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複写式世界の修復  作者: 朝倉神社
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Day13-2

 宿屋はたまごとナイフとフォークが描かれた看板が掲げられたお店で、イドーさんに最初に教えてもらっていた。城門から入って最初の角を左に曲がってすぐの場所。イドーさんは、取引を終えたらすぐに帰るらしくこの街に泊まる予定は無いらしい。お礼の意味もこめて食事くらいしたかったのだけど、古着屋で別れたのがほんとうに最後になったのだ。元の世界に戻る前に機会があればちゃんとお礼をしたいと思う。

 宿屋は木造3階建ての建物で、1階が食堂になっている。異世界物にありがちないわゆる宿屋という雰囲気だった。ウエスタン映画のサルーンのような扉を開けて中に入ると、テーブルが8個に、カウンター席が5つある。カウンターの真ん中にはすでに出来上がった酔っ払いが二人いたが、テーブルのほうはガラガラだった。夕食時には早いのだろう。

 カウンターの向こうで洗い物をしているらしい店の主人が、手を止めてこちらに向き直った。

「こんにちは」

 僕らも挨拶を返す。どうやら、この世界には「いらっしゃい」という意味合いの言葉が無く、挨拶がその代わりのようだ。

「6人、泊まる。いくら?」

「※※※※※で銅貨5枚、※※※※は銀貨2枚、※※※※は銀貨3枚だ」

 うん、さっぱりわからない。部屋のランクだろうけど、これは困った。

「部屋見せて」

 ハルナが助け舟をだす。さっきの古着屋もそうだけど、基本的に交渉時にはマサキが代表するけども、言葉の習熟度でいけば、ハルナが一番だ。そして、不本意ながらトモが二番目にしゃべれる。もっともトモの場合は、言葉を覚えているというより、ノリと勢いで会話を成立させている節はあるのだが・・・。

 宿屋の主人-50代くらいのひげをはやした筋肉たくましいおっちゃんは、やれやれという顔で、「ツァッテコー」と僕らが始めて覚えた言葉を言うと、歩き出した。おっちゃんの後ろを付いていき、2階にいくと部屋のドアもなく、ベッドが10個並べているだけの部屋に案内される。

「ここが銅貨5枚」

 詳しい説明も無く、それだけ言うとさらに次に移る。雑魚寝スタイルの安宿ということだ。さすがにそれはキツイ。最悪、それもありかもしれないが、日本語での会話や、この世界にないはずの貴重品など持っていることを考えると個室がありがたい。

 次に案内されたのは、いわゆるツインルーム、シングルベッドが二台あるだけで、それ以外の家具はなにもない。ただし、扉もあるし鍵もある。部屋の広さは、ベッドがギリギリ入る程度でかなり狭い。

 さらに、上の階に移動して、銀貨三枚の部屋に入ると、ツインルームには変わらないけども、広さが増して、机や椅子、チェストにクローゼットまで合った。こうなると、二番目の銀貨2枚の部屋しかない。それでも、ベッド数から行くと3部屋は必要なので、一日銀貨6枚にもなってしまう。手持ちのお金で、3泊分。妥当といえば妥当かもしれない。

「<どうする?>」

聞くまでも無いと思う。でも、一応聞くのがマサキだ。リーダーだからと、勝手に決断することはない。

「<さすがに、雑魚寝は無理だもんね。3部屋で銀貨6枚か。あっという間になくなっちゃうね>」

「<えーなんでだよ。この部屋なら6人、寝れるんじゃね?>」

「<<<え?>>>」

ハモった。

「<ベッドはくっ付けて女子が使えばいいだろ。俺らは床の上で寝るし。床の上って言っても、村で寝てたところも似たようなもんだろ。板間だったし、大体、この世界に来た時もそうだし、昨日だって地べたで寝たんだぜ>」

 そういう問題じゃない。ベッドが二つということは、この部屋は二人用なのだ。確かに、おっちゃんのいう値段が部屋代ならそれも可能だろうけど、普通その発想はない。

「<おっちゃん>この部屋、銀貨3枚<だよな。6人で泊まってもいいか>」

 宿屋の主人に向き直って、日本語と現地語を織り交ぜて話しかける。

「ああ」

 そして、なぜか伝わったのか、宿屋の親父も了承の意味をこめて、鍵を差し出し、反対の手の平を突き出してくる。お金を払えということだろう。僕らは顔を見合わせると、マサキがリュックから銀貨を3枚取り出した。満足げに親父はお金を受け取ると、鍵をくれる。交渉成立らしい。

「いいのか、これで」

「よかった・・・んじゃない?」

 部屋に入り、荷物を置いて一息つく。予定より安くなったけど、なんとなく納得がいかない。なんで二人部屋に6人で泊まることに何も言われないのだろうとか、値段据え置きでいいのかとか、トモの適当な言葉がなんで通じるんだよとか、言いたいことが山ほどだけど、ここは異世界だから常識が通じないんだと自らを納得させるしかなかった。


 軽く一息ついた後、僕らは1階の食堂に行き、食事をとることにした。値段もメニューもさっぱりなので、銀貨1枚だして、「6人、ごはん、食べたい」と訴える。部屋を借りたときの様子から、僕らが言葉の不自由な外国人だと思っているようで、特に何も言わずに銀貨を受け取った。席に案内する給仕係というのもいないようなので、適当なテーブルに腰掛ける。

 どんな料理が運ばれてくるのか、異世界に興奮冷めやらないトモと、不安そうな女子たち。ほとんど待たされることも無く、僕らのテーブルにお皿とおわん、スプーンとフォークが並べられる。給仕をするのもおっちゃんだった。食器を並べた後は、シチューのようなものが入った大きなボウルをドンと、テーブルの中央に下ろす。

「いやぁぁあああああ」

 テーブルから立ち上がり、悲鳴とともに後ずさりするユッコ。シチューには村でも見たような芋やにんじんのような野菜に加えて、スナック菓子のカールみたいに丸まった白い物体が浮いている。小さいころに見たカブトムシの幼虫にそっくりだ。というか、幼虫だった。

「ムリムリムリムリムリ」

 顔面蒼白になりながら、いやいやと首を横に振る。カウンターにいた酔っ払い二人組みも何事かとこちらを振り返る。

「どうした?※※※※※は※※はダメなのか」

 おっちゃんが、別の皿を持ってきながらもユッコの挙動を見てカッカッカと笑っている。この世界でも幼虫がいやな人も0ではないのだろう。

「もうやだ」

 半泣きになりながら、おっちゃんの持ってきた別のお皿に目に移す。そして、倒れた。白目をむいて後ろ向きにバタンと。あわてて、アキが助け起こす。

「はっ、夢か」

 目をぱちくりとさせ、アキの顔を見ると涙を流して抱きついた。

「アキー、いまね。すっごい怖い夢見たんだ。毛虫の入ったスープとかえるの丸焼きが出てくるの。びっくりしたー」

「毛虫じゃなくて、幼虫だよ」

 突っ込むところはそこじゃない。

「えっ」

「だからね、ユッコ。それ夢じゃないから。げんじつだよ。どぅーゆーあんだすたん?」

 なぜか英語でアキが諭す。最初の森でもそうだったけど、ユッコの虫嫌いは相当なものだ。学校では女子人金高いクールな彼女が怖がっていても絵にならない。むしろ滑稽だ。もちろん、口にはできないけど。

「ユッコ、幼虫はともかく、蛙は上手いぞ」

 僕はそういうと、テーブルの上のカエルの解体を行った。大き目のナイフとフォークが皿と一緒においてあったので、それを使ってきれいに切り分ける。レストランのバイトは伊達ではない。

 基本は皿洗いと下ごしらえが仕事とはいえ、賄程度の手伝いで包丁を握ることもある。

「食べたことあるの?」

「残りもんだけどな。うちのレストラン、カエル料理もあるから」

「タクトのレストランってゲテモノ料理の店なの?」

「何でだよ。日本になじみが無いだけだろ。カエルはテレビでレポーターが言うように、本当に鶏肉みたいだぞ」

 小さくきった肉片を取り皿に載せて、ユッコの席に置く。まあ、この辺の親切は優しさではなく、嫌がるユッコにカエル肉を食べさせたいという意地悪でしかないわけだけど。

「たしかに、これだけ見ると、大丈夫そうだけど、でも、カエルなんだよね」

「見なきゃいい。肉だけ見て食べてみなよ」

 ゆっくりとした動作で手元のフォークを肉に突き刺して、ぶるぶると手を震えさせながら、口元に運ぶ。一呼吸おいて、目をつぶって口に放り込む。

「・・・おいしい」

「な」

 彼女の一口を皮切りに僕らは食事をスタートさせる。カエルの肉は原型がわからないくらい小さい肉片に切り分けたので、どんどん消費されていく。村では塩味しかなかったが、ここの料理はハーブや香辛料も使われているらしい。味に深みがあり、美味い。薄味ではあるものの、カエルの姿焼きは上々だった。さらに追加で持ってこられた野菜炒めもシンプルな塩、こしょう味だけど普通に美味い。村での食事でも感じたことだけど、おそらく日本でいうところの有機野菜というようなものなのかもしれない。当然のことながら化学調味料や、化学肥料が無い世界なので、素材の味がそもそも美味いのかもしれない。

 ふっと隣をみると、トモが幼虫のシチューを手に固まっている。

「どうした?待ち望んだ異世界料理じゃないのか?」

 イケイケどんどんのトモが躊躇しているのが可笑しくて、あおるように僕は声をかける。

「シチューおいしいよ」

 虫を平気で口にするアウトドア系日本美人アキがさらにあおる。

「そうだよな。異世界だもんな。こんな幼虫ごときでビビッているようじゃ猫耳の彼女に笑われちまうな」

「笑う彼女ができればいいな」

「よし」

 と気合を入れるが、スプーンは口の前でブレーキがかかる。

「情けな」

「くそっ」

 僕の言葉に触発されたのか、再び動き出す。幼虫がついに口に入る。モキュっと音がする。

「・・・美味っ。なんだこれ。ちょっと弾力がある皮を突き破ると、中からドロッと濃厚なミルク、いやチーズみたいなのが出来きた。ほのかに甘みもあって。ちょーうめぇ」

「バカトモが食レポしてる!?」

「マジで美味いから、食べてみろって」

「いや!そんなの人間の食べるものじゃないから。っていうか食べるところ見るのも嫌だから席移動してよ」

 幼虫への嫌悪感を、それを食するトモへ向けられる。

 僕はマサキは目を見合わせて、シチューを一口あおった。スプーンの上の幼虫は気持ち悪いが、食べてみると本当に美味かった。トモの食レポに間違いはない。あまりの美味さに二口三口と口に運ぶ。

 シチューそのものも日本で食べるクリームシチューに似ていて美味い。むしろ濃い。バケットに入ったテーブルロールのようなパンを、シチューに浸して食べる。パンも素朴な味でちょうどいい。異世界ものの本には、硬い黒パンなんかがよく出てくるけど、このパンは日本とかわらずふんわりしている。村での食事を基準に考えていたけど、この世界のご飯も大丈夫そうだ。

 久しぶりのおいしい食事に僕らは楽しんだ。


次回、タクト死す?

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