016話 綾に恋人がいる
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リアル回
綾に恋人がいる。
改めてその事実を受け止めてみると、輝里は自然に顔をしかめたくなった。
一応、片思いの相手だ。
とすればそれは失恋と判断しても問題ないだろう程の事実で、いやむしろそう単純なことなのだとしたら話は早いのだが、いかんせん今回の状況は輝里にとって理解不能すぎる。
6人、と。
まるでそれを問題視することなく、そうであることが自然という風な、即答。
きっと綾は誰彼構わずということでなく『その人だから』を六度繰り返しているのだろうと、輝里にはそう漠然と感じられた。それがそう間違ったことではないのだろうと、あの場にいた二人の恋人の表情を、声音を、熱を、そばで感じて確信した。
綾には、綾がそうであるように、そうあることを当然に受け止められるような恋人が、6人いる。
一体その事実とどう向き合うべきなのか。
それを考えるだけで、輝里は頭痛がしてくる思いだった。
6人もいるのだから7人目だってあるだろうという楽観は、事実としてある。
輝里自身がそんな立場を完全に受け入れられるかどうかというのは別として、案外告白してみたらあっさり付き合えるのではないかという思いが輝里には芽生えていた。これまでの関わりの中から、少なくとも好意を向けられているのだろうと思うのは、流石に否定したくない。
一方で、6人もいるのに、どうして7人目はないのかという疑念が、恐れが、輝里にはあった。
6人も恋人がいて、きっと好きな人を恋人にすることを躊躇しないのだろう綾が、それならばどうして自分を7人目にしないのか、しようとしないのか。
最も単純な回答は、綾の好意がそういう類のものではない、という想像で。
AWを一緒にやるという一大イベント(少なくとも、輝里の中では)を経て今日に至ったというのにまったく関係が進展した気のしない普段通りな綾を見ていると、その思いは、より強くなる。
だから輝里は、考えれば考えるほど眉間にしわを寄せることになった。
輝里は、綾が好きだった。
6人の恋人の存在を知ってなお、恋人的な関係になりたいと思っている。
もちろん、できれば唯一になりたいという願望はある。むしろその思いは強くある。残念ながらその6人には綾を諦めてもらうことになるが、そうは言っても好きなのだ、輝里にとって恋人はひとりであることが普通で、その人だけを見つめていたくて、ふたりだけの世界が欲しくて、それが理想で、だからそんな複数の一であることは、許容しがたい。
けれどまず、その理想を叶えるためにも、綾への告白が成功するというのは大前提だ。
今の状態でそれが成功するのかと考えると、どうしても、躊躇いが生まれる。
綾の好意がそういう好意にするには、一体どうすればいいのか。
やっぱもっとボディータッチを増やしてくしかないっすか……いっそまたお昼誘ってみるっす……?
などと、紆余曲折を経て結局普段とそう変わらないようなことを考えていると。
「きらりちゃん」
「なぅ!?」
背後からの声に輝里は咄嗟に飛び上がり直立する。
ぎ、ぎ、ぎ、と振り向けば、にこやかに笑う綾がそこにいた。
「どどどどうしたっす?」
「大したことじゃないよ。ただ、今日もお昼一緒に食べたいなって」
「ひょぇ」
まさか綾の方からお誘いが来るなどと欠片も思っていなかった輝里は、間抜けに声を上げて綾をまじまじと見つめた。その表情にからかいの成分は感じられず、やはり単純に誘われているらしいと考えた輝里は思う。
あれ?先輩ってやっぱりわたしのこと好きなんっす……?
なにせ昼食の誘いだ。しかも今日が初めてのお誘いだ。それを言うなら昨日初めて昼食を共にしたわけだが、それでいて今日こうして誘われるということは、これはもうアプローチが成功したに違いないと、輝里は謎に確信していた。
これは告白するしかない流れかと、手汗が滲む。
けれどすぐに輝里はその考えを投げ捨てた。
いや落ち着くっす……!
如何に食事といえ、たかが食事だ。
昼食を共にする程度のことで恋人云々というのならすでに輝里は親友とただならぬ関係と言っていい。これでもし『お昼ご飯はきらりちゃんかな』だとか『美味しいルームサービスがあるんだ』などと言われたのなら話は別だが、所詮食堂での昼食、これはまだ単なる友好的関係にすぎないのだと、輝里は自分に言い聞かせる。
ちなみに上記二つは輝里が妄想して悶えたことのあるセリフ群だったりする。
家でひとりで酔っ払っているときの輝里は控えめに言ってバカなのだ。
「きらりちゃん?」
「はっ。あ、だいじょぶっすはい、むしろこちらこそお願いするっす!」
「そう?よかった」
百面相をする輝里を不安そうに見つめていた綾は、一転ほっと息を吐いて笑う。
それから軽く話して、綾は自分の席に戻った。
それを見送った輝里は、やや心臓の鼓動の音を煩く聞きつつ、はっと思い出す。
「あ、やばいっすね。忘れてたっす」
つい昨日、AW作戦の部分的成功を報告した親友が、昼食の時にでも話を聞かせてと言ってきていたのを思い出し、輝里はあちゃーと額を抑える。
まあ親友には別の機会に話そうと、輝里は端末を取り出して連絡を入れた。
■
輝里と自分以外の人間が仲良く並んでいる。
そのことについてはさして思うところもないというのが綾の本心で、ただ、この状況にはやや戸惑いがあったりする。
なんとも居づらそうな様子でスプーンを咥える輝里と、その隣でなぜかこちらも居づらそうにレタスをはむはむしている女。
しっかりと手入れをされているらしい艶やかな明るい髪と、へにょりと垂れた目じり。目はやや小さい。錦野美心という名の彼女は輝里の親友であり、どうやらもともと輝里と食事を摂る予定があったらしく、綾はそこに混ぜてもらう形になったのだ。
のだが、自己紹介以降さして会話も始まっていないのが現状だった。
やはり先輩がいると気を使ってしまうのかと内心首を傾げる綾だったが、輝里の親友ということでとりあえず少しでも打ち解けられるように頑張ってみようと口を開く。
「錦野さんは、きらりちゃんの親友なんだよね」
「えっと、そんな大それた感じじゃなくて、腐れ縁みたいな感じでしょうか。ね?」
「え?ああ。そうっすね。ゆって中学生からっすけど」
「へー。いいなあ。じゃあ輝里ちゃんの昔の話とかいろいろ知ってるんだ」
「そうですね。ちょうど輝里がやんちゃしてた頃なので」
「その話は禁則事項っすからね」
「え、聞きたい」
「だめっすからね!」
「えー」
ずい、と身を乗り出してまで阻止してくる輝里にさらに興味がそそられた綾が美心に視線を向けるが、美心は苦笑して首を振る。
「そこ触れるとほんとう嫌がるんですよ輝里。見てた側からすると面白いんですけどね」
「面白がることじゃないっす」
ぷんすこと唇を尖らせながら、輝里は八つ当たりのように昼食としてチョイスしたカレーをぱくり。
昨日はうどんだったので、今日はスパイシーなものが食べたくなったらしい。
そこまで拒絶する過去とは一体どんなものかとやはり興味は惹かれるものの、輝里が嫌がることを無理にやろうとは思わないので、綾は渋々諦めることにした。
ふう、と息を吐き、思いを馳せるように目を細めながら、うらやまし気に美心へと視線が向く。
「いいなあ、そういう秘密を知ってるの」
「ろくなことじゃないっすよ!」
ぼやく綾に吠える輝里だったが、綾の言葉を聞いた美心は驚いた様子でまじまじと綾を見ていた。
それに気が付いた綾が視線を向けると、美心は躊躇うように瞳を揺らし、それから「いえ。なんでもないです」と首を振る。
それから、美心はにこりと笑った
「それよりも柊先輩、昔のことはあれですけど、最近の面白エピソードでしたら内緒で教えちゃいますよ」
「ほんと!?」
「秘密ですよ。たとえば、」
「全然秘められてないっすけどぉ!?」
「はいはい。それで、この前のお休みの」
「いやそれで続けるっすか!?」
ひどく分かりやすい話題の転換にあっさりと乗って、その後三人はわいわいと、輝里の面白エピソードで盛り上がるのだった。
■
《登場人物》
『柊綾』
・興味津々。好きな人のことなら全部知りたい。それがたとえどんなことでも。けれど相手が本気で嫌がるようなことはしないので、ストーカー的なことにはならない。嫌がることすらできなくなってから聞き出されるのは、ともすればよりタチが悪いのかもしれないけれど。
『島田輝里』
・中二病は不治の病です。気をつけろよ。昔は結構なやんちゃだった。あの頃は若かったな、なんて遠い目できる余裕がないくらいにはやんちゃだった。
『錦野美心』
・輝里の幼なじみにして大親友。輝里の恋愛作戦参謀も務める。まあこの世界で1番それに向いてない人ですよね。ストレスとか緊張のせいでサラダくらいしか食べられる気がしなかったらしい。
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