第86話 頭領
「あるわきゃねぇだろ、そんな風習。むしろ鬼は誰がどこで死のうと興味のねぇ奴らばっかりだ。だからこれは俺自身の頭領としての誓いみたいなもんだ」
「誓い?」
「あぁ、そうだ」
茨木童子は昔を懐かしむように目を細める。
「兄貴が死んでから、大江山の頭領は俺になった。頭領っつってもほとんど頼光達に殺されてたから数は二十程度しかいなかったけどなぁ。もっともそれくらいの数だったからこそ俺でも頭領をやれてたんだが」
「元々はどれくらいいたんだ?」
「さぁなぁ、詳しくは数えてねぇが二百は超えてたと思うぜ」
「……そんな数の鬼をほとんど討伐したとかどっちが化け物か分からなくなるな」
大黒はたった五人で酒天童子とその配下を壊滅させた頼光四天王のことを想像し戦慄する。
「ま、あいつらが毒飲まされてなかったら勝負は分からなかったし、俺がその場にいたら逆に勝ってただろうがな。頼光達が強かったのは認めるがよぉ」
「…………」
茨木童子も一対一で渡辺綱に負けたんじゃないか、という言葉を大黒はかろうじて飲み込んだ。
「……そういう集団っていつも一緒にいるイメージがあったんだけど、結構別行動を取ったりしてたんだな」
「そりゃなぁ、その数が団体行動してたら目立ってしゃーねぇだろうが。女ぁ攫う時や飯を調達する時は基本的に個人行動だったよ。動くときの数は多くても三くらいだ」
「じゃあその時も……」
「あぁ、俺は女漁りに行ってた。……あの時は驚いたぜ、山に戻ったら知ってる奴らが軒並み首だけになってたからなぁ。時間が経ちすぎて既に塵になってた奴もいたしよぉ」
か、か、か、と笑って話す茨木童子だったが、その時の光景をまだ鮮明に覚えているであろうことは想像に難くなかった。
人を襲い、人に討たれる。それが当たり前の弱肉強食の世界だったとはいえ、きっと当時の茨木童子は筆舌に尽くし難い悔しさを覚えたのだろう。千二百年経った今でも忘れられないくらいに。
そう思った大黒は、そのことには触れないように話を進めることにした。
「よくそんな中で生き残りがいたな」
「奴らも流石に全員の首を斬って回る程暇じゃぁなかったみたいでな。いくらか重傷で済んだだけの奴らもいたんだ」
「はー、やっぱ鬼ってタフだなぁ……。あっちは全員殺すつもりでいただろうに」
「か、か、か。普通の鬼ならそれでも死んでただろうよ。今まで兄貴と一緒にいれた奴らだからこそ、どんだけ死にそうな目にあっても生き延びた。潜った死線の数が違ぇからなぁ」
「なるほど、酒天童子と一緒にいたら嫌でも強くなるか。色々無茶もしそうだし……」
大黒は何度もハクに戦いを挑み続けたという酒天童子の行動を思い出す。
そして、絶対的な力の差がある相手にも懲りずに付きまとうような酒天童子と共にいたのなら、その配下も相応の者しかいなかったのだろうと一人納得する。
「あぁそうさ。兄貴はその力の強さと欲望に真っ直ぐな自由さがあったからこそ色んな鬼がついてきた。頭領として下の奴らをまとめる気なんてなくとも、誰もが兄貴を頭領と認めて慕っていた。だから俺が頭領になると名乗り出たときは苦労したなぁ。俺が兄貴の次に強いとはいえ、兄貴ほど圧倒的ってわけでもねぇ。頭領としての格だって足りねぇ。それでも最終的には認めさせた自分を褒めてやりてぇよ」
「……集団の九割が殺されたらもう解散でもいい気だするけどな。そこまで無理してまとめあげようとしなくても」
「かっ、知ってるかもしれねぇが俺は元々人間の子供として育てられてた。だが実際は鬼である俺が人間社会に馴染めるはずもなくてなぁ。そんな俺が初めていてもいいと思えた場所が『そこ』だったんだ。そりゃあ必死に守りたくもなるもんだろ?」
「それはまあ、分かるか……」
大黒は自身にも何を賭してでも守りたいものがあることを思い出し、茨木童子の言葉に理解を示す。
「でも実際どうやって周りに認めさせたんだ? 力づくってわけでもないだろうけど」
「いぃや、半分は力づくだったな。とりあえずうるせぇ奴は片っ端から殴って黙らせた。そしてもう半分はコレだ」
茨木童子は自分の口に指をさす。
「……牙?」
「違ぇ、口だ。言葉でそいつらを納得させた」
「はーん……、死にそうになっても生き残る屈強な鬼たちがそんな口八丁で収まるもんなのか?」
「そんな鬼たちだから収まったんだ。いいかぁ、体が強い鬼ってのはそれだけ鬼の特徴が色濃く出てるってことだ。兄貴も然りなぁ。つまり、そいつらは欲望に忠実な奴らだ。分かるな?」
「ああ」
大黒は首を縦に振る。
「だから俺は言ってやった。俺についてこればお前らのやりたいことは全部叶えてやるってなぁ。俺は、俺の下についた奴には最大限イイ目を見させてやることにした。生きてる時はもちろん、死ぬ時も俺さえ生きていれば何も思い残すことなく死ねると思わせるようにした。それが兄貴とは違う俺の頭領としての在り方なんだとその時に決めたんだ」
「……凄いな、そこまで言い切れる自信が何よりも羨ましいよ。それで実際、千二百年の内ずっと曲がらずに生きてこれたのか?」
「当たりめぇだ。……で、お前は何で俺が兄貴の死に様を知りたいか気になってたんだよなぁ?」
「そうだな……、正直意味のある行為とは思えなかったし」
「……俺は生き物が一番欲望を出すのは死ぬ間際って考えてるんだよなぁ。言動や行動に、そいつの本当の望みが顔を出す。だから下の奴らの死に目には会うようにしてきたし、俺がそこにいなくても死に目に会ったやつに話を聞き出してきた。そうすることで俺はそいつらの遺志を継いできた。そいつらが死ぬまでに果たせなかった欲望を、俺が代わりに果たすことでそいつらの生を報われるものにしてきたんだ」
「いや、そうは言ってもそれで本当に死んだやつが満足なんて……」
大黒は茨木童子に反論しようとしたが、茨木童子はトンっと音を立てて机に指を置き、大黒の言葉を妨げた。
「する。そういう集団に俺がしてきたからなぁ。自分が死んでも、俺が生きていればそいつらの望みは死なない。その安心感さえあればちゃんと満足して死ねるんだ」
「……そこまで断言されちゃ言い返す言葉もない。きっと本当に満足な人生だったんだろうなお前の部下たちは。でも酒天童子はお前の部下ってわけでもないだろ?」
「あぁ、だが兄貴は俺の仲間だった。転生した兄貴が頭領に戻るつもりだったんなら俺は何もする気はなかったが、わざわざ自分からそんなことをする鬼じゃぁなかったからなぁ兄貴は。だから俺は頭領として兄貴の死に様を聞いて、兄貴に怒られない範囲で兄貴の望みを果たす。それが俺にとっての兄貴への手向けなんだよ」
「…………」
茨木童子の話を聞き終えても、大黒は全てに納得したとは言えない表情をしていた。
だが、茨木童子の力強い言葉や千二百年間変わらなかった信念は、大黒の価値観に少なくない影響を与えそうになっていた。
大黒本人も自分の考えがどう纏まろうとしているのかまだ分かっていなかったが、色々と考える前に、まずはちゃんと大黒の言葉に真剣に返してくれた茨木童子に自分が出来ることを返すことにした。




