foreword
二千七十六年十一月十三日。追分高等工業専門学校、図書館。
立冬のこの頃になると、ここ北海道は追分に建つ高専の図書館は底冷えするようになる。もう少し日にちが経てば暖房が本格的に入って暖かくなる図書館だが、その一歩手前となるこの時期は、図書館にいるのが嫌になる時期である。
「さ、さむくないか? 白崎」
私が呼んだ轟木君が言う。彼は私ほどは図書館に来る人間ではないのだろう。
「やっぱりそう思うか。……違うところに行くか? 轟木」
「――ここでいい。すぐ終わるよな?」
確かにすぐ終わる。わざわざ移動するのも面倒だ。
「で、例の話なんだけど。とりあえずまとめて見たらよ、話の順番が変な気がしたんだよな――とはメールしたけど。轟木は正確な順番がわからないとか言ったけど、結局どうしたら良い?」
私が言うと、彼はにやりとした。
「原稿、ある? ちょっと見せて」
「あ、あぁ……」
ワープロで打ってプリントアウトした原稿を轟木に手渡す。そこに書かれているのは、私が彼に頼んで物語ってもらった、一人の少年と一人の少女の物語だ。
「へぇ……なんか綺麗にまとめてあるな。結構とりとめなく、支離滅裂に話したつもりなのに、形になってる」
轟木君は原稿をすばやくめくりながら言った。
彼の言い方だと、わざわざ支離滅裂に話してくれたかのようだ。
「……なんか恥ずかしいな」
「そういうなよ。俺だって、自分の話したことが、自分じゃない自分に似た奴が自分のことみたいに話しているモノを読むのは変な気分だ」
私の書いた物語に登場する少年の名前は轟・大和。私の眼前に存在する轟木君とは名字の漢字が一つ少ないし、下の名前もちょっと違う。だけどその架空の人物が一人称で物語るのは、轟木君の身に起きたことを擬えたものだ。
しばし轟木君は黙したまま私の小説の原稿をめくる。私の世界に響く音は、紙がめくられる音と、いつもより少し早い自分の心音だけとなる。
「わかんないなぁ」
ようやく彼が発したのは、そんな言葉だった。
「本当かよ……。お前にわからなければ、俺はどうすれば良いんだ?」
私が嘆くように言うと、彼はくしゃりと笑って言う。
「そうは言われてもな……。あいつと過ごした時間を考えると、何が前で後なのか、そんな順番なんてどうでも良いような気がするんだよ。――このことは初めの時にも言った気がするけど。――時の流れなんて些細。思い出として筋道たてて語るなんて莫迦らしい。そんなふうにしか考えられないんだ」
「……それ、惚気ているのか?」
「その、惚気話を聞きたいって言ったのは、白崎、お前の方だろ」
こう言われては何も言うことはできない。
「で? 結局、話の順番は適当に俺が決めていいのか?」
「いや……ちょっと待ってくれ」
轟木君はもう一度原稿を手に取ると、さっきよりも更にすばやい手付きで捲りはじめた。そして、鉛筆を手に取り、原稿に書き込みをする。
やがて彼は原稿を五つに、話の区切れに従って分割して私の前に並べた。五つの集合のそれぞれの始めの紙には、サブタイトルらしき英単語が記されていた。
「Moon, Ache, Junction, Sleeping-beauty, Kingdom……もしかして、高専の学科の並べ方に合わせてある?」
「そのとおり。これでいいだろ」
高専について詳しくない人のためにちょっと説明すると、高専には機械工学・電気電子工学・情報工学・物質工学・環境都市工学の五つの学科があり、それぞれM・A・J・S・Kと略称される。五学科は並べて呼ぶとき、多くの場面で左のような順番となるのだった。
轟木君のしたこととは、小説を五つに分割し内容にそって英単語のサブタイトルを付けた上で、時系列を無視して高専流の並べ方で話の順番を決めたということだ。
「順番としては……Jから始めてA・M・Kと読んで最後にSを読むのがわかりやすいか? 轟木が話した順としてはA・J・M・K・Sだったと思うが」
「好きにすればいいんだよ。順番なんて、こっちには本当に関係のないことなんだから」
轟木君は投げ槍に言う。
「まぁ、わかったよ。このとおりの順番で形にすることにしよう」
「そっか。いっぱい読んでもらえるといいな。――じゃあ、俺はここで」
「今日はありがとう。上梨さんによろしく」
「ん」
鞄をひっかけて、轟木君は去っていく。
私はその背中を見送った後、静かな図書館の中で椅子に座りなおし、彼が並び変えた原稿をまとめて取り上げた。
――いつこの話が持ち上がったのか。
轟木君と私はそんなに交流のある関係ではなかった。彼に恋人――ガールフレンドがいると知ったのは遡ること八カ月ほど前、三年生の終わりのころだった。しかしその時は私自身に関わりがある話になるとは思いもしなかった。
四年生になり、工場見学旅行で偶然宿泊先の部屋が同じになり、私が小説を書いていることを知られた。知られた、といっても尋問されて聞きだされたのではなく、空き時間を有効利用するべく私が隠しもせず小説を書いていたから自然と知られたわけだ。その流れでなんとなく話をしていて、流れの中で轟木君は自分の話を小説にしないかと言った。
試しに話を聞いてみると、思いのほか面白そうだったから今回の企画が生まれた。彼の話は本当に取りとめがなくまとめるのに苦労させられることもあったが、逆に虚構的なスパイスを利かせることもできておもしろい出来になったかと思う。
別に小説を書いて出版社に投稿するわけではなく、私はこのようなウェブサイトに投稿する。要するに無責任の骨頂であるが、これを読む者の関心を惹けたなら幸いである。
この小説は、思春期の二人の男女による、ごくありふれた物語。ほんの少しの不思議があり、あとは特に変わったところのない話。恋といえば恋であり、友情であるというのなら友情であろう。とても曖昧で、とても儚い。揺れ動いて、危うい、未熟な人間だからこそ織り成す物語である。
気軽にお読みになることをお勧めします。