからなのか。
どっちにしても可愛いなあとうっそり目を細めるユアからきらりんは全力で目を逸らした。
そんなきらりんをしばらく見つめて、それからユアはリコットに視線を向ける。
「リーンは南、きらりんは西で、リコットは?」
「私は、東」
「わあ、上手いこと分かれたね。ちなみに理由は?」
「超文明?」
「なるほどね」
なぜ疑問符付きなのか、それを理解したユアはそっと目を細めリコットをなでる手に少し力を込めた。
そんなに分かりやすかったかなと思うユアに、なんとか立ち直ったきらりんが視線を向ける。
「せ、先輩はどこがいいっす?」
「わたし?東かな」
「お、東に二票っすか」
「別に多数決でもないけどね」
そもそもユアが望めばリーンやリコットは多少の意思を曲げてもそれに従うとユアは知っているので、この場におけるユアの一票は実質三票に等しい。だからこそここまで意思表明を控えていたわけで、実際リーンなんかは「じゃー東かなー」とあっさり乗り換えるようなことを口にしている。
「先輩も超古代文明的なのは惹かれる口っすか」
「まあ、そうかも」
その影響力に苦笑つつきらりんが言えば、ユアはなんとなく頷いてみせる。
実際に理由はほかにあるのだが、リーンはなんとなく察して面白くなさそうに唇を尖らせ、リコットは仕方ないと言いたげにユアに体重を預けた。
そんなふたりをなで宥めつつ、ユアは言う。
「とはいえ、まあ、言った通り多数決とかじゃないし、みんなが納得できるように決めたいね。別に私は、そこまで絶対東がいいとかじゃないから」
「それを言うならわたしもそこまでじゃないっすけど。どうせ最終的には全部行くっすよね?」
「そうだね。そのつもり」
「じゃー東でいーんじゃない?」
「ん」
「っすねー」
どうやら否定的な意見はないらしい。
それならば決まったようなものだと、ユアは頷く。
「じゃあ次の目的地は東の街っていうことで決定かな。あんまりたむろするのもあれだし、そろそろ行こっか」
全員のティーカップが空になっているのを確認したところでユアが言う。
否定的な意見もなく、それからユアたちは喫茶店を後にした。
しかし、そのまま街の外に繰り出すという訳でもない。
というのも、ユアたちには、金がなかった。
例えばAWにおいては、装備品には耐久値というものが設定されている。
初日は軽く戦闘しただけ、二日目はきらりんやリコットとの合流というイベントがあり、その上ユアは武器と戦闘スタイル的に減少の機会がなくまったく意識していなかったが、なくなると装備品を使えなくなってしまう。
回復自体はインベントリからお手軽にできてしまうが、当然のようにそれには費用が掛かる。
ユアたちプレイヤーの初期所持金は一律1,000マニ(AWにおける通貨単位。実体化すると、1マニ=金貨1枚になる)であり、一番損耗のひどいリーンでも初心者武器故か修理費は総計300マニ程度だったが、なにげにケーキ代が500マニと、現時点で合計800マニ程度を消費したことになる。
早々にティータイムなど洒落こんでいるユア一行だったが、すでに二回目のティータイムすらできないほどの金欠なのだ。
そんな訳でなんとかマニを稼ぐ必要があるユアたちだが、余裕ぶってケーキなんぞに舌鼓を打てるだけあって、そのあてはすでに用意している。
そのあてが街中にあるということで、ユアたちはまずそこへやってきた。
他の建物と比べて2倍くらいはありそうな、大きな建造物。それに見合うだけの巨大な扉は来客を拒むことなく開け広げられ、プレイヤーたちが行き来している様子が見られた。見上げれば剣と盾というなんとも分かりやすいロゴマークの旗がたなびいており、その存在を主張している。
マップ上では『冒険者ギルド』と名付けられたそれは、外観は街の雰囲気に沿った西洋建築であり、きらりんがその名称と合わせて目に見えてわくわくする程度にはファンタジーの香りを漂わせるが、ひとたび中をのぞけば途端に世界観が塗り替わるかのようだった。
「うわぁ」
「なんじゃこりゃー!」
「どういうことっす……?」
戸惑いと驚愕とが半々といった様子で声を上げる面々の見上げる先。
そこには、巨大な球体が浮いていた。
文字や数字の羅列が渦巻き絡み合い形を成したような、ファンタジーというよりはSFチックな球体。それがどういう存在なのかはよく分からないユアだったが、もう少しこう、どうにかならなかったものだろうかと、ユアはそれを見上げて思う。
驚くべきは冒険者ギルドというその建物の中にその球体しかないという事実だろう。
併設された酒場も、受付らしきカウンターも、なにもない。
「こんなんギルドじゃないっす!」
きらりんは吠えた。
分かる、とばかりに頷く周囲のプレイヤー。
とはいえ文句を言ったところでどうなる訳でもない。
ユアたちが試しにその球体に近づいてゆくと、目の前にウィンドウが出現した。
その『ギルドメニュー』というタイトルのウィンドウにはいくつかの項目があるが、現時点では『登録/退会』の項目以外は色を失い選択不可能になっている。
ユアが試しにその項目をタップしてみると、利用規約を記されたウィンドウが表示される。
それとなく流し読みをし、それから最下にあった『確認』のボタンをタップすると、ウィンドウからにゅ、と光に包まれたカード状の物が生えてくる。
手に取ると、光がふわりと霧散し、中の銅色のカードがユアの手の中に残った。
『冒険者ギルドカードを取得しました』
『メニューの中に【ギルド】の項目が追加されました』
『インベントリに【ID】のタブが追加されました』
『冒険者ギルドカードは【ID】タブに保管されインベントリの枠を消費しません』
『ギルドの利用規約について【ギルド】の項目で改めて確認することが可能です』
そんなアナウンスを聞きつつ、ユアは銅色の冒険者ギルドカードを見る。
NAME:ユア
ID:91-000-777777
RANK:銅
HP:0(0)
NAME:登録したプレイヤーの名前
ID:カードの種類や登録場所などによって異なる前5桁と、プレイヤー固有のランダムな16進数の6桁からなる
RANK:実績に応じて銅→銀→金の順にランクが上がっていく。ランクによって報酬などに影響がある
HP:残(累計)。ハントポイント。冒険者ギルドにて1ポイント=1マニのレートで交換可能。モンスターの討伐やドロップアイテムの納入により蓄積し、交換したポイントに応じてRANKが上がる。モンスターの強さやRANKによって取得ポイントが変わる
ランクと同じ銅色のカードに刻まれた情報は、やはりどう見てもファンタジーっぽさとはかけ離れているようで、ユアはなんとなく異物感を覚えた。特にIDなどその最たるものと言えるだろう。
「んー、おおん!?ユアすごぉー!なななななな!」
「は?うわマジっす!なななななななななななななななななななな、な、な?」
「なななななななななななな」
「聞いてるだけでゲシュタルト崩壊しそう」
ユアのカードを覗き込んだリーンの声になぜか追従するきらりんとリコットに苦笑しつつ、わいわいとユアを胴上げせんばかりに興奮するリーンをユアはなでなだめる。
「みんなはどんな感じ?」
「んと、えふ、えー、ぜろ、なな、なな、きゅー、えふ?全然おもんなくない!」
「わたしも特に面白みある数字ではないっすねー。いやこんなランダムで意味ある数字引当てる方がどうかしてるっすけどね?」
「ん。さすがユアさん」
「ああまあ、うん」
もしかしてこれもすっちん効果なのかな、などと思ってみるユアだったが、なんとなくそういうことはしなさそうだなあと思い直し、あの快活な笑みを思い浮かべるのだった。
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《登場人物》
『柊綾』
・ラッキーセブン。他のメンツは乱数の神様に丸投げしましたが、さすがにこの人だけは無条件で決定しました。まあ別にこれをする明確な理由とか伏線とかそういうものは皆無なんですけど。会話のネタにはなるかなって。
『柳瀬鈴』
・山とか駆け巡ってそう、なんて思ったけどケーキとか好きで引きこもりな鈴さんって結構ぽちゃっとしてるんですよね。いや、ぽちゃっとっていうか、もちっと?肉付きはいいけど、骨格が細いからあんまり目立たないタイプ。骨粗鬆症とかで困りそう。でもほら、この時代ならきっといい感じのカルシウムタブレットみたいなのあるからさ。日向ぼっことかで日光も浴びてるし。完璧。少なくともこのお話はそういうのとかと縁遠いからよ!深部静脈血栓症対策のマットレスとかもあるんだよ!褥瘡予防に健康診断データとリンクしたタイマー式強制シャットダウンシステムとか!……まあ今考えただけですが。そういうとこも作り込まないとSF作家なんて名乗れませんね。名乗らないし名乗ってないですし名乗ったことないですが。……あれ登場人物紹介……?(今更)
『島田輝里』
・トレジャーハンティングとか、胸アツですね。超古代の魔法文明とか、胸アツですね。でもどちらかと言うと胸踊る大冒険の方が好きなので迷宮推し。ちなみに綾のことで悩みingなので仕事の合間に調べものとかしてる余裕ないです。チラチラ視線を向けては微笑みを頂戴して頬を赤らめるその姿はさながらバカップル。周囲の視線も自然としらけちまうのさ。
『小野寺杏』
・綾が一番興味惹かれてそうだったからっていう理由。それ以外になにかあるかね。ただまさかそれがなあ、ほかの女のこと考えてとか、そりゃあ面白くないってばよ。とはいえ杏のスタンス的に、それを否定することも拒絶することも未来永劫ありえないのだけれど。
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