第19章
この特別な夜の体験が、ユージンのアンジェラに対する見方を変えたとしても、それがどのようなものであったを説明するのは難しいだろう。ユージンは自分が彼女の人柄だと思ったもののために、一層彼女を好きになりそうだった。自分の弱さと自分を救えないことを率直に告白したのは、立派だった。崇高な行いをするチャンスを与えられたことは幸運であり、精神が高揚することだった。今やユージンは自分が望めば彼女を自分のものにできることがわかった。いったん冷静さを取り戻すと、正しい形でいこう、無理強いはするまい、と決心した。ユージンは待つことができた。
それとは逆に、感情の爆発から覚めて自分の部屋というか、家の反対側にあるマリエッタと共用している部屋でひとりっきりになってからのアンジェラの精神状態は、みじめだった。彼女は長い間、自分のことを尊敬すべき貞淑な娘だと考えていた。アンジェラにはほんの少し潔癖症じみたところがあった。これは、もし社会の慣習的な意見やオールドミスの気持ちを下に見ているというか、無理解、無関心なユージンが、いつものように物質的な豊かさや年齢制限に目を向けずにやって来て、彼女をつかまえて恋をしていなかったら、彼女を簡単に不幸なオールドミスにしていたかもしれないものだった。ユージンはアンジェラの頭脳を今までの彼女の世界には馴染みがなかった概念の渦で満たし、自分こそ従うべき法であるとして、自分のことをアンジェラの頭脳に組み込んだ。彼は他の男性とは違っていた……それはアンジェラにもわかった。彼は他の男性より優れていた。彼は画家で大した稼ぎはないかもしれないが、彼女にとってはもっと望ましく思える他のものをもたらせるかもしれなかった。名声、名画、有名人の友だちは、お金よりもはるかに優れたものではないだろうか? どう見てもアンジェラにお金のゆとりはなかった。ユージンが少しでも稼いでくれれば彼女はそれで十分だった。ユージンは結婚するには大金が必要だと考えているようだったが、結婚のためならアンジェラはどんなリスクでも喜んで背負っただろう。
ついさっき明らかにされた彼女の新事実は、身持ちの固さを重んじるように慎重に育てられた信念から彼女の心を引き裂いただけでなく、自分へのユージンの愛に最悪の事態を招いたのではないかという疑心暗鬼を同時に引き起こした。新婚初夜まで残しておくべきだった貴重な愛情の表し方を彼に許してしまった今、彼はこれまでと同じように自分を大切にするだろうか? 彼は私のことを、我が身を委ねる絶好のチャンスだけを待っている、軽薄で、簡単に落ちる人間だと考えなかっただろうか? あの時、自分が善悪の感覚を完全に失ってしまったことをアンジェラは知っていた。父親の人柄と彼が奉じる信条、母親が体面を重んじ美徳を敬愛していること、清らかな心で正しい生活を送っている兄弟姉妹……すべてが忘れ去られ、汚れた乙女となって彼女はここにいた。技術的な意味では貞淑であっても、汚れていた。伝統的な価値観を叩き込まれた良心が彼女を激しく打ちのめした。アンジェラは心の中でうめき声を上げた。部屋のドアの外に出て、早朝の湿った草の上に座って考えた。彼女の魂の中以外は、どこもとても涼しくて穏やかだった。両手を顔にあてて、熱い頬を感じながら、今頃ユージンは何を考えているだろう、と考えていた。父親と母親はどう思うだろうか? 手を何度も握り締めてからやっと家の中に入り、眠れないかどうかを確かめた。さっきの出来事のすばらしさと喜びに気づかなかったわけではないが、自分が考えるべきだと感じたことと、自分の将来に及ぼす影響に悩まされた。今、ユージンを手放してはならない……これは微妙な問題だった。これまでどおりに彼の前で堂々と向き合うことができるだろうか? 彼がこれ以上先に進まないようにしなければならない。これは難題だった。アンジェラは一晩中落ち着かずに寝返りを打ち、少ししか眠れなかった。朝、疲労と不安で目が覚めたが、これまで以上に必死に恋をしていた。このすばらしい青年は、全く新しくてものすごくドラマチックな世界をアンジェラに見せてくれたのだ。
朝食前に芝生で再会したとき、アンジェラは白いリネンの服を着ていた。ロウのようにこわれやすそうで、目には彼女を悩ませていた暗い考えと同じくらい暗い隈があった。ユージンは気遣うように彼女の手を取った。
「心配いらないよ」と言った。「わかってるからね。きみが思ってるような悪いことにはなってないよ」そして優しく微笑んだ。
「ああ、ユージン、私もう自分で自分がわからないのよ」アンジェラは悲しそうに言った。「自分はもっときちんとした人間だって思ってたんだけど」
「僕らはどっちもそれほどきちんとした人間じゃないよ」ユージンは簡潔に答えた。「時々そうだと思うだけさ。きみは僕と何も違わないよ。きみが自分でそうだと思っているだけさ」
「まあ、本当?」アンジェラはしきりに尋ねた。
「本当だとも」ユージンは答えた。「どんな二人の間であっても、愛は怖いものじゃない。すてきなだけさ。どうして僕がきみのことを悪く思わなければいけないんだい?」
「だって、きちんとした女の子は、私がしたようなことはしないでしょ。私は、もっときちんとしたことを知りなさい、もっときちんとした行いをしなさい、って育てられてきたのよ」
「きみが信じていることは、すべて自分が教わったことから身につけたことだよ。きみはあれを過ちだと思っている。なぜだい? お父さんとお母さんがそう言ったからさ。そうじゃないかい?」
「あら、それだけじゃないわ。みんながあれを過ちだと思うわよ。聖書だってそう教えているでしょ。人が知ったらみんなあなたに背を向けるわ」
「ちょっと待ってくれ」ユージンは理屈をこねるように言った。彼は自力でこの問題を解こうとしていた。「聖書を持ち出すのはよそう。だって僕は聖書を信じていないからね……とにかく行動の基準としては信じていないんだ。みんながそれを過ちだと思っている事実が、必ずしも過ちだとは限らないだろう?」ユージンは万物を支配する原理の反映としての『みんな』の重要性を完全に無視していた。
「限らないわね」アンジェラは怪訝そうに言った。
「いいかい」ユージンは続けた。「コンスタンチノープルではみんなが、マホメットは神の予言者だ、と信じている。だからといって、彼がそうだということにはならないよね?」
「ならないわ」
「それじゃあ、ここのみんなは、そうではなくても、僕たちが昨夜したことが過ちであると信じるかもしれない。そうじゃない?」
「そうね」アンジェラは混乱しながら答えた。本当はわかっていなかった。アンジェラでは彼と議論ができなかった。ユージンはあまりにも微妙すぎたが、それでもアンジェラのもともとの原理と本能は、十分明白に語り続けた。
「今、きみが本当に考えていることは、世間がどういう行動をとるかってことなんだ。きみは、みんながきみに背を向けるって言うんだろ。これは現実の問題だけどね。お父さんはきみを閉め出すかもしれない……」
「父ならそうすると思います」父親の心の広さをろくに理解していないくせに、アンジェラは答えた。
「お父さんはそんなことしないと思うよ」ユージンは言った。「でも、それが問題なんじゃない。男性がきみとの結婚を拒むかもしれないってことだ。ここが思案のしどころなんだよ。これに本当に正しいとか間違いが関係するって言うつもりじゃないだろうね?」
ユージンは自分の主張に納得のいく結論を持っていなかった。この問題の何が正しくて何が間違っているのかを他の誰よりも知っているわけではなかった。ただ自分を納得させるために話しているだけだったが、アンジェラを混乱させるのに十分な理屈は持っていた。
「私にはわからないわ」アンジェラは言葉を濁した。
「正しいというのは」ユージンは高慢な態度で続けた。「真実の基準に従っていると思われるものさ。今だって真実が何なのか、世界中の誰も知らないよ、誰もね。それを知るすべがないんだ。自分個人の幸福のために、賢い行動ができるか、賢くない行動ができるか、だけだからね。もしきみの心配していることがそれだというのなら、きみの立場はまったく悪化していないと僕は言えるよ。きみの立場には何の問題もない。よくなったと思うよ。だって僕は前よりもきみを好きになったからね」
アンジェラはユージンの頭脳の微妙な考え方に驚いた。確信は持てなかったが、彼の言ったことは本当かもしれなかった。自分の不安は杞憂だったのだろうか? いずれにせよ、少女時代の清純さの一部を失ったことを実感した。
「どうしてそうなれるのかしら?」アンジェラは、ユージンが前よりも彼女を好きになったと言ったことに触れて尋ねた。
「簡単なことさ」ユージンは答えた。「前よりもきみのことがわかったからだよ。僕はきみの率直なところが好きなんだ。かわいいしね……とっても。比べものにならないほどすてきだよ」ユージンは詳しく語り始めた。
「やめてってば、ユージン」アンジェラは唇に指をあてて頼んだ。頬から血の気が引いていった。「お願いだからやめて、耐えられないわ」
「わかった」ユージンは言った。「やらないよ。でも、きみは本当にすてきだよ。ハンモックのところへ行って座ろうか」
「だめよ、朝食の迎えに来たんだから。そろそろ何か食べる時間でしょ」
ユージンは特別扱いをされて快適だった。他の者はみんな出払っていた。ジョーサム、サミュエル、ベンジャミン、デイビッドは畑に出ていた。ブルー夫人は縫物をしていて、マリエッタは道の先まで女の友だちに会いに行った。アンジェラは彼女の前にいたルビーと同じように、この青年の食事づくりに精を出した。ビスケットを混ぜ、ベーコンを焼き、新鮮なデューベリーの実をかご一つ分洗った。
「お前の彼氏はいい人だね」母親が自分の作業場から出てきて言った。「性格がよさそうだよ。だけど、男は甘やかっしゃだめだからね。最初を間違えると後で後悔するのはお前だよ」
「お母さんだってお父さんを甘やかしたでしょ?」父親が受け入れたちょっとした気ばらしの数々を思い出しながらアンジェラは賢く尋ねた。
「あなたのお父さんは強い義務感を持ってるもの」母親は言い返した。「少し甘やかされたくらいで駄目にならなかったでしょ」
「多分ユージンだってそうよ」アンジェラは薄切りのベーコンをひっくり返しながら答えた。
母親は微笑んだ。彼女の娘はみんな幸せな結婚をしていた。おそらく、アンジェラがその中で一番うまくやっていた。確かに、アンジェラの恋人は一番際立っていた。それでも「せいぜい用心することだよ」と母親は口添えした。
アンジェラは考えた。もし母親が、あるいは父親が知ってしまったら。神さま! しかし、ユージンはとてもすてきだった。彼に仕えたかったし、甘やかしたかった。これから毎日、彼と一緒にいられることを願った……もう二人が離れ離れになる必要がないことを願った。
「ああ、彼が私と結婚してくれたらなあ」アンジェラはため息をついた。結婚は彼女の人生を完成させる神聖な一大行事だった。
ユージンだってこの環境の中にいつまでも居続けたくなっただろう。高齢のジョーサムが彼と話すことを気に入ったことに気づいたはずだ。ジョーサムは国内外の情勢に関心を持ち、ずば抜けた特異な人物を認識して、世界各地の動向を追い続けているようだった。ユージンはジョーサムを優れた人物だと考え始めたが、老人はその指摘をやんわりと受け流した。
「私は一介の農民です」と言った。「私は良い子供たちを育てることに大成功したことならあります。せがれらは立派にやっていくでしょう」
ユージンは初めて父親の感覚がわかった。自分の子供たちの中でもう一度人生を送るとはどういうことであるかだが、漠然としかわからなかった。彼は若すぎたし、変化の多い人生を望みすぎたし、あまりにも貪欲だった。だからしばらく、その本当の重要性は失われた。
日曜日が来た。帰らなければならなかった。ここに九日いたわけだが、実は予定していた滞在期間より二日多かった。アンジェラとはお別れだった。彼女はずっと身近な存在になり、しっかり彼に掌握されたので、手玉にとられた子供も同然だった。さらには、理想的な景色とも、少し牧歌的な詩情ともお別れだった。ジョーサムのような、清潔で、親切で、聡明で、トウモロコシ畑の中でぴんと背筋を伸ばし、いい父親であることが誇りで、貧乏を恥じず、老いも死も恐れない、年老いた家長にまた会うのはいつだろう。ユージンは彼からとても多くのことを学んだ。イザヤの足もとに座っているようなものだった。美しい野原、青々とした丘、芝生の散歩道沿いの長い並木、玄関の前庭に咲く白や赤や青の花々ともお別れだ。清潔な部屋でとても心地よく眠り、森の鳩や詩人のツグミなどの鳥の声を楽しく聞き、きれいな小石の上をさらさらと流れるブルー家の小川の水音に耳を澄ませたこともあった。納屋の前の囲いにいた豚も、馬も、牛も、全てが名残惜しかった。グレイの『エレジー』や、ゴールドスミスの『寒村行』と『旅人』が頭に浮かんだ。ここは、こういう男たちが愛したものに似ていた。
その時が来ると、行かなくてはならないのがどんなに残念かを繰り返しながら、アンジェラと一緒に芝生を歩いた。デイビッドが小さな茶色の雌馬を馬車につないで、芝地の一番はずれで待っていた。
「ああ、アンジェラ」ユージンはため息をついた。「きみと一緒になるまで、僕は幸せになれない」
「ねえ、私を連れて行って!」とアンジェラは叫びたかったが「待っているわ」とため息をついた。ユージンが行ってしまうとアンジェラは機械的に自分の仕事をこなした。まるで人生から全ての火と喜びが消えてしまったみたいだった。物事を照らす彼の華麗な想像力がないと、人生がつまらなく思えた。
道中、心の中ですばらしいものの一つ一つ……小麦畑、小川、オコーネー湖、すてきなブルー家の農場の中の家、すべて……に別れを告げながら、ユージンは馬車に乗った。
ユージンは心の中で言った。「これ以上すばらしいものは二度と現れないだろう。質素な小さい客間の中で、僕の腕の中にいたアンジェラ。神さま! 人生はたった七十年しかない……なのに、本当の若さは全部で十年、いや十五年もないんだからな」




