014話 始まりの大陸の、その北
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バトれ
始まりの大陸の、その北。
始まりの街セントエラからまっすぐに伸びる道をたどればさしたる危険もなく到達するそこには、『生命の森』という広大な森が広がっている。
鬱蒼と茂る木々は奥に向かうほど密度を増し朝であっても暗闇に包まれるほどだが、入り口すぐのあたりは比較的木々もまばらで木漏れ日の指す散策にはちょうどよさそうな美しい景色となっている。
そんな森に、ユアたち一行は夜挑む。
夜と森という組み合わせにはなんとなく不穏なものを感じなくもないユアだったが、まあリーンやリコット、きらりんがいる以上はそう大きな問題も起きないだろうと、決まってしまえば気負いはない。
しばらく歩き到達した森は、どこからともなく聞こえてくる戦闘音と木々のざわめきに満ち、なんとなくおどろおどろしい。道はなおも奥まで続いているが、流石に明かりがなくてはその向こうまで見通すことができず、むしろ深い闇に続くのを見ると進む気をなくしてくる。
だから、という訳ではないが。
森のモンスターを軽く相手にしてみようということで、ユア達は道を逸れて森の中へと繰り出した。最も装備のしっかりした(といっても全員初期装備なのだが)リーンが戦闘を行くことでやぶを踏みつぶし、それに続くきらりんがたびたび長剣を振るって道を整える。そしてユアがその道を悠々歩き、しんがりのリコットが周囲を警戒しつつステッキを弄んでいる。
さてここではどんなモンスターが出るのかと各々が警戒する中で、まずユアがそれに気が付く。
「木の上っ!」
「『魔弾』『魔弾』『魔弾』」
それとほぼ同時、放たれた魔弾がユアの視線の先へと着弾する。
「ぎゃっ!?」
小さく悲鳴を上げながら落下するのは、草原でも見覚えのある小鬼。
どうやら木の上から獲物を狙いすましていたらしい。しかもそれは一体だけでなく、三発が別々の三体に直撃しその全てを樹上から叩き落した。
木の向こうからは鈍い衝突音が続き、短い悲鳴の後には音が消える。
「ぬぇ!?」
「おっとお」
それに遅れ、リーンが驚きの声を上げきらりんが咄嗟に足元を長剣で突く。
その切っ先には脳天を貫かれた蛇がのたうち回り、ほどなくして力尽きた。
「もー!びっくりしたー!」
ぷんぷんと怒りながら、蛇に気づかず上手く防具のないところに噛みつかれたリーンがその足を蛇ごと近くの木に叩きつける。蛇は一撃でつぶれ、弾けて消えた。
「上と下からとか、なかなかえぐいね」
そんなことをまるで他人事のような余裕をにじませながら言うユアが見下ろす先では、同じように迫っていた蛇がリコットのステッキで頭を潰されてぴくぴく痙攣している。
「きらりん、とどめさしとこっか」
「っすー」
ユアの指示を受けたきらりんが、落下した小鬼の元へと向かう。
どうやら抵抗もないらしい、さくさくと長剣を三度突いたかと思えば、順々にポリゴンが弾けた。
『プレイヤー【ユア】のLVが上昇しました』
『LV.6→LV.7』
それを見とどけ、ユアは周囲に視線を巡らす。
「……うん。まあ、とりあえず襲ってきてるのはいないかな。おつかれさま」
ユアが言うなり条件反射的にリーンとリコットがユアに寄り添い、ユアはそんなふたりを撫でる。
ウィンドウ弄っていたきらりんが、そんな光景に微妙な表情をしつつ口を開く。
「あー、よく分かるっすね?」
「え?まあ、見た感じだけどね。きらりんもなでていい?」
「いや、ほんとすごいと思うっすよ?……あと、お願いするっす」
夜の森。
恐らく見晴らしの悪い景色ではトップクラスだろうと思える中でそこまで断言できるのはすごいものだと思いつつ、それはそれとして耳まで赤らめながらきらりんはユアのなでを求めてそばに寄る。とはいえ、ユアの言葉を信じないという訳でもないが見落としの可能性は十分あるのでいつ敵が来てもいいように警戒はしながらだ。
そんなきらりんだったが、続くユアの言葉に唖然とする。
「それにしても、なかなか性格悪いね。小鬼もやぶに潜んでるのとかいるし、結構大変かも」
「は?やぶっす?」
「んー、ほら、あれとか」
「あれ……」
ユアに示される方に目を凝らすが、暗い中でしかもやぶの中となるといまいちよく分からない。なんとなく、それとなく隠れやすそうなやぶだと思わないでもないものに注視していると、不意にそのやぶが不自然に揺れた。
「ああ、ほら今動いたやつ。あれは見えた?」
「……ぱねぇっすね」
無邪気、とすらいえるような視線を向けてくるユアに、きらりんは頬を引きつらせる。
ユアの口ぶりからして、やぶに潜む小鬼を見つけたのは動いたからなどという理由ではないらしい。それが理解できた時点で、きらりんはユアの索敵能力には絶対的に敵わないだろうと確信する。
そんなきらりんにはてなと首を傾げ、なにかおかしいかとリーンやリコットに視線を向けるユアだが、ふたりはさも当然のような表情をしているので、さらにはてなが膨らんだ。
そんなはずはないと、きらりんはふたりに問いかける。
「おふたりも見えてるっす?」
「みえてないよ!」
「ユアさんなら、普通」
「……なるほど」
なぜか笑顔で言うリコットと自慢げなリコットに、つまりはそういうことらしいときらりんは納得する。
VR世界で唐突に特殊能力に開花する例というのはそう少なくない。順応性が高いというか、リアルの身体が重荷になっているというか、そういった人間がフルダイブのVRにやってきた途端に肉体の楔から解き放たれ驚異的なセンスを見せることがあるというのは、きらりんも知識として知っている。
ユアの恐るべき洞察力もつまりその類なのだろうと、きらりんは解釈した。
実際はやや間違った解釈なのだが、そんなことはいたって普段通りのつもりで首を傾げるユアも自分の解釈に特に疑いを抱いていないきらりんも気が付くことはないのだった。
「まあ、いいや」
とりあえずきらりんが納得したならそれでいいやと、ユアはなでなでの手を止めることなくにこやかに笑う。
「とりあえず奇襲も分かってたら怖くないし、リーンの挑発で一回まとめて呼び集めてみよっか」
そんなユアの提案はすんなり受け入れられ、適当に周囲のやぶを切り払って多少視界をよくしたところで陣を築く。パーティのメンツを見回し、とりあえず準備は万端らしいと判断したユアの指示に、リーンが大きく息を吸い込んだ。
「―――ッ、『でってこぉいやぁあああ――――――!』」
森のざわめきを薙ぎ倒す声。偶然だろう、ひと際強く吹いた風に悲鳴を上げる木々はまるでリーンの声に揺さぶられたようで。
しかしそのざわめきは、風が過ぎても終わることなく。
揺れる葉の音、やぶを抜ける音、そして嫌悪感を想起する鳴き声が、あっという間にユアたちを囲む。
「『領域展開』―『決戦場』、『頑張れみんな』」
「『魔弾』『魔弾』」
「やる気満々っすね!」
ユアが半径2倍の領域を展開した途端、やぶを突き抜け姿を現した小鬼をリコットの魔弾が迎撃する。頭に二発の魔弾を受けた小鬼はしかし倒れこみながらも起き上がろうともがき、リコットがやや眉を動かすが、リコットが対処するよりも速く駆け出していたきらりんに喉元を突かれ沈黙する。
どうやら先ほど処理した相手は相当落下ダメージを受けていたらしい、草原のそれより速く、強い。
きらりんは次々にやぶを突っ切ったり木の裏から身を踊りだす小鬼たちを視界に入れるとインベントリからそこそこ柄の長い棍棒を取り出した。
小鬼のレアドロップらしきそれは、どうもぼろっちい他の刃物系のドロップアイテムと比べると少なくとも用法通りに使えるし、なにより手よりは長いというひどく低めの基準によって採用してみただけの即席武器だ。幸いレアドロップにしてはやや出やすいので、へし折れたとしても棍棒以外にいくつか代えはある。
その重量感を確かめるように棍棒をその手の中でくるりと回したきらりんは、長剣を下に棍棒を上にと構え、リーンを目掛けて突き進むモンスターたちへと獰猛に笑う。
「はっ、軽率にぶっ殺してやるっす」
なんか見たことないきらりんがいる、と。
後ろの方でユアがきらきらと目を輝かせているのには、幸いきらりんは気が付いていないのだった。
■
《登場人物》
『柊綾』
・目がいい、っていうか、観察力がずば抜けている。いや視力もいいんですけどね。自前ですが、違うのは状況。だってリアルで好きな人以外見る必要ある?とか本気で抜かす人ですから。いやまあ、若気の至りですが。
『柳瀬鈴』
・なんか気が付くと粗暴とかそういう挙動してるなこの人。蛮族だから仕方ないね。まあだからこそSTR・VIT型っていうのはドはまりする訳ですが。
『島田輝里』
・中二病は不治の病だと思ってる。まあ大なり小なりそうでもなきゃVRでRPGとかできんですよ。なにせロールプレイングのゲームですからして。とはいえまあ、寛解してる方です。ええ、これで。なにせ日常生活に支障をきたしてない。
『小野寺杏』
・安定の射手っぷり。のわりに当然のように蛇の頭とかピンポイントで叩き潰してみたりして。まあファンタジーにおける狩人って大体近接も全然いけますよってのが普通じゃないですか。こいつ魔法使いなんだよなぁ……。
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