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複写式世界の修復  作者: 朝倉神社
2/9

Day2-2

日が傾いてきていた。

空の一方が茜色に染まり、気温も微かに下がっている。動き続けているせいであまりわからないが、剥き出しの両腕を撫でる空気がわずかに冷たい。

ウサギモドキの襲撃から逃れた後、トモが野外トイレで用をすませたり、水筒へ水を補充したりして再び川沿いの道を歩いた。ちなみに野外トイレではティッシュを使わずに、そこら辺の葉っぱで済ませたというトモを不本意ながらも尊敬する。ティッシュがなかったわけではない。女子は三人ともポケットティッシュを持参していたのだけども、自分たちのために取っている。この先、どうなるのかわからない以上、最悪の想定もする必要があるのだろう。早々に葉っぱの使用を躊躇わなかったトモがどこまで考えているかはわからないけど。

川沿いの道を歩くのも容易ではなかった。人々の通らない獣道、起伏の激しさもさることながら川沿いの道にはゴロゴロとした大きめの岩も多く、さらには小さな滝もあったり、迂回する必要があったり、なるべく川から離れないようにしていたけども、時間に比するほど距離は進んでいないはずだ。登ったり下りたりで筋肉疲労もたまっているし、何よりもウサギモドキのような獣に遭遇するかもしれないという恐怖が心を疲弊させていた。

加えて空腹である。

遭難したのは昨日の昼過ぎ、山頂でのお昼休憩後の3時前には下山を開始しておそらく8合目当たりの崖から落下した。5メートルほどの断崖絶壁から落下したにもかかわらず、誰一人けがをしていなかったという事実に安堵するよりも、その異常性に目を向けるべきだった。そんな状況にもかかわらず全員のスマホが故障しているというチグハグは状況など、冷静になれば助けを待つよりも動くべきだとすぐに判断は可能だったかもしれない。

落下した地点で一晩明かし、口に入れたのはトモが持ってきていたポテトチップスのうすしおあじと、朝に食べたアキの持ってきていたチョコレートを一かけらずつ。川を見つけたとき、トモが空腹を満たす意味も込めてがぶ飲みしてしまったのを責められるはずもなかった。

何も食わずに動くにも限界はある。

人は水だけでも3日くらいは生きられると聞くけども、じっとしている状況での話ではないかと思う。なので、僕は提案した。ウサギモドキを食べることを。

さすがに意見が分かれた。

ウサギモドキに襲われたとき、無我夢中だった。木の上に逃げていたとはいえ、それでも死の恐怖を感じていた。でも、危機が去った後は別だ。冷静になったとき、目の前に横たわる獣の死骸を見て、今まで感じたことのない感情が湧き上がってきた。初めて見る死骸に単純な不快感もあったと思う。それから命を奪うことへの嫌悪感のようなもの。罪悪感とは違うのではないかと思う。殺さなければ殺される。そういう状況だった。いや、違うのかと自答する。

トモのことがなければ、あのままウサギモドキが立ち去るのを待てばよかった。でも、殺すことにしたのは、僕たちのエゴだ。諦める保証はなかった。でも判断が早すぎたのも事実だろう。

目の前のウサギモドキを食べることを忌避する二人、ユッコとハルナ。前向きなトモは乗り気だったし、アキはアウトドアの延長として受け入れていた。マサキは半分賛成で、半分反対といったところ。いざとなれば食う。でも、できる限り前にすすむべきだと。

進みは遅く、歩けるのは日暮れまでに限られる。川が発見できた以上、集落を発見できる可能性もあるかもしれないと。だったら少なくとも夕暮れまでは前に進もうと。そういう提案だった。

僕はトモがトイレに行っている間に、ウサギモドキの血抜きだけ済ませた。もちろん、血抜きなんかやったことないので、見様見真似というか、アキの知識と想像で処理した。頸動脈を切って、逆さにして血を抜き取り、腹をさばいて内臓を取り除く。残念ながら腹をさばいたときに、内臓を傷つけたり失敗したけども三回目でようやくきれいに切り開くことができた。我ながらすごいと思う。

残念ながら夕暮れ前に集落の発見に至らなかった僕たちは、二日目の野営の準備を進めている。

昨晩と違って準備に余念はない。昨日の晩は助けを求める声を張り上げて、疲れてそのまま眠っただけだった。今思えば、ウサギモドキのような獣に遭遇しなかったのは僥倖だったといえるだろう。ウサギモドキへの対処法は先の戦いを参考にするしかない。木の上に逃げる。それで駄目なら上から攻撃する。そのための準備として、ユッコとトモの二人で川のそばで小石を収集している。幸か不幸か登山に来ていた僕たちは全員、デイバックを背負っている。それに小石を可能なかぎり詰めて、木の上に吊るしておく。デイバック一杯に小石を詰め込んでは運べないので、川のそばと野営地を行ったり来たりしている。

それにしてもと、思う。

珍しい組み合わせだ。トモとユッコ。モデルもできそうなほどスタイル抜群ですらりと背も高い。父親がアメリカ人であるので、瞳の色も髪の色も明るく顔も小さい。緩やかなカーブのかかったショートヘアのせいか、ボーイッシュが雰囲気だ。男女共学でありながら、後輩や同級生の”女子”に絶大な支持を得ている。バレンタインデーには両手に抱えきれないほどのチョコをもらう。そんな彼女がいがぐり頭の男とならんで、山の中で作業しているというのは滑稽だ。トモも長身なので、その点だけを言えばユッコと並んでいても遜色はないのだが、ただそれだけだ。

「もう火が付いたんだな」

マサキが追加の薪を横に並べながら熾きたばかりの火を見て感嘆する。

「楽勝だよ。このくらい」

月一でキャンプに行っているという言葉に嘘はなかった。周囲に落ちていた枯れ枝を集めると、あれよあれよという間に火を熾して見せた。マグネシウム棒というものに、ナイフの背を当ててシャッシャッとこすり付けて火花を散らすとあっという間に火が付いた。緊急キットの中にはマッチも入っていたんだけど、折角なのでとリクエストしてみたのだ。彼女は火の番をしながら、マサキとハルナが集めてきた枯れ枝を仕分けする。長さや太さ、それに湿り具合でも分けているらしい。薪をするには乾燥しているほうがいいのだけれども、多少湿っていても焚火のそばにおいておけば必然的に乾く。そうした作業をしながら、ウサギモドキを焼くための準備をしている。

ユッコとは対照的に黒髪黒瞳、前髪ぱっつん、肩甲骨あたりまで伸びたストレートヘア。楚々と座っていれば日本美人という感じだけども、度が過ぎるほどにワイルドだ。彼女は昨日も今も食べるものがないなら、そこらへんで虫でも捕まえればいいといったのだ。巷では昆虫食なんてものが密かなブームと聞くけども、絶対無理だ。虫嫌いのユッコの昨夜の絶叫は森中に響き渡るほどだった。いつものクールな感じが崩れるのは見ていて面白かったが、、ユッコほど虫を毛嫌いはしないけども、さすがに遠慮したい思う。

彼女の作業を横目にしながら、僕はウサギモドキの肉を捌いていた。河原で血抜きまではやっていたけども食べられる状態にはない。皮をはいで肉をブロックごとに分ける。レストランのアルバイトで、ある程度は包丁さばきに自信があるけども、いくらなんでも獣の解体の経験などあるはずもない。勤めていたのがスペイン料理の店だったので、ウサギ肉自体は見たこともあるし、賄で食べたこともあったが、だからと言ってさばけるわけではない。なので、どうにかこうにか骨付き肉の形にはできたけども、決してスーパーで並ぶようにきれいな形にはできていないと思う。だけど、それがどうした?食べれるならそれで十分じゃないかと納得する。

アキの作ってくれた吊るし台に、切り分けた肉を吊るしていく。

「おいしそうに見えるのが不思議」

炙られている肉塊をみて、ユッコが感想をもらす。ウサギモドキを食べようという僕の提案を全否定していたとは思えない掌返しだ。

「食べないんじゃなかったのか」

石ころ集めも大体完了したらしい。火のそばに腰を下ろす彼女に問いかける。

「いや、まあ、その、折角タクトが頑張ったんだし、少しくらいは、ね」

「素直じゃないね」

空腹には勝てないのだろう。皮をむいてしまえば、死骸から”お肉”に変わってしまうのだ。精神的なハードルは低くなる。

「それで、トモは?」

「水汲んでから戻るって。ハルナたちは」

「これで十分だろ」

マサキが疑問に答えるとともに、大量の薪を焚火横に下す。その横に、ハルナも彼女の持てる精いっぱいの量の薪を並べた。マサキの運んできた量と比較すると三分の一くらいしかないけども、みんなそれぞれ出来ることをやるだけなのだ。それに、ハルナの今日一の活躍は水場の発見である。ハルナは吹奏楽部でトランペットをやっているけども、子供のころからピアノをやっているためか耳が優れている。だからこそ誰よりも早く川の流れる音に気付いて僕たちを案内してくれた。水筒の水がなくならないようにちびちびと飲んでいた僕たちには川の発見は踊りだすほど歓喜した。

「おっ、みんな集まってるな」

そういって、トモも戻ってきた。

「ぼちぼち飯か」

「まだまだ、さっき吊るしたばっかり」

「うん。だからちょっと、こっち手伝ってよ」

と薪の振り分けをしていたアキが一息ついて、並べた枯れ枝を指し示す。1メートルを超す長い枝を二本、肩幅ほどに間隔に置いて、短い枝をクロスさせている。つまり梯子の形に並べている。これがあれば、木の上に一瞬で登れる。ただし、並べてるだけで枝と枝はつながっていない。

「でね、どうしようかと思って、マサキとハルナにお願いしたけど、結べそうな蔦はなかったみたいだからさ、靴紐使っちゃうと、靴がガバガバになって走れないよね。でね、タオルを割いて使おうと思うんだけど、いいかな。木の皮使う手もあるんだけど、ブッシュクラフトってそんなに詳しくないんだよね。強度の問題もあるし」

「タオルでいいと思うよ。あと、結び方教えてくれるか。解けないやつ」

「それは任せて」

マサキが肯定をすれば、皆もうなずく。10月とはいえ山を登れば汗をかく、だから各々タオルの一枚くらいは持ってきている。ユッコやハルナは小さなハンドタオルだったけど、残りの4人はフェイスタオルを持ってきていた。それにナイフを入れて、1枚のタオルから10本のひもを作る。合計40本。アキから教えてもらった方法でしっかりと木と木を結び付けて、梯子を作る。

作った梯子は2基だ。

僕たちの野営地には手ごろな木が二本生えていた。6人が同時に一本の木に群がるよりも二手に分かれたほうが早く退避できる。それも含めてこの場所が野営地に選ばれていた。作ったばかりの梯子を木に立てかけて実際に上り下りしてみる。ハルナでも難なく上り下りできることで少し安心する。いざとなればハルナとアキが梯子を使っている間に、ほかのメンツは強引によじ登ることも可能だろう。後の問題はいかに早く発見できるか。であるがこればっかりはさすがに手がなかった。

「ぼちぼちよさそうだね」

梯子づくりをしているうちに、肉に火が通ったようだ。

「うまそう」

歓声が上がる。ちょっと見た限りでは鶏肉のようにも見える。焼いているうちに出てきた油が、表面を照らしていて食欲をそそる。まともな食事は昨日の昼と考えると、一日以上まともに食べていないのだから、空腹は最高潮に達している。が、誰も手を伸ばさずに炙られる肉を眺めている。

「みんな、『おいしそう』という割には手を出さないんだな」

凶暴なモンスターな上に、見た目がウサギだと敬遠したくなる気持ちもわからなくもない。だが、空腹には勝てない。そんなわけで、早速ひとつの串を手に取った。みんなの視線が僕に注がれるなか、一口かぶりつく。肉はかなりの弾力があり、かんだ瞬間に肉汁がぶしゅっと広がる。食感は見た目と同じように鶏肉のももに似ている。

「・・・うん」

肉の味をしっかりと味わう。はじめての血抜きだったけど、そこそこ上手くいっていたようだ。ほとんど臭みを感じない。

「それで、どうなのよ。」

痺れを切らせたように、ユッコが催促する。

「なにが?」

「おいしいのかって事でしょ。ああ、もう。わたしも食べる」

「おれも」

ユッコがとり、トモがが手にして、他の三人も続く。みんなの口に肉が吸い込まれていく。だが、一口、二口と肉を噛み千切ったところで、みんなの表情が固まる。

「・・・まずっ」

「・・・おいしくない」

「うぇえ、タクト、わかってたなら教えてよ」

「言ったら手ださないだろ。味付けしてないんだから、しょうがないだろ。美味くはないけど、食べれないことはないし。腹は満たされる」

「そうだけどさ・・・」

不満げにユッコが口に入れていた肉を飲み込んだ。

「ねぇ・・・トモ君。昨日のポテチの袋ある?」

「あるある。ちょっと待って」

トモが背後にある木から、リョックをおろす。中からぐしゃぐしゃになったポテチの袋が出てきた。ハルカは受け取ると、ポテチの袋の中に、串焼きの肉を入れてすぐに取り出した。そして一口齧る。

「うん。薄いけど、ちょっといい感じ」

そこからはポテチの袋争奪戦である。昨日の夜に食べたのはポテチ『うすしお』だった。ポテチの袋にはわずかの塩が付いている。

 5人目にして、ようやく僕の番になった。中を覗くと油がデロデロと付いてる。もう、ほとんど塩はなさそうだ。それでも、わずかでもと思って、袋に肉を入れて串を抜く。袋を閉じてしゃかしゃかとシェイクする。袋を開けて、串を刺しなおしてパクリ。

 肉の味の遥か彼方に、ほんのわずかな塩気を感じる。それだけでも、さっきの無味とは雲泥の差だ。牛肉、豚肉、鶏肉、それぞれ味は明らかに違う。でも、塩を付けなければ、どの肉も共通しておいしくない。食べているのも味わっているのも塩の味ではないのに、塩がなければ味がしないというのも不思議なものだ。

「あっ」

僕から袋を受け取ったマサキが間の抜けた声を出す。争奪戦には参加せず、みんなを優先させたのだ。さすがは我らのリーダー。どうしたのか?と思っていると、マサキも木の上に待避させていたリュックを持って降りてきた。ガサゴソを中をあさり、弁当箱を取り出す。中身は昨日のお昼で空っぽのはず。

「おれ、しょうゆがあったわ」

親指ほどの小さな、プラスチックで出来た魚型の入れ物。みたところ、半分ほど残っている。

「マジか。さすがマサキ」

一滴、肉にたらしてかぶりつく。美味そうだ。

「俺にもくれ」

トモが自分の肉をマサキのほうに向ける。嫌な顔ひとつせず、肉に一滴のしょうゆをたらす。

「しょうゆ最高!マサキ神」

満面の笑みを見せるトモをみて、みんな肉をマサキに差し出す。それぞれ一滴ずつしょうゆをたらしてもらう。しょうゆの掛かっている部分を中心に、大きく肉を食いちぎる。下の上に感じるしょうゆの塩辛さ、肉のうまみが何倍にも膨れ上がる。

 さっきのポテチの塩とはまた別の深い味わいに代わる。

「うーん。おいしい。マサキのお母さんにも感謝だね。お弁当におしょうゆ入れてくれて」

「確かに、お袋の手抜き弁当に感謝。卵焼き面倒だからっていっつも目玉焼きなんだよ。うちの弁当」

「は?待て待て待て、弁当に目玉焼きはいいとして、何でしょうゆなんだよ。目玉焼きにはソースだろ」

「トモ、何言ってんの?目玉焼きにソースなんか掛けないわよ。キモチワルイ」

「わたしも目玉焼きソースだよ」

「ごめん。意味わかんない。そもそも、ソースって何ソース?」

「ウスターソースに決まってるだろ」

「うんうん。」

「ウスターソースって使わなくない?そもそも、うちの冷蔵庫にウスターソースって入ってないよ」

「マジで?いっぱい使うよ。コロッケとか、チキンカツとか、揚げ物結構使えるよ」

「コロッケはケチャップでしょ。チキンカツはとんかつソースだし」

「とりあえず、コロッケとかはおいといて目玉焼きに戻ろう」

ちょっとまじめな声色でマサキが言う。意味がわからん。

「さて、現時点でしょうゆ3、ソース2。なわけだが、ハルナはどっち?もちろん、しょうゆだよな」

「・・・マヨ」

「「「「「はぁ?」」」」」

「ここにきて第三の選択肢が出てきたよ。っていうか、マヨネーズはソース以上にないわ」

「マサキとハルナもここまでか。離婚の危機だね」

ユッコが揶揄うようにいうと、一瞬にしてマサキが意見を変える。

「あほか。マヨネーズ最高じゃん。しょうゆかマヨネーズなら迷わずマヨネーズ選ぶって」

「引くわ。そこまでしてハルナの肩持つか」

「まあ待て、考えてみろよ。たまごとマヨネーズの相性のよさを。みんなだって、たまごサンド食べるだろ。あれ、マヨネーズだよな」

「サンドイッチはゆで卵だし」

「ゆで卵ならマヨネーズ」

「逆にそっちのほうがおかしくないか?形はちがうけど、白身を1cm角に切って口に入れてゆで卵か、目玉焼きか区別付かないだろ。つまり、ほぼ同じなんだよ。」

「そういわれると・・・そう・・だけど・・・」

「ユッコ、何説得されてんだよ。タクト、お前もなんか言えよ。マサキに対抗できるのはお前くらいだ」

「なんで人任せなんだよ。自分の意見はないのか」

「ない。ないけど、マヨは違うと思う」

「トモ、ちょっと考えてみろよ。目玉焼きの横にサラダが添えてあるとするだろ」

「ああ」

「サラダにはマヨが掛けてあるわけだ。でも、サラダを食べたときに、レタスに付いたマヨが目玉焼きに付く。そういうことってあるんじゃないか?」

「それは・・・ある」

「目玉焼きにマヨが付いてもOKだろ」

「それは・・・そうだな。普通にうまいと思う」

「なっ、そう考えるとさ。目玉焼きでもゆで卵でもどっちにでも合うマヨが最強じゃないかと俺は思うんだ。だって、目玉焼きにしょうゆを掛けるけど、ゆで卵にしょうゆは掛けないだろ。ソースも然り」

「言われてみるとそうだよね」

ソース派のアキも納得する。統率者としてのマサキには皆を説得する力がある。だが、

「お前ら簡単だな。全員だまされてるぞ。マサキは論点すり替えてるからな。お題は『目玉焼きにかける調味料』の話から、『目玉焼きとゆで卵にあう調味料』になってるぞ。目玉焼きだけで考えろよ」

はっとしたように、全員がマサキをみる。ばれたかという顔で舌打ちする。

「しょうゆ2、ソース2、マヨ2で同点って事だな」

「お前、あくまでもハルナに同意するんだな」

「悪いかよ」

照れくさそうに言うマサキをみて、みんなの頬が緩む。笑い声が徐々に大きくなり、森にこだまする。マサキのハルナラヴは今に始まったことじゃないけども、昼間の緊張もあいまって、笑いが止まらなくなっていた。

 焚き火を囲んで、肉を食べ、みんなでバカな話をして盛り上がる。ほんの一瞬だけれども、置かれている状況を忘れることが出来ていた。今日は仲良しの6人でキャンプに来ただけで、明日になればそれぞれの家に帰り、家族と一緒に芸人のくだらないバラエティ番組を見て過ごすのだと。

だが。

<<クケーカッカッカー>>

そんな気分を壊すように、森の奥から奇妙な泣き声が聞こえてきた。鳥の声のようにも聞こえるが、得体の知れない響き。

「何今の?」

「わからん。みんな木の上に」

マサキの指示で、すぐに移動する。はしごを準備していたので、全員が上るのにたいした時間は掛からない。声の主が何であれ、昼間のウサギもどきとは違うのは明白だ。つまり、僕らのしらない獣が他にもいるということだ。

「どうしよう」

「とりあえずしばらくこのまま待機して、何も現れないなら今日はもう休もう。正直怖いけどな。動くよりかは安全だと思う」

「でも、休むって言っても寝れないって」

「まあな。だけど、とりあえず全員このまま起きていても明日に影響する。明日もどのくらい歩かなきゃいけないかわからないからな。3人が休んで、3人が見張りに立つ。それでいいか」

「でも、時間はどうするの?だれも時計なんか持ってないよ。スマホが使えないんだもん」

「たぶん。勘だけど、いま8時過ぎだと思う」

「根拠は?」

「日本と同じ気候って前提でいえば、昼間の気温からして今は夏だろ。だとしたら日が沈むのは8時前。それに、さっき日が沈んだばかりだから、まあ8時くらいかと。」

「前提が微妙だが、そうかもな。としたら日の出は5時ごろか。だとしたら、日の出まで9時間くらい。4時間半ずつで交代か」

「だから、どうやって4時間半を判断するのよ」

「確実じゃないけど、ある程度なら何とかなるかも」

「どうするの」

「うん。家族でキャンプするときも必ず焚き火はするのね。大体5時ころから火をおこして、10時ごろまでは大体やってるんだけど、そのときに使う薪の量なら大体わかる」

「おーさすがアウトドアガール」

「じゃあ、薪の量はアキに任せよ。ちなみに、あそこの薪で足りる?」

「うん。十二分にあるから大丈夫」

木の上で待機すること10分くらいだろうか。近づいてくる足音や、さっきの奇妙な泣き声も聞こ得てこなかったので、最初の三人は休むことになった。マサキとハルナとユッコ。そして、最初の見張りがトモとアキと僕である。3人ずつに分かれなければならない以上、どうしてもひとつのグループは男子一人になる。そう考えた場合、トモか僕と女子二人というのは考えにくかった。女子二人と考えた場合、アキよりもユッコのほうが背も高く、寝起きで木に上るのも容易という判断だ。アキと僕ら男子二人のグループが出来ると、必然的に薪の量から時間を測れるアキのいる僕らのグループが最初の見張りとなった。

 見張りは焚き火の管理をしなければならないが、基本的に木の上でいる。何かが現れたときに、6人が木に登るより、3人のほうが時間が短くてすむからだ。僕、トモ、アキは別々の方向を見ながらたわいもない会話を続ける。

「でな。俺は思うんだよ。異世界ものの基本として、俺たちは誰かに召還されてここにいるわけだよ。つまり俺たちは使命をおびているわけだ。」

「どんな使命」

「まあ、それはいろいろあるだろうが、魔王討伐だろうな」

「へぇ~ウサギもどきに四苦八苦してる僕らが魔王討伐ね」

「これからだって、レベル1からスタートかもしれないけど、たぶん一足飛びにレベルは上がってくんだって。なんなら、昼間の戦闘で3レベルぐらいあがってるんじゃねぇか?少なくとも俺は4匹倒したし」

「じゃあ、襲われたとき不発だった魔法使ってみろよ」

「おう、そうだな。任せろ」

森の闇から目をそらして、斜め後ろを振り返ると、トモが右手を前に突き出し、左手を手首に沿えている。目をつぶり、手のひらに気持ちを集中させている。

「原初の赤、始まりの時、すべてを滅死、灰燼と化せ、ファイヤボーーール」

・・・

・・・

・・・

「なにも・・・おきないね」

「くっくっく」

声を殺して笑うしかない。マサキたちは寝ているし、起こさないように・・・というか無理だ。ぐふっと声が漏れる。一度声が漏れると止まらない。口を押さえて、必死にこらえる。やばい、恥ずかしい。むしろこっちが恥ずかしい。

「出来るわけないだろ。バカか」

「くそ、寝てないからMPが足りないだ」

「お前、すごいな。うん。お前ならそのうち使えるようになるよ。で、さっきの呪文ってさ、昼間も聞いたけどお前が考えたの。すっげー中二くさかったけど」

「雰囲気だよ。雰囲気」

照れ隠しに、トモは木を降りると弱くなってきた焚き火に薪を継ぎ足す。本当はアキが管理しているのだが、まあしょうがない。焚き火の管理は意外と難しいようだ。一気に木をくべればその分火の勢いは強くなり、薪の消耗は早くなる。だから、アキがこのくらいで5時間だと説明しても、薪を入れかたひとつで時間は長くも短くもなる。

トモが木の上に戻ってくる。火が新しい薪に燃え移り、ちょっと火力が増す。適当な会話を続けて睡魔を殺し、時々木を降りて薪を足したり、体を伸ばして、夜の闇と仲良くする。

アキがより分けた薪の山がなくなるまで、ウサギもどきも他の化け物も現れることはなかった。マサキたちを起こして、見張りを交代する。3人も熟睡とは行かないまでも、ときどき意識は飛んでいたらしい。トモのあるかないか定かでない名誉も守られたことだろう。

 地面の上で、パーカーを包めたものを枕に横になる。一日歩き続けてだいぶ疲労がたまっていた。恐怖がないわけではない。でも、疲れがたまっていた僕の意識はほどなくして闇に飲まれた。


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