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A_che

 春先に出会って以来、轟・タケルこと俺と、神無・銀ことシロガネとの関係は続いていた。

俺は土日になるごとに彼女の家に招かれる立場であったが、特にそれ以上の発展はなかった。別に何を期待しているわけでもないが――俺達は土曜日も日曜日も会い、どこに行くわけでもなくのんびりとtea timeを過ごした。無為ではあったが、悪くなかった。


 この時は、まだ春になったばかりだろうか……


「はい、今日のお菓子はタケルの好きなチョコクッキーとミントのスコーンよ。お茶はインドの本場から輸入したアッサムの最高級品よ」

 縁に金の模様が描かれた大理石のように綺麗な陶器のカップに、樹液のような黒いアッサムティーが注がれる。香りがふわっと漂い始めた。

「なぁ、何でチョコクッキーに『好きな』って形容詞が付くんだ、シロガネ?」

「あら、だってそうでしょ?」

「その通りだけど。……」

 何故知っている?

 ここでチョコクッキーを、そのようなsimpleな物を出されたことはこの日までなかった。シロガネのメイドさん、遠野・理暗さんが作るお菓子はいつも手の込んだもので、しかも菓子屋顔負けの味と見た目を誇っていた。だから俺も不満を抱くべくもなかったが。

 チョコクッキーはシロガネの言うとおり、確かに俺の好物だ。仄かに甘いクッキーの生地に、甘さを引き立てるように加えられたチョコレートがたまらない。見た目が黒いのが良いし、カカオのにおいも良い。チョコチップが入ってポリポリしているのが好きだし、入ってなくても柔らかく温かい食感が好きだ。

 シロガネは不思議な女の子だ。俺が言わない俺のことも知っているような言動を時折する。家にはテレビも新聞もラジオもなく、世の中のことなんかどうでも良いみたいな顔をしているくせに、こっちが最近の話をしてもちゃんとついてくる。学校に行っていないが、ちゃんと高校生ができる分だけの勉強は習得している。――もっとも、高専は普通高校と勉強する内容が違うので比較が難しいけど。

「今日はお嬢様が手軽な物を作る様に仰られたので。――如何でございましょう?」

「おいしいです。――すごく」

 いつもながら、遠野さんのお菓子には文句のつけようがない。カラッとした渋みのあるアッサムティ―に、極上の甘味を持つチョコクッキーがjustmeetしていた。

 こういった感じで、俺はシロガネとの時間を過ごしていた。何を得るわけでもないが、俺は満足だった。シロガネと友達でいられることは良いことで、このまま、少なくともしばらくの間はこの関係を続けていたいと俺は思っていた。

「そういえば、タケル、そろそろテストとか無いの?」

「あぁ、そうだよ。ちゃんと勉強はしているから問題ない」

「ふうん……タケルって授業はしっかり受けてるって感じだもんね。テスト前に改まって勉強しないって主義じゃない? ――でもねタケル、別に無理して私に呼ばれることもないのよ。来れないときは前日にそう言ってくれれば良いから。――言い忘れない限り問題ないから」

「うん、わかった」

 俺は軽く返事をした。

 だがこの時、シロガネの言ったことを俺は肝に銘じておくべきだったと、間もなくして俺は後悔した。



 *



 試験が終わった土曜日、俺はプールサイドにいた。シロガネの家ではない。あの家にはプールもありそうだが、俺はあの家でお茶を飲む以外の行為をしたことがないし、これからもないだろう。眼の前にあるプールは札幌**とかいう公共施設としての屋内プールだった。

 人がいっぱいいた。土・日曜日にこれほど多くの人を見たのは久しぶりで、お祭り騒ぎともおれの眼には映った。シロガネの家にいれば人に会うことなんてないから。プールには楽しげに泳ぐ人が行き来し、プールサイドには休憩がてら談笑する人たちがいた。賑やかで、活気に満ちていた。

 俺はと言うと、泳ぐのは得意な方ではない、というか好きではないのでベンチでなるべくゆっくりするようにしていた。――そもそも、まだ夏にもなっていないのにどうしてプールなんかに来なくちゃならないんだ?


「タケル、なに枯れ果てた老人のように呆けているの? もっと活発に遊泳しなさいよ」


 妙に二字熟語が挿入された文の構成。俺の眼の前に赤いサルビアの模様がプリントされたビキニを付けた女性が現れる。――轟・日本の姉、轟・木花さくやだった。その名前は日本で祀られる神社の多い、火と山を司る女神コノハナノサクヤビメからとられている。北海道大学文学部に通う、日本語以外に五つの言語をmasterしようと努力する大学三年生だ。

「別にいいじゃねえか。サクヤが来たがったんだからサクヤが楽しめば」

「あら、それでは私が嫌がる弟に無理強いして同行させているみたいじゃない」

 違うのか?

 確か「テストが終了したのだからたまには付き合いなさい」とか何とか有無を言わさず連れてこられた気がするんだが。

「枯れてるわよね。それじゃ彼女は当分できそうにないわね」

 サクヤは大きな胸を反らせて俺を見下ろす。

 弟の俺が言うのもアレだが、サクヤは中々に器量良しだと思う。胸は大きく腰は細く、尻も軽く突き出している感じ。白い肌は傷もなくきめ細やか。顔もそこらへんの人よりずっと整っている。――顔でいえば、シロガネの方が可愛いけど。短めの髪を軽いbrownに染めているのも減点だ。

 と、そう言えば今日は行けないということをシロガネに言っていない。まずい、もう二時だ。いつもならシロガネとテーブルを挟んで向かい合いお茶を飲みながら、シュークリームのような閉じられた世界を作っている時間だった。

「好きな子、いないの?」

 俺の横の開いているspaceにサクヤが座た。――濡れた肌が俺の肌に触れた。

「サクヤこそ、俺なんか連れてこないで彼氏と一緒に来いよな」

「いないわよ、恋人なんて。男なんてうるさいだけだもの。――で、あんたは?」

「……俺、三年になってから土日出かけるようになったじゃん。何でだと思う?」

「何でって、まさか――!?」

 ここで敢えての無言。サクヤは俺の肩をつかんだ。

「むう……あんたはもっと奥手だと思ってたけど。で、どうなの、進展は?」

「別に。まだ家に行ってお茶を飲むだけ」

「茶飲み友達!?」

 年寄りめいた言われ様だった。――微妙に否定できなかったけど。

「そっか……仲良くしなさいよ」

「うん。でも今日さ、実は行けなくなったって連絡してないんだよね。しかもセル(訳注・携帯電話のこと)忘れたし」

「えぇ!?」サクヤの声はプールサイドに固く響いた。

「それは良くないわよ、タケル。約束を破ってるってことじゃない」

「しょうがないじゃん。大体、サクヤがいきなりプール行くとか言うから悪いんだ」

「私のせいか……」

 やれやれとサクヤは溜息をついた。

「ま、明日おみあげと謝罪の言葉を用意して行くのね。女の子は怒らせると面倒よ」


 *


 姉サクヤに無理やりプールに行かされた次の日の午後一時、俺はシロガネの家に向かっていた。シロガネの家は俺の家から自転車で十分くらいの場所にある。シロガネと交流を持つようになったはじめの頃はメイドの遠野さんが迎えに来てたが、恥ずかしいから止めてくれ、地理は覚えた、と言うと止めてくれた。その時は半ば見栄を切って地理は覚えたと言ったのだけど、実際自分の足で通ってみると迷うことはなかった。――しかし、それは何だか足が知らず知らず動いているようで、地図を描いて彼女の家に向かっているという感じはなかった。

 そう、俺はよくわからない感覚でシロガネの家と自宅とを行き来していたのだった。

 だからだと思った。この日、行けども行けどもシロガネの家に辿り着けなかったのは。いつも「なんとなく」で通っていたのだから、道を見失うこともあるだろうと、三十分街を彷徨ってから俺は結論した。

 六月の温い日差しを思いっきり浴びて、俺は自宅へと戻った。もう一度出直そうと思ったが、面倒くさくなった。とりあえず、シロガネに電話をかけることを思いついた。

 しかし、電話番号が思い出せない。

 家の設置電話にはシロガネを登録していない。セル(携帯電話)には登録していたような気がしたが、登録した人々のホログラムの顔達の中にシロガネの顔を見出すことはできなかった。

 シロガネの世界から弾き出されたような、いやな感じがした。

 発信と着信の履歴を探してシロガネの番号を探したけど、彼女への連絡を見出すことはできなかった。結局この日、俺はシロガネにコンタクトすることはできなかった。


 土日が過ぎ、さらに三日経った。


 毎日シロガネの電話番号を思い出そうとしてみたが、忘れたものは帰ってこなかった。

 ――あるいは、忘れさせられたか。

 シロガネの怒りを買った俺は、彼女に繋がるための情報を奪われたのではないかと、そんなありえないことを機構学の授業中に思いついた。だけど、シロガネならそれくらいのことはやりかねない。彼女は常識というものから僅かに、確かに乖離しているから。

 ならばどうするか? このままシロガネに拒絶されたまま別れるか? ――俺は、否、と答えをだした。

 ここままじゃだめだ。

 それに俺の心はすでに、彼女の吐き出す銀の毒に中毒していた。今シロガネに会えなくなるなら、禁断症状だ。

 俺はシロガネを探し出す決意をした。



 *



 次の土曜日が来ると、俺は朝早くから起きて出かける準備をした。シロガネの家を探す準備。昨日のうちから彼女の家がありそうな高級住宅地を幾つかリストアップした。あとは自転車で虱潰しに見て回るだけだ。外はしどどに雨が降っているけど、この時代はシールド型の傘がある。転びさえしなければいい。

 いぶかしむ母親を後ろに、九時に家を出た。セルと、昼飯用のパンをつめた鞄を持った。外に出て、自転車のハンドルに取り付けた骨組みだけの傘、「シールド傘」を起動させると薄黄緑の光の膜が雨粒を逸らしはじめた。俺は雨の中に走り出た。

 走り始めると、夏の始まりの、醒めた紅茶のような生ぬるい風が俺とすれ違っていった。歩道に人はいない。車道には雨粒を跳ね飛ばしながら走る車が、当然ながらいた。

 車が走っている風景は、はじめてシロガネにあった時のことを思い出させた。あのとき車椅子に乗ったシロガネは、水玉を宝石のように跳ね散らしながら俺に突っ込んできた。とても衝撃的だったあの瞬間。――懐かしむには、まだ近すぎるか。でも、あの時と違って、今は街路樹に白い花が咲いている。(名前は何だったっけ?)甘いにおいがする。

 普段は全く用のない、初めて訪れた高級住宅地を俺は走り抜けた。どれもこれもお高く澄まして、でんと構えている。俺にとっちゃお城が並び立っているようだ。だけどシロガネの住む家には及ばない……俺はぼんやりと思った。しかしあの家がどんな外観だったか、薄ぼんやりとしか思い出せなかった。白かったり、扉のところに柱があったり……これでどうやって目的の家を探すつもりなんだ? 轟・日本よ? でも不思議と気が滅入るような感じは一切なかった。俺のペダルをこぐ足は力を弱めることはなかった。


 三か所ぐらい、「高級住宅地」といえそうな場所を回ってみた。気がつくと時間は正午を少し過ぎていた。

 昼飯を食べようかと思ったが、その欲求はなかった。シロガネを探しているうちに思考がクリア―になった感じで、食欲とかの雑念が一切湧いてこなかった。まるで――彼女を探してなら地平線でも三千里でも、どこまでもいけそうな旅人になった気分だった。

 一休みに立ちよった白樺の木の下で、俺はシロガネのことを思い遣った。初夏の雨は冷たい。しとじとと降る雨の下、シロガネは家の中にいるのだろうか? それともこの雨の下にいるのだろうか――俺には理解できない理由で。

 と、不意にズボンのポケットに入れたセルが振動し始めた。取り上げると、遠野さんのアニメみたいなデフォルメのホログラムが俺を見ていた。

「もしもし、轟です」

「タケル様、ご無沙汰しております。如何お過ごしでしょうか?」――遠野さんも俺のことを下の名前で呼ぶ。

「えぇ、変わりありません。……あの、遠野さん、シロガネはいますか? 俺、その……」

「お嬢様にお会いになりたいのですか?」

 遠野さんの平板な問いかけに、俺は迷わず答えた。――「はい」

 会話が途切れた。セルを耳から離すと、遠野さんのデフォルメが無意味に回転していた。

「お嬢様は憤られています」――ふいに遠野さんが言った。

「はい、あの――」

「お謝りになるのはお嬢様と向かえ会えた時になさってください」

「……はい。遠野さん、シロガネはそこにいますか?」

「いいえ、お嬢様は一人で藻岩山に参りました。多分、まだそこにおられると思います」

 藻岩山――ここから少し離れているな。

「ありがとうございます。俺、すぐ行きます」

「左様で御座いますか。タケル様――どうか、お嬢様をお見捨てにならないでください」

 見捨てられるのは俺のような気がするけど……

「はあ、そんな見捨てるだなんて。俺こそ、まだ……まだ、俺はシロガネと一緒にいたいんですから。今回も、俺がバカなことをしたから……」

「……そうでしょうか。――とにかく、お嬢様を宜しくお願いいたします」

 電話を切った。

 雨脚は少し勢いを減らして、湿っぽく降っていた。新たな場面に移るintermezzoという感じの雰囲気だ。

 藻岩山に向かうため、俺は近くの地下鉄駅まで走ることにした。



 *


 青葉の季節が遅い北海道も、七月となればちゃんと木は緑になる。雨に濡れた木の葉は、光の弱い空の下で淑女のように輝いていた。

 地下鉄の西十八丁目駅を降りる時は当然ながら一緒に降りる人がいて、ここに来るまでのバスにも一緒に降りる人がいたのに、山の領域と言える木々の合間に這入ったとたん一気に人の気配がなくなった。不自然。そして、ぴりりとした緊張感が身体を襲った。

 登山道は歩きやすいが、空が開けていて、雨粒が降ってくる。シールド傘を自転車につけてきたまましてしまった俺は、登山道のすぐわき、木の下を隠れるように歩いた。

 誰もいない山は閑かすぎた。雨音は聞こえるけど、単調で、短調。息が詰まりそうだった。自分の足音も、湿っぽくて良くない。柔らかい煎餅みたいだ。俺はこんな自然の物閑かさは嫌いだった。――どうせ静かなら、一切の無音の方が良い。機械的で、静物的な、死んでいる静寂が好きだ。だけどそれはシロガネには似合わないかも知れない、と俺は思った。シロガネは物静かだけど、その裡に犇めく物を隠している。彼女の背後にはざわめく物がいる。

 そして俺は、彼女の中の犇めく物の雫を味わった。――あの赤い銀の毒を。

 そんなことを考えていたら、少し開けた平らな場所が見えてきた。――そういえば昔、ここまで来たことがあったと思いだした。良くわからない、霊廟のような白い建物がある広場。来たのは幼稚園の頃とかだっただろうか。

 シロガネはそこにいた。木の枝がない開けた空の下、絶対の孤独を従えて、一人、雨に濡れて車椅子に座っていた。背後から見る彼女の姿は凛としていて、近寄りがたい威圧を放っていた。久しぶりに見るような、綺麗な黒髪が流れる後ろ頭。今日は束ねられてなく、黒い波の上で雨露が結ばさって宝石のように飾りとなっていた。

「――よう、シロガネ」

 声を出す瞬間、心拍数がレッドゾーンまで早くなっていた。

 反応がない。さらに近づこうとすると――

「近寄らないで。……私の領域に入らないで」シロガネは振り返らずに言った。

「――っ」

「どうしてそこにいるの? 私は誰もいないことを望んだ。私がそう望んだからには、声の届く範囲に誰も存在することはできないはずなのに。どうしてそこに存在するの?」

 やはりこの人気のなさはシロガネのせいか。

 いや、この状況を目の前の女の子が起こしたと、頭から爪先まで信じるほどシロガネを神聖視しているわけじゃないけど。

「……その、この間は悪かった。約束を破って何も言わなかったのは申し開きようがないけど……このまま、絶交なんて……嫌だ」

 そう言って近寄ろうとすると、また遮られた。

「近寄らないで。――あんたは私の王国を乱した。身勝手に振舞って、私の期待を裏切った。そんな人は、私の王国にいらないのよ。――帰って」

 恐ろしく身勝手な言葉。正義がない訳ではないけど、それにしてもこんな言い方はないだろうと思う。――けれども、腹は立たない。こんなふうにシロガネが今まで他人を遠ざけてきたであろうことは既にわかっていたし、それでも俺は、今はシロガネの傍にいると心に決めていた。

「ごめん」

「私は待っていたのよ。来ないなら、はじめから連絡してって言ったじゃない。せっかく私の領域に招いてあげたのに、タケルは私の言ったとおりに振舞ってくれなかった。私という存在を忘れて、自分勝手に行動した。だったら、はじめからタケルなんて要らなかった。どうして私の領域くらい私の思い通りにさせてくれないの? 私の領域を、王国を乱す存在は要らない。私は一人で良い」

「ごめん」

「来ないで……っ」

 あくまでもこちらを見ずに拒絶して、仕舞いに車輪に手をかけて逃げ出そうとするシロガネ。俺は拒絶の壁を突き破って、車椅子の取っ手を掴んだ。

「もう二度と、何も言わないでシロガネの家に行かないなんてしない。シロガネが待っていて、俺を招いてくれるなら、俺は必ず行くよ。――シロガネの王国に、まだいたいから」

「必ずなんて……できない約束は、しないで。――どうしてそこにいるの? どうして私と関わりを保とうとするの?」

「何でって……シロガネが友達だからじゃない? もしくは、シロガネの血を飲んだということでもあるけど。シロガネは不思議で面白いから、俺はシロガネを見ていたいんだ。シロガネがいないと、少し寂しい。本当に、ここしばらくシロガネに連絡するための情報を失くしていて、どうしようかと途方にくれたよ。俺はもっとシロガネと話がしたいし、たまにはゲームとかもしたい。遠野さんのお菓子もおいしいしね」

 シロガネは何も言わない。ちょっと俯いて、長い前髪で顔が隠れてた。

 俺はゆっくりと車椅子を押しはじめた。

「寒くない?」

 夏といえど、雨に濡れては寒いはずだった。日差しは少ないし、風は冷たい。

「寒いっていったら、どうするの? 抱き締めて温めてくれる?」

「いや、そんな」俺がvirginだからってからかっているな。――「上着を貸してあげるよ」

 求められたので、上着を貸した。T-shirtになると、やっぱり寒い。

 白いチュニックを着たシロガネは、俺の赤い長袖をさも暖かそうに抱きしめた。

「タケルの汗の匂いがするわね。――ずいぶんあちこち歩いたのね。私を捜したの?」

「そりゃ捜したさ」捜さなければ、動かなければ遠野さんからの電話もなかっただろう。――「わかるのか?」

「あちこちの匂いがするもの。でも、私の家の近くの匂いはないね。全然見当違い」

「むう……なあ、シロガネの家はどこにあるんだ?」

 問いかけに答えはない。

 それ以上中身のある会話をすること無く、俺達はシロガネの家まで帰った。帰り道、移動機関にはちゃんと人がいて、俺は少しほっとした。――人がそんなに好きな俺ではないけど、まったく人気がないのは肌に馴染まないようだ。――シロガネは他の人に認識できないとか、そんな不可思議現象が起きるのではないかと少し思ったりもしたがそういうこともなく、人並み以上の容姿を持つシロガネと、彼女を連れる俺は周囲の人目を惹いていた。シロガネは冷然としていたが、俺は落ち着かなくって仕方がなかった。そんな俺を、シロガネが密かに嗤っているのが気配で判ったりした。だけど俺も、こんなシロガネを連れて歩けることがちょっと自慢だったりした。



「おかえりなさいませ、お嬢様。――タケル様に御謝罪になりましたか?」

「……」

 相変わらず白黒のメイド服を着た遠野さんが、そうシロガネに囁くように問いかけた。シロガネは彼女には珍しい弱気な面持ちで、俺の方を見た。

「いや、いいよ。俺が謝られることなんてない。――ていうか、もういいだろ、そんな話」

「でもタケルは謝ったね」

「別に謝ることは損じゃない。俺はシロガネが友達でいてくれるなら、それでいい」

 しばし沈黙。

 シロガネが近くに来るように俺を招いた。すぐ近くに寄ると、腕を引っ張られ俺は腰を屈めることになった。

 頬に温かく柔らかい物が触れた。

 びっくりして、弾かれるようにシロガネから離れて、しばらくして俺は頬にキスされたことに気が付いた。

「また、明日来るでしょ?」

「あ、あぁ……」

 夕陽のワインのような赤い光に、シロガネの瞳は銅色に輝いていた。この陽は今は沈む。でもまた明日には昇る。その明日も。俺達の仲も、そうやってぐだぐだ続けばいい。

一番書きたかった話ですが、うまくまとまったでしょうか?

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