Day14-1
苦しさで目を覚ました。
息が出来ない。体は縛り付けられているかのように身動きが取れない。さらに、誰かに首を絞められているのが感覚でわかる。目を開けると、鬼が僕の首を両手で絞めていた。窓から入ってくる明かりはまだ少ない。夜明け少し前というころか。
「っっっっ」
呼吸が出来ない。
苦しい。
死ぬ。
周りに助けを求めようにも、首を絞められていては声は出せないし、体には鬼が乗っていて、動けない。体を無理やり動かして、ふと気づいた。
上半身に乗られているが、足は自由に動かせる。足元の何かを思い切り蹴飛ばすと、
「なんじゃーい」
といって、トモが跳ね起きた。で、蹴られたほうを見て、現状を理解する。
「なにしてんのユッコ。死ぬぞ」
「大丈夫。殺すつもりだから」
あまりの形相に鬼に見えていたが、よく見るとユッコだった。
ただ、犯人がわかったところで、どうしようもない。
徐々に意識がもうろうとしてくる。
本気でやばい。
下半身しか自由になれないので、暴れていたけど段々力がなくなってきた。
というか、バカトモ!気づいているならどうにかしてくれ。
激しい物音で、他の人も目を覚ます。
すぐにマサキが僕の手に伸びる両手をつかむと、無理引き剥がす。
「はぁはぁはぁ」
ようやく呼吸が出来る。
「なにすんだよ。殺す気か」
喉がつぶされていて美味く言葉が出てこない。
「死ねばいい。あんた昨日・・・・わたしに何した?」
うん。心当たりはある。
昨日の食事の時だ。
料理が運ばれてきたそのあと、宿屋のおっちゃんが何かを運んできた。
「すまんな。※※※※※※※※※」
小さな樽のようなジョッキに入っているのは、琥珀色の飲み物だ。
「来た来た来たー。異世界の定番ドリンク。エール!」
興奮やるかたないといった様子で、トモがさっそく一口あおる。
「くぅーーーーー。ぬるい」
そうだろうな。冷たい飲み物はさすがに無いだろう。
「エールって何?」
質問と同時に、口に運ぼうとするアキをマサキが静止する。
「待て、エールってビールだよな」
「えぇービールなんだ。っていうか飲んでいいの。うちら未成年だけど」
「それって、日本の話だろ。この世界じゃ15で成人だぜ」
「本の常識を持ち込むなって。それより、ビールって言うか、アルコール飲んだことあるやつ」
マサキの質問に男子とハルナが手を上げる。正月やお盆の集まりで、親戚に飲まされたことがあった。もちろん、未成年の飲酒は禁止されているけど、田舎ではままあることだし、トモやマサキも同じだろう。ハルナも飲んだことあるのはちょっと意外だったけど。
「アキとユッコは、アルコールの影響は未知数ってことだな」
「それはみんなそうだろ。飲んだことはあっても、一口二口だろ。限界はわかんないって」
「たしかにな。じゃあ止めとくか」
「バカか、この世界じゃエールが水みたいなものなんだ。止めるなんて選択肢はねぇよ」
マサキの止める声もむなしく、トモはごくごくエールをあおる。
「さすがにそれは言いすぎじゃない」
「アキもユッコも物をしらねぇな。殺菌された安心の飲み物として、エールが一般的なんだよ。無処理の水なんて逆に危険で飲めないって」
「えーでも、川の水飲んでたよな。わたしたち」
「それは、村や森が山の中にあるからだって。ここじゃあおそらく生活用水も川に流しているんだ。井戸水だって安心とは言えねぇ。だから、アルコール殺菌されているエールを飲むんだよ」
「バカトモの癖に、説得力があるわ」
「全部、漫画とゲームと、ラノベの知識だけどな」
「どうする」
「いくらなんでも、小さい子供はエール以外も飲むだろうから、他にも選択肢はあると思うけどな。それは別料金とられる可能性もあるから、とりあえずこれを飲もう。でも、少しずつだぞ。特に飲んだこと無い二人は気をつけて」
樽ジョッキを手に、琥珀色の液体に口を付ける。日本で見るビールのイメージと違って、泡はないし、炭酸もほとんど無いようだ。口を付けるとすぐに香りが広がった。日本で飲んだときほど、苦味は強くない。が、あんまりおいしくない。というか、まずい。ぬるいし。
「まずいな」
「よくそんなにゴクゴクいけるな」
「そう?わたしは結構好きかも、冷えていたらもっとおいしいんじゃない」
「うん。わたしもあり」
「苦いの苦手」
三者三様の感想だが、とりあえずは今日はこれで我慢することにした。それに、ほかの選択肢があっても注文の仕方がわからない。他にもお客がいれば、必殺「あれください」が使えるけども、時間が早すぎてカウンターの飲んだくれしかいないし、彼らは同じものしか飲んでいないようだ。
そして食事が進んで、だいぶ満足したころ、酔っ払いが誕生していた。
「わかるかな。わかんないだろうな。みんな芸術って物がわかってないからね。この街の人たちのファッション見たでしょ。地味ーな格好ばっかりだったじゃない。だからね。わたしがデザインして、大々的に服を振り出せば、億万長者も夢じゃないわけよ」
なんでそんな話になったのか、不明だがユッコが大声でわめき散らす。それに対抗するように、
「ファッション?そんなものどうでもいいんだよ。猫耳とかエルフとか、この世界の人間はもともと素材レベルで格が違うからな。だいたいお前らは猫耳のよさがわかってねぇ。いいか、猫耳を筆頭とした獣人ってのはだな。まずかわいい。それに、基本スタイルがいいんだよ。その上、動物特有の野性味あふれる雰囲気もたまらない。さらに、猫耳、尻尾は触ると気持ちいいんだ。やわらかい毛並みはシルクのハンカチのようで、それはもう・・・・」
「触ったこと無いのに、なんでさわり心地がわかるのよ。そもそも、誰がバカトモに触らせるかって」
トモの声が大きいのも、妄想が激しいのもいつもどおりなので、酔っ払っているかどうかは微妙なところだが、ユッコは確実に酔っている。座っているのに、体がふらふらしているし、目も焦点があっているのかいないのか、あっちこっちに動いている。
これはチャンスかもしれない。
普段から自分が背が高いことをいいことに、僕をチビだとバカにする。
積年の恨みはらさでおくべきか。
シチューボウルから幼虫を5匹ばかり救い出すと、小皿に乗せてユッコの前に付きだした。
「ユッコ、カマンベールチーズだってさ。美味いから食べてみ?」
「えぇーチーズ。おいしそう」
完全に酔っているせいか、ためらいも何もなくフォークを幼虫にぶっさすと、半分食いちぎった。一口で食えばいいものを半分食いちぎったので、テレビならモザイクがかかる衝撃映像だ。白くドロットした内溶液がこぼれると、あわててすすってにんまりと笑う。
「おいひい。」
気に入ったのか、パクパクと口に幼虫を放り込む。気づいていないユッコが可笑しくて、僕はニヤニヤが止まらない。スマホが壊れているのが残念でならない。
この衝撃を共有したいところだけど、トモは相変わらず猫耳愛を誰に聞かせるわけでもなく語っているし、アキはテーブルに突っ伏して、眠っているようだ。マサキとハルナは手を握って、自分たちの世界に入っていた。お互いをトローンとした目で見詰め合っている。いや、まあ、付きあってるのは周知の事実だけど、ちょっと自重してほしい。このままほっとくと、何を始めるかわからない。いや、マジでそれだけは勘弁して。
ぼちぼちお開きとするかと、みんなを促して三階の部屋に戻った。
いつの間には夜になっていたらしい。村とは違って、街にはいくらか明かりはあったけど、ほのかに賑わいでいる程度だ。女子をベッドに寝かせて、僕らは床で適当に寝転んだ。そして、あっという間に眠りに落ちていった。
昨夜の記憶が一気によみがえる。
「えーと、、、それは、、、その」
「何したんだ?」
歯切れの悪い僕に、ユッコだけでなく、他の4人も詰め寄ってくる。アキはともかく、他の三人もいたはずなのにまったく見ていなかったらしい。さもありなん。
「ま・・・まあ、、、酒の席のことだし・・・お互い酔っ払っていたわけで・・・なっ」
「え、マジで、お前、まさか、ユッコに無理やり!?」
「うそ、最低」
アキとハルナのケダモノを見るような、さげずんだ目が痛い。
「ちょ、ちょっとまて、違う。違う。へんな想像するなよ。お前ら。そんなことやってないからな。酔っ払ってても相手くらい選ぶわ」
「はぁ?どういう意味よ?」
やぶへびでした。鬼の形相がさらに般若のごとく恐ろしく変化する。そのうち、角が生えてきそうである。酔ってても手を出さないってのは本音だけど、言うべきじゃなかった。マジ怖い。
「ちがう。いや、だから、その・・・」
逃げ出したいけれども、ユッコに跨られていて身動きひとつ取れない状況は変わらない。
「・・・・ごめん」
謝るしかない。謝罪一拓。
「ごめんなさい。僕が悪かったです」
「全然、心がこもってないんですけど!?」
「ごめん。本当に悪かった」
改めて言い直す。でも、ユッコの怒りの表情は治まる気配がない。
「まあ、一応、タクトも謝ったんだし、いったん落ち着こうか。さすがに、馬乗りになられたままじゃ、タクトも反省しづらいだろから」
「逃げるなよ」
釘を刺しつつ、僕の上からベッドへ腰を落ち着ける。僕も続いて立ち上がろうとして、ユッコの一睨みにすくみあがり、床の上に正座して向き直る。
「それで、何したんだ」
街に入って二日目の早朝、日が昇る前に僕の裁判が始まった。
もっとも有罪は確定しているのだけれども・・・。
次回、初仕事