Day13-1
穴があったら入りたい。
恥ずかしい。
死にたい。
マサキの視線が痛い。
すみません。調子に乗りました。マサキがほめるからちょっとイキってました。【マシルハ】は大都会でした。中世ヨーロッパ風の石づくりとは違うけども、木造の建物が街並みは十二分に都会でした。ごめんなさい。
「来た来た来たーーーー!俺の世界。ビバ異世界!」
「恥ずいわ!」
トモの叫びと、ユッコの突っ込みに周囲の人々の視線が集まる。金髪碧眼のいわゆる西洋人や、黒髪黒瞳のアジア系の人、ラテン系の人々、それらがミックスしたような雑多な種類の人々がとおりには歩いていた。
アフリカ系の人々は見当たらない。服装はさまざまだけれども、僕らのようにジーパンにTシャツという姿の人たちはいない。村で見たような簡易的な格好の人は無く、というよりもイドーさんも町に入る前には、この街の人と同じように綿のシャツに、綿のパンツという服装に着替えていた。
イドーさんの服は派手さはなく、白シャツにベージュのパンツだけれども、街の人たちの服装はさまざまだった。
大きな石造りの城門を背中に、イドーさんの後ろを付いていく。城門にはいわゆる西洋式の鎧を来た兵隊が二人いたけども、イドーさんのお陰か、町の人たちとは明らかに異なった格好をした僕らでも問題なく通過することが出来た。
そこから、僕らはイドーさんに案内されて古着屋に向かっているところだ。
当初の予定プランAにあわせて持ち物の売却を考えている。
この街まで来るのに、1日半も歩き続けたのだ。その間に、可能な限りの情報収集を行った。この世界の貨幣価値についても、大方理解できている。貨幣は三種類、銅貨、銀貨、金貨。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚。実にシンプル。
城門からまっすぐ歩いて、三つ目の四つ角を左に曲がり、200mほど歩いた場所にそこのお店はあった。街に取引に来たイドーさんとはここでお別れである。長いことお世話になったというのに、その別れは実にあっさりしたものだった。村の中で、生活していたときにも、なんども使った言葉、おそらくは「ばいばい」とか、「またな」という意味の簡単な挨拶だけで、イドーさんは去っていく。
本当ならもっと、ちゃんとした御礼の言葉を紡ぎたかったけども、ぼくらの語彙はそれほど多くなく、言いたいことも伝えられないもどかしさに胸が締め付けられた。いつかちゃんと・・・みんなの思いは共通していたはずだ。背中が見えなくなるまで見送って、僕たちはイドーさんが案内してくれた古着屋に入った。
「こんにちは」
母親と同じくくらいの年齢だろうか、赤い髪のおおきなウェーブの掛かった前髪が特徴的な女性店主はカウンターに肘をついたまま、僕らを出迎えた。「こんにちは」と返すと、「おや」というように顔を上げた。僕らの服装に視線が注がれる。
「服、かって、ほしい」
みんなを代表してマサキが口火を切る。
「※※※※※※?」
目に掛かる前髪を払うと、女店主はマサキを値踏みするように視線を合わせる。僕らの服装が変わっているので、出てくるものにも興味があるのだろう。事前に話し合っていたとおり、マサキはリュックから今着ていない分の服をカウンターにおいた。
「※※※※※※※※※※※※※※」
唇の端を吊り上げると、そのうちの一着を手に取った。僕のパーカーである。たまたま、一番上に載っていたのもあるけども、ファスナーに興味を持ったらしかった。ファスナーは珍しいことだろう。
10畳ほどのスペースに雑多におかれた服、服、服。いくつかは壁に掛けられているものもあるけど、その多くは畳まれているわけでも、ハンガーに掛けられているわけでもなく、山積みの状態にあった。
村とは段違いの文明レベルと入っても、ファスナーまでは発明されていないようだ。周囲の服は紐で閉じるものと、ボタンで閉じるタイプのシャツがほとんどだった。僕らの服のように伸縮性のありそうな素材のものもない。当たり前に着ているプリントTシャツさえも、ここではレアな服なのかもしれない。
マサキの動向が気になる僕とは違って、女子はそれぞれ洋服選びをはじめている。選んだとしても、買うお金はまだ無いのに。
トモは女子とは違う目線で服を選んでいた。異世界の服というものに興奮が止まらないらしい。ちょっと気持ち悪い。いや、かなり。
「どうですか?」
恐る恐る聞くマサキを意に介さず、一着一着と丁寧に見定めていく女店主。服を見ながら僕らを見定めるように、視線が時々こちらに向かってくる。ひとしきり吟味した後、ようやく口を開く。
「銀貨15※※※」
最後の言葉は聞き取れないけども、値段はわかった。そこで、ようやく失策に気が付いた。
相手の言う金額の妥当性が全く分からない。イドーさんに貨幣については聞けたけど、それ以上のことはさっぱりだったのだ。言葉が不便だと交渉ごともままならない。山積みの服が一着いくらなのか、それさえわかれば、価値はわかるかもしれない。銀貨15枚で果たして何が出来るのか。
「銀貨25」
事前の打ち合わせどおり、相手の言い値では売らないと決めていた。それにしても1.5倍強とはマサキも攻める。女主人はふっと、笑みをこぼした。「※※※※※※」ニヤニヤとしながら、マサキの全身を舐めるように見る。
「銀貨16。それ※※※※※※。※※※」
「銀貨24」
マサキは負けじと言い値の上を言ってみるが、交渉なんて初めてなのだ。チート系の物語の主人公のように何でもできるわけではない。女店主の手のひらの上という感じがぬぐえない。イドーさんに案内してもらって真っ先に古着屋に足を運んだが、僕らはまず街ブラして物価について確認するべきだった。服選びをしている女子に向き直って早口で切り出す。
「<ユッコでも、アキでも、ハルナでもいい。一着選んで、すぐに>」
えっという顔をするけど、アキがすぐに一枚のシャツを突き出してきた。もともと選んでいたのだろうけど、こういうときの彼女の決断は早い。薄い桃色の綿の長袖シャツ。前を紐で閉じるようになっていて、小さなフリルが付いてる。僕はそれを受け取ると、女主人に質問する。
「いくら?」
僕らが違う言語で話しているのも含めて、怪しげな表情をしていた。目の前に出された服を一瞥して答える。
「銅貨5枚、そこに※※※※※銅貨5枚よ」
これで相場がわかった。古着1着500円相当と換算すれば、銀貨16枚は1万6千円相当に値する。6人分で1万6千円は正直微妙だけども、ぼったくられているわけではないと思う。日本で古着屋に持ち込んだときは、二束三文で買い取られた記憶しかない。それに比べればかなりいい。もちろん、
ファスナーや、Tシャツの希少価値はもっと高いだろうけど、そこを巧みに誘導する話術というよりも言葉がわからない。妥協してもいいだろう。僕はマサキに目配せする。
「銀貨22」
「銀貨16、と※※※※※※※」
さらに値段を下げたマサキを無視して、女店主は同じ金額を提示する。その上で、銀貨をカウンターに並べた。5枚セットを3つ。最後に1枚と先ほどアキが選んだ桃色のシャツをおいて、さあどうぞとマサキの前に突き出す。これ以上交渉の余地はない。そういう空気だ。
「わかた」
マサキは銀貨とシャツを受け取って、リュックに無造作にしまいこむ。財布はあるけども、出すのは憚かられる。それに、僕らの財布は小銭用ではないので、銀貨16枚はちょっと大きすぎる。銀貨一枚のサイズは500玉よりも大きい。
「<ハルナ、ユッコ、アキ、服はちょっと待ってくれな。とりあえずは宿を探そう>」
「<わかってるわよ。でも、下着だけでも、どうにかしたい>」
「<うん、うん>」
「<服は買ってもいいんじゃないか?さっきの話だと、そこのシャツが銅貨5枚だろ。たぶん、そのテーブルの上に山積みの分は全部同じだと思う。上と下、一着ずつ全員が買っても、銀貨6枚で収まる。残り銀貨10枚になるけど、すぐに着替えて、いま来ている服も売ってしまえば、もう少しお金は増えると思う。僕らの服はこの街じゃ目立つよ>
「<確かに、服はなるべく早く手に入れたほうがいいだろうけど、まずは宿じゃないか。少なくとも、宿屋にいって、値段だけでも確認したほうがよくないか。>」
「<わたしはタクトに賛成かな。出来れば目立たないほうがいいと思う。ここに来る途中も町の人にじろじろ見られていたしね>」
「<でも、ホテルの値段は重要じゃない?せっかく街に来たのに、野宿とかやだよ。それに、まだ明るいから、いったんホテルにチェックインしてからでも、遅くないと思う>」
「<わたしは服ほしい>」
これで、3対2だ。6人では多数決は成立しないこともあるけど、5人の視線が一人に注がれる。
「<トモはどっちがいいと思う>」
「<おぉおおおーーーーーーーー、ついに、ついに見つけたぜ!>」
一枚のショートパンツを手に、雄叫びを上げるトモにぎょっとする女主人。さっきまでの、値踏みするような大人の余裕が雲の彼方に飛んでいっている。
「<一応聞くけど、どうした。っていうか、僕らの話、聞いてたか?>」
「<聞いてないけど、その辺はお前らに任せるよ。そんなことよりこれ見ろよ。>」
そういって、差し出すのは白いショートパンツ。街の人たちがはいていたのはふんわりとしたスカートが多く、パンツルックの女性は皆無だった。それも含めて、ショートパンツのような扇情的な服は珍しい。珍しいが、それがどうした?みんなの呆れ顔をものともしないトモの胆力には毎度毎度尊敬する。
「<で?>」
「<ああすまん、こっちだった>」
そういって、パンツの前後ろを逆にする。お尻の真ん中に直径3~4の穴が開いている。
「<なっ。わかるだろ。獣人用の服ってことだろ。どうみても、尻尾を通すための穴にしか見えない。つ・ま・り、俺の時代到来だ!>」
人差し指をあさっての方に突き出して、高らかに宣言する。何を言っているのかわからないが、満足した表情のトモに女主人は形容しがたい表情になっている。はじめてみる珍獣に困惑しているのだ。その気持ちは付き合いの長い僕らも同じだ。
「<トモは無視して、3対2だし、服選ぶか。まずは上下一着ずつ。で、あいにくとフィッティングルームなんてないから、うまいことやってここで着かえよう>」
マサキに言われて、この街になじむ服を1着ずつ買い揃えて着替える。
あんまり格好いいとは言えないけども、男子はシャツとズボン、女子はワンピースを一着ずつ。地味な色の無地の服。とりあえずはこれでいいだろう。
脱いだばかりの服を売るというのも、失礼な気がするけども、カウンターに載せて買取をお願いする。ズボンの買取のほうが、ちょっと高かった。6人分のズボンと、シャツで銀貨20枚。最初に売った分など差し引きで、銀貨20枚が残っている。2万円分くらい。とりあえず、追加で下着も一枚ずつ購入して、宿屋に向かった。銀貨1枚で、6人分の下着がそろったけど、下着のセカンドユースに女子の顔色は明るくない。そもそも、女性用の下着もトランクスのようなものしかないらしい。ブラジャー的なものはこの店には見当たらなかったが、僕らがわからないだけで、あったかもしれない。
まあ、ノーブラでもいいんじゃないかと思う。
いろんな意味で。
ようやく、まともな文明のある国にたどり着いたタクト達一向。
洋服を売ってお金を得た彼らは、宿屋へと向う。